生徒会へ

「着いたわ、準備はいい?」

「…うん」

 結局、五月女先生から生徒会呼び出しの用件を聞き出すことはできなかった。

 それならばと、委員長の提案に乗ってやってきたのがここ、生徒会室であった。

 委員長の話では随分と恐ろしい場所のように聞かされていたが、外観は他の教室とさほど変わらない。ただ、一か所だけ廊下側に付けられている窓ガラスがすべて厚みのあるすりガラスになっていた。

「さっき話したとおり『飴とやや鞭』で行きましょう」

 緊張のあまり上手く声が出せなかったので肯定の印にコクリと頷く。

 『飴とやや鞭』とは、さきほど中庭で斎藤さんが考えた作戦で、早い話が生徒会から直接、五月女先生を呼び出した詳しい経緯などを聞き出すための作戦だった。飴役の僕が生徒会の役員さんたちにお願いをして、やや鞭役の斎藤さんが強気な交渉で臨むという役回りの予定だった。


「委員長……僕、自信がないよ…」

「気休めにもならないけど――」

 委員長は額から流れる汗を袖で拭う。

「――私もないわ」

 

 扉の前に立つと、中から――何かの会議中なのだろう――話し声が聞こえてくる。

 斎藤さんが小さくをノックするが返事は返って来ない。もう一度、ノックをしようとしたところで、部屋の中から「どうぞ」という落ち着いた女性の声が返ってくる。

 互いに頷き合い、二人して大きく深呼吸をしてから生徒会室へと入室する。


「「失礼します」」


 斎藤さんが先に入り、続いて僕が入る。

 先に入った斎藤さんに視線を向けていた生徒会室の人たちは、僕が入ってきたと同時に全員がこちらに圧力を感じさせるような視線を向ける。中には口の端を吊り上げて笑みを浮かべる男子や、目を見開いて口元を隠す女子もいた。敵意とも善意とも似つかないその行為に、入学当初、クラスメイトたちから感じた視線とどこか似た印象を受ける。

 

「一年二組の斎藤雪です」

「…お、同じく、一年二くちの姫守九狼です」

 周りの気配に圧倒されて自己紹介することに気がつかず、慌てて喋ったために途中で噛んでしまい、何人かの生徒たちにクスクスと笑われてしまう。


 生徒会室の中は、白い長机が五卓Uの字型に配置されており、扉から一番遠い中央の席には、腰まである長髪の女生徒が威厳と思慮を感じる瞳をこちらに向けて座っていた。その両側には数人の男女がこちらを値踏みをするかのような視線を向けてくる。


「ええ、噂はかねがね聞いていますよ。変わった時期に転校してこられた姫守九狼君。私は水城冴香、この学校の生徒会長を務めています。ウフッ、こうしてあらたまってお会いするのは初めてですね」

 水城生徒会長はニッコリと微笑みかけてくれるが、その瞳の奥には好意以外にも何かべつの思惑が潜んでいるように思えたため、微笑み返すことができなかった。

「はい、今日はお時間を割いていただきありがとうございます」

 

 こうして会話していても、それほど初対面という気がしないのは、おそらく全校集会の折に壇上に立つ彼女と何度も目があったからだろう。初めの頃は転校生ということで物珍しいのだと思っていたが、次もその次も続き、まるで檀上に立つ彼女が僕個人に語り掛けているような気がしてだんだんと慣れてしまった。


「いいえ、まだ時間を割くかどうかは決まってませんよ」

 水城生徒会長の隣に座る、眼鏡をかけた女生徒が厳しい口調で告げる。

「あ、えっと…」

「彼女は蛯原さん、うちで書記を担当してもらっているの」

 紹介された蛯原さんは「蛯原です」とだけ言うと、生徒会長とは対照的にニコリともせず会釈だけする。

「そうですか。それではお手数をかけるのもなんですので、用件だけ伝えたいと思います。私たちがここへ来たのは担任の五月女先生がここ数日、立て続けに生徒会へ呼ばれた件について詳しく教えて頂きたくここにやってきました」

