1―2
デモ隊の現場付近、騒ぎから一歩離れた位置に一台のトレーラーが佇んでいる。その内部には大小様々なモニターが設置され、デモ現場の様子を様々な角度で映していた。
「いやはや、やはりフェーズ3が登場してから怪人病は扱いが難しくなってしまったねぇ」
上等なスーツに身を包んだ男がモニターを見ながら、後ろにいる少女へ問いかける。しかし、少女は彼の言葉に無言で応えた。
「いやいや、アイヴィー、君の気持は分かっているとも。後天性変異病、通称怪人病の患者が一定程度の興奮により制御を失い変身してしまうのは生理現象。争いの原因は病に理解の無い人間側にあるとね。
私もその意見には全く同意だよ。病気だなんて、理解が古い。怪人はもはや障害を武器として利用できている。あれはもはや純粋な力だよ」
少女・アイヴィーは男の自説を聞き飽きたとうんざりした表情で、彼のオールバックの後頭部を視界に入れないようにモニターへ視線を移した。
デモ隊を煽った人々は自業自得とはいえ怪人に変身した五人と暴徒と化した患者たちに襲われていた。怪人の存在が心強いのか、先ほどまで怯えていたのがウソみたいにプラカードを投げつけ、石を投げ返し、尖っていたり堅そうで攻撃的な部位を持つ患者は自身の肉体を武器に果敢に人間を襲っていた。
そんな百鬼夜行が攻撃的な人々と争う一方で、リーダーの女性を中心に戦うことが出来ないほどの障害抱える患者たちが寄り添い合い、人間の方も事態に巻き込まれた観光客たちが逃げまどい、戦意のない人々は怯え戸惑っている。
「お互いそこまでだ! もういいだろう!」
「これ以上は我々も黙っていられない! すまないが……実力を行使させてもらう!」
拡大する争いを食い止めるべく警官隊は両者の間に割り込みつつ、被害者を現場から手際よく非難させる。しかし暴徒たちの動きが警官隊ごときで止まるはずが無い。互いに向いた憎悪は仲裁に入った警官隊たちにも向けられ彼らも怪人と人間のはざまで板挟みになる。
「隊長、このままでは仲裁どころか……」
プラカードを叩きつけられ、建物のがれきを投げつけられ、状況は一行に進まない。このままでは戦う意思の無い人々の救助もままならない。
「……やむをえない。総員! ライザーの使用を許可する! 変身し、人命救助を優先しつつ状況を鎮圧せよ!」
隊長が通信機へ通達するとともに、警官隊は一斉に制服の左袖をめくる。彼らの左腕には時計のような形をした銀色に光る装置がはめられていた。
「「「変異!」」」
一斉に叫び、警官隊はそれぞれ一斉に衝撃波と甘い香りを放つ。
「アイヴィー、我ら機関の代表作、ウォリアータイプのお出ましですよ」
「……」
モニターの向こう側で警官たちは怪人同様変身を始める。衝撃波が去った後、彼らの姿は二回りも大きくなり、頭部は銀色の兜のように銀色に硬質化、皮膚も板金のように厚く銀色に光り輝く。甲冑の騎士のような怪人態の集団に変身した警官隊の姿に人々は怯え、ようやく正気に戻った。
「な、なんじゃこりゃ!」
「ばか、警察の人工怪人だよ! 怪人ごとパクられるぞ! 逃げろ!」
暴動に対して下心のあった人間達は騎士の集団に手際よくとらえられ、怯える患者たちも変身して力強くなった彼らの手によって避難が完了しつつあった。
「……公権力に身を売った偽物っ!」
「同じ怪人なのに……なんで俺たちの邪魔をするんだ……」
残るは五人の怪人と、戦意に溢れ戦える部位を持った患者たちだった。
「どうだいアイヴィー、我らがウォリアータイプと彼らではどちらが勝つかね」
男の頭部がモニターからアイヴィーへと向けられる。アイヴィーは彼の威圧的に整えられたオールバックと一目で金がかかっていると分かるオーダーメイドのスーツ姿が苦手だった。何より彼の大きな目はいやに自信に満ち溢れ、相手に選択の余地を与えない圧力を放つ。
