第16話 秘密集会

 二月二十一日のメルクの日がやってきた。

 今から秘密集会に参加しなければならないと思うとひどく憂鬱である。

 レヴィンは学校から帰ると、その心を癒すべく、リリナに入れてもらった番茶ををすすって一息ついていた。


「じいちゃんだ。じいちゃんだー」


 クロエが意味不明な事を連呼して、はしゃいでいる。

 楽しそうで素晴らしい。


 持って行くものをナップサックに入れる。

 と言っても、覆面目出し帽と紅の腕章、集会所で着ていたマルムス教徒の信徒服くらいである。何を持って行く必要があるのか聞き忘れていたので、一応持って行く事にしたのだ。


 リリナがどこかボーッとしているレヴィンを気遣って話しかける。


「レヴィン、あんた大丈夫? 集会に参加し始めてから明らかに疲れてるわね」


「内偵任務って大変なんだなーッて身を持って実感したよ」


 レヴィンは前世で見たスパイ映画の事を思い出していた。


 今回の秘密集会が行われるのは、おそらく秘密のアジトだろう。

 できれば、マルムス教の拠点は一斉に潰したいところだ。

 隠された拠点があれば見つけ出さねばならない。

 対策委員や冒険者ギルドへの報告は、拠点が判明した後でよいだろうとレヴィンは考えていた。逆にスパイがいないとも限らない訳であるし。


 テーブルに肘をついて考え事をしているうちに意識がなくなってしまった。

 レヴィンは居眠りを始めてしまったのだ。


「……ヴィン! ……レヴィン! 起きなさい!」


 ガバッと顔を上げて、慌てて時間を確認する。

 もうすぐ十八時だ。


「やべッ!」


 寝過ごした!と思ったレヴィンは慌ててナップサックを背負う。


「行ってきます!」


 それだけ言うとリリナの顔も見ずに家を飛び出し、魔法を発動する。


高速飛翔ハイ・ソアー


 体がふわりと宙に浮いたかと思うと、ものすごい速さで人の頭上を飛んでゆく。

 目立っていたが仕方がない。時間厳守は基本である。

 あっと言う間に西門付近までやってくる。

 別に秘密にしている訳ではないが、なんとなくクィンシーに見られるのは、マズいと思い、西門から離れた場所で魔法を解除すると、西門へと駆けつける。


 既に待ち合わせ場所にはクィンシーが居た。


「よう。時間丁度だな。どうした?」


「いや、ちょっと寝過ごして……」


 息を大きく吸い込んでは吐き出し、呼吸を整える。


「よし、外に行くぞ。アジトは王都から西へ三時間ほど行ったところだ」


 今から三時間と言うことは、集会が終わって王都に戻っても中に入れない時間帯だ。城門は全て閉じられているだろう。閉まるのは二十時だ。

 明日は学校休みだな、とレヴィンは残念がる。

 別に勉強が好きという訳ではない。

 魔法とこの世界についての知識を、取りこぼしたくないだけである。


 ふと、前を歩くクィンシーの背中を眺める。

 彼は、たいして速くもないペースで歩いている。


(このペースで三時間か。魔法を使えば、結構短縮できそうだな)


 何を話すでもなくボーッと歩いていると、クィンシーがこちらを見ずに話しかけてきた。


「ようやくお前もスタート地点に立った訳だ。お前は俺と成り上がるんだからな。言動には気をつけろよ?」


「秘密集会ってほどだから、お偉いさんでも来んのか?」


「裏の幹部が来るだけだ。まぁニコライ様も来るがな」


「へぇ……。教団ってどんな組織になってんの?」


 いい機会なので、なんでも聞いてみようの精神で思っていた事を尋ねる。


「まぁ世界中に同志はいるみたいなんだが、俺は王都の組織しか知らんよ。マルムス教の開祖は大司教ゴルナークと言う方だ。お会いした事はないがな」


「ゴルナーク様が一番偉いのか。どこにいるんだ?」


「世界中を飛び回っているらしい。どこにいるかは知らん。しかしなぁ……ゴルナーク様がいっちゃん偉いかと言われるとどうかな……」


「なんだよ。歯切れ悪いな」


「厳密にはゴルナーク様は、宗教とは関係ないってのを聞いた事があるんだ。革命を起こして体制を打倒しようとしているのは確かにゴルナーク様なんだが……」


「宗教と関係ない? 開祖なのに?」


「ああ、俺も詳しく知らんが、とりあえず、王都のトップはニコライ様で、ニコライ様が属しているのは、ボサツと言う組織らしい。他にもミョウオウとか、テンブとかって組織があるってのは聞いてる」


(ええ……。仏教用語キタコレ。ッて言うか組織作ったの異世界人じゃん……ッてことはゴルナークがそうなのか? この罰当たりがッ!)


