第28話 逃避行④
レヴィンは、ウォルターと二人でたき火の傍で寝ずの番をしていた。
ウォルターには敵が来たら起こすから寝ていて良いと言ったのにも関わらず、起きている辺り執事の鑑である。
フレンダは馬車の中で眠っている。彼女の馬車は長旅用に造られたかなり大きめのものなので、寝るにしても普通の馬車より多少は快適だ。
エイベルとアニータも風神仕様の馬車の中で眠っている。
レヴィンは、虫の声だけが聞こえる中、じっとたき火の炎を見つめている。
効果がきれる度に、探知の魔法をかけて監視を行っていると、こそこその探知範囲の中に入ってくる複数の反応があった。
レヴィンは少しだけ顔を上げて辺りをチラ見する。
野営をしている場所は、平地で周囲に遮蔽物などない見晴らしの良いところだ。
しかし、当然だが、今は夜なので、視界が利くのはたき火の周りだけである。
レヴィンが反応がどう変化するかをうかがっていると、それはレヴィン達を包囲するかのように展開を始めた。
敵はじわじわと包囲を狭めて、近づいたら一斉に攻撃を仕掛ける予定のようだ。
相手がそういう手でくるなら、レヴィンもそれに適した魔法を使うだけだ。
ここで使うべきは、
術者を中心にして同心円状に波紋が広がり、それに生体が触れると土の錐で対象を貫く魔法である。
後はタイミングだけだ。
土の錐に貫かれれば高い確率で戦闘不能になるだろうし、当たり所が悪ければ死に至るだろう。レヴィンは別に不殺の誓いなどしていないので、相手がどうなろうが知ったこっちゃないのである。そもそも相手が殺す気でくるのだから、殺されても仕方ないよねと言う理屈である。
じわじわ近づいてくる相手が範囲内に入るのをひたすら待つレヴィン。
一応、ウォルターには敵接近を伝えておく。
そして、敵がいよいよ、魔法の範囲に入った時、レヴィンが動いた。
「
大地がざわめく。
しばしの間をおいて、周囲から悲鳴が響いた。
すかさずレヴィンは周囲に光球をばら撒く。
そこに浮かび上がった光景は、土の錐にあちこちを貫かれてもがき苦しむ者達の姿だった。
範囲外にいて無事だった者がレヴィンとウォルター目がけて殺到する。
ウォルターが自分に斬りつけてきた敵に応戦する。
腰の後ろに括り付けていた短剣を抜くと、上段から斬りつけてきた敵の一撃をひらりとかわす。その身のこなしは、ひらひらと舞い散る木の葉の如く。
かわしては確実に一撃を加え、決して受け太刀しないように戦場を舞う。
そうやって適格に急所を狙い、敵を死に至らしめてゆく。
そこへ目を覚ました、エイベルとアニータも参戦し、状況はレヴィン達優位に推移していた。
一方、馬車の方では、バーバラが長剣を手に敵と戦っていた。
彼女は、敵の悲鳴が聞こえるや否や、馬車から飛び出し一刀の下に斬り捨ててゆく。その動きは素早く、直線的で、敵の剣を正面から突破していくような戦い方だ。
ウォルターとは対照的で、静と動、曲と直と言った感じである。
馬車の中では、フレンダとオレリアが短剣を抜いてバーバラの戦いを見ている。
いつでも外に飛び出せるように準備をしているようだ。
その瞳には覚悟の色が見える。
彼女達は模擬戦の経験はあっても実戦経験はない。
バーバラは、無理をしないで見ていて欲しいと思いながら戦っていた。
下手に出て来られてもフォローするのが大変なだけである。
その頃、レヴィンも白兵戦に移っていた。
最初に中距離からの魔法の連打で、敵を減らすだけ減らしているので、相手にしなければならないのはごくわずかだ。
更にエイベル達も加勢してくれているので、もうほとんどの敵を討ち果たしていた。それに、今まで数々の死線をくぐってきたレヴィンからしたら、たかだか街のゴロツキ程度は相手にならない。多少重い、
相手は人間なので、闇の刃を顕現させる必要もない。
立ちふさがる敵を次々と斬り伏せていくと、レヴィンは思わぬ人物と顔を合わせる。
マイセンである。
「御大自ら、出陣ですか……」
「貴様ッ! よくもやってくれたな……」
「そっちが勝手に襲ってきたんでしょうに。私は火の粉を払ったに過ぎませんよ?」
「貴様ッ……」
そう言うとマイセンが抜き身の剣を大上段から思い切り振り下ろす。
完全に殺す気の一撃である。レヴィンはそれを軽くかわして横に回り込むと、隙だらけになった脇腹目がけて剣を一閃する。
しかし、マイセンもさる者、レヴィンの剣撃を紙一重でかわすと、それを受け太刀して、剣を滑らせると鍔迫り合いに持ち込みつつ、蹴りを放つ。
マイセンの剣はそこらのゴロツキのものではなく、正統派の剣であった。
何流かは解らないが、相応の家庭教師に剣を習ったのだろうと推測できるものだ。
レヴィンは、剣を一旦押し込んで突き放し、マイセンの蹴りをかわすと、再度ダッシュして正面から剣撃を放つ。
剣と剣がぶつかり合う音が何合にも渡って響き渡る。
マイセンはレヴィンが考えていたよりずっと強かった。
襲撃犯が返り討ちにあって苦痛の声があちこちから聞こえてくる中、ウォルターは一人の大柄な男と対峙していた。
「てめぇ! 強いなッ! 俺とどっちが強いか勝負ッ!」
その言葉にウォルターはフッと鼻で笑うと、常人のものとは思えない速度でその男の懐に飛び込み首を狙って斬りつける。
男も野生の勘で短剣をかわすと、両手で持った斧をウォルターに向かって振り下ろす。その男の筋骨隆々の腕から繰り出されたのは、神速の如き必殺の一撃であった。
ウォルターは辛うじてかわしたかと思いきや、その一撃は左腕にかすっており、切傷を負ってしまう。
痛みは集中力を散漫にする。
ウォルターは早く決着をつけるべく、短剣の連撃を繰り出す。
しかし、男はその筋肉からは想像もつかないような速度でかわし続ける。
そして、お返しとばかりに斧を力任せに振り回すものだから流石のウォルターも回避するので手一杯になってしまう。
「ほらほら! どうした!」
「うるさいですね……」
ウォルターは次第に最初の余裕をなくしていった。
その声には焦りの色が混じっていた。
その頃、バーバラの前にも強敵が立ちふさがっていた。
「はッ! お前、
その言葉にバーバラの目が鋭くなる。
「その名前であたしを呼ぶなッ!」
彼女はイラだちの混じった声でそう叫ぶと、男の剣撃を弾いて思い切り踏み込みつつ男の左脇腹を狙う。男もそれを受けると、くるりと回転して剣に全体重を乗せた一撃を彼女の首目がけて放つ。その重い一撃を剣に左腕を添えて受けきったバーバラは、そのまま男の方に突っ込んで懐に入ると剣の柄を腹に叩き込んだ。
男は「グゥ」とうめき声を上げて、バックステップで後ろへ下がるが、それは彼女の望むところであった。
「
虚空から現れた水の刃が男の太腿を浅く斬り裂く。
男は舌打ちをして、追撃に間合いを詰めてくるバーバラの剣撃を何とか受け止めると、横薙ぎの一閃を放つ。
こちらでも二人の壮絶な斬り合いが始まったのであった。
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