第33話 後日談


 その後、エクスやコルチェの冒険者ギルドをのぞいてみたり、コルチェでヤボ用をしたりしてカルマに戻って来れたのは、出発してから一か月くらい経ってからであった。カルマに着いたレヴィン達はとりあえず、まったりした。しかし、夏休みは有限である。


 護衛任務にかなりの時間を要してしまったため、魔物を倒して強くなりつつ、お金も稼ぐという当初の目的が達成できていなかったのだ。

 その代り、人と戦う経験が出来てレベルも上がり、報酬もかなり手に入った。金銭面では、十分な稼ぎである。それに、エクス公国の名誉貴族と言う、おまけまでついてきて人脈も作れた。まさに棚から牡丹餅ぼたもち状態である。


 『無職ニートの団』は、束の間の休息を経て、魔物狩りの依頼を受け、魔の森とカルマの往復を日課とした。

 イザークとイーリスは少し休んだ後、インペリア王国のモンテールに向った。

 目的は地下迷宮と温泉である。


 そんなこんなで夏休みも終わりに近づいた頃、王都ヴィエナへと帰還したレヴィンであった。カルマでは、ベネディクトが王都へ手紙を送り、何やら準備を進めているようであったが、特に気にしなかった。


 そして、夏休みの三日前に王都に帰ってきたレヴィンを待っていたのは、家族だけでなく、王家からの招待状とマッカッシー卿からの手紙もであった。

 グレンとリリナは元気そうなレヴィンを見て安心したが、レヴィンは同時に名誉貴族になった事や招待状について問い詰められた。


「なんで王家から招待状なんかがくるんだ?」


「とりあえず、招待状と手紙を読んでみようよ」


 レヴィンはグレンとリリナをなだめつつ、冷静になるよう促した。


 まず、招待状についてであるが、これから二日後の夏休み最終日に王城へと出頭するようにという内容であった。


「やっぱり何かやらかしたのか!?」


 慌てるグレンを傍目にマッカッシー卿からの手紙を開封すると、中には二日後にレヴィンを貴族へ叙爵する手配をしたので、迎えをよこす旨の内容が書かれていた。

 ベネディクトに貴族になる意思を伝えた後、彼が王都と手紙のやり取りをしていたのは、叙爵の段取りを決めるためのものだったのだ。

 レヴィンはそれを二人に見せた後、マッカッシー卿の邸宅であった出来事について説明した。


「そういう訳で貴族にならないかって誘われてたんだよ」

 

