揺られるリーマン
こめ おこめ
ただ、聞くだけ
朝7時25分。多種多様な大勢の人間の中の一人として電車に乗り込む。
座れることはまれであり、つり革を持つことだって難しい。だが凝縮された人間の中、倒れるスペースもない為それで困ることはあまりない。しいて上げるなら遠慮もなく寄りかかってくる人間がうっとおしく感じる程度だろうか。
移動中は暇なのでイヤホンをつけ動画を見る。私のような人間はかなり多く、正面を見れば二人は目に入るほど安牌な行動だ。
キャンプに行くわけでもないのにキャンプの動画を見たり、コンビニ飯が主なのに料理の動画を見たり。ただ何となくで見ていることもあるためだからだろうか。動画内容は意識の半分しか向けることができてない。
ではもう半分はどこに向いているか。それは座っている学生の会話である。
盛り上がっているからなのか元からなのか、声が大きく嫌でも耳に入る。
「昨日あの後家帰ったら、親父が急に『寿司行かないか?』って言い始めてさ」
「なにそれめっちゃいいじゃん!何?もしかして回らないやつ?」
「そうそう!二人で行ってさ!やっぱ違うわ!口の中で溶けるってマジなんだな」
「そんなん漫画でしか見たことないわぁ……あれ?母親と、お前妹いたよな?どしたん?」
「母さんはパートで妹は彼氏の家に泊まってたらしい」
「なるほどな。てか、親父とさしで会話って俺の家だったらちょっと気まずいわ」
「うちも別に仲が良いわけでも悪いわけでもないけどな。昨日は親父から話があるって言ってな」
「そういう感じか。それもしかして重いやつ?」
「重いんだけど、重くない、みたいな?」
「なんじゃそりゃ。てかそれ聞いていいやつか?」
「よくなかったら話題にしてないわ」
「それもそうか」
「でさぁ、なんか親父ちょっと前に仕事辞めてたらしくてさ」
「はぁ⁉それ結構のことだろ!てか知らなかったってやばくない?お前以外の家族知ってんの?」
「いや俺以外にはまだ伝えてないって」
「それ生活大丈夫なのか?」
「収入は別であるって言ってな。で、ここからのほうが問題なんだよ。この前、母さんに自作のエロ同人誌見つかったけど親父が仲裁してくれたって話したじゃん?」
「あー、あれな。かなり地獄みたいな状況だったなってやつ」
「そうそう。それでオタばれしたんだけど。で、。昨日食事の時に親父がこれみてくれってPDFで画像送ってきて。中開いたら壷おじさん先生の原稿だった」
「それお前の好きなエロ漫画描いてる人だよな。ていうか親父さんも食事の時にそんなもの送ってくるってどうなんだ」
「見たとき噴いちゃったわ。で、親父にいきなりこんなもの送ってきてなんだって言ったら『それ、父さんなんだ』って」
「は?」
「うん、そうなるよな。俺も聞いた時つい『は?』っていちゃったし」
「てことは……」
「うん。父さんが壺おじさん先生。エロ漫画描いてた」
「……それは何とも言えないな」
「別に職業差別とかする気はないけど正直普段真面目親父がエロ漫画描いてる事実が衝撃すぎてな」
「そりゃそうだろうな。……ん?てことは親父さんの別の収入ってのはもしかして」
「エロ漫画家だな」
「子供が家族について作文かけって言われたら誤魔化すしかないな」
「まぁ、それはいいとは思ってる。それで養ってもらってるしな。で、俺がオタクだとわかってそういうのに見識のあるからまずこのことを話したかったんだと」
「なるほどな。でも他の家族には説明しづらいだろうなぁ……」
「母さんはそういうのにあまり理解ないから難しいだろうな。妹はたぶん『きもっ』とかは言ってくるだろうけどそもそも普段から言ってるから問題ない」
「それはそれで問題あるだろ」
「で、さらにバイト代も払うからにアシスタントやらないかって言われてな」
「本格的に取り込む気じゃん」
「で、了承した」
「お前マジか」
「正直驚きもあったけどそれ以上に壺おじさん先生の腕も尊敬してるからな!プロの技術と原稿を金もらいながら見られるなんて絶好の機会にもほどがある!」
「まぁ、お前がいいならいいけど」
「そんなわけでアシスタントの仕事はいるから前よりは遊べる時間なくなるわ」
「あー、なるほどね。俺も金足りなかったしこれを機にバイト増やすかぁ」
『○○です。お降りの際は~』
「あ、やべ!降りないと。すみませ~ん。通してください」
会話していた二人が降りていく。動画を見ることも忘れてすっかり聞き耳を立ててしまった。朝から聞くには内容が濃すぎた。
私も次の駅で降りないと。
さて、今日も社会の歯車として頑張ろう。
揺られるリーマン こめ おこめ @kosihikari3229
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