「それじゃ、オレは職員室に戻るからな」

「あっ、何言っているんです。まだダメですよ」 

 席を立とうとする五月女先生を森部長が腕を掴んで引き止める。

「まだなんかあるのか?」

「今後の予定や準備については随時連絡しますけど、とりあえず今日のところは先生用の衣装を手直ししなきゃならないので、サイズだけでも計らせて下さいネ」

「手直しって、衣装なんてまだないだろ?」

「いえ、じつはもうあるんです。厳密には借り物になるんですが、演劇部の衣装にちょうど良い感じの物があるんですよ!」

「演劇部?うちの学校にそんな部があったのか?」

「それは一年の私たちも初耳です。入学当初の部活説明でも聴きませんでしたが?」

 斎藤さんが不思議そうに訊ねる。

「仕方ないのよ。演劇部として活動していたのは2年前までで、今は同好会に格下げされてしまってるから。部員も一人しかいなくて、本人も演劇部再建は諦めてるみたいなの。それでも演劇部が使っていた衣装は体育倉庫の一部を借りて、きちんと保管してくれてるのよ」

「部長さん、なんだかその部のことについて詳しいですね」

「じつはその子と友達なのよ。部活動で接する機会があって仲良くなったの。ほら、演劇部と裁縫部って意外と接点が多いのよ。衣装作りを手伝ったり、着付けなんかの裏方を手伝ったりとかね」

「「「ああ~」」」

 皆得心がいった様子で、揃って声を漏らす。

「そういうわけなので、ご協力お願いしまーす」

 そう言うと、部長さんは五月女先生の腕をがっしりと掴み、引きずるようにして奥の準備室へと入っていった。


 

 その後、しばらくして準備室から出てきた二人は、片やホクホク顔な部長さん、片や苦虫を噛み潰したような五月女先生と、まさに正反対な顔色をしていた。


「終わりましたか?」

 演劇の進行やポスター作りをしていた部員たちが顔を上げる。

「ええ、先生のおかげでこれなら手直しにもそう手間は掛からないと思うわ」

「へぇへぇ、男みたいなプロポーションで悪うございました」

 よほどサイズを測られたのが嫌だったのか、五月女先生は皮肉まじりに悪態をつく。

「そんなことないです。腰回りやお尻にかけてのラインはかなり引き締まっていてモデルみたいで素敵でしたよ」

「オイ、ここでそんなこと言うな!」

 チラリと視線をこちらに向けると、気を遣って慌てて注意をする。しかし、五月女先生のスタイルが良い事は、服の上からでも十分わかる事なので、とくに気にはならなかった。

「先生可愛い~テレちゃってる」

「あれはツンデレってやつね」

「なるほど、そういうスタンスで攻めるんだ」

「お、お前たち、教師の目の前で好き勝手言ってるんじゃねえ!」

 囃し立てる女生徒たちを顔を真っ赤にした五月女先生が叱る。その姿にはいつもの覇気は感じられなかったため、なにかしら思うところがあるのかもしれない。


「先方とは連絡が取れましたので、早速明日からはじめましょう」

 何事か携帯で連絡を取っていた部長さんが振り返って告げる。

「明日?!もう始めるのか?」

「もちろんです!先生の衣装合わせに手直し、他にも手を加えなきゃいけない箇所は山のようにありますが、とりあえずはメインだけでもきちんと形にしておかないと。先生も踊ってる最中に衣装が脱げるのはイヤでしょ?」

「たしかに…嫌だな。というか踊りもするのか?」

「まだ構想の段階ですが、一から物語を演じるのは素人には到底無理だと承知してますので、重要な場面だけを抜き出す形でやっていただいて、それを披露しようかと考えています」

「披露…?…一体、誰に披露するんだ?」

「え、そんなの生徒会に決まってるじゃないですか」

「「えええっ?!」」

 あまりの衝撃に五月女先生と声が重なってしまう。

「アイツらの前でやるのか…」

「あの人たちの前でやるの…」

「あら、息ピッタリね」

「オレはてっきり、申請すれば通るものだとばかり…」

「僕も…そうだと…」

「ないない、あの生徒会がそんな甘いわけないじゃないですか」

 たしかに言われてみればもっともな話だった。しかも、処分の撤回まで掛かっているとあっては、むしろその逆に、普段よりも審査が厳しくなることもありえた。

「そういうわけなので、これからビシビシと、予定もみっちりでいきますので、そのつもりでネ」

 部長さんは僕と五月女先生を交互に見返しながら念を押すように告げる。五月女先生は本日何度目かの溜息をつくと、了承の印に軽く手を振ってから家庭科室を出て行く。


 教室から出て行く五月女先生の後を追って急いで教室を出る。

「五月女先生、今日は、その、勝手なことをしてしまって――」

「――いいよ、気にするな。逆に感謝してるくらいだ。それに、お互い様だろ?」

 苦笑いを浮かべた五月女先生はそれだけを告げると、また去って行く。

 僕たちが先生の事情を知っているということは、当然、男子生徒たちの訴えについても知っているということ。五月女先生が内緒で僕を庇ってくれたように、僕たちも強引に助けようとした。だから、おあいこなのだった。



「…あっ、舞ちゃん、私とんでもない事に気づいちゃった…」

「どしたの、美咲ちゃん?」

 隣でポスターに使うフレーズをノートに書き込んでいた友人の美咲ちゃんが、シャーペンを持つ手を止めて、はっと我に返ったように慌ててこちらを振り返る。

「この作戦、駄目だよ。絶対上手くいかないよ!」

「だから、どうして?」

「だって、だって、五月女先生って男性恐怖症なんでしょ?じゃあ、姫守君とダンスなんてできないよ!?」

「…それなら大丈夫よ」

 先輩部員に混じってパソコンを使っていた委員長が、パソコン画面から眼を逸らさずに告げる。

「大丈夫って、どうしてですか?!」

「そりゃあ、相手が姫守君だもの」

 当然でしょ?とでも言いたげに告げると、近くで作業をしていた他の部員の皆も同意するように頷く。

「いいなァ…」

 美咲ちゃんがポツリと小声で呟く。

「そうだね」

 言葉の意図は分からずとも、その言葉にはどこか共感できてしまえる説得力があった。





















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