第17話 懇親会


 今週の休日である二月二十四日は、久しぶりに教団の集会に行かない日である。

 ナミディア開拓のための懇親会が行われるのだ。

 最近、マルムス教関連の行動が多く疲れがたまっているレヴィンである。


 王都の貴族街のレヴィンの邸宅は、現在着工中である。

 であるので、マッカーシー家の邸宅を借りての開催となった。


 来るのは、マッカーシー家と付き合いの深い貴族と、参加を打診してきた貴族、そして商人である。もう春休みまで間もない。住人になる予定の人員を出してくれる貴族や、開拓の際に食糧や物品を手配してくれる商人との顔つなぎの場でもある。

 ちなみに中鬼ホブゴブリン族も招いていいか聞いてみたら、全力で止められたレヴィンである。


 レヴィンはにこやかな笑みをつくり、先程から談笑中である。

 今、話をしているのは、最大の開拓民を派遣してくれる、カーティス・フォン・ダリルゴール子爵である。一応、ゴルードリッチ公爵の派閥の一人でピンと上を向いた御髭が愛らしい人である。


「これほどの人員を融通してくださり、感謝の念に堪えません」


 領内で募集をしたら、かなりの人数が集まったと聞かされているが、それって単に悪政から逃げ出したいだけなんじゃあ……と思わないでもないレヴィンであった。


「いえいえ、ゴルードリッチ卿がプッシュするナミディア卿たってのお願いとあっては、不肖、カーティス、頑張りました」


 一体何を頑張ったのか小一時間問い詰めたかったが止めておく。

 市民流出の怒りを抑えるのを頑張ったのかも知れない。


「ダリルゴール卿が出してくださるのは農民中心の人員です。農業は国の基本、決して蔑ろにはできませんからな」


 マッカーシー卿もここぞとばかりに褒めそやす。

 ダリルゴール卿もその言葉に満足気だ。


「おっと我が領地、虎の子の技術者集団の一翼をお譲りするのですから、私の事もお忘れなく……」


 そう不敵な笑みを浮かべて自己アピールに余念のない男性は、ザカライア・フォン・ゲルガンゲルグ子爵である。

 ゲルガンゲルグ卿の領地は、鉄鉱石の鉱脈が豊富にあり、鉄加工技術に特化した技術者集団を抱えているのだ。


「もちろんです。閣下! 農具を中心とした鉄製品を製造できるのはありがたいです。しかも技術面までバックアップしてくださるとは!」


 そうなのだ。製品を渡すだけでなく貴重な技術まで教えてくれるのは、思わず何か裏があるのでは?と勘繰ってしまったほどだ。

 彼が、見返りとして何を求めているのか見極めていかねばなるまい。

 加工技術と言えば、土精霊族ドワーフも是非、領内に招きたいと思っているレヴィンである。手先が器用で、特に鉱石の加工技術は非常に優秀だと聞く。もちろん、機械技術や魔導具技術なども進んでいるらしい。

 しかし、彼等に会ったことはまだなかった。噂で聞く程度なのだ。

 最初に神様に会った時は、選択できる種族に土精霊族ドワーフの名前があったので、どこかにいるはずだとは考えている。


「ナミディア卿、開拓での物販はワテに一手にお任せくださいませんかね?」


「残念ですが、一部の商人だけと独占的に契約する気はございません」


 しれっと独占の確約をお願いしてきた商人にレヴィンは、そう、にこやかに切り返す。

 今、この場にも商人は腐るほどいるのだ。

 御用商人は、今の所、作らない方針である。

 レヴィンが、開かれた市場であって欲しいと考えているためだ。

 まぁ、公平に取引してくれるなら、良好な関係を築いていくのに努力は惜しまないつもりではある。


 レヴィンが主賓の懇親会なので、彼の周囲には人が尽きない。

 少し疲れた彼は、席を外して会場の裏に姿を隠した。

 もうずっと会話し続けていたし、ここの所のマルムス教対策の件で気が休まらないのだ。身代わりで誘拐されたクローディアの事も心配である。

 いくら腕が立つとは言え、敵地に一人で捕まっている訳であるので危険と隣り合わせなのだ。身代金目的だけでなく、教団の手先に洗脳すると聞いているせいもあった。


 そこへ、クラリスがレヴィンの傍にやってきて心配げに語りかける。

 レヴィンあるところに、この人ありだ。


「レヴィン様、大丈夫ですか? お疲れのようですわ」


「クラリスか。最近ずっと心が休まらないからね……」


「まぁ、お父様ったら、こんな時に懇親会など開かずとも良いものを」


「いや、大事な顔合わせだから感謝してるよ? どうしても必要な事だしね。気を使ってくれてありがとうね」


 突然の感謝の気持ち攻撃に、クラリスは顔を赤くして照れだした。

 ふはは。愛い奴め。


 ちなみにベネディクトも懇親会に参加している。

 今のうちから、父親にくっついて色々学ぶ必要があると言っていた。


 クラリスは、沈黙したレヴィンの傍に黙っていてくれている。

 こういう気遣いに感謝なのだ。

 少し落ち着いたので、クラリスと一緒に会場に戻ることにする。

 

