誤解、故に、帰宅

 こめかみに青筋を立てながら、俺を追ってこの場に足を踏み入れてしまった彼女に殺気を放つ萌々ちゃん。

 後ろで震えているであろう無実の彼女の傍により盾になるか、今にも殴り殺しにかかりそうな萌々ちゃんに近づき足止めをするか……どちらを取るかなんて、初めから答えは出ている様なものだった。

 萌々ちゃんが俺の横を通り過ぎて行こうとする瞬間、俺は萌々ちゃんの腕と肩を押さえて、それ以上彼女の方へ近づけさせるのを防いだ。


 「待って萌々ちゃん! 違うんだ! この人は何も関係ないから!」

 「オマエ、そこ動くなよ。なぁ? 聞こえてんのか?」


 俺の肩越しに後ろにいる彼女目掛けて言い放つ萌々ちゃん。

 横目で後ろを見て見ると、彼女は涙を流して動けずにその場に固まっていた。


 「早く行って!」

 「で、でも……鳴鬼君が……」

 「良いから早くっ!」


 俺の大声がそうさせたのか、それとも萌々ちゃんに怯えてなのか、体を大きく震わせながら彼女は来た道を一目散に駆けて行った。

 それを見た萌々ちゃんは、逃げて行く彼女に怒鳴り声をまき散らしている。


 「テメェ逃げんじゃねぇよ!! その顔面にブチ込んでやるからなぁ!! コラァ!!」

 「萌々ちゃん! 止めてって!」


 彼女の姿が見えなくなったのを確認してから、萌々ちゃんから離れる。

 流石に後を追う様な事まではしない萌々ちゃん。

 これでまた、この場には俺と萌々ちゃんの二人きり……この後の事は、考えてなんていない。

 殴られる事は無いと思いたいが、責められる事は覚悟しておいた方が良いと頭で理解していた。


 「……んでだよ」

 「萌々ちゃん?」

 「なんであんな奴庇うんだよ!! なぁ恭!!」


 さっき俺が萌々ちゃんにそうした様に、俺の肩を掴んで問いかけてくる萌々ちゃん。

 無意識なのか、掴んでいる手に力が入り、俺の肩がギリリと軋んだ音を出す。

 それに気づいていない萌々ちゃんは、更に詰め寄って来て……。


 「やっぱり今の奴となんかあるんだろ!! もしかしてなんか弱みでも握られてんのか!? 私がボコしてやるから、だから話してみなって!!」

 「痛いって萌々ちゃん、本当になんでもないってば! ただ遊びに誘ってくれただけだよ! でも今日は予定があるからって言って断ったから……本当だって!」


 手を離してほしくて身を捩るが、すぐ後ろの壁に体を押し当てられて身動きが取れない様にされてしまった。

 こんな事を言った所で、萌々ちゃんには言い訳にしか聞こえていないと思う。

 こんな事で萌々ちゃんを止められているなら、苦労なんてしない。

 ギリギリと歯を軋めながら、萌々ちゃんは俺にもたれ掛かってくる。


 「まだそんな事言って! ……もういい、分かったよ」

 「……ちょっ!? 萌々ちゃん?!」


 萌々ちゃんは、今度は俺の腕を掴んで引っ張って歩き始めた。

 何を言っても返事を返さず、ひたすらに引っ張っられていく俺。

 何処に連れて行かれるのかとビクついていたら、見慣れた道に見慣れた景色。

 最終的に到着したのは、大学が終わって真っ直ぐに帰宅しようとしていた自宅だった。

 階段を上り、「鳴鬼」の表札が入ったドアの鍵を乱暴に開けると、中へと引き込まれる。

 今日は家に居るはずの巳柑さんの姿が見えない……タイミングが良いのか悪いのか、出かけているらしい。

 けど、萌々ちゃんはそんな事どうでもいいらしく、俺の腕を掴んだまま向かった先は……、


 「入ろ」

 「いや、入ろって……」

 「良いから、入って……恭」


 萌々ちゃんの部屋だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この家で暮らし始めてから1ヶ月程経ったある日、相談したい事があるからと萌々ちゃんに部屋へ呼ばれた。

 その日は巳柑さんは夜勤の仕事で朝まで帰って来ない日だった。

 相談をしてくれる程、俺の事を家族だと認めてくれたのだろうかと……俺は舞い上がっていた。

 まさか、あんな事をされるなんて、思うわけが無かったから……。


 「恭っ❤ 恭っ❤ 好きだよ❤」


 組み伏せられて、抵抗もできない。

 ベッドが軋んでいる音だけが、萌々ちゃんの部屋に響いていた。

 相談なんて嘘で、俺に告白してきた萌々ちゃんに……その場で犯された。

 状況が理解できないまま必死に抵抗を試みる俺を、萌々ちゃんは力で捻じ伏せた。

 そして、避妊具も何も着けていないのに、萌々ちゃんの中で俺は……。

 その日の事は忘れようと、何度も萌々ちゃんに言って聞かせた。

 俺達は家族だからと、兄妹だからと。

 もし万が一にも巳柑さんにこの事がバレてしまったら……俺は巳柑さんも萌々ちゃんも悲しませたくない。

 ちゃんと分かってくれたのか、過度な接触やボディタッチがあるものの、それ以上の事を萌々ちゃんがしてくる事は無くなった。

 ――――――はずだったのに。


 「恭は私のだ、あんな奴になんか渡さない。ねぇ恭、またあの日みたいに……シよ❤」


 あの日と同じ様に、俺はまた……萌々ちゃんに組み伏せられていた。

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