「しかし、誘拐事件を解決したってお前、脱出して助けを求めただけだろ? そんなんで貴族なんかになれるのか?」


 それはレヴィンも同感であった。


「それは確かにそうなんだけど、実は今回、エクス公国でも名誉貴族の称号をもらっちゃってさ」


「め、名誉貴族!?」


 レヴィンはその経緯についても説明した。

 グレンとリリナは信じられないような顔をして聞いている。


「それで決心がついた感じかな」


「いや、しかし……。うーむ……」


 グレンはまだ納得いかないという顔をしている。


「レヴィン、貴族になるって事は、義務も生じるって事だよ」


 リリナは真剣な顔をしている。


「まぁ、貴族になるって言っても当分は名ばかりなんだから大丈夫だよ。封土がもらえるって訳じゃないんだから」


 レヴィンは結構甘く考えていた。


「それに貴族になれば、職業変更クラスチェンジも可能になるし、秘蔵の魔導書なんかも見る事が出来るようになるかも知れない」


 真剣な眼差しでグレンの目を見つめながら言った。


「僕は強くなって、魔法を極めたいって昔言ったよね? これは夢に近づくチャンスなんだ」


 そこまで言うと、二人も反対する理由はないようだ。

 何とか納得してくれたようである。


 そして王城へ行く前の日、ベネディクトがやってきて、マッカッシー卿の邸宅へ連れて行かれた。このままでは王城へ着ていく服がないのだ。冗談抜きで。


 邸宅では着せ替え人形の如く扱われ、疲労困憊のレヴィンであった。

 幸運な事に、ベネディクトとはさほど体格に違いがなかったため、手直しもほとんどする必要がなかった。結局、薄い藍色の貴族服を着る事になったレヴィンである。


 そしてとうとう、王城へ赴く当日となった。

 朝一番で、マッカッシー卿の迎えが来て、邸宅で着替えと身だしなみを整えられた後、馬車ですぐに王城へ向かった。


 式の流れはもう既に決まっていると聞かされている。

 返事さえしていれば、叙爵されるというので全て「はい」と答えるようにマッカッシー卿に言われた。


 控え室で待たされる事、二時間ほど。

 騎士らしき格好をした人が迎えにきて、謁見の間まで案内される。

 そして、心の準備をする間もなく、扉が開けられたので、仕方なく段取り通りに所定の場所まで歩くと、膝をついて頭を垂れる。

 すると、国王が謁見の間に入ってきたようだ。

 空気が変わった。厳かで引き締まった空気だ。

 国王が席についたのか、声がかかる。


「面をあげよ」


「はッ!」


 顔を上げると、白髪と白髭を蓄えた国王が座っていた。隣りに座っているのは女王だろうか。左隣りには文官らしき線の細い男が立っている。


「薬屋グレンの息子、レヴィンよ。本日は大儀であった。」


「はッ!」


「貴公を王都連続誘拐事件を解決に導いた功により貴族位に叙す。これからは男爵として励むがよい」


「はッ! 有り難き幸せッ!」


 返事のついでにお礼の言葉も入れておくレヴィン。

 これで終わりかと思っていると、一人の貴族が国王へ言上する。

 レヴィンがあんた誰?と思っていると、その貴族は事前にまるでそう言う事を決めていたかのように滑らかな口調で語り出した。


「畏れながら国王陛下、そこのレヴィン殿はなんでもつい先月、エクス公国の野盗集団の『南斗旅団』を壊滅させたとか」


「ほう。初耳ぞ? 詳しく聞かせい」


「畏れながら申し上げます。エクス公国は蝗害こうがいにより、食糧難に陥っていた話はご存知かと存じます。そこで彼の者は公国の民を救うため、食糧を持って餓える者を救ったのであります。それだけにとどまらず、以前から我が国や公国で暴れまわっていた『南斗旅団』を壊滅に追い込んだのであります。」


「それは真か?」


「はッ! エクス公国からは彼の者を名誉貴族に叙する旨の通達がございました」


 国王の隣りの男がそう言って畏まる。


「何と言うことだッ!」


「そのような英雄に男爵位のみなど……」


「英雄の誕生じゃあ!」


 一斉に口々にレヴィンを褒め称えはじめる貴族の皆さん。


(ん?)


 そこで最後に王国の重鎮が付け加える。

 カルヴィン・フォン・ゴルードリッチ公爵である。

 マッカッシー卿の寄り親ということだ。


「彼の者の功績に報いるためには、封土を与える必要があるかと存じます」


「よう言うたッ! だがどこの土地を与えるのが適当かの?」


「カルマの東に開拓村を起こす計画がございましたが、進展を見ておりませぬ。その地を任せてみては?」


「おお、それは良い考えじゃ、さすがはカルヴィンよ」


「もったいなきお言葉……」


「ではレヴィンよ! そなたにカルマより東の地を与える! 見事発展させてみせよ!」


(何だ、この茶番……)


 どうしようもない脱力感がレヴィンを襲う!


「レヴィン殿には、領都の場所、名称など全てを決める権利が与えられる。もちろん、支度金を用意する故、ありがたく頂戴するように」


 線の細い男――デイモン・フォン・バルキュラス宰相という――がもったいぶって言葉を述べる。


 最早、返事するのも忘れていたレヴィンである。

 国王が退出し、叙爵の儀が終了する。

 そして、謁見の間から引きずるように退出させられたレヴィンであった。


 控え室に戻ると、やがてマッカッシー卿がやってきた。


「お疲れのようだな。レヴィン君。いや、レヴィン殿」


 顔をギギギとマッカッシー卿の方に向けるレヴィン。


「まさか封土まで与えられるとはな。これは面白いものが見れそうだ。もちろん相談にのるからな」


 心底嬉しそうな笑顔を見せるマッカッシー卿。


「そうそう、領都の名前だけでも決めないとな。何か考えているのか?」


 考えているはずがない。封土をもらえるとは思っていなかったのだから。


「そうだな。まぁじっくり考えてみるのだな! ハッハッハッ!」


 守りたいこの笑顔……。レヴィンはもう何も言えなかった。


 後日、よく考えた末、領都の名をナミディアと命名したレヴィンであった。


 レヴィン・フォン・ナミディア男爵の誕生であった。

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