巻き戻り王妃様による再教育

黒井泳鳥

 

 これは昔々のある国の物語。


 その国にはとても美しい王妃様がいらっしゃいました。


 名前をマリー=ロレーヌと言い。彼女の美貌は見た者全てを魅了したほど大層美しかったそうです。



 ただ、彼女はとても純粋でした。とてもとても純粋でした。そして、わがままでした。


 美しすぎたが故に、誰もが彼女を甘やかしていたのです。


 父も。母も。夫であり王であるオーギュストさえも、彼女のわがままを止められません。


 むしろ王もわがままで、彼女と共にたくさん国費を己の欲望を満たすために使いました。民はどんどん飢えていきました。


 ある日。待望の王子が生まれました。シャルルと名付けられました。


 王子が生まれたので王も王妃もきっと変わられるだろうと家臣達は皆思いました。


 時は流れ。当然というべきか、王子であるシャルルもわがままになってしまいました。さらに民は飢えていきます。


 そして、我慢してきた民達は決心しました。


 何年にも渡りわがままをしてきた王族に、天罰の時がやってきたのです。


 革命が、起きました。


 民も。家臣も。その他の貴族も。誰も愚かな王族の味方にはなりませんでした。王族は簡単に捕まり、断頭台にあげられます。


 国民の罵声と共に、王は首をはねられました。最後の言葉は罵詈雑言でした。


 国民の罵声と共に、王子の首ははねられました。最後の言葉は命乞いでした。


 国民からの罵声の中で、王妃マリーも最後の言葉を述べました。家族と国民への愛の言葉でした。


 王妃の言葉に国民は怒りました。そして罵声に石が加わりました。王妃を傷つけます。


 王妃は何故国民が怒るかわかりません。最後まで純粋で、とても愚かな王妃でした。


 王妃は心の中で呟きました。心残りがあったのです。


「なんで怒ってるのかわからないけど……。きっと私たち。悪いことしてしまったのね……。それでも……シャルルには生きてほしかったわ……」


 王妃の首は、はねられました。彼女の愛は、本物でした。



 暗闇の中から、マリーは目覚めました。目を覚ましたのはマリーがまだ結婚する前の時代でした。


 マリーはとても混乱しました。ですが、少し経つととても嬉しくなりました。


「これならどうして怒っていたのかわかるかもしれないわ♪ ありがとう神様!」


 それからというもの、マリーは隠れて勉強をするようになりました。


 何故隠れたのかと言うと、聞いたら怒られると思ったのです。


「だって。愛してるって言っただけであんなに怒ったのだもの。誰かに聞いたらまた怒られてしまうわ」


 だからマリーは怒られないように、自分で調べることにしました。


 純粋なマリーはどんどん知識を蓄え、とうとうある日に、悲しみに暮れる事になります。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい! 私たちはなんて愚かだったのかしら! あの子たちはあんなにも苦しんでいたのに自分たちは遊んでいたなんて!」