「……五人の匂いの内、フェーズ4が三人。彼らの集団にしては珍しくフェーズ4の方が多いです。匂いの強さからこのまま衝突すれば、ノヴァ局長、間違いなく警官隊の方が負けます」
アイヴィーはお経を唱えるように自分を見つめる男性・ノヴァへ向かっていう。後方のモニターでは彼女の言う通り数で勝る騎士怪人がデモ隊の怪人連合に押される様子が映されている。警官たちは変身した肉体を活かしてスクラムを組んだり、訓練で仕込まれた技能を活かしたりして被害を食い止めているが均衡は今にも崩されそうだった。
「さすがアイヴィー。私の秘蔵っ子。このトレーラーの中から怪人の臭いの質まで区別できるとは。私が直々に調整したかいがある」
私も鼻が高い、といってノヴァは再びモニターへ体を向けた。アイヴィーはそんな彼の態度を苦々しく思い、この敏感過ぎる嗅覚のせいで苦労をしているんだと背中に殺気を送る。
しかし、ノヴァがアイヴィーを慮る事は無い。彼は無造作にトレーラーの出口を指差し、行って来いと無言の指示を出す。彼の横柄な態度に小言が一つ出そうになったが、アイヴィーはモニターの向こうの状況が過熱するのを見て言葉を飲み込んだ。代わりにトレーラーのドアを蹴りでぶち開け、現場に向かって疾走する。
「ゴート、現場に入ります」
アイヴィーは首輪型通信機に向かって宣言した。するとその内容は警官隊全員に伝わりにわかに動揺が広がる。
「ゴート? なんの隠語だ?」「まさか、都市伝説じゃないのか」「キメラタイプがうちの街にも来るのか……」
警官たちの動揺は怪人たちにも広がる。援軍の到着に備えるべく彼らは一斉に足音がする方向へ目を向け構えを取る。
「はあああああああ!」
叫び声と共にアイヴィーの飛び蹴りがコウモリ怪人の牙を強かに打った。外見を怖れずに攻撃を繰り出した彼女に怪人は驚くも、やって来たのが少女一人で拍子抜けし、残る四人と患者たちは再び殺気立つ。警官隊も彼女の度胸は評価したがこれが援軍だとは信じられないでいる。たしかにアイヴィーが身に纏う制服はこの町の警察組織の物だが幼い外見にまるで似合っていない。警官たちの中には対照的に不安が広がり始め――
「総員、スクラムを組め! 対ショック体勢!」
その時だった。隊長は左腕のライザーに内蔵された通信機に向かって全隊員に指示を出す。彼の声色は本物で、警官たちは訓練の成果を発揮するように、近場の者同士でスクラムを組んだ。
怪人たちは警官たちがアイヴィーの登場で殺気立つのを見て、思わず動きを止め、着地を決めた彼女を見つめた。
バッサリと切りそろえられた荒事に似合わないほどのツヤを放つ黒のショートヘア。状況を見つめる凛々しく吊り上げられた澄んだ碧眼。背丈は160センチ後半といったところか、身に纏う制服が一回り大きく見え荒事を担当するには幼く見えてしまう。しかし着地の構えに、怪人・患者・警官たちを隈なく見渡し状況を確認する様子は訓練された戦士そのもので、所作から彼女がただ者では無いことが見て取れる。
そんな凛々しく、可憐な少女はおもむろに制服のジャケットの襟元をはだけさせ幼さとは不釣り合いな武骨な赤い首輪を露出させた。
「「「‼」」」
そして慣れた手つきでインジェクターを手に取るとそれを首輪の吸入孔に一気に差し込む。首輪から全身に薬液が循環を始め最初にアイヴィーの虹彩が濁った黄色に変色する。続いて瞳孔が水平に広がり――
「……変異」
彼女の全身から強烈な衝撃波が発生する。その勢いはこの場の怪人たちを凌ぐもので、患者たちは本能的に地面に伏せた。
