五月女先生

「それじゃ皆さん頑張ってね」

 舞台の感想などを話し終えると、水城生徒会長は最後にそう告げて、慌ただしく体育館を後にする。それを追うようにして、他の生徒会の方々も体育館を出て行く。

 心なしか水城生徒会長の顔色に焦りの色が見え、いつもより落ち着きがないように感じるのは気のせいだろうか?

「生徒会長、なにか急ぎの用事でもあったんでしょうか?」

「ん~知らな~い。ナハハ~」


「今日は本当によく頑張ってくれたわ、みんなお疲れ様。生徒会長様から許可も戴いたたことだから、あとは舞台のポスターを掲示板に張れば、それでひとまず作戦は完了だっ!」

 今日の舞台に参加したみんなを集めた森部長が労いの言葉を掛けると、周囲から歓声や拍手が湧き起こる。

「そうだっ!部長、私今から自分のクラスの後ろの黒板にポスター貼ってきます」

「あっ、私もやってきます!」

「私も私も!週明けに友達に説明がてら自慢しよっと♪」

 その提案に乗って周りから続々と手が挙がる。気がつけば、その場にいるほぼ全員が挙手していた。

「よし、それなら手分けして」

「――いや、それはオレが代わりにやっとくから、お前らはさっさと帰れ。せっかくの日曜なんだから、何処かへ遊びにでも行ってこい」

「それはまあ構いませんけど、いいんですか先生?」

「ああ…」

「先生は予定とかないんですか?彼氏とか…あっ」

 言い掛けたところで女性部員は、しまったという顔をする。

「ハッ、そんなもんいねえよ」

 五月女先生は苦笑いを浮かべつつ、女生徒の言葉を否定する。

 

