第15話

 週明けの月曜日、全校朝礼が行われる。

 当然ながら、先週起きた屋上での一連の騒動が遠回しに提起される。校長先生の話を要約すると、学生として健全な学校生活を送り、軽はずみな行動を慎むようにという至極もっともな内容だった。

 しかし、内容とは裏腹に、学生たちの間にはあまりそれに対しての危機感や義務感という物は割と薄いように感じられた。普通、自分よりもはるかに年長者の道徳観に基づいた意見は尊重されてしかるべきであったが、学生たちにとってはそこまで重要視するものではないらしい。

 むしろ喫煙そのものではなく、発端である煙草の出所を問題視する声が上がるほどで、朝礼中にも関わらず生徒の一人から「持ち込んだヤツはなんで罰を受けないんだ!」と野次が飛ぶと、それに呼応するように生徒たちがざわつく。

 先生たちがすぐに生徒たちを落ち着かせたものの、一部の生徒たちの憤懣は依然として燻ぶっていた。



 四限目終了のチャイムが鳴ると、教室に設置されたスピーカーから校内放送が流れる。

『五月女先生、五月女先生、授業を終えられましたら至急生徒会室までお越し下さい』


「ついに呼び出されちゃったわね」

「ホントだね、先生すら呼び出しちゃうんだ…ちょっと怖いかも」

「…生徒会室?どういうこと?」

 ふたりの短い会話の中になにやら不穏な空気を感じる。

「姫守君にわかり易く言うと、うちの学校の生徒会って学校内での地位が高いのよ。それこそ教師たちも安易に口出しできないくらいに。地位が高いっていうのはそれだけ生徒からの支持が厚いってことなんだけど、おそらく今回の呼出も朝礼の時の生徒の意向を汲んだのだと思う」

「それにしたってわざわざ名指しで呼ばなくてもいいよね」

「まァ、生徒へのアピールのつもりなんじゃない?」

「その生徒会の人たちは五月女先生を呼び出してどうしたいんだろう?」

「見せしめのつもりなんじゃない?あくまで予想だけど問題になったのが喫煙に関してだから、せいぜい学校内での全面禁煙程度じゃないかしら?」

「ん~私は周りに迷惑掛けてないなら、べつに構わないと思うけどな~」

「それはそうだけど、今回は明確に生徒に害が及んでいるわけだから…まァ、吸ったのは自分の意思だから自業自得ではあるのだけど」

「やっぱりあのタバコって五月女先生のなのかな?」

「おそらくは…ね」

「………」

 その時は一抹の不安はあるものの、そこまで大事になるとは思いもしなかった。



 午後の授業もつつがなく進み、六限目に入ってしばらく経った頃、窓の外から微かに話し声が聞こえる。話の内容まではよく聞き取れなかったが、その声は五月女先生のものだった。

「先生、すいません」

「ん、どうした姫守?」 

 眼鏡をかけた初老の先生がこちらを振り向く。

「えっと、保健室に行ってきても…」

「どうした?どこか具合でも悪いのか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど…」

「あん?」

「と、トイレに行ってきます」

「おう、そうか」

 周りからクスクスという笑い声が上がる。

「下手だなァ、姫守君は」

 隣の席の歌敷さんが苦笑いを浮かべながら小声で囁く。途端に自分がすごくみっともないことをしたことに気がついて、足早に教室を出る。


 教室から出ると、すぐさま屋上へ向かう。

 屋上の扉の前までやってくると、扉の向こうからさきほどよりもはっきりと話し声が聞こえてくる。しかし、それは話し声はというよりはもはや言い争うような声だった。

 『使用禁止』と張り紙のされた扉を押し開けて屋上へと出る。屋上の中ほどにフェンスを背にして立つ五月女先生の姿があり、その周りには五月女先生を取り囲むようにして三人の男子生徒たちが立っていた。


