家族、故に、義妹

 「ふぅ、ちょっと休憩しよ」


 ワンルームの部屋の中に、段ボールがいくつも積み重なっている。

 やっとの事で荷物を全部この部屋まで持ってくる事ができた。

 と言っても、殆ど業者さん達がテキパキと運んでくれていたのだが……。

 段ボールが積まれているのとは反対側の空いたスペースに腰を下ろして少しだけ休憩を挟む。

 今日は昼からずっと動きっぱなしだったから、普段運動なんてしない俺にはかなりくるものがある。


 「……巳柑さんには、悪い事したかなぁ」


 段ボールを見つめながら、巳柑さんに家を出て行くと伝えた日の事を思い出す。

 このままじゃ自分はおかしくなってしまうと、それ以上に萌々ちゃんにはあんな事をしてほしくないからと、俺は家を出て一人暮らしをする事を決めていた。

 萌々ちゃんにされた事を打ち明けるなんて事は間違っても口にできないから、巳柑さんには、この先もずっとお世話になりっぱなしなのはいけないと思ったからなどと理由を付けて説明した。


 「そんな事気にしないで、ずっとこの家に居ていいんだよ?」


 巳柑さんは何度もそう言って俺を引き止めていた。

 それでも俺は、何が何でもこの家を出て行く勢いで巳柑さんを説得した。

 ここで巳柑さんに押し切られてしまったら、次は無いと思ったから。

 2時間ぐらい話したところで、頑なだった巳柑さんは、ようやく首を縦に振ってくれた。

 そして今日、萌々ちゃんが家を空ける事は事前に知っていたから、それを狙って荷物を全部この部屋まで運んできた。

 ワンルームの部屋だけど、一人暮らしの俺にとっては充分すぎる広さだ。

 鳴鬼家からも距離はあるし、間違っても道ですれ違うような事はなさそうだ。


 「ただ、大学からは前より遠くなったけどな。仕方ないけど」


 一人暮らし初日なのに、もう独り言が定着し始めている……いや、前からだったか。

 大きく息を吸い込んでから、腰を持ち上げて含んだ空気を吐いた。


 「さてと、続きするかぁ~」


 陽が落ちる前には終わらせたいと、段ボールを開けていく作業を始める俺だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 見慣れない場所で目を覚ました。

