生徒会室の近くまでやってくると、さすがの部長二人と言えど、緊張からか口数が減ってきているように思えたが――

「いや~ウチ、生徒会室なんて、ひさしぶりだわ~。できればもう一生行きたくなかったわ~」

「それは同感。教室で話すときよりも、あきらかにこっちにプレッシャー与えてくるのよね、あれなんなんだろ?伝統?」

「ナハハ~やだな~そんな伝統~」

 ――どうやら、そんなことは微塵もなかったらしい。なんとも心強い二人だった。


 コンッココンッコン!!


 会議中なのか、生徒会室の中からは男女のせわしない話し声が聞こえてくるが、そんなことはお構いなしといった様子で、植村部長はリズミカルに生徒会室の扉をノックする。

 すこしすると扉が開き、中から以前、生徒会長の隣の席にいた蛯原さんが現れる。蛯原さんは目の前に立つ植村部長を見た瞬間、あからさまに嫌そうな顔をする。

「よお、エビ!」

「蛯原です!人の名前ははっきりと言って下さい」

「つれないな~愛称だよ~」

「愛称で呼び合うほど、あなたと仲良くなった覚えはありません!」

「ああ、それもそうだな~ナハハ」

「あなたね一体って、…えっ?!」

 蛯原さんは植村部長になにかを言い掛けたが、すぐに植村部長の隣にいる僕たちの存在に気がつく。

「こんにちわ」

「えっ、ええ、そう、まあ、こんにちわ」

 蛯原さんは顔の表情を落ち着きなく変えながら、しどろもどろに返事をする。

「生徒会に提出したい物があるのだけど、構いませんか?」

 混乱している蛯原さんに、すかさず森部長が話を持ち掛ける。

「えっと、ちょっと待って――」

「――どうぞ、はいってらっしゃい」

 蛯原さんが言い終わる前に、部屋の中から生徒会長である水城さんのこちらを招きく声が聞こえてくる。

「おう、邪魔するよ~」

 蛯原さんが脇へ下がると、植村部長は先陣を切って生徒会室へと入って行く。後を追うように、森部長と僕も生徒会室へと入る。


 部屋の中は以前と同じく、幾つもの長テーブルに同じ顔ぶれが並んで座り、その一番奥にある上座に生徒会長がどっしりと座っていた。

「あら、なんとも珍しい組み合わせね」 

 部屋に入ってきた僕たちの顔を順に眺めていた生徒会長は、僕と目が合うとほんの僅かだけ微笑む。相変わらず、なにを考えているのか読めない人だった。

「そうだろうな~、私自身もなんか変な気分だ」

「忙しそうなところすまない、水城。用件が済めばすぐに退散するからさ」

「おい、呼び捨てにせず、ちゃんと生徒会長と呼べ!」

「人のことを『おい』なんて呼ぶ奴は黙ってな、この腰巾着」

 手前の椅子に座っている腕章を付けた男子生徒が森部長に食って掛かるが、部長は軽く一蹴してしまう。

「ごめんなさい森さん。木村君も私は気にしてないから大丈夫よ。それで、この不思議な組み合わせの意図を教えてもらえる?なにか愉快な話なのかしら?」

「もちろん、ただ、話すより先に、まずこれを見てもらったほうが早いかな」

 どことなく期待を寄せるような水城生徒会長の質問に、森部長は自信満々に応えると、植村部長が持参していた鞄から丸めたコピー用紙を取り出し、近くにいた先ほどの喧嘩腰な男子生徒に手渡す。男子生徒は手渡された用紙をそそくさと生徒会長の元へと持っていく。その姿は飼い主とペットの関係に見えなくもない。

 生徒会長が丸めた用紙を広げると、気になった他の役員たちも生徒会長の周りに集まる。

「――なッ?!」

 用紙を広げた生徒会役員の面々は、ただまじまじと、まるで魂が抜けてしまったかのようにポスターを見つめている。あの純白のドレスに身を包んだ僕の写真を。

 隣にいる森部長と植村部長は二人揃って肩を震わせ、笑いを噛み殺していた。

 しばらくして顔を上げた水城生徒会長は、挑戦的な瞳を僕たち三人に向ける。

「これはつまり、文化祭の出し物ということでいいのね」

「ああ、もちろん」

「はい、よろしくお願いします」

 確認するように、こちらを見た水城生徒会長に頭を下げてお願いする。

「このタイミングで申請に来たということは、夏休み前の審査を希望ということでいいのかしら?」

「話が早くて助かるよ。お願いできるかい?」

「…そうね、それ自体は全く問題ないのだけれど――」

 水城生徒会長はポスターを思案気に見つめたまま、机を爪でコツコツと叩く。

「――問題は、主演にあるこの名前ね」

 ポスターの隅に載っている出演者の名前の欄を水城生徒会長は指差す。当然ながら、その中には主演である五月女先生の名前がきちんと載せられていた。

「おんや?なにか問題でもあるのかな~?」

 植村部長はこれ見よがしに白々しくとぼける。

「とぼけないで、こんなの生徒会に対する遠回しな当てつけじゃない」

 顔を真っ赤にした蛯原さんがこちらを睨みつける。

「ええ~、べつに教員は出し物に参加しちゃダメなんて決まりはないよ~?」

「ぐうゥゥ」

「よしなさい、蛯原さん。植村さん、あなたもよ。あなたたちはそんな幼稚な駆け引きのためにわざわざ生徒会室に来たわけじゃないのでしょ?」

「そりゃまあね~」

「裁縫部がなにやら妙な動きをしてると報告はあったのだけど、なるほど、このためだったのね」

「あちゃ~、さすがにそこはバレてたか」

「ご丁寧に廊下側の窓まで塞がれていれば誰だって怪しむわよ」

「ナハハ~、だからアレはやり過ぎだっていったじゃん」

 三人はまるで友人同士のように会話をする。そこには気兼ねした様子は微塵もなく、もしかしたら本当に友達同士なのかもしれない。

「すこし話が脱線しちゃったわね。話しを戻すけど、出し物が演劇ということは講堂を使うのかしら?土曜日は運動部が使用しているから無理だけど、今度の日曜日なら可能よ、それで構わない?もしそれでよければ、こちらから学校側に使用許可も貰っておくけれど?」

「お、いいのかい?助かるよ。それにわざわざ日曜日に学校に来てくれるなんて優しいじゃないか、水城」

「生徒が学校の催しに尽力しているなら、生徒会として協力するのは当たり前、というのは半分本当で、じつは日曜日にも生徒会の集まりがあるのよ」

「はえ~、わざわざ日曜にまで難しい顔を突き合わせるのか、ご苦労だね~」

「大変なことも多いけど、有意義で遣り甲斐のある仕事よ、生徒会は」

「ふ~ん、まあ、よろしく頼むよ」

「それじゃあ、次の日曜に拝見させてもらうわね。ただし、もしこれがその場しのぎの拙い三文芝居だった場合、出し物は許可できません。当然このポスターも学校内には貼らせませんし、全て没収させてもらいますから。そこは覚悟しておくように」

 さきほどまでとは違う、ギラリと睨むような視線を生徒会長は向ける。

「おお、こわ~」

「い、一生懸命頑張ります」

「おいおい、こっちは素人なんだから技術よりは頑張りを見てくれよ」

「それは重々承知しています。それでは今度の日曜日を楽しみにしているわね」

 最後にそう言うと、生徒会長は軽く手を振り、なぜかこちらに向けてウインクをする。しかし、それを素直に好意として受け取れないくらいには、今の自分は底の知れない水城生徒会長が怖かった。













































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