「ちゃんと謝れって言ってるだろ!」

「だから頭ならさっき下げただろ。これ以上どうしろって言うんだ」

「こっちはお前のせいで散々な目にあったんだぞ!」

「責任の一端がこちらにあるのは認めるし、申し訳ないとも思ってる。ただ、幾ら責められても私にはこれ以上どうすることもできないんだ」

 五月女先生の懸命な説得にもまるで納得した様子のない男子生徒たちは、互いに目配せをすると五月女先生へとにじり寄る。

「うっ、あ、さ、触るな!?」

 さきほどまでの生徒を落ち着かせようとしていた教師の姿はなく、唇が小刻みに震えて、体が恐怖から強張っているのが遠目にも判った。


「あの、こんなところでなにをされてるんですか?」

 ひと息で男子生徒の後ろへと回り込み、刺激しないように慎重に声を掛ける。

「あっ」

「な、なんだ?!」

 五月女先生の目が点になり、驚いた男子生徒たちが慌てて振り向く。

「お前、いつからそこにいた?!」

「…たった今です」

「はあ?お前舐めてんのか!」

 正直に答えたつもりが、なぜか逆に怒らせてしまう。

「すいません、そんなつもりはありません」

「お、おい、コイツって噂の転校生じゃね…?」

「…ああ、そういえばうちのクラスの女子どもが騒いでたな。ホントに女みたいな見た目してんだな…」

 最近、遠回しに言われる分にはすこし慣れてきたものの、まだ面と向かって「女みたい」と言われるのには慣れていないためショックだった。

「おい、そんな奴ほっとけよ」

「…イヤ駄目だ、今逃がしたら人を呼んでくるかもしれない」

 そう言うと、背の高い生徒の一人が僕の腕を掴む。

「やめろッ!うちの生徒に何するんだっ!」

「うるせぇ!テメエはそこで土下座でもしてろよ!」

「オイッ、転校生、お前が本当に男なのか判断してやるから、今ここでズボンとパンツを脱いでみろ」

 彼らの言葉に従うつもりなど毛頭ないのでジッとしていると、腕を掴んでいた生徒が業を煮やしてもう片方の腕を僕のズボンへと伸ばす。

「いいかげんに――」

 五月女先生が何か言い掛けた。

 掴まれていた腕を掴み返して引き寄せ、男子生徒の身体の下へ潜るようにして担ぎ上げるとその反動で投げる。床はコンクリートで危ないのでお尻から落ちるように調整して落とす。

「――し…ろ……」

 さきほどまで僕の腕を掴んでいた生徒は、強かにお尻を打ち床で転げまわる。

「うぅ…いてぇ…うぅ…」

 突然の光景に男子生徒二人と五月女先生は揃ってただ茫然としていた。


「お、お前、なにしてんだ!?なにをしてんだよ!?」

 いち早く我に返った男子生徒の一人が早口に捲し立てる。

「すいません、反射的につい…」

「テメエー!」

 怒りを露わにしたもう一人の男子生徒が掴み掛ってくる。腕を躱して男子生徒の横へ移動すると、腰のベルトに指を引っ掛けてから片足を払う。支えを失った男子生徒はその場で「ぐえっ」、と叫び声をあげて倒れ込む。

 視線を戻すと、残された男子生徒と五月女先生のふたりは揃って出会い頭の鹿のように呆けて気の抜けたような表情をしていた。

「あの、お手数ですが」

「う、うぇ?!」

「この人たちを教室へ連れて帰ってもらえませんか?」

 驚いた顔のまま固まっていた男子生徒は返事のかわりに何度も頷くと、倒れている二人に肩を貸しながらズルズルと引きずるようにして行ってしまう。


「姫守、お前…。いや、助かったよ」

「どういたしまして」

「ほんとによく、…いや、どうしてここに来たんだ」

「それは…、信じてもらえないかもしれませんが、声が聞こえたので」

「声?私の?」

 コクリと頷く。

「悲鳴が聞こえて駆けつけたってのか?ハァ~なさけない……」

「五月女先生はどこもなさけなくないです」

「…フッ、ありがとよ」

 五月女先生はすこし照れ臭そうに笑いながら、僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「な、なんですか?」

「良い子にご褒美だ」

「そういえば先生、ぼくに触っても大丈夫なんですか?」

「あん?…あっ――」

 自分の行動に驚いたように、五月女先生はさきほどまで撫でていた自分の手をまじまじと見つめる。

「――大丈夫みたいだ…」

 五月女先生は不思議そうに首をひねる。




































 

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