怪人が変身の際に発生させる衝撃波は代謝などの生理現象に分類される。それは一般的に怪人としての質が強くなればなる程強くなるとされていて、もはやアイヴィーを侮るものはこの場にいなかった。全員の注目の中、彼女は頭部に黄金に輝く縦巻角を生やし全身を黒色に変異させる。右手に硬質な籠手、両足にも同じ材質で出来たハイヒールを生やし、景気づけにコッコッと蹄のように鳴らす。左腕だけ肘から下が白色に変色しただけで貧相な印象を残すが、それが逆に見た者に気味悪さを植え付ける。先ほどまで少女がいた場所には黒山羊を思わせる怪人の姿があった。
「「「……」」」
誰もが口を開けてアイヴィーを見つめる。もはや彼女を示すものが首元に存在する武骨な首輪しかない。濁った山羊の目が、冷徹に怪人たちを見つめるも、現実をうまく飲み込めないでいる。それもそのはず、全身が怪人病の患部に変異したのであれば患者独特の甘い匂いが衝撃波と共に流れてくるはずだ。しかしアイヴィーが放ったものは無臭で、むしろこの場にいる怪人たちの匂いを根こそぎ吹き飛ばすように空気が澄んでいる。嗅覚が発達した患者は今も彼女から匂いがしないのに疑問を感じ、矛盾に頭を悩ませていた。
「ば、バカ! 相手は一人なんだ! 怯える必要は無い! 全員でかかるぞ!」
戸惑いつつも誰かの掛け声でオー‼ と意識を切り替える怪人たち。患者を含め数十人の某暴徒が彼女に襲い掛かる。
「……面倒な」
アイヴィーは再びインジェクターを取り出し、首輪から薬品を吸入、循環させる。彼女は背中に熱を感じ、同時にそこが大きく盛り上がる。皮膚が縦に引き裂かれるとそこにはガラス細工のような輝きを放つ、一対の薄い翅が広がった。
「な⁉」
暴徒たちは彼女がその翅で飛んで逃げるのかと武器を構え直した。しかしアイヴィーがその場から一歩も動き出す様子は無い。それどころか襲われているというのに彼女は構え一つ取っていない。
「ウォリアータイプの皆さんは耳栓の用意をお願いします」
アイヴィーは無機質に首輪に備わった通信機に呟く……そして誰もが「何かある」と、そう思った瞬間状況は終わっていた。
「⁉ ああああああああああああ!」
患者の一人が突如悲鳴を上げてその場に倒れる。悲鳴は連鎖し患者たちは一人、また一人と崩れてゆく。恐ろしい風貌をした怪人も激しい頭痛に頭を抱え平衡感覚を失ってその場に倒れ込んだ。
「何だ……何が起こっているんだ……っ!」
アイヴィーに蹴られたコウモリ怪人は意識を失う直前彼女の姿を見た。
アイヴィーが展開した翅は高速で振動し、ガラスをひっかいたような頭の中に直接音を響かせる凶悪な音波を発生させている。翅は飛ぶための物では無く、虫のように音を放つための音響兵器だと気づいた時には彼の意識はプツリと途切れてしまった。
「耳栓を展開して不自由だと思いますが、Aチームの皆さんは倒れた患者たちの避難をお願いします。この能力はフェーズ4には通じにくい。残るBチーム、Cチームの皆さんはこの場に待機。私の援護をお願いします」
翅を鳴らしながらアイヴィーは冷静に状況を動かす。人工怪人・ウォリアータイプの防御機能に精通し、通信機にテキパキと指示を送る姿は彼女が戦士である事を証明している。彼らはアイヴィーの命令通り倒れた患者を次々に保護し、現場から離れ。残りの者たちはこれから会ヴィーが何をするのか固唾を飲んで見守り始める。
「バカな……俺たちが、たった一人のガキにここまで……」
アイヴィーの予想通り、そこには怪人が一人、取り残されたように佇んでいた。岩石を思わせる厳つく大柄な彼は外見に似合わず仲間が次々と警官に回収される様子を呆然と見つめている。そこに先ほどまでの攻撃の勢いは見られない。
「ベエエエエエ」
そんな彼を見て、アイヴィーはため息交じりに怪人の声帯を震わす。残った怪人は間違いなくフェーズ4。相手が戸惑っているからといって油断すると負ける。右腕を握りしめ、ヒールを鳴らしながら初めて構えを取る。一触即発の状況はまだ続いている。
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