 委員長は一呼吸で要点を伝え終えると、深く息をつく。

「なるほど、そういう用向きでしたか――」

 おそらくは予想していたのだろう。とくに何の感情も表わさず生徒会長は答える。

「――大変申し訳ないのだけど、私から話せることはなにもありません。本人たちのプライバシーにも関わることですので、当事者に直接訊ねてください」

 取り付く島もないほど、あっさりと断られてしまう。

「それでは、せめて五月女先生への処分内容だけでも教えてもらえませんか?」

 それでも斎藤さんは懸命に足掻く。

「あら、どうして五月女先生が処分を受けるとお思いに?あまり良い癖とはいえませんね」

「うっ?!」

 水城生徒会長の威圧的な瞳に射抜かれて斉藤さんはたじろぐ。

「どうかお願いします。…五月女先生はぼくたち生徒思いな、とってもいい先生なんです。それなのに最近はなんだか落ち込んでるみたいで心配で、できれば力になってあげたくて、だからどうか、どうかお願いします!」

 頭を深く下げて頼み込む。駆け引きや探り合いなんてものは僕には初めから無理な話だった。なにをどうして良いのかわからず、それならばもう心の丈を相手に伝えるしかないと思った。


「…わかりました」

 しばしの沈黙の後、水城生徒会長は重々しく口を開く。

「会長?!」

 簿記の蛯原さんや役員たちは一斉に驚きの表情で生徒会長を見る。

「さきほども話した通り、くわしい経緯についてはお話できません。ですが、もし処分が下されれば皆さんにも多かれ少なかれ影響が及ぶことですので、今この場である程度はお教えしても問題はないでしょう」

「会長がそうおっしゃるなら…」

 周りの役員たちもしぶしぶと了承する。

「事の発端はある生徒から生徒会へ、五月女先生への告発があったのが始まりです。それについて五月女先生にお伺いしたところ、本人がお認めになられたので職員会議にて処分を要請しました」

「告発って生徒に怪我を負わせたっていうことですか?」

「今の段階では否定も肯定も致しません。ただ、おそらく多くの生徒たちから不評を買うことになるでしょう。その結果厳しい処分が下される可能性はあります」

「処分の内容というのは、厳しい場合はどういうものになりますか?」

「…おそらくは休職、あるいは転勤という事もありえます」

「そんな…」

 水城生徒会長の鉛のような言葉に、目の前が真っ暗になってしまう。

「まだ決定というわけではありませんが、心構えだけはしておいて下さい」

「………」


 斎藤さんと二人、言葉もなく、ただお辞儀をして部屋を出ようとする。

「ああ、そうだ。ねぇ姫守クン?」

 すると、扉に手を掛けたところで水城生徒会長に呼び止められる。

「…はい?」

「よければ私たちと一緒に生徒会の仕事をやってみない?有体に言ってしまえば勧誘なんだけど」

「……え?」

「そ、それってつまり交換条件ってことですか?!」 

 あまりに突然の申し出に戸惑っていると、隣の斎藤さんが物凄い剣幕で水城生徒会長に問う。

「あなた、会長に対して失礼でしょ!」

 大人しく座っていた蛯原さんが突如立ち上がると大声を張り上げる。

「いえ、いいのよ蛯原さん。誤解させちゃったわね。五月女先生の件とは全くの無関係でそういう意図はないの。場を弁えずにごめんなさい。じつは前々から姫守クンを生徒会に勧誘したいと思っていたの。部活動もまだみたいだし、どうかしら?」

「えっと…」

「駄目です!絶対無理です!」

 なぜか、斎藤さんが必死に拒む。

「私は姫守クンに訊ねているのだけど、どうしてあなたが返事をするのかしら、委員長さん?」

「姫守君はお家の家事をこなしているので、部活動に割ける時間がないんです。それなのに生徒会なんて以ての外です!」

「なるほど、お家の事情はわかりました。べつに毎日生徒会に顔を出す必要はありませんし、長時間拘束するようなこともしません」

「あの、今はこういう状況なので…」

「ええ、ええ、返事はいつでも構わないわ。生徒会はいつでもあなたを歓迎します」

 まるで駄々をこねる子どもをあやすような口調で、水城生徒会長は暖かな笑みをたたえる。


 生徒会室の扉を閉めて廊下へ出た途端に、ドッと疲労の波が押し寄せる。

「「はぁ~」」

 二人揃って溜息をつくと、どちらともなくお互いの顔を見合う。

「ごめん、全然役に立てなくて。まァ、でも目的は果たせた…のかしら?」

「…たぶん?」

 五月女先生が置かれている状況はだいたいは把握できた。けれども、予想以上の状況の悪さに、一体どうすれば良いのか解決の糸口はまるで見えてこなかった。












































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る