8 VSアビスイーター
メルノらしき気配を目指して走ると、やはりメルノがいた。あちこち怪我をしていて、岩山に開いた洞穴の前で倒れていた。
「メルノっ!?」
駆け寄って抱き起こすと、うっすら眼を開けた。
「う……アルハさん? ……どうしてここに……?」
「いや、それより何があったの!?」
“その前に、魔法で癒そう。交代だ”
ヴェイグと交代して、治療魔法を使ってもらった。メルノの傷はすぐに癒えて、眼を今度はぱちりと開けた。
「ま、魔法? ありがとうございます」
自分の足で立ち上がったけど、まだふらついている。
“体力は回復させられないからな。休ませねば”
交代したヴェイグがそう忠告してくれた。
「体力は戻ってないから少し休んで」
「それより、マリノが」
「マリノはどうしたの?」
「大きな蛇に、飲まれて、あの洞穴に」
指さされたほうには洞穴があって、その奥に強い魔物の気配がある。
「分かった、僕が行ってくる」
「いえ、私が行きます! あの子、私を庇って……」
杖に縋ってやっと立っているような人を、魔物と戦わせることはできない。
僕はメルノを無理矢理座らせると、有無を言わさず洞穴へ駆け込んだ。
「ま、待って! アルハさん……」
メルノは立ち上がって追ってきたけど、待たない。
洞穴の細い道を進むと、急にぽっかりと開けた場所に出た。
その大きな空間の奥は、白いウロコが埋め尽くしていた。
“これは随分育ったやつだな”
暢気な声が聞こえる。
「なんて魔物?」
暢気に応えてみる。
“アビスイーター。底なしの食欲を持つ蛇だ”
上の方を見上げると、黄色い双眸がこちらを睨んでいた。
先に動いたのはアビスイーターだった。
「ィィィィィイィィイイイィィイィイイー!」
大きな叫び声が空気を震わせる。音波攻撃というやつだろうか。避ける術はなく、まともに食らってしまった。頭がグワングワンする。
その隙を見逃すアビスイーターではない。大きく開けた口から覗く牙が、顔の近くまで迫ってきた。地面を転がって避けると、アビスイーターは壁に噛み付いた。それでも牙が折れることなく、むしろ岩が砕けて一部はシュウシュウと溶けている。猛毒というか、酸みたいだ。
巨体からは想像もつかない速さで次々に攻撃を繰り出してくる。避けている間にも弱点を探すが、中々見当たらない。一か八かで胴体を駆け上がり、脳天に短剣を突き刺そうとしたら、ボキリと折れてしまった。
「!? ごめんっ!」
ヴェイグの短剣が!
“気にするな。それより、少し替われ”
アビスイーターからなるべく離れてから替わると、ヴェイグは魔法を発動させた。しかしそれは攻撃魔法ではなかった。
「これを使え」
右手に黒い剣が握られていた。魔法で創ったものだ。
左手に持ち直した瞬間、剣の強さを感じ取った。これなら……!
降ってくる攻撃を、剣で受け流し、さらに斬り付けた。折れるどころか、あの硬いウロコを切り裂くことができた。
アビスイーターは叫び声を上げたが、それはもう音波攻撃ではなく、ただの絶叫だ。
のたうち回る胴体をかいくぐりながら接近する。そして、腹の部分の一番太いところを、縦に斬りつけた。
アビスイーターの腹を切り裂くつもりだったが、ウロコの表面を浅く傷つけただけだった。予想以上に頑丈だ。
「アルハさんっ!!」
メルノが叫んだ。結局追いかけてきたのか。
「そこは! その中に……!」
「わかってる」
きっとあそこにマリノがいる。中身ごと斬らないよう手加減したのが仇になった。
それでも多少はダメージになったようで、アビスイーターは今まで以上に暴れだした。
直接の攻撃は全て避けたが、洞穴の天井から砕けた岩が降ってくる。相手の意図が乗らない攻撃というのは厄介だ。
小さな破片を躱しきれず、頭や肩に当たってそこから血が滲み出した。アビスイーターも、このやり方に気がつくと積極的に岩壁を壊しはじめた。このまま暴れ続けられたら、洞穴ごと崩壊するんじゃないか?
「メルノ、戻れ!」
「あ、あう……」
アビスイーターが暴れる振動と、落ちてくる岩石への警戒で、メルノはその場に立ち竦んでしまった。そこへ、メルノの頭と同じくらいのサイズの岩が降ってくる。
「っ!」
咄嗟に体が動いて、ギリギリのところで岩を剣の柄頭で弾いて逸らすことができたが、衝撃で手がしびれる。
その一瞬を、小賢しいアビスイーターが見逃すはずはなかった。
しかしアビスイーターはどういうわけか、メルノを狙っていた。
さっきまで大怪我をしていて、体力のないメルノを。今この場で一番弱っている人を。迷いなく。
◆◆◆
「調子乗ってんじゃねぇぞ、クソ蛇が」
いつものんびりと優しく話すアルハから、乱暴な口調が響いた。
大口を開けて突っ込んできたアビスイーターの鼻面を、右手で……素手で止めている。そのまま地に叩きつけ、さらに地面を陥没させる勢いで踏みつけて強引に口を閉じさせた。
「ブギッ!?」
アビスイーターが空気の漏れるような音を出す。牙が己の顎に突き刺さり、大量の血液が溢れた。
「下がってろ」
「あ、アルハさん?」
アルハの豹変ぶりに、メルノも戸惑っているようだ。お人好しでおとなしいとばかり思っていたが、こんな一面があるとは。
後退るアビスイーターは、それでも少しずつ体勢を整えて、再び向かってくる。無謀な行動に見えるが、自身を守るより敵を殺すことを優先するのが、魔物の本能だ。
アルハの方は、剣をだらりと下げたまま、無造作にアビスイーターへ近づいていく。
そしておもむろに剣を振り上げた次の瞬間――アビスイーターの首がドウッと音を立てて落ちた。
これ以上無いほど間近で事の次第を見ていたというのに、剣閃がまったく見えなかった。
魔法で創った剣は先程の短剣のように折れたりせず強度も十分にあるが、これだけ巨大になった蛇のウロコを斬るには相当の腕が必要だ。
これがアルハの真の力ということなんだろうか。
面白いやつだ。
◆◆◆
「マリノ!」
アビスイーターの死骸が消えると、胴の真ん中辺りがあった場所に、ボロボロになったマリノが残されていた。服はほとんど溶けて、皮膚はあちこち火傷みたいになっているけど、息はしている。
まだ体力が戻っていないはずのメルノが、真っ先に駆け寄った。
「間に合ったのか、よかった」
“替わろう”
“頼む”
ヴェイグが治癒魔法を掛け、僕が上着でマリノを包んで抱き上げた。
「ドロップアイテムの回収、頼んでいい?」
「は、はい」
3つくらいしか落ちていないので、さっと拾ってもらい、速やかに洞穴から脱出した。
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