誘い、故に、鬼
その日の講義が終われば後は帰るだけ。
本当ならバイトに勤しんだり友達と遊びに行ったり、限りある大学生活を順風満帆に過ごすのも悪くない事だと思う。
できるなら俺だってそうしたい、けどそれは今の俺には叶わない事。
理由は……言わずもがな。
「帰ろ」
よく遊びに誘ってくれていた友達も、萌々ちゃんの今朝の様な光景を目にした日から遊びに声を掛けて来なくなった。
だからと言って別に仲が悪くなったとかそんな事は無く、授業が終われば話しかけてくれるし、昼食だって一緒に食べる。
ただ、萌々ちゃんの前ではそういう事をしてはいけないと、自ずと周りが自覚したんだと思う。
……でも、たまに、
「鳴鬼君!」
「? 何?」
「あ、あのさ! これから皆で遊びに行くんだけど……鳴鬼君もどうかなって、思って」
こうやって誘ってくれる子もいたりする。
手を胸の前でモジモジさせている、おしとやかな雰囲気を漂わせている綺麗系の女学生。
彼女とは同じ講義を受けているから、何度か話した事はあったな。
遠目に複数人、こっちを見ている人影がいる。
これから遊びに行くと言っていた友達だろう。
目線を戻して、今もモジモジとしている彼女の言った。
「折角誘ってくれたけど、ごめん。今日はちょっと予定があって」
「あ、えっと……そっか」
予定なんて無い、後は家に帰るだけなんだから。
家に帰るだけ……それにも気を遣う。
少しでも時間が過ぎれば、萌々ちゃんに何をされるか分かったもんじゃない。
それ以上に、このまま彼女達に付いて行けば……彼女達の身に危険が及ぶ。
「本当、ごめん」
「ううん! 私の方こそ急にごめんね! ……それじゃあ、またね!」
笑顔で手を振った彼女は、待っている友達の方へと小走りで駆けて行った。
それを背にして、俺も講義室を出て行った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大学を出てから真っ直ぐに家への帰路に着く。
高校入学の頃から続けていた飲食店のバイト……それも最近辞めた。
バイト先に萌々ちゃんが毎日の様に顔を出し、俺の様子を窺いに来ていた。
そんな萌々ちゃんを見た他のお客さんがそそくさと帰って行ったり、同じバイトの子が睨まれたなんて言ってきたりして、申し訳なさを抱えたままバイトに勤しむ事もできず、だから俺はバイトを自分から辞めた。
それからはまた似たような事になると思って、バイトはしていない。
巳柑さんに甘えるつもりも微塵もない。
稼いだ給料は特に趣味も無い俺が使うには、足りすぎているくらいにあって、貯金もできた。
「そうだな、貯金はあるんだから……」
近々、巳柑さんに話そうと思っている事がある。
タイミングが合えば、すぐにでも話したいことが……。
「恭」
俺の足を止めた声。
曲がり角の先まで続いているコンクリートの壁に、背中を預ける様にしてもたれている人の影。
二ヘラと笑顔を浮かべて、俺を見ていた。
「萌々ちゃん……」
「待ってた」
スカートのポケットに突っ込んでいた手を抜いて、俺にヒラヒラと力無く振って見せた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
萌々ちゃんが通っている高校は、この辺りでも名の知れた女子高だ。
それは良い意味ではなく寧ろ逆の意味で知れ渡っていて、ヤンチャな生徒しかいないと有名だった。
その女子高は俺の通う大学とは逆方面にあって、丁字路の道を真っ直ぐ進むだけで行く事ができる。
曲がり角を曲がって先に行けば家。
だから、萌々ちゃんはいつもこうやって俺が大学を終わるのをこの道で待っていた。
俺が家に帰るのに使うのは、この道しかないから……。
「さっ、帰ろっ」
俺の前まで来て、腕を掴んでくる。
萌々ちゃんの真っ直ぐな視線から若干目を反らす。
「俺言ったよ、待ってなくていいって……」
帰り道くらい、一人にさせてほしかった。
一人でいられる時だけが、俺が唯一安らげる時間だから。
朝は仕方がなかった。
二人別々に家を出たら、巳柑さんが俺達に何かあったんじゃないかと思われてしまいそうだったから。
だから帰りだけはと……そう思っていたのに。
「私も言ったよね? 嫌だって」
掴まれた腕が萌々ちゃんの方へと引っ張られる。
萌々ちゃん自身も、体を俺の方へと寄せてくる。
引き合わされた結果、萌々ちゃんが俺の胸におでこを当てる形になった。
「あの時と同じ匂いだね、恭」
「!? こんな所で何言って」
「私はどう、恭? あの時の私と、同じ匂いする?」
それ以上の会話はしたく無いと、萌々ちゃんを引き離す。
睨みつける俺に対して、変わらず二ヘラとして見せる萌々ちゃん。
もうこのまま放って帰ろうかと、そう思った時……。
「鳴鬼君!」
後ろから聞こえた声に振り返ると、
「歩くの早いね、鳴鬼君」
「え……何で」
ついさっき遊びに誘ってくれた子が、俺の後ろに立っていた。
「ごめんね! でも私、やっぱり鳴鬼君も誘いたくて!」
「あの、そうじゃ……」
「? どうかしたの?」
違う、俺が言ったのは、理由を聞く為じゃない。
俺が言ったのは……、
「鳴鬼君……っ!?!」
何で今、ここに来てしまったのかって事だ……。
彼女の表情が、みるみる変わっていく。
まるで、恐ろしいものを見てしまった様な、そんな表情に。
彼女が向ける視線の先に何があるのか、俺はもう知っている。
知っていても、俺が顔をそっちへ向ける事は、余儀なくされていた……。
「オマエ、恭の何?」
さっきまでの萌々ちゃんはそこにはいない。
いるのは、その場にいるだけで相手を射殺せそうな空気を纏う……鬼の様な存在だった。
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