 戻ってきたレヴィンを目ざとく見つけてすぐに寄ってくる男がいた。


「へへへ……閣下、ナミディア開拓時には人手はいくらあっても足りないでしょう? うちの奴隷はお安く貸し出せますぜ?」


 どうやら奴隷商のようである。

 懇親会にまで顔を出すくらいなので有能なのだろう。

 レヴィンは奴隷を使う気はなかったし、いずれは領内では禁止しようと考えていたが、必要ないと断ずる事はしなかった。

 この世界の中では奴隷は合法であり、悪ではないのである。

 例えば、売春が合法だった時代に現代の価値観で、売春は悪だと断ずるのはナンセンスだという事である。また、急進的な改革は大きな反発を招きかねない。

 じっくりことこと行くべきなのだ。


「ん? 労働奴隷か? 今の所使う予定はないが考えておこう」


「戦闘奴隷もおりますぜ? 開拓民の護衛も必要でしょう?」


「確かに護衛は必要だが、最低限自衛できるように啓蒙していく所存だ。まぁ手を借りる事もあるかも知れん。その時は頼むぞ」


「へへぇ! 奴隷商ランポリッサをごひいきにお願い致します」


 レヴィンは、クラリスを伴ってマッカーシー卿のところへと戻る。

 この会場には、貴族が令嬢を連れてきている者も多い。

 まだ未婚で、許嫁もいないレヴィンに売り込みに来ているのだ。

 しかし、今は女性にうつつを抜かしている訳にはいかない。

 恋は路傍の花……なんてどこぞの劉備玄徳のような事をつぶやいてみる。


 貴族令嬢達は、レヴィンのみならず、クラリスにも視線を注いでいるのだ。

 ライバル視しているのかも知れない。

 そんな時、二人の女性がレヴィンに近づいた。

 わわッと声が漏れ、髪をしきりに、くしくしさせている可愛らしい感じの女性と言うより少女であった。その隣りには、その娘の腕を引っ張ってレヴィンに近づけようとしている少女がいる。勇気の出ない令嬢を親友が引っ張り出すの図であろう。


「レ、レヴィン様ッ。ごきげんよう。わたくしは、ドルトムット家の者ですわ。宜しければわたくしと会話を……」


 最後はモゴモゴして聞き取れなかったが、顔を真っ赤にして必死に話しかけてくる。


「ごきげんよう。ドルトムット卿のご令嬢か。今日はありがとう。楽しんでいって欲しい」


 言葉を返すと、くしくしする手が一層激しくなっている。

 動揺を隠しきれないようだ。

 横では、「名前を言いなさいよ!」と小声でアドバイスしている少女がいる。

 非常に微笑ましい光景である。尊い。


「あッそうか……名前、レヴィン様、わたくしは、フレンダと申しますわ。是非お見知りおきを……」


「フレンダ嬢か。よろしくね。王都に住んでるのですか?」


「えッ!? 領都のドルトムットに住んでおります。今日のために参りました」


「王都の学校には通っていないのですか?」


「は、はい……。家庭教師を雇っておりますので……」


 特に目標のない……と言ったら語弊があるが、騎士や魔導士、研究者や技術士になりたい訳ではない貴族の子息もいる訳で、そういう人達は家庭教師で済ませる事もあるそうである。学校には興味はないが、コネクションづくりのためだけに学校に通う者もまた多いのだが。


「なんの職業クラスなのかな?」


 すると、隣の親友(独断と偏見)が口を挟む。


「この娘の夢は花嫁さんなんです」


「ちょっとそれは言わないでってばぁ!」


 もしかしたら職業クラスの事は、はぐらかされたのかも知れない。

 何かあるのだろうか?

