「むっ!」
「その声はっ!」
教室の奥から響く聞き慣れた声に、その場に居た全員が一斉に声のした方へと振り返る。
教室奥にある準備室の開け放たれた扉の前、そこには不敵な笑みを浮かべた裁縫部部長の森紀子先輩が腕を組み、壁にもたれかかって立っていた。
「部長!?」
「いたんですか部長?!」
「ええ、ええ、もちろんいましたとも。というか、『いたんですか?』ってやめてね、地味に傷つくから」
「はい、部長」
「そして、奥の部屋から聞かせてもったわよ、姫守君!」
どういうわけか、自信満々といった表情で部長さんはこちらに微笑みかける。
「あっ、すいません。ご迷惑をお掛けして…」
「あっはっは、べつに謝る必要なんてないわよ。元々、急ごしらえで作られたものだから壁が薄いのよ。だから広瀬ちゃんがダイエット中だとか、美咲ちゃんが『姫守きゅんFC』に入会したとか、部員のみんなの会話はぜ~んぶ筒抜けなのよ、これが!あっはっはっは」
「きゃあああーー部長!!本人の前でなんてこと言うんですかっ!?」
なぜかパニックに陥った間さんは、部長さんに飛びかかると無理やり口を塞いでしまう。FCってなんだろう?
さきほどまでの陰鬱な空気は消し飛び、いつもの裁縫部が戻ってくる。その鮮やかな手腕と皆を纏める存在感には、さすがは部を束ねる部長さんだと感服するばかりだった。
「あ~苦しかった。それでさっき話してた話の続きだけど――」
ようやく間さんから解放された部長さんは喉をさすりながらこちらに向き直る。ちなみに、間さんは先輩たちに宥められながらも、まだ怒りが治まらないようで、鼻息荒く部長さんを睨んでいた。
「――姫守君たちは担任の五月女先生の無実を証明して、なんとか処分を免れて欲しい、と考えているわけね?」
僕と斎藤さん、そして歌敷さんは揃って頷く。
「そこで、私にひとつ案があるんだけど聞いてくれる?」
「それは、はい。五月女先生を助けられるのなら願ってもないですが…」
「それじゃあ、まず始めになんだけど、いっそのこと無実の証明は棚にあげちゃうってのはどう?」
それはつまり、僕のせいで五月女先生が濡れ衣を被ることになった事実を無視するということだろうか?
「…有耶無耶にしてなかったことにするのは嫌ですけど、取り急ぎ必要がないというのであれば我慢します」
「オーケー、まあ、その辺りのことはキミの問題だから、あえて私は口出ししない。私の考えでは、その男子生徒たちの訴えと五月女先生を救うことは別問題なんだ。つまるところ、助ける上で真偽を証明する必要はないってこと」
「必要が…ない?」
「ええ、話を聞いた限りじゃ、むしろそっちのほうが遥かに困難だからね。そこで満を持しての私の出番ですよ!ンッフッフ~」
部長さんは自信ありげに自分の胸をドンと叩く。
「なにか良い考えが?」
「まかせて、私にとっておきのいい作戦があるわ!」
「その台詞がすでに不安を掻き立てるんだけど…」
部長さんの言葉に、斎藤さんは訝しむような目を向けて呟く。なぜかそれに同意するように他の部員たちまでが頷く。
「あれ?なんで?そこはみんな羨望と賞賛の眼差しを向けるところじゃないの?」
しかし、部長さんの周りにいたみんなは一斉に眼を逸らしてしまう。
「ぼ、ぼくは信じてますから」
「え~ん、やっぱり持つべきものはカワイイ後輩だよ~」
そう言うと、部長は突然僕に抱きついてくる。
「ちょっと!なにどさくさに紛れてセクハラしてるんですか!そんなことより、さっさとその自慢の作戦とやらを説明して下さい」
それを見咎めた斎藤さんがすかさず引き剥がして、本題へと戻してくれる。
「おっと、そうだった、そうだった。いやァ~姫守君が来てくれるとついテンションが上がってしまって申し訳ない。それじゃ本題に戻るけど、私の作戦というのはズバリ、不特定多数の生徒を味方に引き込むというものなんだ」
部長さんは得意顔に語るが、その意図がまださっぱりわからなかった。
「…ん~ふむ、続けて下さい」
顎に手を当てた沈思していた斎藤さんが告げる。
「五月女先生を窮地に追い込もうと考えているのは、訴えた男子生徒たちだけで、生徒会は訴えに正当性を認めたから行動に移したわけ。結局のところ、生徒会は一般生徒からの支持を得ているから今の地位にいられるわけで、逆に言えば、生徒たちの総意には逆らえないのよ」
ここで部長は一旦話を区切ると、周りが理解できたか確認する。
「なるほどね。もし、多くの生徒たちから支持を得られれば、生徒会も無視することは出来ない。処分の見直しは無理でも、処分が軽くなる可能性は十分にありえるわね」
「そのとおり!」
なるほど、たしかにそれなら五月女先生に掛けられた嫌疑を晴らすよりも、手っ取り早く効果的に思えた。
「でも、重要なのはそのための手段なのだけど、勿論、抜かりはないんですよね?」
「ありますとも、とっておきのがね。そのためには――」
ニッコリの満面の笑みを浮かべた部長さんは、隣に座る僕の肩に手を置く。
「――まず、姫守君の協力が必要不可欠なの」
「やります、なんでも!」
そもそも、これは自分が撒いてしまった種であることと、なによりも大好きな五月女先生を助けるためであれば、どれだけ困難なことであっても耐える心構えは既にできていた。
「ウフッ、いい返事だ。それじゃあさっそく、作戦の詳しい概要を説明しよう」
――部長さんから作戦の詳しい概要を説明される。
「「「えええええェェェーーーー!!??」」」
説明を終えると、その場にいた全員が驚愕の声をあげる。その声は廊下にまで響き渡り、何事かと他の部室から生徒たちが出てくるほどだった。
かく言う僕も例外ではなく、しばらく口を開いたまま茫然としてしまう。
「さあ、みんな!呆けている場合じゃないわよ。これからいろいろと準備に忙しくなってくるからね」
部長さんが手を叩くと、部員のみんなは慌ただしく動き始める。
「あの、僕たちは…?」
「姫守君と斎藤さん、あと舞ちゃんには、キミたちにしかできない重要な任務があるでしょ?」
「説得ね」
「難易度高いな~」
「けど、やるしかないよ」
お互いに頷き合うと、五月女先生を説得すべく、再び職員室へと向かう。
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