3 初交代

「ちょっと、お客様!」

 ショートカットの店員さんが近づいていくが、別の男に遮られる。そのままもみ合いなり、店員さんは突き飛ばされて転んでしまった。

「大丈夫?」

 思わず駆け寄って助け起こす。腰を強か打ったようで涙目だ。

「うう……ありがとう……。あいつら……」

 店員さんは気丈にも立ち上がってまた向かおうとする。

「無茶しちゃダメですよ!」

 押し留めている間にも、トラブルは進んでいく。

「放して!」

「あのぐらいで俺たちがなぁ!」

 女性は必死に抵抗しているが、掴まれた腕を振りほどくことはできなさそうだ。周りの他の客は、目をそらしたりテーブルにお金をおいて店から出ていってしまったりと、助けに行く様子はない。

 居酒屋のバイトで、酔っぱらいが別のお客さんに絡むという現場に遭遇したことはある。その時暴れてたのは普通のおじさんだった。今、目の前でトラブルを起こしているのは、僕より背も横幅も大きい、いかにも日々戦ってますといった風体の人だ。

 おじさんの時は、僕や他のバイト数人で取り押さえて、事なきを得た。今は手助けしてくれる味方はいなさそうだ。

 でも、店員さんに怪我させるわ、今も女性を無理矢理連れて行こうとするわ……いくらなんでも見て見ぬ振りはできない。

 僕には『スキル:全』があるし、なんとかなるだろう。

 覚悟を決めると、女性の元へ駆け寄った。悪漢と女性の間へ割り込みを試みる。

「飲みすぎですよ、お客さん!」

 飲み屋バイトの調子でそんなことを言いながら近寄ったはいいけど、悪漢が数人いることを忘れていた。

 別の悪漢が僕の視界の外から殴りかかり、まともに食らって派手に吹っ飛んだ僕は、近くのテーブルにぶち当たり、そこで意識は途絶えた。




 ◆◆◆




「ん? アルハ?」

 クラクラする頭を抑えながら、俺は立ち上がった。手にぬるりとした生暖かい感覚。どこかを切ったようだ。

「アルハ? ……ふむ、アルハが気絶したからか?」

 慣れない体の感覚に戸惑う。目線は高く、黒い前髪が長すぎて視界に入る。身体が細くて頼りない。もっと食わせたほうがいいな。と、今はそんな場合ではない。

 まずは魔力の流れを確認する。掌に集めてから体を巡らせる。以前のように使えそうだ。

「なにブツブツ言ってやがる!」

 アルハを殴り飛ばした男が胸ぐらを掴んできた。そのまま持ち上げようとするので、魔法で熱を生み出して手に当ててやった。

「熱ッ!? てめぇ魔法使いか!」

「まぁそうだ」

「黙れ!」

 聞かれたから答えたというのに。さらに殴りかかってきた。が、すんなり避ける。

 突っ込んできた勢いのまま壁に激突した男は悶絶している。さすが酒場の壁、こういう事態に備えて防護魔法をかけてあるようだ。

 二人目も素手で向かってきたが、同様に躱す。女を掴んでいた男がシミターを手にして、その先を俺に突きつける。

「邪魔するなら殺すぞ!」

 口は威勢がよいが、切っ先は細かく震えている。使い込まれたシミターは、人間を斬るために持っているものではなさそうだ。

 静止した剣なぞ、ただの物だ。刃を指で摘み、熱して折り曲げてやった。

 シミターを駄目にされた男は呆然としている。隙だらけだが、まずは自分の頭の傷を自分で癒やした。留めきれなかった血が丁寧に磨かれた床を汚した。後で雑巾でも借りなければ。

「今のうちに逃げたらどうだ?」

 立ち尽くしていた女に言ってやると、ハッと気づいて男どもから離れて……俺の後ろへ身を隠した。

「何故俺のところへ来る」

「えっ!? あの、えっと……助けてくださるのか……と……」

「アルハはそうしたかったようだが……いや、なんでもない」

 他の連中の目には、殴り飛ばされたアルハが起き上がって男どもと対峙しているようにしか見えないだろう。

 芝居をするのは苦手だが、同じ体を使っている身として、話を合わせておいてやるか。

 というわけで、これ見よがしに右手に魔力を集めつつ、男どもを睨みつけた。すると男どもは「ヒッ」と情けない声を出して後退る。おいおい、さっきまで俺をどうする気だった?

「邪魔したら……何だった?」

 声帯もアルハのものだから、アルハの声が出る。以前の自分より高い声だ。それでもできるだけ低い声で言ってやると、男どもは次々に店から出ていった。

 しまった。あいつら勘定払ったか?

 だが、とりあえず場は収まったようだ。

「終わったようだぞ」

 後ろから様子を見ていた女に声をかける。

「あの、ありが……」

「礼はいらん」

 助けようとしたのはアルハだからな。


 床の血を拭うために雑巾を借りようとしたら、女店員に止められた。

「こちらでやっておきますから!」

 そして、あっという間にキレイにしてしまった。

「汚してすまなかったな」

「いいえ、とんでもない! あの酔っぱらい共にはいつも迷惑してたんです! ありがとうございました!」

 他の店員まで揃って頭を下げてくる。居心地が悪い。

「いや……。そろそろ俺も退散する。幾らだ?」

「あの、私が」

 今度は女が俺の前に割り込んできた。どうやら俺の分まで払っているようだ。

「おい、そこまでされる筋合いはない」

 アルハもそんなつもりじゃなかったはずだ。

「いいえ、これでも足りないくらいです。あのままだったら私はどうなっていたことか……」

 脅し文句が「殺す」で、剣は見せびらかすだけで斬りかかる勇気もないやつが、女を攫ったところで大したことはできないと思うんだがな。店を出たところで他の冒険者か警備兵あたりに止められて終いだ。

「俺はたまたま居合わせただけだ。あいつらが弱かったのも幸いしたな」

「とんでもない! 是非、お礼をさせてください!」

「勘定払ってくれただろう」

「ですから、この程度では私の気が済まないのです!」

 どうしたものか。今ここでアルハが起きたら混乱必至だ。そろそろ起きるだろうし……そうだ。

「なら道案内をしてくれないか? ここへは先程到着したばかりでな、宿を取りたい。なるべく安い所を紹介してくれると助かるのだが」


「それでしたら、ギルドの個室をお使いください!」


 話を聞いてみれば、女は冒険者ギルドの受付をしている者だという。普段は冒険者の宿泊所として開放している施設に、融通がきくらしい。

 冒険者ギルドに用があるというと、そのあたりもまとめて引き受けると申し出てくれた。

 だが今は、アルハが起きそうな気がする。今日のところは一旦休みたいと話し、ようやく宿泊所の個室で一人になることができたのだった。

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