第9話
五月女先生が教室から出て行くと、それに続くようにクラスメイトたちもぞろぞろと教室を後にする。
「委員長は今日も図書室?」
「ええ、そのつもり」
「そういえば斎藤さんは部活には入らないの?」
姫守君が質問する。ちなみに姫守君はお家の事情でいまのところ帰宅部である。
「とくに入りたいと思えるものがなかったのよ」
元々、私が裁縫部に入ったきっかけは、委員長が部活見学に誘ってくれたおかげだったが、当の委員長も姫守君と同じく帰宅部だった。
「読書が好きなら図書部を申請して作ってもらえばいいんじゃない?」
「それは入学当初にちょっと考えたのだけど、…結局、私は本が読みたいだけだから、わざわざ部を作るのが面倒に思えてきて…。あと、うちの学校の場合、申請すると生徒会に呼び出しを受けるっていうのが一番の問題なのよ」
「えっ、そうなの?なにゆえ?」
「部を設立するにあたって、動機とか活動内容とか、あと部費についても事細かに質問責めされるの。まるで圧迫面接よ。あれを潜り抜けるのは至難の業だわ。下手を打てば即同好会行き。…ほら、以前見学した科学部って憶えてるでしょ?あれも実質は同好会よ」
「そもそも同好会は部と何が違うの?」
私も気になっていた疑問を姫守君が質問する。
「部費ゼロ」
「あちゃ~」
「という事は、化学部の人たちはあれだけの物を全部自分たちで準備してたんだ。すごいね」
なにやら姫守君が変なところで感心している。すごいかどうかはともかく、科学部はただ学校でゲームをするだけの部だったので、まあ格下げは当然かもしれない。
「さてと、それじゃ私は行くわね」
三人で第二校舎までやってくると、委員長はこちらに軽く手を振り、図書室の方へと歩いていく。
「うん、わかった。また部活終わりに顔出してみるからね」
「ええ」
「じゃあ、行こっか」
「…うん」
姫守君はやや緊張した面持ちで答える。昨日、あんなことがあったのでそれも仕方がなかった。こんな時こそ、親友である私がもっとしっかりしなければ!
「…失礼します」
「………します」
姫守君は消え入りそうなか細い声で、私の声に続く。
扉を開けると、そこは昨日までの和気藹々とした楽し気な雰囲気から一変していた。
部室内は照明が点いているものの、どこか薄暗く、部員の皆は一様に口を噤み、俯いたまま、各々の作業を黙々とこなしていた。
「…ここ裁縫部の部室…だよね?」
「……そのはずだけど」
室名札を確認してみるが、確かに【家庭科室】とある。
「姫…守…?」
こちらの声に反応して、部員の一人が顔を上げる。その瞳は爛々と輝き、こちらをじっと見据えたまま、ゆらゆらと立ち上がる。ぶっちゃけホラー映画みたいでめちゃ怖い。
「な、なんだかお邪魔みたいだから………また今度にしよっか?」
「…うん」
しかし、扉の取っ手に手を掛けたところで、突然、扉の陰から伸びてきた腕に手を掴まれてしまう。
「ヒィッッ?!」
「帰っちゃ…イヤ…」
声の主は友人の間美咲ちゃんだった。裁縫部に入部したばかりの頃、親身になって接してくれた同年代の小柄なおかっぱ頭の少女で、裁縫部では一番の仲良しだ。
「ひ、姫守くん助けてーー」
さきほど、なにか心に誓った気もしたがすでに忘れてしまった。
「えっ…あっうん!」
慌てて姫守君が私の反対側の腕を掴む。
「逃がすなー捕まえろーー」
わらわらと押し寄せてくるゾンビ部員たちは、逃すまいと綱引きのように私の腕を掴んで引っ張る。
「いたたたァァァッッッ」
「あ、ごめん」
私の悲鳴に、姫守君は反射的に手を放してしまう。
「わわわわっ」
「きゃああーーー」
勢いのあまり私や部員の皆はドミノ倒しのように教室の中へ倒れ込んでしまう。
「ごめんなさい…皆、大丈夫?」
心配そうに姫守君が駆け寄る。派手に倒れたわりには痛みはなかった。
