第22話 説明


 シリアスな雰囲気をぶち壊すような音を立てて部屋の扉が開く。

 入ってきたのは、幼女だった。

 長くのばした金髪をゆるふわにカールして大人の雰囲気を醸し出そうとしているようだが、その幼さと相まって美しいというより可愛らしく見える。


「ランゴバルト! 入るぞ! 都市連合の……」


 部屋に入ってから入るぞ言っても遅い。何かの案件のことについて一方的に話始めようとした様子であったが、ソファーに座る神妙な面持ちの二人を見て彼女は話すのを止めた。


「なんだ。クローディアじゃねぇか。今立て込んでるんだ。後にしてくれ」


「なんだとはなんだ。子供と話しているだけじゃないか」


 クローディアは事もなげにレヴィンを子供と言い放った。

 レヴィンは、子供と言われてお前が言うなと心の中で突っ込みつつ、やり返す。

 実年齢は二十五歳だが、我ながら大人げないと思う。


「子供はお互い様じゃないか。子供だからって優遇されるのは間違っているよ。子供は大人しく待ってなさい」


 それを聞いてクローディアの顔色が変わる。

 何故かついでにランゴバルトの顔色も変わる。


「誰が子供だッ! 子供子供うるさいわ!」


 そう言うと、クローディアの鉄拳がレヴィンの頭を小突いた。

 痛い。うわ幼女つょい。


「私はもう二十五歳だッ! 大人の淑女なのだ」


 レヴィンは驚き戸惑うが、自分がお約束の展開に遭遇した事に思わずニヤついてしまう。どう見ても子供だと思って子供扱いしたら、実は大人でしたー!というあるあるだ。殴られたのにニヤついていたので、彼女が若干引いているように見えるが、きっと気のせいだろう。そこへランゴバルトがフォローに入る。


「お前が大人なのは皆知ってるよ。今、別件で忙しいんだ。少し後にしてくれ。大人なら解るよな?」


 大人なら大人の対応を求められても問題ないはずだ。

 クローディアはそう言われて大人しく引き下がった。

 すごすごと部屋から出て行くクローディア。


「すまんな。あいつはクローディアと言う。あの見かけなんで舐められる事が多いんだ。許してやってくれ」


「構いませんよ。お約束の展開が見れたので十分です」


「? そうか? では話を戻そう」


 ランゴバルトはギルド職員に言ってお茶の追加を頼むと、執務用デスクから一枚の紙を持ってソファーに座った。

 テーブルにその紙を広げると、それは一枚の地図であった。

 彼は地図の一点を指差すと言った。


「ここがレムレース。インペリア王国の北の城塞都市だ。向かうには、カルマをさらに東に行って魔の森を迂回しなきゃなんねぇ」


 ランゴバルトの指が地図の上で滑らかに移動する。


「一応、街道が続いていて、ここの街を通って、こう行くと、ユーテリア連峰の麓に迷宮都市モンテールがある。ここをさらに北上すると目的のレムレースに到着するって訳だ」


「魔の森を迂回するのが面倒ですね。行くのにも時間がかかりそう……」


「そうだな。下手したら半月以上かかるかも知れねぇ。できるだけ急いでくれ」


 事態は深刻なようだ。ランゴバルトは真剣な目をしている。

 彼の話によれば、街にアンデッドが出没し始めたのは六月頃。

 初めは不浄な土地に土葬されている死体に、死霊が取りついただけの事件だと思われていたが、日にちが立つにつれてアンデッドが増加し、町中にあふれるようになったと言う。事態を重視したインペリア王国は冒険者ギルドへ増援を求め、レムレースには多くの冒険者が集まった。

 しかし、減るどころか討伐しても討伐しても増え続けるアンデッドに各所の連絡が立たれ、今では食糧不足にも悩まされているらしい。

 さらに集まっていた冒険者は命あっての物種と、次々に街を離れ、インペリア王国はアウステリア王国やエクス公国にも援軍を頼んだのであった。

 

「アンデッドの専門家は少ねぇんだ。インペリア王国は事態を把握できているかさえ怪しい」


「解りました。僕のパーティのメンバーは学生ばかりですから、仲間を一人だけ連れて行こうと思います。休学する件、学校に通しておいてもらえますか?」


「解った。それくらい任せておいてくれ。すまんな」


 ランゴバルトは小鬼ゴブリン族の話をしていた時とは、うって変わって下手な態度を見せていた。


「他の冒険者にも声はかけている。強制依頼になるかはまだ解らんが、なんとか増援を出したいとは考えている。すまんが頼んだ」


「では、小鬼ゴブリンの集落へ説明に言った後、仲間も説明してから向いたいと思います。最悪一人で行くことになるかも知れませんが……」


 レヴィンはそう言うと、小鬼ゴブリンの事をランゴバルトに託してギルマスの部屋を後にした。まず向うのは、もう一度、小鬼ゴブリンの集落へ、である。


 


