モンストピア

蒼樹エリオ

第一章 キメラタイプの少女

1ー1

 ある日の昼下がり、人々が買い物や観光などでにぎわう中でとある集団が街中を横断するように行進をしている。

患者に人権を!」

抑制剤クスリを配れー!」

「私達だって生きているんです!」

 彼らは口々に叫び、横断幕やプラカードを人々やカメラに見えるように掲げる。それらにも「は個性」や「怪人差別反対!」などの主張が記されている。デモ行進の一団はそれぞれ思い思いの言葉を叫びながら街を練り歩く。

 物々しい雰囲気のせいか、人々はデモの様子を見て良い顔をしない。それどころか、彼らの姿を極力視界に納めようとせず、その場の空気を吸いたくないと鼻をつまんだり呼吸を止めたり過剰反応をする者さえいた。

 デモ隊の中の何人かがそんな人々の様子を見て、ため息交じりにそれぞれのに目を落とす。ある者は右腕が枯れ枝のように干からび片手で辛そうにプラカードを突き上げている。ある者は下半身が人魚のような尾ひれ状になっており、移動のため自身の両手で車いすを動かし、懸命に主張を叫ぶ。またある者は額に余分な眼球が二つ備わり計四個の目で街の様子を捕え、目が合った人々に横断幕を見せつけようと腕を上げる。デモ隊に参加する人々の中には他にも様々な部位が変色していたり、無機物のようなものに覆われていたり、余分な腕など通常存在しない部位が生えている。

 加えて、彼ら自身は慣れているせいで気にしていないのか、それら異形の部位・患部からは様々な種類の甘い匂いが香り、匂いの洪水として街中に広がっている。遠巻きにデモ隊を見ていた人も、そうでない人もこの匂いには敵わない。カフェで書類に目を通している会社員も、オープンテラスでティータイムを楽しんでいたレディ達も一様に匂いにむせて食事を中断し、甘い匂いの香る百鬼夜行のごとき異形の行列に注目せざるを得ない。彼らの部位と匂いはそれだけ存在感があった。

「怪人病は早期に治療すれば変異を防げるんです! 変異した後だって長期的な治療で部位を元に戻せます!」

「一部の富裕層による抑制剤の独占に反対! 俺達だってこの障害が無ければ今すぐにでも稼げるんだ! 俺達だって社会の一員なんだ!」

 変異した部位も使って必死に主張を掲げる彼らに同情の視線を送る人はいて、彼らの内勇気のある人々はデモ隊がもつ募金箱に紙幣を入れたり、ハグをしたりと交流をしていた。しかし、多くの健常者は匂いにうんざりした様子で事態を静観しており、中には露骨にデモ隊への敵意を隠さず中指を立てる者もいた。デモ隊のたちと健常者の仲は決して良好ではないようだ。

 そして両者が一触即発となる状況が訪れる。

「おい怪人ども! デモならもっとましな場所でやれよ! お前たちが臭くて食欲が失せるんだよ!」

「それは差別発言です! このルートは私達が役所と事前に協議して許可が下りたものです。確かに私達の体臭は独特ですけど……これでも出来るだけ飲食店があるルートは減らしたんです。私達も健常者あなた達に配慮しているんですから私達の個性を認めてもいいじゃないですか!」

「その気持ち悪い外見を晒すんじゃねえよ! ここは観光地でもあるんだ! 客が減ったらどうするんだよ!」

「デモは国民の権利です。誰もこの正当な権利を止める事は出来ません。というか、私達には分かります。上着で隠していますけどあなただって怪人病のでは? 抑制剤で健常者そちら側にいられるからって何で患者同士で対立する必要があるんです?」

「うっせえ! バケモンはクセェ部位を隠して生きていればいいんだよ」

 もはやだれが始めたのか判別がつかないほど騒ぎは広がって行く。最初は問答だったのが口論になり、威嚇が本格的な殴り合いに発展する。行進は行き詰り、現場は乱闘に近い騒ぎへと変化してしまった。

「ちょっと! みんな落ち着いて! 私達は争いに来たんじゃないでしょ! 喧嘩はどちらともよくないですよ!」

健常者あいつらが喧嘩を吹っ掛けてきたのが悪い!」

「なんだと怪人共!」

「やんのか貴様!」

 もはや騒動は制御を失いデモ隊を警備していた警官隊が割って入り事態を中断せざるを得なかった。屈強な彼らの姿を見るとさすがに双方共に頭が冷える。デモ隊は再び行列の中へ戻り、人々は街の方へと戻って行く。

「今日はここまでにしましょう……さすがにこの雰囲気では……危険です」

 デモ隊のリーダーの女性が患部である鱗に覆われた左頬をさすりながらうなだれる。

「そんな、今日は、州知事のところまで練り歩いて直訴する予定じゃないですか。やっと降りた許可です。今日を逃したら俺達怪人の権利は永久に後退しますよ……」

「警官の人もいるんです。ここは強気に行きましょうよ……」

 本音を言えば誰もがデモ行進を最後まで行いたかった。しかし、人々が患者に加えようとする悪意は彼女たちの予想を超える程に広がっているようだ。日常的に差別にあってしまっているとは言え、ここまで露骨な悪意の衝突に誰もが傷ついており、これから先もこのような目に遭わないとも限らない。