 レヴィンが考え事を始めて黙ったので、何を思ったのかクィンシーがフォローを始める。


「そ、そんな難しく考えるなよ。幹部の人達もそう悪い人じゃないぞ? 怖い人でもないし」


 レヴィンは、他に何を聞こうか考えていただけだったのだが、クィンシーはそうは思わなかったようだ。


「俺もいつかその組織に入って、革命を起こして特権階級を手に入れるんだ!」


(もう何が何やら解らんな。色々ごっちゃになってそう)


 だんまりを続けるレヴィンを見て焦れたのか強引に話を変えてくるクィンシー。


「そう言えば、裏組織は強くある必要もあるからな。レヴィンは何の職業クラスなんだ?」


「んあ? 職業クラス? 俺は黒魔導士だけど……。そういや、こんな話した事なかったな。クィンシーはどうなんだ?」


「黒魔導士だったのか。俺は修道僧モンクだ。喧嘩なら今まで負けた事ねぇよ」


「おお、強そうでいいじゃん。それで、そのお偉いさん達はどんな職業クラスなんだ?」


 話がカムバックする。


「ケルン様なんかはテンブの組織で職業クラス騎士ナイトだって聞いたな。後、もう一人よくしてくれる幹部の人がいるんだが、この人は魔法剣士て言ってたな。名前は、トワイト様だ」


 その後は、他愛のない話ばかりが続いた。

 レヴィンは極力、真実を交えながら嘘をついた。

 ボロがでないように気をつけながら。




「着いたぞ」 


 クィンシーがそう言ったのは、小規模な集落に入ってからだ。

 辺りはもう闇に包まれている。クィンシーは、火のついた松明を手に持っている。

 レヴィンが光球ライトを使えるのは、バレていないのだろう。

 光球ライトの魔法の事は何も聞かれなかった。


「この村はなんなんだ? この村で集会があるのか?」


「いや、この集落の民は皆、信者なんだよ。近くの小高い丘にアジトがあるんだ。」


 そう言うと、そちらの方へと歩き出した。

 秘密のアジトへは、集落の北側から行けるようだ。

 それほど草木が生い茂っている訳でもない、山道を歩いていくと、前方に松明の火だろう、チラチラと光る灯りが見える。

 その灯りがゆらゆらと動いて、どこかを目指して進んでいく。

 その灯りを目で追っていると、いつの間にかクィンシーと少し離れてしまった。

 はぐれないように、慌てて前を歩く彼に追い付くレヴィン。

 いくら、ただと小高い丘だと言え、立派な山道である。

 ボーッとしていたら迷ってしまいそうだ。

 しばらくクィンシーの背中を追って歩いていると、ようやく開けたところに出た。

 そこは、篝火がいくつも焚かれており、切り立った崖の山肌に扉が備え付けられていた。木製の扉の横には、見張りが二人立っている。

 中は洞窟のようになっているのだろう。

 クィンシーが見張りと何やら話している。知り合いなのかも知れない。

 と言っても、彼等は例の覆面目出し帽を被り、マルムス教の信徒服を着ている。

 どんな人物だがさっぱり解らない。


「村の入り口で着替えてこればよかったな。そう言えば、覆面と腕章と信徒服、持って来たか?」


「ああ、聞くの忘れてたからな。一応持ってきておいて良かったよ」


 中に入る前に、見張り二人の目の前で着替えを始める。

 脱いだ服は、ナップサックに入れておく。

 覆面目出し帽を被って、紅の腕章をつけると、もう誰が誰だか解らない風貌になっていた。身長の違いくらいしか違いが見えない。篝火の灯りしかないのでそのせいもあるのかも知れない。しかし、これなら潜入するにも楽そうだと思うレヴィンであった。


 着替え終わると、中に入れてもらう。

 クィンシーと見張りが知り合いだから入れたのか、何か合言葉がるのかは解らなかった。中は洞窟のようになっており、ゴツゴツした岩肌がむき出しになっている。

 いくつもの部屋に別れているようだ。通路の枝分かれしている。

 天井も高くまで掘られており、剣を振り下ろしても大丈夫だと思われた。

 しかし、幅は大人二人分くらいしかないので、切り合いは難しいかも知れない。

 入り組んだ道や部屋に身を隠しながらの魔法戦になりそうだ。

 クィンシーは、迷いなく、ずんずんと進んでいく。

 途中で何人もの信者と遭遇する。もちろん皆同じ格好をしている。


 そして、とうとう開かれた場所に辿り着いた。

 その広間には、既に何人もの信徒がひざまずいて祈りを捧げている。

 対象は、祭壇に備え付けられている、神像だろう。

 しかし、よくよく見てみると、王都の集会所で見る神像とどこか違う雰囲気を感じる。神像が纏っているローブは黒色だが、黒い翼など、それ以外の特徴は同じようだ。この像は、黒い石を削り出して作られているように見える。

 しかし、何故か禍々しさを感じるのは気のせいだろうか?