 なんだかすこし腑に落ちない気持ちもあったが、皆、五月女先生の言葉に従い、速やかに帰り支度を整えていく。


「先生、さようなら」

「お疲れ様っした~」

「おう、あんまり遅くなる前に家に帰れよ」


「行こっか、姫守君」

「…うん」

 歌敷さんに促され体育館を出る。普段とは違い、裁縫部のみんなと演劇同好会の植村部長を合わせた大所帯で校門をくぐる。


「そういや、姫守は夏休みの予定はどうするんだ?家族で旅行でも行くのか?」

 さきほどまで周りでお喋り楽しんでいた女生徒たちの声が、急に止んでしまう。

「いえ、そういう予定はないです。普段通りの日常生活を送るつもりです」

「なんだよ、随分と味気ないじゃないか……ムフッ」

「あっ、植村先輩がいやらしい笑い声あげてる!どうせ、またなにか如何わしいこと考えてるんじゃないでしょう?」

「ダメだぞ、植村。気持ち悪い笑い声は部屋に一人で居る時だけにしろ」

 森部長から半分冗談まじりの注意が飛ぶ。

「なんだよ~、ウチは奥手な後輩たちのために態々訊いてやったのに~。お前らだって姫守の夏の予定とか、ホントは気になってんだろ~?」

 植村部長が周りに問いかけるが、まるで互いにけん制し合うように見つめ合ったまま、女生徒たちは否定も肯定もせず黙り込む。

 親しくなってきたとは言え、まだまだ日も浅く、森部長や植村部長のような魅力もない部外者の男子を、気にしろというほうが無理な話だった。


「やっぱり夏は友達と遊ぶものなんですか?」

 以前、前の席の柴田君から遊びに誘われたことを思い出す。

「まあ、それが普通じゃないか?もしかして姫守、そういう経験もないのか?」

「……はい」

「姫守君はお家で大切にされてきた箱入り息子だから、同年代の友だちをつくる機会が今迄なかったんです」

 隣で話を聞いていた歌敷さんが、すかさずフォローを入れてくれる。

「なんだよ~水臭いな~。それならそう言ってくれればいいのに。じゃあさ、姫守さえ良ければ、思いで作りってことで、夏休みに入ったら一緒に遊びに行かないか?」

「えっと」

「――だ、駄目です、そんなの!絶対に!ダメ!」

 突然、こちらが答えるよりも早く、歌敷さんが反対の声を上がる。そしてそれに呼応するように、他の女生徒たちからも続々と反対の声が上がる。

「ナハハ、まあまあ、落ち着けって。なにも私だけって言ってるわけじゃないぞ。ここにいる全員と遊ばないかって話さ」

「オイオイ、ここにいる全員って…、さすがにそれは無茶じゃないか、植村?」

「為せば成る!だって、ウチらは花も恥じらう女子高生だぞ?貴重な夏休みを舞台の練習だけに明け暮れるなんて酷過ぎやしないか?浮ついた話のひとつもなけりゃ、夏休み明けに友達に笑われちまうよ~しくしく」

「たった週二の練習で大袈裟な……。まあ、言わんとしてる事はわかるけど」

「頼むよ~姫守~、まるで男っ気のない私たち夏休みに彩りと刺激をおくれよ~」

 そう言って、植村部長は僕の肩に手を置き、潤んだ瞳で訴えかけてくる。 

「それくらいは構いませんけど――」

 元々、自分のお願いから始まった事なので、自分にできることであれば、お礼の意味も込めて、出来る限り協力はしたかったのだけれど。

「――それって、ただ皆さんにとっては迷惑なだけなのでは…?」

「そ、そんなことないです!私、デデデ、デートしたいです!」

 声に振り返ると、裁縫部の間さんが顔を真っ赤にしながら手を挙げていた。

「え、ちょ、美咲ちゃん?!」

「もしかして申告制?それじゃあ私も!」

「あ、ズルい!私も!半日とか贅沢言わないので、せめて夜だけでも」

「はあっ?あんた、それ絶対エロじゃん!」

「ちがうもん!ロマンチックな夜を過ごしたいだけだもん!」

 どうやら、間さんが口火を切ったことで、他の。

「…いや、あの、おーい」

 植村部長の呼びかけも虚しく、一度、火が点いてしまった彼女たちが止まることはなかった。昼の陽光が照りつけ、ジリジリと焼けているアスファルトの上で、彼女たちの姦しいやり取りはしばらく続いた。 


「チッ、喧しい女共が…」

 こちらの喧騒を横目に、数人の男子生徒が通り過ぎていく。そしてその男子生徒は通り過ぎ様、こちらに向かって小声で悪態をつく。

 周りにいる女生徒たちに遮られて、姿こそ見えなかったが、その声はどこか聞き覚えのあるものだった。同時に、どういう訳かその声に妙な悪寒を感じる。その悪寒はまるで毒のように急速に身体を包み込む。


「姫守君、どうかしたの?」

「……うん、いや大丈夫だよ」

 どうやら表情に現れていたらしく、歌敷さんが心配そうに顔を覗き込む。

 女生徒たちの輪から離れ、さきほどの声の主を急いで探すと、男子生徒たちが校門にいるのを見つける。

 視界に捉えた男子生徒たちは三人組で、三人共、僕よりも背が高く、特に真ん中の一人は他の二人よりも頭一つ分高く、その組み合わせには見覚えがあった。以前、屋上で五月女先生に迫っていた、あの三人だった。

「ごめん、ちょっと用事を思い出しちゃったから、その話はまた今度聞くよ」

 一方的に皆に別れを告げて、急いで学校へと戻る。


 校門をくぐり、すぐさま校舎の中へと入る。

 三人の姿は既になかったが、日曜日の校舎には他に生徒の姿はなく、これなら物音や話し声ですぐにでも三人か五月女先生を見つけられそうではあった。

 しかし、問題は見つけたその後だった。前回のように、五月女先生の身に危険が及ぶようであれば、止めに入ること自体は容易であった。ただ、それは問題を先延ばしにしているだけのように思えてしまい、どうすれば良いのか、決心がつかなかった。























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