 マリーは罪の意識に囚われてしまいました。


 何日も塞ぎ込み、このまま命を絶とうとも思いましたが、彼女には望みが一つありました。


「あぁ……シャルル。せめて貴方だけでも……」


 マリーは決意しました。愚かな人生をまた歩もうと。オーギュスト王はもう変えられないだろうけれど、生まれてないシャルル王子ならばきっとどうにかなると。そう信じて。


「神様……。どうかまた私たちにシャルルをお授けください。そしてどうかシャルルを賢き王に。その為ならば、私は悪魔にもなります」


 マリーは祈りました。心の底から祈りました。


 そして、マリーは再び愚かな王妃となるべく。昔のようにわがままに振る舞い始めます。


 シャルルを国を蝕む愚かな王と王妃を粛清する。賢き王にする為に。


 決意をしたマリーですが、すぐに意志は揺らいでしまいました。


 マリーは王妃になり、宝石を買っては外国の友人に売りました。元の値よりも高く売りました。


 元値より高いのに友人は喜んで買うことが不思議で、マリーは尋ねました。


「どうしてそんなにたくさん高く買うの?」


「貴女が持っていたというだけで価値があるからよ」


 絶世の美女であるマリーが使っていたというブランドにも似た事実が、価値を上げていたらしい。


 マリーは心の中で謝りました。


 いずれその宝石には価値がなくなるから。


 そして、何故マリーは宝石を高く売っていたのか、その理由も明らかになりました。


 ある程度貯金が貯まった時、マリーは従者を呼んで言いました。


「このお金を孤児院や貧しい人に渡してくださる? ただし差出人は伏せてね」


 従者は驚きました。わがままで世間知らずな王妃が、宝石を高く売っていた理由が民を援助する為だと気づいてとても驚きました。


 従者は喜んで言いました。


「王妃様の願い。承りました」


 マリーは悪魔になりきれませんでした。罪の意識には、勝てませんでした。


 だからいずれ民に殺されるとしても、生きている内に少しでも返そうと思ったのです。


 何故なら、自分が贅沢な暮らしをしているのは民が働いてくれているから。


 王子シャルルが生まれると、王妃は王に隠れてシャルルに厳しく当たりました。


「何故私たちの子供なのにこんなこともできないの!?」


「どうしてこんな簡単なことがわからないの!?」


 王妃マリーが厳しくしてることは王の耳に入りますが、王は咎めません。


「シャルルが出来損ないなのが悪い」


 王はマリーを愛していました。だからこそ不安がありました。


 シャルルが生まれたことで全ての愛が奪われてしまうのではないかと。


 しかし杞憂でした。マリーはオーギュストを甘やかしたのです。


 王は変わらないから。変われないから。死を迎えるその時まで。マリーは甘く蕩けるような愛を捧げると決めていたから。


 対照的に、シャルルへの態度は酷くなっていきました。


「シャルル。庶民の食べ物を食べてきて味を教えて? 庶民の舌は信用できないから王族である貴方がいくのよ? あ、身分はちゃんと隠しなさいね」


 汚い服を着させられ、従者と共に街へ向かわされたシャルル。


 一般的な食事処に入り、一番良い食べ物を頼みました。


 出てきたのは固いパン。薄味の肉の破片が入ったスープ。


 シャルルは店に文句を言おうとしますが、従者に止められます。


「庶民にとってはこれがご馳走なのです。私が幼い頃にこれが出されたらおおはしゃぎしたことでしょう」


 シャルルは驚きました。普段食べてるご馳走と比べて驚きました。


 そして食べました。一つ残らず口に入れて、噛み締めました。


 自分達が贅沢なのに庶民は苦労してると幼いながらに知りました。


 シャルルは城に戻って庶民飯の感想を言うと。すぐに部屋に戻っていきました。


 厳しい母に、シャルルは一人悲しみました。そして庶民の暮らしを見てきた今、悲しみは憎しみに変わっていきました。


 シャルルは、まだ少年ですが、王子として王と王妃に失望の念を抱くようになりました。


 シャルルに愛情が失われた代わりに、マリーの愛は深くなっていきました。


 深い愛は彼女の心を蝕みました。


「ごめんなさいシャルル……。ごめんなさい……」


 夜。一人になると彼女は枕を濡らします。我が子を思い、涙を流します。


 本当は抱き締めたい。本当は楽しく話したい。


 でもできない。何故なら自分は恨まれないといけないから。


 人が恨み、怒った時の力を、身を持って知っているから。


 その力で、自分達は首を落とされたから。


 シャルルは努力を怠らず、大人になり、立派な王子になりました。


 そして、時が来ました。


 家臣と民を先導し、革命を起こしたのです。


 オーギュストは怒り狂いました。しかし簡単に捕まってしまいました。


 マリーは喜びました。しかし偽りの抵抗をし、捕まってしまいました。


 断頭台に上げられたのは、オーギュスト王と王妃マリーだけでした。


 シャルルはいません。


 運命は、変わりました。


 オーギュストは最後に、シャルルへ罵倒し、民達の怒りを買って石をぶつけられながら首を落とされました。


 マリーは最後の言葉に何を言おうか考えました。


「何を言おうかしら……? ん~……。そうね。最後くらい、言いたいことを言いましょう♪」


 そして、決めました。


 満面の笑みを浮かべ、シャルルに向かって言いました。


「シャルル……愛してる……。良き王になってね♪」


 どの口が言うんだと石を投げられました。身体中に当たり、ボロボロになっていきます。


 マリーは涙を流します。痛みが理由ではありません。


 嬉しくて、涙を流しています。


 立派なシャルルの姿を見て、笑いながら涙を流しているのです。


 そんな母を見て、シャルルは歯を食い縛ります。


 いつの日か、見てしまったのです。


 夜な夜な自分を呼びながら。謝り、泣き崩れる母を見ていたのです。


 シャルルは知っていました。愛されている事を。


 自分を立派に育てる為に道化を演じてくれていた事を。


 それでも。いえ、だからこそ。母の気持ちに応える為。シャルルはマリーを。母を処刑します。


 笑みを浮かべたまま死んでいったマリーを、国民は不気味がりました。


 親を殺してまで国民の味方をしたシャルルを。愚かな親の死すら悲しむ優しくも己を律したシャルルを。国民は愛しました。


 シャルルは民に寄り添い、共に歩む王として皆を幸せにしました。


 マリー=ロレーヌによるシャルルへの愛は本人以外には知られませんでした。


 しかし、マリー=ロレーヌは二度目の人生で罪を償う事ができました。


 おしまい。

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