 触れたくないなら別に構わない。単に世間話を振っただけなのだし。

 レヴィンはそう思っていたが、実はフレンダの職業は魔女であった。

 魔人の女性バージョンだと思ってもらえばよいだろう。

 前世の中世ヨーロッパよろしく、魔女はあまり良い印象を持たれてはいないのである。


 勇気を出して近づいた二人のお陰で、他の令嬢達も寄ってきて、しばらくの間、皆で会話を楽しんだそんな様子を忌々し気に眺めていたのは、彼女達と同じく親に連れて来られていた貴族の子息達であった。親の立場からすれば、今からレヴィンとの関係を築いておいて欲しいとの考えであったが、彼等からすれば、所詮、成り上がりの平民出身のガキに過ぎなかったのだ。しかも貴族令嬢からチヤホヤされているように見える、レヴィンは嫉妬の対象でもあった。そこにベネディクト加わって大人数になる中、一人の男がレヴィンに近づこうとしていた。

 彼の名は、ファビオ・フォキス。ヴァルデン・フォン・バイエンス伯爵の息子同然に育てられた農民出身の騎士である。

 将来、バイエンス伯爵の次男である、ラファエル・フォン・バイエンスの腹心となるべく騎士中学を今年卒業した十六歳の青年だ。


「あなたがナミディア卿ですね。俺はファビオ・フォキス。バイエンス家で騎士をしております。以後、お見知りおきを……」


「こちらこそよろしくお願いします。レヴィン・フォン・ナミディアと申します」


「俺は農民の出でして。あなたも平民出と聞いてやってきました。あなたがどんな町を造るのか気になっております。今後も注目させて頂きますね」


 なんだか人懐っこい感じの人である。

 茶髪にくりッとした目をしており、愛嬌がある。

 しかし、人を喰ったような態度が垣間見える。


「こら、不躾だぞ! ファビオ! すみません。ナミディア卿。私はラファエル・フォン・バイエンスと申します。部下が失礼を……」


「いえいえ、構いませんとも。こちらは若輩の身。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


「ほら、ナミディア卿もこう言っている。お前は堅すぎなんだよ、ラファエル」


 対してラファエルは生真面目っぽい。

 レヴィンは、こちらの性格の方が好みである。


「あッ、ナミディア卿、今日はファビオが来たいってゴネるから参加させてい頂いたんですよ」


 マッカーシー卿とゴルードリッチ卿の派閥ではないから、何で来たのかと思っていたら、そんな理由だそうである。派閥に関係なく、交友を深めたいレヴィンとしては、個人的な友好関係でもいいと思っている。レヴィンは、ファビオとラファエルとで、しばらく情報交換がてらの会話を楽しんだ。


 そんな時にやってきたのが、異国の風変りな出で立ちをした女性であった。

 ゆったりした服装に帯を締め、長い髪をこれまた長いリボンのようなもので結っている。レヴィンの知識で言えば、古代の中国の服装と言った方が解りやすいかも知れない。それは、西洋風の衣装とは似ても似つかぬものであった。

 その女性は顔の前の位置で合掌をする、少し変わった挨拶をして自己紹介をしてきた。


「お初にお目にかかる。私はレイ・ランと言う。セプト・ナーガ帝國の将軍の職にある者だ」


「セプト・ナーガ帝國からいらしたのですか!? お会いできて光栄です。私はレヴィン・フォン・ナミディアと申します」


 レヴィンはまさかこんな席に混乱状態にあるセプト・ナーガ帝國の人間が来るとは思っていなかったので少々戸惑いながら挨拶を返した。


「無理もない。今、我が国は混乱しているからな」


 そう言って豪快に笑うレイ・ラン。

 おそらくシ・ナーガ民国への牽制を兼ねてアウステリア王国に来ていたのだろうとレヴィンは予想した。レヴィンは彼女としばらくの間、会話を楽しんだ。

 彼女は、四霊剣士と言う職業で、レヴィンの予想通り、対シ・ナーガ民国との戦争で指揮をとっているらしく、アウステリア国王との謁見の後にこの懇親会に顔を出したそうだ。


「新進気鋭の貴族がいると聞いてな。思ったより若くて驚いているところだよ」


「まだ、十三歳ですしね」


 レヴィンは苦笑いしながら答えるが、レイ・ランは、ぐいぐいと前のめりに話を進めてくる。


「腕も立つと聞いているぞ? 私と手合せしてみないか?」


 そう言って、顔を近づけてくるレイ・ラン。

 少しはだけた胸元がまぶしい。


「そんな……私など大した事はありませんよ。手合せなら近衛騎士団長のスターマイン殿をお薦めしますよ」


「あいにく断られてな……退屈しているところなんだ」


 その後も、しつこく迫られたが何とか逃げ切ったレヴィンであった。


 レイ・ランの後もインペリア王国の貴族や、遠くはレガリア王国の使節団とも交流する事となった。


 レヴィンはこの懇親会で多くの知己を得る事となる。


 こうしてレヴィン主催の懇親会は無事お開きとなったのであった。

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