第14話
「それではお邪魔しました」
裁縫部の皆さんに見送られながら家庭科室を後にする。
結局、ほんのすこしのつもりが三十分近くも留まってしまった。それというのも今朝、お婆様から頼まれたドレス姿の自分の写真を貰うためというのが………。
「はあ…」
裁縫部にお邪魔してみると――毎度のことながら、部の皆さん揃って作業の手を止めて――温かく歓迎をしてくれる。
全ての部員さんたちが楽しそうにおしゃべりをしながら、各々の作業に勤しむ。笑い声が途絶えることはなく、教室の中をほのぼのとした空気が満ちていて、なんとも微笑ましい光景だ。
――その作業が僕の写真でなければどれだけ良かっただろうか。
普段、まじめに作品作りに取り組んでいる皆さんが今日に限っては、なぜか昨日携帯で撮影した僕の写真の加工に没頭していた。それぞれが写真を数十枚近く撮影していたらしく、写真を加工して、それを互いに見せ合ったり、交換して楽しんでいた。
本音を言えば、とても複雑な心境だった。ただ、協力すると言った手前云い出し難く、また部員さんたちの楽し気な表情を見ていると、そこに冷や水を浴びせるようなことはしたくなかった。
そんな最中にうっかり「一枚適当な写真を譲ってもらえませんか?」、と言ってしまったばかりに、過熱した部員さんたちによって裁縫部緊急選評会なる催しが開催されてしまう。ちなみに、なぜか僕も選評委員のひとりにされてしまった。
――何が悲しくて自分の恥ずかしい写真を見続けなければならないのだろう。
そして僕以外の選評委員によって選ばれたのは、全体が陽の光を浴びたように明るい色調で、周囲にキラキラと光沢のある加工が施されていた一枚だった。なにより驚かされたのは写真の中の僕は恥じらいながらも微かに笑みを浮かべていたことだった。当然ながらあの時、微笑んだ覚えなどまるでなかった。あとから聞くとこれも加工なんだそうだ。
その写真をパソコンにつなげたプリンターで印刷してもらう。出来上がった写真はポスターほどの大きな物だった。なぜパソコン等の機器が家庭科室にあるのかは疑問ではあったが、あえて訊ねないことにした。彼女たちの熱意と行動力にはただただ感心するばかりだ。
第二校舎の窓から外を見ると、陽はまだ高く、ちょうど厚い雲が校舎の真上に差し掛かり大きな陰をおとしていた。
視線を下へ向けると、本校舎の屋上の入口付近に人影が見える。特徴的な金髪の頭、そんな人物はこの学校には一人しかいない。それは担任の五月女先生だった。
屋上への扉を開いて屋上に出る。
五月女先生はこちらに気づいた様子もなく壁にもたれ掛かり、火のついていないタバコを咥えたまま、流れる雲をぼんやりと眺めていた。
あえて言葉を掛けることはせず、寝転がっている五月女先生の隣に腰を下ろす。
「ここは今立ち入り禁止だぞ」
「はい、知ってます」
「……じゃあ、なんで来たんだ?」
「五月女先生の姿が見えたからです」
「ハッ、なんだそりゃ?お前もしかしてオレに気でもあるのか?」
「はい」
五月女先生は咥えていた煙草をポロリと落としてしまう。
「ホームルームの時、いつもの五月女先生と雰囲気が違ったので、皆驚いてました」
「はっ?あ、ああ、なんだそんなことか…。べつにいつもどおりだろ」
「なにがあったか訊いてもいいですか?」
「駄目だっ」
「わかりました」
会話が途切れる。五月女先生の隣で同じように空を流れる雲を眺めていると、五月女先生は「はぁ~」と大きな溜息をつく。
「大人しそうに見えて頑固な奴だな。それともそれがお前の素なのか?」
「す?」
「本来のお前って意味だ。………そうだな、たしかにあの時はすこし機嫌が悪かった。それは認めるよ。ただそれだけだ」
「屋上が使用禁止になったのとなにか関係がありますか?」
「お前はホントずけずけと来るな。ああ、そうだよ、私がここで煙草を吸ったのがそもそもの原因だ」
「…吸わないとイライラするとか?」
「あ?ちげえよ、ニコチン中毒になるくらいなら教師なんてとっくに止めてる。そうじゃなくて、ここで三年の生徒の何人かが喫煙しているところを、生徒の一人が偶然見ちゃったんだと。よりにもよって三年が、だ。進学やら就職やらで大事な時期だってのにやってくれるよ」
「それで機嫌が悪かったんですか?」
「その生徒たちが吸っていた煙草っていうのが元々はオレのなんだ」
「……えっ、どうして?」
「喫煙した生徒たちが言うには、ここで拾ったらしい」
「落とした――」
「――つもりはないんだけどな。吸い終わったらいつもデスクにしまってるからな。だが、どういうわけかここに落ちてた」
「そう…なんですか…」
こういう時、なにか言葉を掛けてあげるべきなのかもしれなかったが、そういう慰めを求めていないことは五月女先生の表情から窺えた。しばらく無言の間が続いたが、それでもこの担任の先生の傍にいたいという思った。
「そういえば、さっきから気になってたんだが、そりゃなんだ?」
五月女先生の目線の先にあったのは、僕の鞄からはみ出ていた丸めたポスターサイズのあの写真だった。
「ああ、これは…」
無意識の内に鞄を先生から遠ざけようとするが、それを予測していたのか五月女先生は素早く手を延ばすと、鞄からポスターをサッと抜き取る。
「ん~どれどれ――」
「…あの」
「――ブッ!?ぶはははははあははははは」
さきほどまでの暗い雰囲気から一転して五月女先生は膝を叩いて大笑いする。
「そんなに笑わなくても…」
「わるいわるい。しかし、さすがにここまで似合っているとなククク。いや~それにしてもすごい出来映えだな!、まるで映画かミュージカルの宣伝用ポスターみたいだぞ」
「べつに好きで撮ったわけじゃ…」
「そうなのか?表情とか結構ノリノリじゃないか」
「それは加工です」
「ふ~ん、じゃあ、どうしてこんな格好したんだ?」
「…それは」
――裁縫部で起きたことの経緯をかいつまんで説明する。
「…つまりその裁縫部の部長さんの熱意に絆されちゃったわけだ」
「そう…ですね」
「なるほどな。恵まれているようでいて、じつはお前も結構苦労してるんだな」
「いえ、とくに苦労だとは思っていません。ただ、ちょっと……」
「ちょっと?」
「…恥ずかしい…です」
「………ハッ、ああ~もう、油断するとすぐそれだな!」
ジッと顔を見つめていた五月女先生はいきなり顔を背けると、暑いのか真っ赤になった顔を手で扇ぎ始める。
「え?それ?」
「いや、なんでもない。なんでもないからこっち見るな」
「は、はい」
なにがなにやらサッパリだった。
「ありがとうな、姫守」
しばらくおしゃべりが続いた後、ようやく太陽が陰り始めてきた頃に五月女先生はポツリと呟く。
「僕も先生と話しができて良かったです」
「コイツ…。さあ、もうそろそろ帰れ。こんなところに生徒と二人っきりでいるのを見られでもしたら、今度こそアウトだからな」
「はい、さようなら先生」
「おう、また明日………あっそれとな」
立ち上がり、階段へ向かって歩いていると五月女先生から呼び止められる。
「?」
「そのポスター、こんど私の分も貰ってきて来てくれ」
五月女先生は口元にいたずらな笑みを浮かべて言う。そのせいで本気なのか、冗談なのかの区別がつかなかった。
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