第27話 【離婚】SFPエッセイ127
離婚には憧れがある。
などとうっかり口にすると、実際に離婚を経験された諸氏にたしなめられることになる。ふざけてるのか? 離婚は大変だぞ。結婚なんかとは比べ物にならないくらい、すさまじいエネルギーを消耗するぞ。ばかじゃないの? 離婚したことがないからそんなこと言えるのよ。あんなに辛いことはなかったわ。あほんだら、何ぬかしとんねん。「憧れ」て! どこをどう間違えたら「憧れ」なんて言葉、出てくんねん。たいがいにせえや。
しかしどう言われようと離婚には憧れがある。
というのも、わたしが尊敬する人はみんな離婚しているからだ(逆もまた真なら話はよりすっきりするのだが、残念ながらそれは言えない)。身近に何人も離婚経験者がいて、それぞれに実に味わい深いキャラクターで、話を聞けば含蓄があるし、仕事ぶりも尊敬できるし、人との接し方を見ても学ぶところがあるし、こういう風でありたいなあと心から思える人柄だったりする。
文筆家であれ、マジシャンであれ、天文物理学者であれ、数学者であれ、法律家であれ、政治家であれ、「この人は」と目を引く人はみな離婚している。軒並み離婚をしている。離婚をしないと第一線、第一級の仕事はできないという規則でもあるのではないかと疑いたくなるくらい片っ端から例外なく離婚をしている。
もちろん、それは「わたしが尊敬する人」に限っての話であって、世間一般に通用する理論でないのは百も承知だ。でも、ここでその人たちの名前をずらずら書き連ねたら、誰もが納得する錚々たる面々であることも事実だ。つまり少なくともこうは言える。第一線、第一級の人物の中には結構な割合で離婚経験者がいる、と。
一方、結婚している人間にそういう魅力的な人がいるかというと、皆無である。これはもう疑いの余地もない。既婚者はダメだ。話にならない。凡庸で特徴がなく話す内容は誰かの受け売りで中身がなく隙だらけで緊張感に欠け一緒にいても退屈極まりない。見るべきところもなく実に無粋だ。
もしも彼女ら彼らに「何か一つだけ直すところを教えてくれ」とアドバイスを求められたら、間髪入れずわたしは言うだろう。
「離婚しなさい」
と。他に何が言える?
わかっている。わたしが書いていることが全人類の同意を得られないことくらい。これはわたしだけの感じ方であり、わたしだけの極論であり、わたしだけの暴論だということくらいわかっている。ただ、言わせて貰えば、「おまえだけだ極論だ暴論だ」と指摘する人間に限って既婚者だ。平凡で、面白みの欠片もなく、ろくな仕事をしない既婚者どもだ。
はいはい。わかりました。いまわたしは人類の半分くらいを敵に回しました。だから? だからどうした? 全人類の半分を敵に回すことがそんなに怖いのか? だからつまらないというのだ。ぱっとしない、ぬるま湯に浸かった、とるに足らぬ者どもめ。さっさと離婚しろ。離婚して人間を磨け。
ここで一つ、非常に残念なことを告白せねばならない。
わたしは既婚者である。凡庸で特徴がなく話す内容は誰かの受け売りで中身がなく隙だらけで緊張感に欠け一緒にいても退屈きわまりない既婚者だ。残念至極だ。夫はというと、これまた見るべきところもなければ実に無粋で平凡で面白みの欠片もなく、ろくな仕事をできず、つまらない、ぱっとしない、ぬるま湯に浸かったとるに足らぬ者だ。無念だ、痛恨だ。
だったらさっさと離婚してしまえばいいのだが、そうもいかない。なぜならわたしは夫を愛しているからだ(ほら、いまわたしは凡庸なことを言った!)。子どもたちも愛しているからだ(なんて退屈な言葉だろう!)。結婚なんかするもんか、仕事の邪魔にしかならない、他人と暮らすなんてまっぴらごめんだと思っていたわたしが結婚し妊娠し出産し子育てして身につけた全てを大事に思っているからだ(説教くさい既婚者のセリフに我ながら赤面する)。それら全てのおかげで仕事に厚みも出たと信じているからだ(太古の昔から人類史を通じて既婚者が言ってきた決まり文句だ)。
それらを乗り越えて、激しいエネルギーを費やして、愛する夫を苦しめ、子ども達に悲しい思いをさせて、離婚すれば恐らくわたしはさらに先に進める。そのことをわたしの中の最も尖った部分は知っている。そこを振り切って先に進む者はわたしの尊敬を勝ち得ることになる。にもかかわらずわたしは先に進めない。進みたくないのではない。けれども、進みたくないのでもある。
従って離婚はまだわたしの世界にはない。遠くにあって憧れるものなのである。
(「【離婚】」ordered by 阿久津 東眞 -san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・高階家の事情などとは一切関係ありません。
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