「なんとか無事…」、そう言って起き上がろうとすると、ピシャリと後ろで扉が閉まる音がした。
「つ、捕まえました!」
振り返ると、美咲ちゃんが姫守君の背中にしがみついていた。ただ、その姿は『捕まえた』、というよりは『引っ付いた』、の方が正しい。
「ちょっ、美咲ちゃん離れて!」
「は、放しません!部長のために!」
部長のためというわりには、随分嬉しそうな表情で美咲ちゃんは答える。
「静かにしなさい貴方たち!なにをそんなに……騒いで……いる…」
騒ぎを聞きつけて家庭科室奥の準備室から現れた森部長は、姫守君を目にした途端に時が止まったように停止してしまう。そして部長の目には折り重なって倒れる私たちの惨状は目に入らなかったらしい。
「…お邪魔してます、部長さん」
姫守君は森部長に向かってペコリとお辞儀をする。
「あ、うん。……ようこそいらっしゃい。…その、なんといえばいいのか、…昨日は本当にごめんなさい」
「いえ、僕の方こそ…」
「いや、キミの気持ちを蔑ろにしてした私こそ身勝手で愚かだった……」
そう言うと、森部長は姫守君と向き合うと、深々と頭を下げて謝罪する。
森部長が頭を下げるのを見た周りの部員たちは、慌てて一斉に起き上がると、森部長と同じように姫守君に頭を下げて口々に謝罪の言葉を述べる。
「部長さん、皆さんも顔を上げてください。僕がここに来たのは部長さんとただお話がしたかったからです」
「…それは、…でも、お話って何のお話?」
「部長さんがあのドレスに並々ならぬ思い入れがあるのは分かりました。だから、その理由を部長さんから詳しくお聞きしたくて」
「……ああ、そっか。なるほどたしかにその通りだ。私ったら気持ちばっかり先走っちゃってダメだな~。キミにはちゃんと初めから話しておくべきだったわ」
全員が椅子に座り終えると、森部長はゆっくりと語り始める。
「ちょっと長い話になるのだけど――」
姫守君はしずかに頷く。私を含めた部員の皆はその様子を見守る。
「私、今でこそこうして部長をやれているけど、じつは入学当初は結構内気で奥手な性格だったの。図体はおっきいくせに、常にもじもじしてるもんだから周りからはよくからかわれたわ。…今にしてみればイジメに近かったかも」
私も一カ月前までは同じだったので、胸が締め付けられる思いだった。
「そんな折、見かねた担任の先生から裁縫部を勧められたの。元々、母が裁縫が得意な人で、母の嫁入り道具のミシンを使ってよく一緒に服の手直しなんかをしていたから、裁縫の腕には自信があったの。むしろ自信がなかったのは、他の部員と仲良くなれるかってことだった。…でも、そんな不安、家庭科室の扉を開けた途端に吹っ飛んじゃった。部員の先輩たちからあんな熱烈な歓迎を受けちゃったらね」
昔を思い出して部長はすこし涙ぐむ。私たちが見学に来た時の事を思い出す。あの熱烈な歓迎方法は、きっと裁縫部の伝統なのだろう。
「入部してから、すぐに裁縫部のドレスの事を教えてもらったわ。と言っても、その時はまだ型紙作りが始まったばかりだったんだけどね」
「あの…」
「ん、どうしたの美咲ちゃん?」
「すいません、話の腰を折ってしまって。ただ、どうしても気になってしまって…。そもそもあのドレスって誰のサイズを元に採寸したんですか?」
たしかにそれは私もすこし気になってはいた。
「ああ~それはね……いないの」
「「「えっ?」」」
どうやら周りの部員さんたちも初耳だったらしい。
「十代半ばくらいの理想のプロポーションの女の子、っていう当時の先輩たちの妄想から着想を得てるからね~アハハハハ」
「「「………」」」
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