第28話 【バツイチ】SFPエッセイ128

 2016年、ことの成り行きに本人が一番驚いているのはピコ太郎とドナルド・トランプ。なんてアホなことを申します。

 

 えー、毎度たくさんのお運びをいただきまして誠にありがたいのでございます。いつものことながらおかしな話をせっせとさせていただくのでございます。と申しましても、ご覧の通り、ここは高座やありません。エッセイたらいうもので、また頼まれてしもたんですわ。

 

「師匠、また一つ、書いてもらえませんやろか」

「背中かいなどこかいな」

「またまた。エッセイですがな、さらさらっとお願いしますわ」

「あんさん、そないに簡単そうに言わはるけど、前に書いた時はえらい苦労したんやで」

「あ、『高階導関数』。あれはおもろかったなあ。さすが師匠! マクラ話の大名人! よっ本題殺し!」

「それ褒めてんのん? まあ気に入ってもろたんならええんやけど」

「読者の評判もよろしおましたで」

「さよか。どの辺が気に入ってもらえたんやろな」

「やっぱり妹弟子のくだりでんな。その後、おかみさんとレイさんの間では戦端が勃発なんてことになってまへんか」

「あかん!あかん!あかん! その話はいま絶対したらあかんやつなんや!」

 

 とか言いながら書いてしもてるわけですが、まあそんなわけで2回目を書くことになりました。初めましてのみなさんは『高階導関数』いうタイトルで探しておくんなはれ。あ、申し遅れました、あたしは高階亭導関数(タカシナテイドウカンスウ)言いまして、噺家をしております。

 

 前のエッセイを書いてから、ほかのも読んどかなあかんかと思ってずーっと目ぇ通してますんやけど、驚きましたね。最近ではなんですか、離婚に憧れてはる人がいてるんやって。それも、なんや幸せそうな結婚生活を送ってはる奥方様がそんなこと言うてはって。

 

 それ、ほんまですのん? 信じられまっか? あたしなんかバツイチや言うだけでえらいもう肩身が狭い思いをしてますんやけど。だいたい「バツイチ」いう言葉からしてなんやこう、見下してると思いませんか? 見上げてはいませんよね、少なくとも。

 

「ほら、ケンイチ、あそこ行く噺家さんはバツイチやで。どや? たいしたもんやろう」

「ええなあ。父ちゃん、おれもバツイチになれるかなあ」

「おまえも大きゅうなったら立派なバツイチになるんやで」

 

 なんてことを言うとこ想像できまっか? できまへんやろ。もしそんな親子がおっても、「とうちゃんかて、頑張ったらバツイチなれるで」なんてケンイチが言うたら「アホなこと言うとらんとさっさと稼ぎに行き!」なんておかみさんに怒られるのが落ちですわな。どっちか言うたら、だいたいこんな扱いですわ。

 

「ほら、ケンイチ、あそこ行く噺家さん、あかんあかん、目ぇ合わせたらあかんで。バツイチうつるさかいな」

 

 うつるか、そんなもん、うつるかい! せやけど、ほんまですで。今までわたしがバツイチやわかったらみんな重たい病気の話、聞かされたみたいな顔しますねん。「ああ、それは」言うて目ぇそらして。みんなして話題変えようとして。あれも、何でですのん?

 

「へえ? 師匠、バツイチでっか。たはー! それは浮気でっか? DVでっか? どっちかの行動に問題があったんでっか? あれか、奥さんが買い物をやめられへんとか、師匠が昼夜構わずからだを求めまくるとか。せやせや、これを聞きたかったんや。どっちから切り出しましたん、離婚の話?」

 

 みたいな人はおりませんな、今までのところ。まあ、そんな人、おっても困りますけど。ただ、あたしはそれを聞かれても別に構いませんのやけどね。前の奥さんはようでけた人で、あたしみたいなもんにはもったいないようなんでした。いきなりノロケ話みたいになりますけど、それはもう別嬪さんで、頭もようて、仕事もできる人やったんです。その頃あたしは何をやってもダメで。就職は総崩れ、バイトは続かん、道端でアクセサリー売ってたらヤクザにシメられる、

 

