第8話 【にんにくそば/プリミティブアート/イカれた10人/5年間/メトロノーム】SFPエッセイ108
猫が好きだ。
猫可愛がりという言葉があるが、それどころじゃなくらい猫が好きだ。自分くらいの猫好きは他にはそうそういないんじゃなかと思っていたが、存外そうでもないことがわかった。
例えばぼくの場合、猫の動画を見始めると2時間でも3時間でも4時間でも5時間でも見続けることができるのだけれど、そんなのは序の口だった。知り合った人々は何日でも何週間でも見続けることができた。また彼らは動画の発信源そのものでもあった。そういうツワモノの猫好きたちと付き合っているうちに、それほどでもないやつらと、明らかにぼくなんかよりもっとすごいやつらがいることがわかった。ざっと10人いた。
イカれた10人である。
彼らは猫動画そのものを撮るばかりでなく、猫になろうとしたり、猫の映っていない動画の中に猫性を見出したり、挙句には新たな生物としての猫を創造しようとしたりする。
何を言っているのかわからないって?
わかりませんか、猫性?
そうでしょうとも。ぼくにもわからない。
でも例えばこんなことがある。そのメンバーで食事をしに出かけてみんなでいろいろなものを食べていると、急に「にんにくそばには猫性がある」などと言い出すのだ。「は?」なんて口にしようものなら、もうこのメンバーにとどまることはできない。だから黙って頷いたり「ああ」「ねえ」などと言うしかない。
ぼく自身が最も猫を感じるのは「猫と一緒にいる時」なので、この人たちと同じ境地にたどり着くことはできない気がする。でも、ぼくは彼らをすごいと思うし、憧れてもいる(読み返していて気付いたが、ぼくは彼らを茶化すつもりはない。茶化すだなんて!)。
だから時としてぼくは敗北感すら感じることになる。そんなわけで、ぼくはぼくなりに猫性を猫以外のところに見いだす努力をし始めた。最も簡単に見つかったのは、アイヌの文様の中だった。プリミティブアートのシンプルな描線の中には「ここに猫がいるんじゃない?」というものが見つかるのだ。
「ユリイカ!」
とぼくは叫んだ。そして次の集まりにその画像を持って行って「どうです?」と自信満々に示した。
みんなは画像を見て、ぼくの顔を見て、優しい微笑みを浮かべた。
ダメだったのだ。
それからぼくはますます必死になって、思いがけないところに見つかる猫性を見つけようとした。けれどもそんなものはなかなか見つからなかった。「猫は9回生きる」なんて言葉があるから「第九」を持って行った時には全員に失笑された。あやうく破門だ。
それでますます懸命に猫性を見つけ出すべく努力をし始めた。ぼくにとっては自分が猫好きだということを何が何でも証明しなければならなかったからだ。
「隅田川と猫は近い」と言った時には問い詰められて、実は理由がないことを白状しなくてはならなくなった。「火星の石って猫っぽいですよね」と言った時には、みんなが親切に聞き出してくれた。「太陽は猫そのものだ」と言った時には、みんながフォローしてくれた。
ぼくはもう「マメ」扱いだった。もうだめだ。このままではぼくはこのコミュニティにとどまることができない。猫好きたちから切り離され孤独に生きることになったらぼくはどうすればいいんだ。焦れば焦るほど何も浮かばなくなる。
バナナは? バナナはどうだ? 猫のしっぽに似ていないか? いやいやそんなんじゃだめだ! そんな、見た目だけのことで、しかも部分だけのことではだめだ。全然だめだ。錦帯橋は? 錦帯橋は悪くない気がする。でも説明できない。ツベルクリンはどうだろう? いや、全然だめだろう! 近い気がしたんだけど……。
じりじりと刻限が迫る。ぼくに残された時間はもうない。なにしろもう5年間が経過してしまったのだ。何も思いつかない。朦朧とする。コチッコチッコチッコチッと何かが時を刻む音がする。あれはなんだ。名前も出てこない。シーソー。スウォッチ。オルゴール。メチロポリス。ああそうだ!
「メトロノーム!」
ぼくが叫んだ時、みんなが驚いた顔つきでぼくを見た。初めてぼくを認めてくれた。みんなが拍手をしてくれた。そして見下すのではなく、暖かく一人前になった仲間を迎え入れる笑顔で見つめてくれた。ぼくも微笑んだ。もう「メトロノームと言ったのは猫性のことじゃなかったですけど」とは言える雰囲気じゃなかった。
(「【にんにくそば/プリミティブアート/イカれた10人/5年間/メトロノーム】」ordered by -植村 純一san 冨澤 誠san 古村 太san 河内 寛san 新島 智之san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・YouTubeなどとは一切関係ありません。
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