「デモはこれからも先何度でも出来ますよ。もっと仲間を集めれば安心して行進出来るかもしれません。警官の人たちももっと集めて、理解を得て行ってそれからでも決して遅くはありません。今は皆さんの安全が最優先です。なんせ、私達はですから。きっと焦らずゆっくりでいいんですよ」

 本当は誰もが自分たちの権利を表明したかった。しかし、自分たちの不便な部位はもしもの時に逃げるのにも戦うのにも不利だ。不本意だけれど、ここは大事を取って解散するのが一番いい。

 リーダーが警官にデモを中断する事を告げる。行進のために用意された道路の規制や諸々の処理が済むまでデモ隊はその場でジッと待つ事になった。

 しかしその歩みを止めてしまったことがあだとなってしまう。

「喰らえ化け物ども!」

「⁉ 痛っ……」

 どこからか石が投げられ、リーダーの患部に命中する。鱗が剥げ、血が流れ落ちる。彼女は懸命にそれを無視し、毅然とした態度で警官とこれからの行動についての話し合いを続ける。しかし、彼女の目元には涙がにじみ始めていた。

「やっぱり化け物は頑丈だな! 次はもっとデカイ石にしてやるか? え?」

 デモ隊の視線が一斉に、石を投げた男に注がれる。男はなんてことない特徴の無いやつだった。安物のスニーカーにどこにでもあるジーンズ、量販店で買えそうなTシャツに身を包んだ白人男性。物語の主人公には決してなれない、モブといって差し支えない存在だ。

 しかしそれこそ患者たちが求めてやまないものだった。オーダーメイドでは無い健常者と同じような外見を気にしない服装、激しく主張しない部位と体臭。何も無い彼らこそ、この世界で生きやすい権利をこれ見よがしに主張している。一体彼女が何をしたと言うんだ。ただみんなを代表して一緒に「普通に生きたい」と主張しているだけじゃないか。それは健常者だって同じではないのか。

「もう……我慢……出来ない!」

 デモ隊の一人が全身から煙を上げ始める。全身を怒りに震わせ、さらに強烈な匂いが周囲に広がる。

「! いけません! フェーズ3以降の皆さんはしないで! 暴力に暴力で返しては――」

 リーダーが叫ぶも彼の怒りは既に他の患者たちにも伝染していた。他にも数人が全身から煙を上げ――

「いけない! 伏せて!」

 事態を理解している患者たちはお互いの患部の特性を理解し、助け合いながら体を伏せる。煙を上げた彼らからは膨大な熱と衝撃波が発生し街を襲う。街路樹は燃え上がり、窓ガラスは割れて飛び散り、人々は吹き飛ばされた。

「ああ痛てぇな!……な、何だよそれ……⁉」

 石を投げた男は起き上がると、目の前の光景に腰を抜かした。

 男の前には全身が変異し、異形の存在となり果てたデモ隊員の姿があった。全身の皮膚がこげ茶色に変色し、背中にはコウモリのような皮ばった一対の両翼が生え、真っ赤な双眸と発達した牙が男を捕えようと大きく開かれる。男は一瞬幻覚でも見ているのではと疑った。実際衝撃波と共に流れてきた強烈な甘い香りで嗅覚は麻痺し、それと連動するように他の感覚も狂い始めている。目の前の特撮番組から抜け出したような存在があるわけない。

 しかし、怪人が握っているドロドロに溶けたプラカードの「――権利を!」の表示と彼に対して憐れみの表情を向けるリーダーの女性の存在が男に「これは現実だ」と理解させる。目の前にいるのは患部が全身に広がり、適応し、発達した怪人病フェーズ3以降の存在。怪人なのだ。

「さっきはよくもやってくれたな……」

 コウモリ怪人は一歩、また一歩と男に近づいてゆく。彼の声は変身と共に低く、くぐもったものとなり、さながら地の底から響くようでそれがまた男の恐怖を増大させる。彼は「ヒィ……」と情けなく叫び。失禁しながらその場に釘付けになった。

「こんな、こんな情けない人間一人に……俺たちのデモが……リーダーが……許せない!」

 彼以外の怪人も男をめがけて荒々しく歩みを進める。凶悪な外見と対照的な甘い芳香、処理しきれない情報の渦に男を含め街の人々がパニックになる。

 もう、私じゃ止められない。リーダーの女性は俯き、祈る事しか出来なかった。デモ隊は彼女の理想とは逆方向に怪人が人間を襲おうとしている様子に熱狂している。これは彼女一人では制御することが出来ない。

 理性的に主張をするはずだったデモ行進は崩壊し、後には両者の憎悪をぶつけあう状況だけが残った。力を持たない誰もが祈る。どうかこの争いが終わりますようにと縋りつくように両手を握りしめながら。

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