第3章 死霊都市レムレース

第1話 迷宮創士


 話は、エクス公国で大公に謁見した後までさかのぼる。


 帰途に着くために歩き始めた一行だったが、せっかくエクス公国の首都エクスまで来たのだ。冒険者ギルドをのぞいてみる事にした。


 ギルド内は閑散としていた。

 狐の耳のようなものを生やした受付嬢に尋ねると、本当はもっと活気があるのだが、食糧難で多くの冒険者が一時出国しているという。

 おかげで、依頼が増えてきて、困っているそうだ。

 依頼の増加に伴い、依頼料も増えているよと教えてくれる狐耳の受付嬢。

 一応、国に食糧や魔石などを渡したから、当分の不足分は国から卸されるかも知れない。聞いてみると、獣を狩る冒険者は結構いるらしい。肉の供給は大して減っていないようだ。


 この街で依頼を受けるつもりはないが、一応掲示板を見てみる事にした。

 少し気になった依頼が一つあった。マイタイマイ狩りと言うものだ。

 先程の受付嬢に聞いてみると、マイタイマイという、池や沼に住む亀の肉を狩ってくる依頼のようだ。

 マイタイマイの特徴や生態を詳しく教えてくれる受付嬢。

 ドルグスキ山脈やハーヴェスト連峰があるこの国はその豊富な水量からできた池や沼が多いらしい。レヴィンが気になったのは、肉の部分ではなく、甲羅に実るとされている作物の部分である。


(これってもしかして米じゃねーの?)


 需要があるのは主に肉であり、背中の作物については、何も解っていないようである。米が食べられるかも知れないので、覚えておこうとするレヴィンであった。

 特に護衛依頼もないようなので、早めの夕食を摂ってコルチェの町を目指す事にした。


 食糧難から緊急事態宣言が出されており、小麦を使った料理が制限されているようだ。この国は小麦を麺状にして食べる事が多いと言う。

 他国からの輸入小麦はパン食に向いたものが多いようで、麺にしても本来の美味しさが出せないと店の主人が言っていた。

 仕方ないのでパンと、肉料理を頼む。

 流石に味付けはアウステリア王国のものと違いがあり、結構楽しめたレヴィンであった。


 干し肉などの保存食を購入して、エクスを去る事にする。 

 歩きで三日くらいで到着する予定であるが、エクス―コルチェ間では乗合馬車が定期運行されていると言うので、それに乗って行くことにした。

 一路、コルチェに向けて北上を開始する。


 乗合馬車が定期運行されているくらいである。

 少なくともエクス―コルチェ間は治安が良いのだろう。

 ちなみに乗合馬車はエクス―ホッジス間でも運行しているらしい。


 馬車に乗りながら、今後の予定について考えるレヴィン。

 ホンザの護衛任務におよそ一か月弱ほどかけてしまった。

 残りの休み期間中は、カルマで修行の日々かなと思っている。

 レヴィンは一緒に乗っていたイザークに今後の予定について尋ねてみた。


「しばらくゆっくりしたいな。でもカルマにいると騒がしくてゆっくりできないからなー」

 

「温泉にでも行ってみたらどうですか?」


「温泉って何だ?」


「天然のお風呂みたいなもんです。ユーテリア連峰の西にロックヘルって言う町があるらしいんですけど、そこが温泉街になってるそうです」


「俺の国では、サウナが主流だったからな。湯につかるって文化はないんだけど、それも良さそうだな」


 イーリスも興味があるようだ。


「ちなみに地下迷宮がある、モンテールも同じくユーテリア連峰の麓にあるそうですから、温泉があるかも知れませんね」


「よし、決まりだな」


 イザークとイーリスが何やら話し出した。

 あまり言葉の多い方でないイーリスが興奮気味に話しているのを見て、言ってみて良かったと思うレヴィンであった。


 そんなこんなで無事コルチェに到着した。

 相変わらず閑散としている。

 今日はこの街で一泊する事にして宿の手配を済ませると、レヴィンは昔ギルドの資料で見た、迷宮創士ダンジョンクリエイターのお悩み相談を依頼した本人を探すべく冒険者ギルドに向う。明日まで自由行動という事にしたが、今回はめずらしくアリシアがついてくるようだ。アリシアが来るとなると、ついでにシーンもついてくる。


