4 情報のすり合わせとかギルドに登録したりとか
◆◆◆
「ん……あれ?」
“やっと起きたか”
酒場で殴り飛ばされたと思ったのに、今はこぢんまりした部屋で一人、椅子に深く座っている。
「何が起きたの?」
僕が殴られて気絶した瞬間、ヴェイグが体を動かせていたらしい。それで僕の代わりに酔っ払いを撃退した後、助けた女性がここへ案内してくれたそうだ。
「そんなつもりじゃ……」
“それは俺も言った”
で、更に世話を焼こうとする女性に「長旅だったので疲れた」と言ってなんとか一人にしてもらったところだった、と。
「……ごめん、ヴェイグ」
“何を謝っている?”
「ヴェイグに尻拭いさせてしまった」
スキルを持っている。それだけなのに、僕は自惚れていた。あっという間に気絶して後は他人任せなんて、情けないにもほどがある。
“アルハが謝ることではない。俺も止めなかったからな”
ヴェイグは優しい。まだ出会ってから半日しか経ってないけど、そこは確信した。
「ありがとう。ところで、ここは結局どこ?」
“ここは冒険者ギルド管轄の宿泊所の一等個室だ”
「一等個室!? え、高いんじゃないの? 大丈夫? ってか冒険者ギルドって」
“例の女が、ギルドの受付だ”
それからヴェイグは事の経緯を話してくれた。
あの酔っぱらいたちはギルド所属の冒険者で、クエスト失敗が続いたり、他の冒険者とのいざこざがあって先日降格処分を受けた。本来ならカード剥奪モノの失態だったのを、受付さんが取りなして、降格だけにとどめてくれた。受付さんには感謝するべきところなのに、奴らは「あの女が自分たちを降格処分にした」と勘違いして逆恨み。受付さんを酒場に誘き出して、処分を取り消せと脅すつもりだったそうだ。
「わあ頭悪い」
思わず素の反応をすると、ヴェイグが吹き出した。
“ふっふふっ……そうだな”
「この世界そういう人多いの?」
“こんなやつは稀だ……と、思いたい”
僕もちょっと笑った。
「さて、これからどうしようか」
異世界転生らしいのは確実だけど、理由や目的が全くわからない。
単純にチート能力もらって悠々自適に暮らすだけでいいなら楽っぽいのに、1つの体に二人いるわけだから、このままというわけにもいかない。
“実はずっと体から出ようとしたり、動かそうとしたりはしているのだが、できないな”
「僕が気絶でもしないと駄目なのかな」
“アルハの体だからな、主導権はアルハにあるんだろう”
「うーん、それだとヴェイグが不便だよなぁ」
“俺の心配をしているのか?”
「え? だって、ヴェイグも自分の体があったほうがいいだろ」
“それはそうだが……アルハは俺が邪魔ではないのか?”
「邪魔? なんで?」
もしヴェイグが、性格のネジ曲がったヤツだったら邪魔とも思うかもしれないし、女性だったら僕がパニックを起こしてたかもしれない。
けどヴェイグは最初から僕の身を案じてくれている。僕が気絶した後も色々と空気を読んで手を尽くしてくれた。
「一人でこの世界に放り出されていたら、最初に倒れてた場所で野垂れ死んでいたかもしれない。だから、感謝はするけど邪魔とは思わないよ」
僕は素直にそう言った。
“……そうか。ならば俺も、アルハへの協力は惜しまないと誓おう”
「助かる」
それから二人で、お互いの世界の情報を共有したり、あれこれと試した。
僕がヴェイグに体を渡したいと念じると、ヴェイグの意思は関係なく入れ替わることができた。逆も僕の意思ひとつで交代できる。やっぱりヴェイグにとっては不便な体だ。その代わりと言うのは何だけど、ヴェイグの希望があればなるべく体を渡すと約束した。
魔法は、最初は上手く使えなかった。何度か入れ替わってヴェイグに魔力の操作方法をやってみせてもらって、やっと少しだけ扱えるようになった。本当に少しだけ、マッチが要らなくなったかな、っていう程度だ。
スキルは、使えるはずの僕自身がまだよく分かっていないので保留。
会話について。声を出さなくても中にいるもう一人と意思疎通することができた。これで、一人でブツブツ喋る不審者から脱却できる。
視界や聴覚などの五感は体の主に依存するけど、中の人がそれらを閉じようと意識すれば、ある程度遮断できることも分かった。
思いつく限りのことをやっていたら、いつの間にかすっかり日が暮れていた。
「眠ったら、体はどうなるんだろうね」
“眠るというのは、アルハの意思だろう。ならば気絶のときのようにはなるまい”
「なるほど。ふあ……」
大きなあくびが出た。
“知らない場所でこれだけ色々とあれば疲れもする。そろそろ休もう”
「そうする。……おやすみ」
ベッドは思いの外、寝心地がよかった。仰向けに寝転がると、すぐに眠ることができた。
翌朝、冒険者ギルドの受付へ向かった。昨日話し合った結果、ここに居座るにしろ他へ行くにしろ、もうすこしお金を稼いだほうがいい。それなら冒険者になってクエストを請けようということになった。それが手っ取り早いと主張したのはヴェイグだ。僕が昨夜の酒場みたいなところでバイトしようと提案したら、それよりは稼げる、と言ってきた。この世界に馴染むためにも、前の世界との違いをしっかり見たほうがいい、とも。
ギルドのホールへ入ると、受付の人がカウンターの向こうから出て駆け寄ってきた。
「アルハさん、お待ちしておりました」
昨日の女性だ。
「宿のこととか、ありがとうございました」
「お役に立てて何よりです。本日は登録を進めさせていただいてよろしかったですか?」
「はい、お願いします」
登録とやらは、水晶に手を置くだけだった。自己申告した名前が刻まれた金属製のプレートに、冒険者ランクと、ランクアップ条件が書いてある。ステータスや使える魔法とかが表示されるのかと思いきや、冒険者の強さは表示しないのだそうだ。指紋認証と、個人情報保護かな。
ランクは一番下の
その次は
さらにもう2つあるけど、世界に数人しかいないそうだ。
“……そうだったのか”
「え、ヴェイグのランク何だったの?」
ヴェイグは転生前に冒険者をやっていたことがある。
“俺自身は熟練者だったが、知り合いが指導者の上の
「すごい! その人は今はどこに?」
“俺より先に死んだ”
短くあっさりと言ってくれたけど、それが余計に堪えた。
「……ごめん」
“気にするな。それより、最初はどのクエストを受けようか”
ヴェイグがすっぱりと切り替える空気を出してくれたので、乗っかることにする。
「えーっと……この世界は魔物が出るんだったね」
クエストには難易度があって、こっちはSS、SとA~Hまである。
新人が受けられるのは一番難易度の低いHとGの2つだ。
僕に戦闘の経験がないので、練習を兼ねて難易度Gの魔物討伐を受けることにした。
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