第10話
「――まあそんなわけで、制作が始まったんだけど、時間やら金策やらで想定してたよりもだいぶ遅れてしまって、はじめの予定では先輩たちの卒業までには間に合うつもりだったんだけど、結局、今の今まで掛かってしまったわけ」
森部長にしては珍しく「はぁ…」、と溜息をつく。
「すいません、部長。…私たちが力になれないばかりに」
一年生の部員が言うと、他の部員たちも口々に森部長に謝る。
「気にしない気にしない。これは私の道楽みたいなものなんだから」
「そういえば、ドレスは部長さんがおひとりで作成されてるんですか?」
「今は私一人よ。先輩たちは卒業しちゃって、裁縫部は私一人だけになっちゃったから」
「えっ?」
姫守君が驚きの声を上げる。それもそのはずで、裁縫・手芸部には現在、私を含めて総勢十名の部員がいるが、その内、部長を除いた九人は手芸部員だった。
「裁縫部を存続させるために知恵を絞った結果、裁縫・手芸部ができたのよ!」
森部長は誇らしげに語る。
「手伝いたいのはやまやまなんだけど、本格的な仕上げ作業は私たちではどうしても力不足で…」
二年の先輩が申し訳なさそうに言う。
「だーかーらー、さっきも言ったけどこれは道楽みたいなものなの!部の皆にはもう十分すぎるほど力になってもらってるんだから!」
森部長のやさしい気遣いが逆に私たちには堪えた。それだけ皆、部長の事が好きだった。
「それじゃあ、卒業までにドレスを仕上げないと…」
「まあね。でも、卒業までにはなんとか仕上げるつもりだったから。そんな時にキミを見ちゃったから、どうしてもキミとドレスのことが頭から離れなくなっちゃった」
なんだか告白のように聞こえなくもない台詞を、森部長は真剣な表情で告げる。その姿は、私たちとたった二歳しか違わないとは思えないほど大人びて見えた。
「………」
「…まあそういうわけ。完成したドレスをより完璧な形で先輩たちに見せてあげたかったの。キミからすれば迷惑なだけな話しだろうけど、最後まで聞いてくれてありがとうね。完成したドレスは文化祭で展示するから是非――」
「……いですよ」
「えっ?」
「べつにいいですよ」
「えっと、なにが…?」
「…ドレス……着ても………いい…よ」
教室内がしいんと静まり返る。
「…ほんとに?」
姫守君はコクリと頷く。
ガバッ!!
勢いよく立ち上がった森部長は、両手を広げて姫守君を抱きしめる。しかもその状態のまま、その場でクルクルと回り始める。
「アハハハハアリガトーーーホントアリガトー――!!」
「ミュゥゥ~……」
姫守君は森部長の胸と腕に押し潰されて、苦しそうな声をあげる。
「部長!?回しすぎです!!」
「アワワワワ」
「ヒィーー姫守君潰れちゃう!?てかもう半分潰れてるーー!」
周りの皆が止めにはいるものの、部長はしばらく止まりませんでした。
「あんなに喜んでる部長、初めて見た」
「だね~あそこまで感情を露わにするのも初めてかも」
森部長と姫守君が居なくなった家庭科室で、部員のみんなは思い思いにおしゃべりを始めていた。そして、当の二人はすこし前に家庭科室奥の準備室へと入って行ったきり、何の音沙汰もない。正直なところ、準備室内の様子が気になって気になって、とても他の皆とおしゃべりする余裕はなかった。
「舞ちゃん、ハイ」
「…あ、うん」
美咲ちゃんからオレンジジュースの入った紙コップを手渡してくれる。さっきから美咲ちゃんは妙に上機嫌だ。
「えへへ、あのね、さっき姫守君に頭を撫でてもらったの」
「へぇ…」
そういえば姫守君の背中から美咲ちゃんが放れた時、怯えている美咲ちゃんの頭を姫守君がやさしく撫でてあげていた。こうしてまた恋敵が増えていくのだった。
「姫守君ってとってもやさしいね」
「そだね」
そのせいでこんなことになってるのだとは口が裂けても言えない。私もその優しさに甘えてきた一人なのだから。
「舞ちゃんって姫守君と付き合ってるの?」
「えぇ!?」
「ほ、ほら、よく学校で一緒にいるところを見かけるから…」
「付き合ってはいないかな……」
あくまで『今のところは』、である。
「そうなんだー、そっかそっかー」
本人は隠してるつもりかもしれないが、嬉しい気持ちが表情から駄々洩れだった。
「まあ、いいんだけど…」
「うん?」
姫守君と部長が奥の準備室に消えてから、かれこれ二十分が過ぎた。
だんだん教室内の緊張と興奮の糸が緩み始めてきた頃、突如、準備室の扉が開く音に皆が一斉にそちらを向く。そこには頬を上気させて満足気に佇んでいる森部長の姿があった。
「「部長っ!!」」
「どうでしたか?」
駆け寄る部員たちに森部長は返事の代わりに、力強く親指を立てた。
「きゃああーーーやったーーーー!!」
「おめでとうございます部長!」
部員の皆から拍手が贈られる。
私としては――部長を祝いたい気持ちはもちろんあったが、どうしても姫守君の気持ちを考えてしまうため――とても複雑な心境だった。
「オホン!さ~てと、それじゃあ姫守君!どうぞ出てらっしゃい。皆にその華麗な姿を披露してあげて!」
森部長はまるでテレビ番組の司会者のようなフリで姫守君を呼びこむ。周りの皆もそれを固唾を呑んで見守る。が、しかし、いくら待っても姫守君は準備室から現れない。
「……姫守君、さあ、怖がらないで。みんなキミのことを待ってるよ」
しばらくすると、姫守君が恥ずかしそうにヒョコッと頭だけを覗かせる。髪は綺麗に整えられており、頭の上には銀色に輝くティアラが乗せられていた。
「わァ…素敵~」
「部長、頭のアレどうしたんですか?」
「んふふ~、こんなこともあろうかと演劇部から拝借してたのよ~」
「おお~」、と再び拍手が起こる。何故に拍手?まあ、似合ってるけどさ…。
「さあさあ、姫守君」
森部長からさらに急かされ、遂に観念したようで姫守君がおずおずと現れる。
瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。目の前には、まるでおとぎ話の絵本から出てきたような可憐なお姫様が立っていた。
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