2 酒場で様式美のようなイベント発生
道で人の足跡を探していたら、ヴェイグが
かなりくっきり残っているということは、辿れば人里があるということだ。
「この、『スキル:全』って何のことか分かる?」
ステータスの数字が平凡、というかかなり貧弱なことはわかる。けど、『スキル:全』って? 全部の全?
“いや、そもそもスキルというものを持っている人物が稀だ”
あくまでここがヴェイグのいた世界だとして、と前置きがあった。
魔法は、魔力のある人ならば使えるそうだ。但し、100人に1人くらいしかいないらしい。
「僕にも一応あるけど」
“掌を上に向けて、火を願ってみろ”
やってみた。パシュン、と一瞬明るくなった。
「おおお! できた! 火が出た!」
魔法なんてやったことないから、ちょっと嬉しい。他にどんなことができるんだろう。
“ふむ、アルハの言う『異世界人特有の能力』というやつは魔法には見当たらんな”
「えっ、今のダメなの?」
“初めてで今のができるやつは少ないが、珍しいことじゃない”
「そっか……」
“何をがっかりしている。スキルなんて俺は終ぞ見たことがなかったんだぞ”
そうだった、スキルの話してたんだ。
“話を戻すぞ。魔法を使用すれば魔力を消費するし、枯渇すれば使えない。しかしスキルは本人が生きているだけで、何の代償もなく使える”
「へー、ノーリスクなのか……」
“釈然としないようだな。まぁスキルについては記してある書物自体が極稀でな”
「ヴェイグはスキルのことを本で知ったの?」
“! あ、ああ。運良く読んだことがある”
なにか引っかかる物言いだけど、今は突っ込むのをやめておく。
“それで、『全』についてだが……過去に大賢者が『魔法:全』を持っていたという伝説がある。全ての魔法を使えたと伝えられている”
「じゃあこの『スキル:全』も?」
“そうなんだろうな。さすがは異世界人だ”
異世界人って、宇宙人みたいに言わないでほしいなぁ。
「で、スキルってなにが出来るの?」
“本に全てが書いてあったわけではないが、まず身体強化が出来る、と”
「ふーん……。じゃあ走ってみようか」
立ち止まって、屈伸したり足首をグリグリ回したり、準備運動しておく。バイトは立ち仕事が多かったから全く運動してない部類ではないけど、ちゃんと走るのは久々だ。
「よーい、どんっ! ……おおおおお!?」
“おおお!?”
景色が猛スピードで後ろに流れていく。急ブレーキをかけるのも怖いので徐々に減速して止まった。後ろを見てみれば、数メートル間隔で地面が抉れていた。
「……スキルすごい」
“ああ。体の調子はどうだ?”
「特に変なところは……いや、全く疲れてないのは異常かな」
“代償要らずは本当のようだな。いや、実に爽快だな。なあ、もう少し走ってみないか?”
ヴェイグからしたら速い乗り物に乗ってる気分なんだろうか、お気に召したらしい。僕も疲れもないし、もうちょっとだけ走ってみたかったけど……。
前を向いたら、すぐそこに人工の建造物が見えていた。多分、町だろう。
「また今度な」
しょんぼりしているようだけど、仕方ない。
出入り口の大きな門は全開になっている。鎧に身を包み槍を持った門番らしき人は、僕の姿をチラリと見ただけだった。すんなり通してくれるようだ。
「ああいうところで止められることってある?」
“小さな町や村だと、必ず一度止められるな。この規模ならば大きな荷物を持たぬ限りは大丈夫だろう。王城付近の町であれば通過時に魔法による検査がある。どんな場所にしろ、問題があれば通れない”
魔法による検査、そんなことが出来るんだ。
“どこかのギルドに登録すれば、ギルドカードが通行証になる。それがあれば、大抵の場所は簡単に通れるようになるぞ”
「へぇ、便利だね」
“なにか問題を起こせばどこへ行っても追い払われるがな”
「問題を起こす気はないよ……」
町の中は活気があった。門から入って真っ直ぐの道はメインストリートのようで、両脇に露店が並んでいる。人の出は、僕が前に住んでいたところの夕方の商店街くらいはありそうだ。
何より驚いたのが、道行く人の姿だ。つい、他人をジロジロ見てしまった。そして、ここが日本どころか元いた世界ですらなさそうだと痛感した。
角や猫耳の生えた人や、肩に羽の生えた小さい人を載せた人がいる。最初はそういう衣装なのかも、などと現実逃避してみたが、長い耳が会話の調子に合わせてピコピコ揺れたり、犬みたいな小動物が普通に喋ったりしてたから、認めざるを得なかった。
逆にヴェイグの方は、
“通貨は……俺の知る世界と同じもののようだな。”
と、ちょっと安心していた。露店の値札には「エル」という単位が書かれている。そういえば文字は理解できる。異世界人特有の便利な翻訳機能だろうか。
物珍しさに辺りをキョロキョロしながら歩いていたら、美味しそうな匂いがしてきた。匂いを辿ると、酒瓶とジョッキの絵が描いてある看板があった。
“あの看板が酒場の目印だ、入ろう”
「僕お酒は苦手なんだけど」
“酒を飲む場所で間違ってはいないが、食事をする場所でもある。”
「なるほど」
実はさっきからお腹が空いていた。こういう感覚の共有具合とか、後でヴェイグとすり合わせておこう。
スイングドアを通ると、ローズレッドのショートカットの女性が元気に挨拶してくれた。
「いらっしゃいませ! あいてるお席へどうぞ!」
髪の色も様々だ。というか、僕みたいな黒髪を全くと言っていいほど見ない。
とりあえず言われるまま、適当に座る。
店内をざっと見た感じ、お酒を飲んでる人と、食事をしている人は半々くらいだ。まだ昼になったばかりの時間なのに、酒瓶が大量に転がってるテーブルもある。メニューを見つつ、ヴェイグに聞いてみる。
「ああいうの、普通なの?」
“たまに見かける”
たまに、ってどのくらいの頻度なんだろう……。
お金は、腰のポーチに入っていたのを使う。元々ヴェイグのもので、数日分の食費と宿代くらいはあるそうだ。
先のことを考えて節約しようってことで、こっちの世界で初めてのちゃんとした食事は、一番安いランチセットになった。
青菜と茹でた野菜のサラダに、根菜やなにかの肉がゴロゴロ入ったシチューと、硬めのパン。全体的に量は多い。なんだかバイト先の賄いを思い出す。
そういえば、日本で店長が残り物をタッパに詰めて持たせてくれたのに、無駄にしちゃったなぁ。
こっちに来てから初めてのことや分からないこと、スキルや魔法に驚いたりしてたからか、元の世界のことが頭から抜けていた。
バイトのシフトどうなったかな。大学、せっかく単位取れそうだったのになぁ。
頭の中では暗いことを考えていたけど、料理は美味しかった。あっという間にお皿はすべて空になった。
「はぁ、食べた……」
満腹の幸福感に浸っていると、例の酒瓶テーブルからガシャン、と大きな音がした。
「やめてください!」
声がする方へ目を向けると、顔を真っ赤にした大男が、一人の女性の腕を掴み上げていた。
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