開演
皆が揃ったところで、さっそく昨日準備しておいた小道具や衣装を体育館の檀上の裏手に運び込む。
そして準備に漏れがないようチェックし終えて、最後の段取りの打ち合わせしていると、体育館の両開きの扉が重々しい音を立てて開く。
揃って視線を入口のへ向けると、そこには水城生徒会長が立っていた。
「やっほー、やってるわね」
「なに、もう来たの?講演は十二時からって言わなかった?」
今の時間は十時過ぎで、講演までにはまだ結構な間があった。檀上を下りた森部長は水城生徒会長の元へと駆け寄ると、「しっしっ」と体育館から追い出そうとする。
「あら、酷い扱いね。とっても楽しみだから激励に来てあげただけなのに」
水城生徒会長は口を尖らせる。今日の水城生徒会長からはいつもの生徒会室での大人びた雰囲気とか違い、子どもっぽい印象を受ける。
「あのね、気持ちは有難いのだけど、それ逆効果なんで、さっさと出て行ってもらえるかしら?」
「はいはい、わかりましたよーだ。…でもね、楽しみなのは本当だからね」
渋々と了承した水城生徒会長去り際にチラリと視線をこちらに向ける。瞬間、目が合うとニッコリと微笑んだ水城生徒会長は自信に満ちた足取りでその場を立ち去る。
「アイツってさ、嫌味じゃないとこが逆に嫌味だよね~ナハハ」
植村部長の言葉に、何人かが同意するように頷く。
「ねぇ今、生徒会長…、姫守君のほう見てなかった?」
「あはは…どうなんだろう?」
眉間に皺を寄せた歌敷さんからの質問に曖昧に返す。なぜそうしたのかは自分でも分からなかった。もうしかしたら、そうした方が波風が立たないと本能が察知したのかもしれない。
時刻が間もなく十二時になろうというところで、森部長の号令が体育館に響き渡り、全員が周りに集める。
「もうすぐ、私たちのお芝居を観に、第一号のお客様が来られます。泣いても笑ってもここが運命の分かれ道。短い期間ではあったけれど、皆精一杯頑張ってくれました。あとはその練習の成果を発揮するだけ!皆、悔いのないように思いっきり行きましょう!そんでもってお高く止まった生徒会の奴らをあっと言わせてやろう!」
「おおーーー!!」
集まった全員が森部長の激励に元気に応える。
「あっそうだ、五月女先生もなにか言う事ありますか?」
「――お前に全部言われちまったよ!」
悔しそうな五月女先生の言葉に、体育館の中にドッと笑いがおこる。
さきほどまで緊張した表情だった皆の顔に、自信と信頼に満ちた笑顔が広がる。
そして、いよいよ劇の本番が始まる。
コンコンッ
ノックの音に、机に広げた冊子の山から顔を上げる。周りの役員の皆も同じように顔を上げる。なにげなく時計を見ると、時計はちょうど十二時を指していた。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けて生徒会室に入ってきたのは、見覚えのある少女だった。きっちりと切り揃えられたショートボブに黒縁の眼鏡のメガネをかけた少女は一礼すると、臆することなく部屋の中へ入ってくる。
たしか名前は斎藤雪。以前、あの姫守君と一緒に生徒会室にきたことのある、彼のクラスの委員長のはず。彼女のことは以前からよく知っている。なにせ姫守君の話題になると必ずと言って良いほど話に付いてくる『阿吽コンビ』の片割れなのだから。
「舞台の準備が整いましたので、お知らせにきました」
斎藤さんの言葉を聞いても、周りの役員たちは何の関心も示さず、行動にも移さない。
「そう、ご苦労様。すぐに支度をするわ」
私の言葉に、周りの役員たちはようやく重い腰をあげ、いそいそと準備を始める。こんなことではたして来年の生徒会は大丈夫なのだろうか…。
「では、失礼しました」
無機質にそれだけ述べると、斎藤さんは生徒会室から出て行く。それを追いかけて生徒会室を足早に出る。
「ねえ、斉藤さん」
「なんでしょうか、生徒会長?」
後ろから呼び止めると――おそらく警戒心の現われなのだろう――感情のこもらない冷たい返事が返ってくる。
「よかったら講堂まで一緒に行きましょう。話したいこともあるから」
「…そうですか」
否定も肯定もされないとは、随分と嫌われたものね。彼らの動機を考えれば、それも仕方のないことではあるのだけれど。…つくづく生徒会長って損な役回りよね。
「以前に姫守君を生徒会に誘ったことがあったでしょ?もしよければ貴方もどうかしら?」
「将を射んとすれば、って事ですか?」
「ん~、否定はしないけど、もちろんそれだけじゃないのよ」
「御断りします」
思案する素振りも一切見せず、キッパリと断られてしまう。
「理由を訊いても?」
「魅力を感じないからです」
「そう?一般生徒ではできない経験ができてやり甲斐は充分にあるわよ。それに下世話な言い方だけど内申点だって付きやすいし、悪くないと思うけれど――」
「それは、魅力なんですか?」
訝しむような斎藤さんの瞳に内心ドキリとする。
「…私はそう思っていたのだけど……。そうね、人によってそんなの違うわよね」
「ええ、私もそう思います。――着きましたよ、どうぞ中へ」
話し込んでいる内に講堂の前までやってきていた。斎藤さんは講堂の重い扉を開くと、中へ入るように促す。
講堂の中は――二階の窓が全て遮光カーテンで閉め切られているため――昼間だというのに思いのほか暗かった。
檀上の手前にはパイプ椅子が生徒会の人数分、二組に分けて並べられていた。間が空いているのは、本番での通路を想定しているのかもしれない。
檀上の上は暗幕で仕切られていて奥の様子を窺い知ることは出来そうになかった。
中央のパイプ椅子に腰を下ろすと、次第に胸が高鳴ってくる。
「なんだかワクワクするわね」
「そうですか、私はべつに……」
隣の席に座る蛯原さんに共感を求めてみたものの、無関心を決め込まれてしまう。まだ数カ月程度の付き合いではあったが、その言葉が嘘であることは容易に判った。この一年の少女は喜怒哀楽の内、怒り以外の感情を表に出すことを極端に毛嫌いする節があった。その癖、嫌悪感だけは人一倍で誰彼構わず振りまいてしまう、困ったちゃんであった。
檀上の暗幕の裏からマイクを持った斎藤さんが現れる。
「本日はお忙しい中、ご足労いただきありがとうございます。それでは、これより裁縫部と演劇部の合作、演目『美女と野獣』を始めさせて頂きます。公演時間はおよそ三十分ほどを予定しておりまり――」
「三十分も観なきゃ駄目なんですか?」
あからさまな蛯原さんからの不満を、斎藤さんは無視して話を続ける。
「――公演中の私語、電話はお控え下さいますよう、よろしくお願いいたします」
最後に一礼すると、斉藤さんは蛯原さんを一瞥する事なく、暗幕の裏へと消える。
「やな感じ…」
「それは貴方が言えた台詞じゃないでしょ」
まるで、聞き分けのない子ども諭す母親のような気分だった。
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