 小鬼ゴブリンの集落へと到着したのは、少し薄暗くなり始めた頃であった。

 レヴィンの再度の訪問に驚くガンジ・ダとジグド・ダに、話したい事があると伝えると、長老の家へと案内された。

 遅れて他の司祭ズも集まってくる。


「それにしてもどうしたのじゃ? また何か起こったのかの?」


 レヴィンに席につくように勧めつつ、ガンジ・ダは言った。


「いえ、ちょっと提案があって来ました。しかし、話し合いの時はすみませんでした。まさかあそこまで意固地な精霊エルフ族だとは……」


「それはレヴィン殿のせいではない。私もあそこまで話が通じないとは思わなかった」


「しかし、ランゴバルトと言ったか、あの方は仲良くしても良いと言っていたのじゃ。さすがに争いにはならんのじゃろう?」


 すがるような言葉でレヴィンに尋ねるガンジ・ダ。


「その事ですが、争いになるかも知れません」


 レヴィンは、ランゴバルトとの交渉内容を二人に説明した。

 顔色が悪くなる二人。

 司祭ズも事態が深刻なのは理解したのだろう。わきゃわきゃ騒いでいる。


「なるほど……人間は精霊エルフ族に肩入れすると言う訳か」


「しかし、レヴィン殿の『種族進化』の能力があれば……」


「争いになれば、『種族進化』していても多くの者が死ぬことになるでしょう」


 ジグド・ダはその言葉に額に手を当てて下を向いてしまう。


「そこで、提案があります。皆には到底受け入れられないかも知れませんが、誰も死ぬ事はないと思います」


「な、なんじゃその案と言うのは?」


「実は僕は最近、貴族になりました。領地ももらえたので、土地を持っています。そこで、小鬼ゴブリンの皆に僕の領地へ移住してもらう事を提案します」


「移住じゃとッ!? この集落を捨てよと言うのかッ!?」


「この土地は代々我等が受け継いできたもの……そのような事許されまいぞッ!」


「おのれ人間共めぇッ!」


 案の定、司祭ズが騒ぎ出す。


 流石にそんな話が出るとは思ってもみなかったのか、ガンジ・ダも目を見開いて驚いている。ジグド・ダは腕組みをして何か考え込んでいるようだ。


 しばしの沈黙の後、ガンジ・ダは言葉を発した。


「回答期限はいつまでなのじゃ?」


「一か月間は大丈夫です。僕はこれからしばらく王都を離れなければなりません。落ち着いたらまた来ますので、返事はその時に。くれぐれも早まった真似だけはしないでください」


「解った。考えておこう」


 レヴィンは、残りの小鬼ゴブリンへの『種族進化』は、今はしない事に決めていた。

 得た力による根拠のない自信で間違った判断を下して欲しくなかったからだ。

 ガンジ・ダの家を出ると、レヴィンは急いで小鬼ゴブリンの集落を後にした。




 無事に王都に戻り、ダライアスの家についたのはもう辺りが闇に支配される時間帯であった。

 突然の来訪に驚いたダライアスだったが、快くレヴィンを迎えてくれた。

 母親のブリアナが番茶を入れてくれる。


「久しぶりだねぇ。いつもうちの子の事、ありがとうね」


 妹のデリアも嬉しそうにニコニコと出迎えてくれた。


「レヴィン兄ちゃん、もっと遊びにこればいいのに!」


 父親のノーブルは「おう」と言っただけで朝刊を読んでいる。

 時間が時間だけにすぐに用事を切り出すレヴィン。


「……という訳で、他の皆は学校で来れないから二人でレムレースに向かいたい。付いてきてくれるか?」


「別に構わないが、報酬はちゃんとでるんだろうな?」


「あッ!」


 報酬の話をするのを忘れていたレヴィンであった。


「すっかり忘れてた。でも出ない事はないと思うけど……」


「まぁいいさ。それにしてもアンデッドって何だっけ?」


 小学校ではアンデッドについて軽く触れただけだったはずだ。

 覚えていなくても無理はない。

 

「死んだ人間や魔物が仮初かりそめの生を得て、蘇った存在だよ。ヤツ等は、生けとし生ける者を憎悪して襲ってくるんだ。古代遺跡で戦った死霊なんかもいるな」


「ってことは蒼天の剣でも斬れるんだろ? しかも大量発生してるってことは強くなるチャンスだしな。俺も行くよ」


「明日の朝に出発する。解決までにかなり時間を喰うかも知れないぞ?」


「問題ない。働いた分はお金が入るはずだしな」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべてダライアスは言った。


「解った。助かる。明日迎えに来るから待っててくれ」


「了解だ」


 あっさりの了承を得たレヴィンが番茶をぐいーっと飲み干すと、ダライアスの家を後にした。


 あとは家族へ説明するだけだな、と思いながらレヴィンは歩く足を速めた。

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