 稼ぐどころか、ヤケ起こしてパチンコ行って金食い虫になって、それでもそんなあたしを支えてくれましてん。仕事を早うに切り上げて、食事の支度をしてくれて、愚痴を聞いてくれて、なんでそんなに良うしてくれんねんと思うから、言わんでいいようなキツイことを言ってしまっても黙って聞いてくれて。

 

 ある日、我に返って相談したんです。お互いこのままやと、どもならん。おれはともかく、おまえさんは、ほんまは良うでける人や。その足を引っ張ってるのはおれや。おれはどうにでもなるさかい、おまえさんはもっと自由におまえさん自身のために生きるべきや。その道を閉ざしてるのはつらいんや。ほんでお互い、もっと暮らしがでけるようなったら、また一緒になったらええやないかい。それまで一人で頑張るんや。

 

 奥さん、泣いて、そんなこと言わんと一緒に頑張ればええやないかと言ってくれました。でもどう考えても頑張ってるのは奥さんだけや。ヤクザにシメられて現金巻き上げられたり、ヤケを起こしてパチンコ行って有り金すったりするのは頑張ってるとは言いませんわな。おまけに家のこともろくできしません。ゴミ出したら「日ぃが違う」と見回りオバハンに突き返され、料理したら焦げ付かせ、洗い物したら大事に使こてたフライパンにタワシで傷つけて台無しにする。洗濯物は干しっぱなしで雨ざらし。せやから奥さんが早うに帰ってきて家のこともする。

 

 あたしは奥さんが頑張ることさえ、させてやれてないわけですわ。せやからどんなに反対されても、そこは意地になって「だから早うにそれぞれに、もっとええ状態になってまた会うたらええんや」って突っぱねまして、ほんで嫌がる奥さんに無理やり離婚届書かせて別れてバツイチですわ。

 

 あたしが師匠のところに弟子入りしたんはそれから1年くらい経ったころでしたか。

 

 先日、あるお偉いさんのパーティーに余興で呼ばれまして、ほら、こないだの選挙で番狂わせや言われて当選した、あの大富豪ですがな。ワン・エックス・コーポレーションのミスター・エックスや。テレビ番組の「家、火ぃつけたろか?」ちゅう決め台詞で有名なミスター・エックスや。近隣の国との間に高圧電線を張り巡らすとか、鎖国してキリシタンはみんな処刑するとかめちゃくちゃ言うて当選したミスター・エックスですわ。

 

 あの有名なエックス・タワーの中のホールで、何人目かの奥さんもろた言うんで、そのパーティーや。あたしもめでたいネタをぶら下げて行きましたわ。ほな、その奥さんちゅうのが、うちの奥さんでしてん。高座はもうグダグダですわ。それでもお客さんは笑てくれはりましたけど、あたしは途中からもう何をしゃべってるかわかりません。これ偶然なんやろか、おれのことわかっててわざと呼んだんやろか。どういうつもりやねん。何を見せつけたいんや。

 

 余興が終わって楽屋におったら、ミスター・エックスが挨拶に来はりましてな、奥さんも連れてこようと思ったけど気分が悪い言うてこられへんて言わはりました。それからこう言うたんです。ワン・エックス言うのはバツイチ言う意味や。お互いバツイチ仲間やな、兄弟て。それで何もかもわかりましたわ。奥さんも知らんかったんですわ。仕掛け人はこの男や。奥さんの過去を調べてあたしを見つけたんや。

 

 かーっとなりましてな。

 

 気ぃ付いたらミスター・エックスは床に倒れて、真っ白なスーツの下にどんどんどんどん赤いもんが広がってました。やってもうた。どないしよう。やってもうた。もうあかんわ。奥さん連れて逃げんならん。せやけど立たれへん。腰が抜けて立たれへん。そのあたしの方に、その赤いもんがどんどんどんどん迫ってきますねん。

 

 うわーっ!!!

 

 てなったところで目ぇ醒ましました。枕元に本が伏せてあって、新作つくろう思って、ふるーい説話文学の『蘆刈(あしかり)』いうのを読んでた途中でしてん。説話の話そのまんまを夢に見たわけで、考えたら前の奥さん、全然そんなでけた人やおまへんでした。それでもあんな奴の奥さんになってたらいややなあって、ま、結局ノロケ話ですわ。

 

(「【バツイチ】」ordered by 阿久津 東眞 -san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・アメリカ大統領選挙などとは一切関係ありません。

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