 驚いて勢いよく体を起こしたところで思い出す。


 「そうだった。俺、一人暮らし始めたんだった……」


 昨日は結局、外が真っ暗になる頃に作業が終わった。

 睡魔と闘いながら夜食を食べて、そのまま布団へ潜り込んだ。


 「昨日は引っ越しで大学サボっちゃったから、今日は流石に行かないとなぁ」


 大学で思い出す。

 萌々ちゃんに大学はバレてしまっているから、きっと俺を待ち伏せしてくるに違いない。

 行きも帰りも道を変えて、見つからない様にしないと。

 幸い、うちの大学は出入り用の門が複数ある。


 「講義にはまだ時間あるなぁ。ご飯食べて、お風呂入って……ん?」


 家を出るまでの流れを考えていると、玄関に置いてある紙袋が目に入った。

 昨日、一段落ついたらお隣さんへ挨拶にと持って行こうと思っていた菓子詰め。

 すっかり忘れていた。


 「まぁ大学に行く前にでも、大丈夫だろう」


 先にお風呂に入ろうと、布団から抜け出した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「よし」


 お風呂にも入り、朝食も食べて大学に行く準備完了。

 手に菓子折りも持った。


 「第一印象が大事だからな。寝癖無し! 身だしなみ良し! いってきます!」


 鍵を開けて家を出る。

 一人暮らし最初の第一歩。

 これから俺は、この生活を満喫していくんだ。

 部屋の中に、外の光が入り込んできた。


 「おはよう、恭」

 「――――――へ?」


 その一歩の先に……萌々ちゃんが立っていた。

 手にしていた菓子詰めの入った紙袋が、力の抜けた俺の手から落ちていった。

 それを拾い上げた萌々ちゃんが、俺に差し出してくる。


 「落としたよ? はい」


 萌々ちゃんの手から紙袋を受け取る事もせず、俺は口を開く。


 「なんで、ここにいるの……俺、誰にも言ってないのに……」


 唯一、巳柑さんにだけは教えていたこの場所。

 まさか、巳柑さんが萌々ちゃんに……いや違う、巳柑さんがそんな事するわけない。

 じゃあ何で、萌々ちゃんがここに……。

 考えても分からない状況に追い込まれている俺を見て、萌々ちゃんが言った。


 「不思議? 誰にも教えてないここに私がいるのが。そうだよね、誰にも教えてないんだよね」

 「も、萌々ちゃん?」

 「……私にも教えてないよね? なんで?」

 「?!」


 萌々ちゃんから感じる威圧に、思わず家の中へと身を引いてしまう。

 更に距離を縮めてきた萌々ちゃんに、大きく後ろへ下がった。

 結果、段差に足を引っかけ尻もちをつく。

 ゆっくりと家に中に入ってきた萌々ちゃんは、後ろ手でドアを閉めると、同時に鍵も掛けた。

 静かな部屋の中に、俺と萌々ちゃんの二人だけ。

 ここには萌々ちゃんはいないはずなのに……目の前に立っているのは、紛れもなく萌々ちゃんで……。


 「恭……私から、逃げたね?」

 「っ!?」


 萌々ちゃんの口から放たれた「逃げた」という言葉。

 その言葉に、俺は反応してしまった。

 萌々ちゃんの眼つきが、鋭くなる。


 「やっぱりそうなんだ。……ねぇ、なんで逃げるの? ダメだよ、ちゃんと私の傍にいなくちゃ。私達は家族なんだよ?」


 あんな事をしておいて家族と言う萌々ちゃんに、俺は意を決して口を開いた。


 「そうだよ家族だ! なのに、萌々ちゃんがあんな事……するから。だから家を出たんだ! もうあんな事したくないから! 萌々ちゃんにあんな事してほしくないから!」


 吐き捨てる様に言いたい事を萌々ちゃんにぶつける。

 勢いに任せて、力で敵うはずが無いと分かっている萌々ちゃんに投げかける。

 これで殴られて終わるならそれでもいい。

 それで俺ともう二度とあんな事はしないって言うんなら……それで全部終わりにできるから。

 そう思って萌々ちゃんを見上げると、


 「何言ってるの、おかしな恭❤」


 萌々ちゃんは笑顔だった。

 さっきまでの威圧はなくなっていて、怪しく微笑んでいる。

 それが何か、嫌なことが起こる前触れみたいに思えて……。


 「家族だからシたんでしょ? 私と恭が、家族だから❤」

 「何、言ってるの……おかしいのは、萌々ちゃんだよ。家族で、兄妹であんな」


 言いかけた俺に、屈んで目線を合わせてくる萌々ちゃん。

 そして、ポケットから何かを取り出して……、


 「兄妹? 違うよ。私と恭は……家族だよ❤」


 それを無理矢理俺に手渡した。

 握らされた棒状の固い物。

 唾を飲み込んで、目線を下に向けた。

 握っていた手を広げると、体温計の様な物が……。


 「……こ、れ」

 「うん❤それで妊娠してるかどうかが分かるんだよ❤」


 俺にはこれが分からない。

 でも、萌々ちゃんが俺にこれを手渡してきたって事は……嘘だ……そんなわけない……そんな事……あっちゃいけない。

 だって……俺と……萌々ちゃんは……。


 「私達は兄妹じゃないよ、恭。私と恭は――――――家族(ふうふ)でしょ❤」

 「違う……違う……こんなの、違う……」

 「違わないよ❤私がママで、恭がパパ❤生まれてくる子も合わせて3人家族だね❤」


 俺の顔を掴んで、自分の胸へと抱く義妹。

 ……違う……もう、義妹と呼べる存在は、何処にもいない。

 初めからそうだったのか。

 俺の思っていた「家族」と、この子が思っていた「家族」は――――――全く違うものだったのか。

 今となってはもう、何もかもが、手遅れだった……。


 「もう逃げちゃダメだよ? 私もお腹の子も、心配しちゃうんだから❤ねぇ……パパ❤」


 もう何も考えられず、何も言う事もできず、俺は涙を流しているだけの兄だった存在になった。

 平凡な毎日を、代り映えしないけど楽しい毎日。

 なんでこうなる。

 なんで?

 そんなの分かってるだろ。

 それ以外、今は何も考えられない。

 越えたんだ……踏み越えてしまった……。

 たとえ義理でも、どこにでもいる様な兄妹と、家族と同じなら良かったのに……俺達は……。



 ――――――家族の距離感-ライン-を……踏み越えた――――――

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