 三人で冒険者ギルドに着くと、街と同じく、ギルド内も閑散としていた。まずは依頼掲示板を見る。

 迷宮創士ダンジョンクリエイターからの依頼は貼り出されていないようである。盗賊の討伐依頼や、魔物の討伐依頼がだされている。

 この街以北は治安が悪そうであった。冒険者が減少している今、領主が何とかすべきなのだろうが、果たしてコルチェ公は動くのだろうか?

 とりあえず、覚えていた住所への道を街の人々に尋ねながら目的地へと向かう。

 意外と親切に教えてくれるものだ。てっきり、コルチェ公の性格が街にも反映されているかと思っていた。

 別に話した事はないので、正確にはどんな性格かは解らないのだけど。


 着いた家は集合住宅であった。

 そのうちの一室に『オスカル』という、アライグマだかベルバラだかよく解らない名前の札が貼り付けてあった。


(いや、アライグマは違うか)


 ノックをすると中から痩せこけた顔色の悪い男が顔を出した。

 簡素な服を着ているが、真っ黒なローブでも纏えば悪の魔導士と呼ばれる事請け合いである。


「なにか?」


 不信感丸出しの視線を向けてくるオスカル。

 急に子供が三人訪ねてきても困惑するだけだろう。


迷宮創士ダンジョンクリエイター……」


 レヴィンがボソっとつぶやくと、反応があった。解りやすい。


「な、何故それを!?」


「実はアウステリア王国の冒険者ギルドであなたが依頼したお悩み相談の資料を見つけまして」


 見つけた場所がメルディナだったかカルマだったか忘れたので適当に話しておく。


「確かに、いくつかの街で依頼を出したが……特に悩みは解決しなかったし、諦めていたのだが……」


 顔があからさまに喜色に富んだ表情に変化する。


「とりあえず、話だけでも聞かせてもらえませんか?」


 レヴィンがそう伝えると、家へ上がるように促される。


「ささッ! 狭いところだが遠慮はいらん」


 三人を六畳ほどの室内に招き入れ、座らせると、お茶を用意してくれるオスカル。

 お茶は紅茶ではなく、緑茶のような色をしている。

 試しに飲んでみたが、味も煎茶に近い。

 日本人のレヴィンには紅茶よりも好きな味であった。


 準備を終えるとレヴィンの正面に座るオスカル。

 表情は明るい。


「実は私の職業クラスはご存じの通り、迷宮創士ダンジョンクリエイターというのだが、何をする職業クラスかさっぱり解らんのだ。どういう能力アビリティがあるのかも検討もつかんし、国からは無能の烙印を押されるしで散々なのだ……」


「ご自分の職業クラスを知ったのはいつなんですか?」


「ああ、君は公国の出身ではないのか……公国では十五歳になると鑑定され、職業クラスが知らされるのだよ。しかし国もこの職業クラスに関して何の情報も持っていないようでな。なんとか日雇いの労働や獣狩りで生計を立てている訳なのだ」


 そう言って大きなため息を一つつくオスカル。


「なんとか武器を買い、冒険者になってなけなしのお金を稼ぐ日々でな。母親を楽にしてあげる事さえ敵わなかった。無念の極みだ……異端の目で見られ、二十年間もこうして虚しく生きてきたのだよ」


 かなり苦労して今まで生きてきたようだ。

 レヴィンは何の情報もなく二十年も苦しみ続ける彼に心から同情した。

 アリシアも悲しそうな顔をしている。シーンも心なしか沈んでいるように見える。


「なるほど……ご苦労なさったのですね」


(ヘルプ君起動、迷宮創士ダンジョンクリエイターについて)


 検索結果を頭の中で確認したレヴィンは驚いた。


(召喚士Lv8、錬金術師Lv8、魔物使いLv8で職業変更クラスチェンジ可能だと……? すごい厳しい条件だな。さすがレア職業クラスと言ったところか)