 それに先程から物騒な言葉が信徒から聞こえてくる。


 「我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。」


 一心不乱に物騒な言葉を呪文のように唱えているのだ。

 どういう事かと思い、クィンシーの方を見ると、ドヤ顔でこちらを見つめていた。


「ここは悪魔崇拝の拠点なんだよ。ローズマダー様は、本当は悪魔神なんだ」


 まじか。邪教じゃねーか。


「クィンシー、何かあの像から、変な感じがするんだけど?」


「ああ、よく気づいたな? あれは黒晶石と言う鉱石で出来ているマジックアイテムらしいぞ?」


 人差し指を口に持ってきて「シー」と小声で話すクィンシー。

 まぁ覆面で口は隠れて見えないのだが。


 それからしばらく、祈りを捧げている振りをして時間を潰す。

 クィンシーは、神とは距離を置いているようだったが、悪魔神に対してはどうなのだろうか。周囲が信徒だらけで聞く事ができないため、横の彼を確認すると、彼もまた祈りを捧げているようであった。本気なのか振りなのかは解らない。


 すると、何人かの様相の異なる信徒が祭壇の前に姿を現した。

 まず、信徒服の色が違う。通常は少し黄色がかった白色なのだが、彼等は深緑色、紅色、黄色のそれであった。深緑色が三人、紅色が一人、黄色が五人だ。

 黄色は一般信徒を取り囲むように位置取りしている。


 そのうちの深緑色の信徒服に身を包んだ一人が宣言した。


「皆の者……、今日も悪魔神様に祈りを捧げよッ! 負のエネルギーを供するのだ。悪魔神ローズマダー様の復活の日は近いッ!」


 声の感じからしてニコライだろう。

 やはり、裏でも上の地位にいるようだ。


「今日、貴族のフェルエン・フォン・マーランドが我等が軍門に下った。備えるのだッ! 来たるべき刻に備えるのだッ!」


「ローズマダー様に血肉をッ! ローズマダー様に血肉をッ! ローズマダー様に血肉をッ!」


 すると、何人かの信徒が、牛の頭を乗せた木の板を担いで現れる。

 そしてそれが祭壇に供えられるのだ。


(良かった……。人間が生贄にされるのかと思ったわ……)


 強い、お香のようなものが焚かれているので、血なまぐさいということはない。

 もしかしたら催眠効果もあるのかも知れない。

 信徒の入り込みっぷりはすさまじいものがある。


 クィンシーによると、夜通し祈りを捧げるのが普通だそうだが、レヴィンは初めてだし、まだ子供だと見なされているようで、部屋で休んでいいと言われた。


 彼はここに残ると言うので、レヴィン一人で洞窟の中を動ける事になった。

 次に来る時のために、内部を把握しておいた方が良いだろう。

 祭壇の部屋を出て、右の通路を歩いていくと、すぐに突き当りに至った。木の扉があったので、少し迷ったが開けてみる。

 何かあったら迷ったと言い訳しようと思っているレヴィンである。

 中にはカーペットが敷かれ、ベッドがあり、神像が祀られている。

 贅沢な造りになっており、テーブルの上にはペンや紙が置かれていた。

 おそらく幹部の部屋なのかも知れないと当たりをつける。

 長居は無用なので、すぐに別の場所へ移動する。他にも似たような部屋が数室あった。後の部屋は簡素な造りでベッドだけがあったり、物が雑然と置かれていたりと、かなり適当な造りになっていた。

 別にここで暮らす訳ではないので、本格的でないのだろう。

 見張りが立っている場所もあったので、何か重要な物も隠されているのかも知れない。洞窟は思ったより広く、全てを把握できた訳ではないが、少しはマッピングできたように思う。ベッドのある適当な部屋を選んで、ベッドに潜り込む。


 レヴィンは朝までぐっすりコースを選択したが、響く祈りの声のせいで眠りは浅かったようだ。翌朝、クィンシーと共に、王都に戻ったレヴィンは、その疲れのせいか、熱を出して、学校を休んだのであった。

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