第6話

 放課後、ホームルームでの五月女先生の男らしい挨拶も終わり、クラスメイトたちはそれぞれの部活に向かい、一部の生徒たちは帰路についた。

「それじゃ、行こっか」

 教室に残っていた隣の席の歌敷さんが話しかけてくる。

「うん、そうだね」

 今朝の話では、裁縫部の森部長が僕に話しがあるとの事だった。心当たりはまるでなかったが、あの部長さんの事なので、そこまで無理難題を言う事もないだろうと気にならなかった。

 

「こんにちは」

「失礼します」

 歌敷さんの後に続いて裁縫部の部室へと入る。

 おしゃべりをしながら編み物をしていた女生徒たちがこちらに振り向く。長机の上には丸めたフェルトや色とりどりの毛糸の中に紛れて、お菓子の袋が隠れていた。

「きゃああ~~」

「わあー来てくれたんだー」

 以前、部活見学で訪れた時と同じくらいの熱烈な歓迎を部員さんたちから受ける。

「部長ー!部長ーー!遂に来てくれましたよーー!」

 部員の一人が部室の奥の扉に向けて呼び掛けると、ドタドタと慌ただしい音と共に奥の扉から森部長が飛び出してくる。

「はあ、はあ、い、いらっしゃい!」

 以前にお会いした時と比べて、やや頬が紅潮して息の荒い森部長が出迎えてくれる。

「おひさしぶりです、森部長さん」

「あっはっは、堅いな~。気軽に森部長で構わないよ。なんなら姉御でもいいよ!」

「今日はなにか」

「まあまあ、折角来てくれたんだから、まずは歓迎会と行きましょ」

「「「はーい」」」

 部員さんたちは示し合わせたように元気良く応える。その、そこはかとない違和感に本能がピリピリとわずかに警告を鳴らす。

 さきほどまでのゆったりとした空気は何処かに消えて、部員たちはテキパキと長机を片付けてジュースやお菓子を並べる。その姿に、ますます不安感が高まる。

「それで話というのは」

「カンパーイッッ!」

「イエーーイ!!」

「ヤッフーーー!!!」

 紙コップを掲げた裁縫部部員たちの思い思いの叫びに、僕の問いはかき消されてしまう。何故かはわからないけれど、無性にこの場から逃げ出したくなってくる。

「か、かんぱい…」

 部員たちに混じってはいるものの、いまいち乗り気になれない様子の歌敷さんは控えめに紙コップを上げる。

 こちらの様子を知ってか知らずか、その話題には触れないまま、しばらくおしゃべりが続く。


「そういえば、以前見せてもらったドレスの制作、ホームルームでの五月女先生の男らしい挨拶も終わり、クラスメイトたちはそれぞれの部活に向かい、一部の生徒たちは帰路についた。

「それじゃ、行こっか」

 教室に残っていた隣の席の歌敷さんが話しかけてくる。

「うん、そうだね」

 今朝の話では、裁縫部の森部長が僕に話しがあるとの事だった。心当たりはまるでなかったが、あの部長さんの事なので、そこまで無理難題を言う事もないだろうと気にならなかった。

 