迷宮創士ダンジョンクリエイターは、召喚士Lv8、錬金術師Lv8、魔物使いLv8でようやくなる事のできるレア職業クラスです。二十年も放置されてきた事に怒りと悲しみを禁じ得ません」

 

「なんとッ! そうなのか」


 レヴィンは続ける。


能力アビリティですが、さすがに街の中で使用する訳にもいきません。どこか人気がなくて安全な秘密の場所に心当たりはありませんか?」


「うーん。ないな。狩りをするとしたら、ハーヴェスト連峰の裾野に広がっている森なんだが、深い場所には行った事がない」


「とりあえず、森の浅いところで、木が生い茂っている場所を見つけましょう。そこでまず、迷宮作成の能力を使用します。全てオスカルさんの魔力を使用しますので、注意してください」


「その迷宮作成の能力を使用し続ければよいのかね?」


「いえ、その能力を使用すれば地下一階層の迷宮ができます。そこに降りたら次の能力です。魔物作成をおこなってください」


 レヴィンは簡単な能力の行使から始めるように進言する。


「二十年冒険者で獣とは言え狩りを行ってきたのです。職業点クラスポイントはそれなりに貯まっているはず……それを使用する時が来たのです。と言っても最初は低級の魔物しか作成できないでしょうから、スライム辺りから作成するのが良いと思います。」


「ふむふむ。まず迷宮作成を行ってから出来た地下に入り、魔物作成でスライムを創るのだな?」


 レヴィンは、ヘルプ君で確認しながら説明していく。


「はい。スライムばかり創っていても溢れてしまうだけですから、もし可能なら壁を創る。小部屋を創る。などの能力を使用して迷宮を創ってみるのも良いかも知れません」


「ふむう。迷宮らしく迷路でも創ってみるかな」


「しばらくは、この作業で地道に職業点クラスポイントを稼いでいきましょう。職業点クラスポイントが貯まれば、より高位の魔物を創れるようになりますし、複雑な構造に迷宮を創りかえる事もできます。とりあえず、こんなところでしょうか……。道のりは長いですが、頑張ってください。」


「あい解った。ご助力感謝する。報酬なのだが――」


「報酬はいりません。その代りもし、僕が場所を用意できるような時がきたら、そこを拠点にして地下迷宮を創って欲しいです」


「そんなことか。二十年間、誰も教えてくれなかった事を惜しげもなく教えてくれたのだ。君の言う通りにしよう」


 オスカルはよほど嬉しかったのか、何度もお茶のおかわりを勧めてきた。

 もうお腹はタプタプだ。

 そして、帰ろうと部屋の外に出た時である。


「本当にありがとう。光明が見えた気がしたよ……また、いつでも顔を出してくれ。歓迎する」


「ありがとうございます。僕は明日、ここを発ちますが、何かありましたら手紙を送ってください。住所は……」


 そう言って、住所を教える。


 そして別れの挨拶をして、宿への道を戻って行く。

 何度か振り返ったが、オスカルはずっとレヴィン達の後ろ姿を見守っているようだ。


 すると、アリシアが急に質問してきた。


「レヴィンってなんでそんなに何でも詳しいの?」


「ん? そりゃ、本をたくさん読んだからな」


「今の知識って本に書いてあるものなの?」


 珍しく、すぐに納得しないアリシア。

 シーンの方を見ると彼女も頷いている。アリシアに同感のようだ。

 じっとレヴィンの目を見つめるアリシア。

 どれくらいの時間が経ったろうか。


「解った。近い内に必ず話すから待っていてくれないか?」


 レヴィンは速く覚悟を決めないとなと、心に誓う。


「解った。待ってるね」


「待ってる……」


 真実を知ったら二人はどんな顔をするのだろうか?

 いやそんな事はいい。二人の信頼に応える事こそが肝要なのだ。

 レヴィンは心の中で言葉を反芻する。


(近い内に必ず!)


 宿に帰る三人の背中を夕日が照らしていた。

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