「こんにちは」

「失礼します」

 歌敷さんの後に続いて裁縫部の部室へと入る。

 おしゃべりをしながら編み物をしていた女生徒たちがこちらに振り向く。長机の上には丸めたフェルトや色とりどりの毛糸の中に紛れて、お菓子の袋が隠れていた。

「きゃああ~~」

「わあー来てくれたんだー」

 以前、部活見学で訪れた時と同じくらいの熱烈な歓迎を部員さんたちから受ける。

「部長ー!部長ーー!遂に来てくれましたよーー!」

 部員の一人が部室の奥の扉に向けて呼び掛けると、ドタドタと慌ただしい音と共に奥の扉から森部長が飛び出してくる。

「はあ、はあ、い、いらっしゃい!」

 以前にお会いした時と比べて、やや頬が紅潮して息の荒い森部長が出迎えてくれる。

「おひさしぶりです、森部長さん」

「あっはっは、堅いな~。気軽に森部長で構わないよ。なんなら姉御でもいいよ!」

「今日はなにか」

「まあまあ、折角来てくれたんだから、まずは歓迎会と行きましょ」

「「「はーい」」」

 部員さんたちは示し合わせたように元気良く応える。その、そこはかとない違和感に本能がピリピリとわずかに警告を鳴らす。

 さきほどまでのゆったりとした空気は何処かに消えて、部員たちはテキパキと長机を片付けてジュースやお菓子を並べる。その姿に、ますます不安感が高まる。

「それで話というのは」

「カンパーイッッ!」

「イエーーイ!!」

「ヤッフーーー!!!」

 紙コップを掲げた裁縫部部員たちの思い思いの叫びに、僕の問いはかき消されてしまう。何故かはわからないけれど、無性にこの場から逃げ出したくなってくる。

「か、かんぱい…」

 部員たちに混じってはいるものの、いまいち乗り気になれない様子の歌敷さんは控えめに紙コップを上げる。

 こちらの様子を知ってか知らずか、その話題には触れないまま、しばらくおしゃべりが続く。


「そういえば、以前見せてもらったドレスの制作状況はどんな感じですか?」

 部活見学の際、見せてもらったあの綺麗なドレスについて訊ねてみた。

「「「……」」」

 次の瞬間、周囲の空気が凍りついたように静まり返った。

「それがね~、君たちが来てくれた日から急にやる気がもりもり湧いてきて、今年の文化祭には十分間に合いそうなんだよ~。ワハハハッ」

 静寂を破り、腕を組んだ森部長は男らしく語る。周りの部員たちはそんな部長を誇らしげに拍手する。

「それはおめでとうございます。文化祭での展示が今から楽しみです」

「くぅーーーッッッ」

 突然、森部長はガバッと机に突っ伏す。

「部長!?」

「どうしたんですか」

「しっかりして下さい」

 慌てて駆け寄る部員たち。

「うっうっうっ…」

 なぜか森部長は泣き始めてしまう。

「あの…部長さん、どこか具合でも悪いんですか?」

「ちがうの…ちがうの…。あのね、私、気づいちゃったの。代々受け継いできたあのドレスがようやく完成も間近になってようやく……」

「気づいたって、一体なにを…ですか?」

「ドレスはもうじき完成する…。でもね、それは完成であっても、本当の意味での完成ではないの……」

「ゴメンなさい。その…言っている意味がよくわからないのですが…」

「…そうだよね、ゴメン。あのね、行ってしまえばドレスって、結局のところ洋服のひとつでしかない。つまり服なんだ。服は人が着る物でしょ?ただ飾るだけに止めておくなんて勿体ないし、なにより服に対して申し訳ないなって最近思うようになってきたんだ…」

「……はい」

 なんとなくではあるが言わんとしてる事は理解できた。

「私たちのドレスも完成の暁には、ただ飾って展示するだけじゃなくて、誰かこのドレスの似合う綺麗な人に着てもらって、晴れ舞台にしてあげたいんだ!人が着てこそのドレス、人が着てこそ完成された作品と言えるのではなかろうか!!」

 部長さんは立ち上がると、拳を突き上げて熱弁する。それはとてもさきほどまで泣いていた人とは思えないほどの変わりようだった。

「きゃあーー!」

「それでこそ部長です」

「やんややんや♪」

「ありがとう~みんなありがとう~」

 部長さんは部員たちの歓声に笑顔で応える。

「と、言う訳なんだ。姫守君!」

 …どういう訳?

「………はあ……?」

「んもぅ~鈍いな~姫守君は。つ ま り キミが選ばれたってこと」

「……なにに……?」

「うふっ♪」

 僕の両肩に手を置いた部長さんは満面の笑みを浮かべる。

「キミにお姫様になって欲しい」

 頭が理解を拒んだ。

 耳が言葉を拒んだ。

 そして、心が現実を拒んだ。

「…すいません。あの、よく聞こえなくて…」

「じゃあ、もう一度きちんと言おう。オッホン!あのドレスをキミに着て欲しいんだ、姫守君」

「………」

 …やはり聞き間違いではなかった。部長さんは僕にあのヒラヒラの付いた真っ白なドレスを着て欲しいと頼んでいる。なぜ僕に?ドレスの似合いそうな女性なら、この場にもたくさんいるのに…。

「…部長さん……冗談…ですよね?」

「もちろん本気」

「でも、…僕は男です…」

 群れの中の唯一の雄として、数こそ少ないがゆくゆくは群れを束ねるリーダーとして群れの仲間を守っていかなければならない。それが雄として生まれた自分の役目、誇りある雄の役目だ。だから、そんな僕に女性の衣装を着て欲しいと頼むのは、当然意外だったし、なによりも心に受ける衝撃が大きかった。

「……僕、そんなに男らしくないですか?」

「えっ?」

 部長さんの目が点になる。ああ…、そうなんだ。

「ごめんなさいッ!」

 勢いよく椅子から立ち上がると、そのまま部室から飛び出す。部屋の中から部長さんや歌敷さんの声が聞こえたが、今はただその声から逃げ出したくて仕方がなかった。


























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