第16話「お前は誰だ」

 「もう直ぐそこまで来てるです!!」


 鳥肌が立った。

 何かわからないが、とても不味いことになってるらしい。

 屋敷を警備していた兵は何をしていた?

 メイドさんはどうした?

 クソッこんな時に人任せか俺は…。


「時間が無いのです!はやく!!!」


 俺と姫を有り得ないほどの力で引っ張っていこうとするハピィ。

 しかし部屋の見張り係の兵士によって止められる。


「逃げないと!!はやく!」


 何かに取り憑かれたようにそればかりを繰り返す。

 並々ならぬ様子に一瞬怯んだ兵士を体当たりで跳ね飛ばし、その勢いで3人一気に廊下へ出た。


「あ…」


 廊下の突き当たり。

 そこで見たものは。

 そこに居たものは。


 あのメイドさんの首と体を左右の手に持つ、異形の存在であった。


「あ、あああ…」


 頼りにしていたメイドの死体を見て、姫が恐怖のあまり失禁し、へたり込んだ。


 ハピィはそんな姫を見捨て、泣き叫びながら俺だけを引っ張っていこうとする。


 地獄のような光景だ。


 俺の鼻でもわかる、充満する血と汚物の匂い。

 何人食らった。

 何人殺した。


 俺の平和ボケした鈍い本能でもわかる。

 コイツはヤバい。

 闘っちゃいけない相手だ。


 逃げよう。


 決断に時間はかからなかった。

 身体強化魔法、ローポゼッションを使って全力で逃げればなんとかなるかもしれない。

 後退し、今にも走り出そうとした。



 その時、ガシッと俺の後ろ足を掴む一本の手があった。

 震える手で、見捨てないでと言わんばかりに俺を真っ直ぐ見つめていた。

 それは怯え切った顔のワガママ姫だった。


「…クソッ!!」


 俺はその手を思いっきり振り解こうとして……出来なかった。


 今は善人ぶってる場合じゃない。

 クソ野郎でもなんでも生き残ってこそだ。

 そんな仲良くもない奴の事まで気にしてたら命がいくつあっても足りない。

 本心からそう思っているのに…何故か振り解く事は出来なかった。


「ああもう!!」


 俺は異形の化け物をキッと見据えた。

 逃げたいけど…マジで逃げたいけど…身体が言うこと聞かないんじゃしょうがない。

 出来ればもっと徹底的なクズに生まれたかったぜ。


「…ハピィ。姫を後ろに。」

「やめて!キャロル!ホントに死んじゃうのです!!」


 わかる。

 コイツは田舎のガキ大将やイキリ野郎とは違う。

 マジもんの、化け物だ。

 でもな…


「安心しろ、俺は死なない。」


 戦うと決めたからには、精一杯強がらせてくれよな。

 俺の戦意を受けて、異形の化け物は不気味にニタァと笑う。


 さて、どうしようかね。




 化け物と俺たちの距離は25メートルプールよりちょっと長いくらいか。

 メイドの身体を床に引き摺りながら奴はゆっくりとこっちへ向かってくる。


 俺は先制ジャブのつもりで中級風魔法、ハイ・ウインドブラストを叩き込んだ。

 広範囲の指向性魔法だ。

 廊下の一本道であるこんな時は距離を取るのに丁度いいはず。

 そして、


「ロー・ポゼッション」


 無詠唱魔法も出し惜しんではいられない。

 肉体強化をかけて様子見する。

 そこで奴の姿が無い事に気づく。

 まさか逃げたか?

 そんな淡い期待は直ぐにも砕かれる。


 ブン

 奇妙な音と共に、突然大きな影が俺の前に出現した。

 俊敏に動ける俺の体は反射的にそれを思いっきり蹴り返し、柔らかい身体を容易に貫通した。

 …生暖かい血のシャワーが降り注ぐ。

 メイドの身体をこちら投げたのだと察するも、血の雨が目に入って敵が何処にいるのか定まらない。


「ハイ・ステフェン」


 ギィリリリリィィィィ!!


 俺の身体を穿とうと化け物の爪が迫り、間一髪で魔法が間に合う。

 刀すらも通さない鋼と化した俺の肉体に化け物の爪が立てられ、金属加工のような激しい音と共に火花が飛び散った。


 痛い。まるでやすりで削るように、少しずつ身体が削れていってるのを感じる。


 俺は目の前の化け物が予想以上に強い事を察してしまった。

 何故かハイ・ウインドブラストも効かなかったし、中級魔法だけじゃとてもじゃないが歯が立たない。

 無詠唱の発動スピードの速さとロー・ポゼッションによる反射神経、動体視力の上昇でギリギリ生きてはいるが、敵の動きが早過ぎて目で追えない。


 俺は苦し紛れに魔法陣に仕込んでおいた中級水魔法スプラッシュ・ボールを至近距離でぶち込んだ。

 何トンもある大量の水をぶつけるシンプルな魔法だが、速度も相まってその運動量はかなりのものだ。

 当たれば間違いなく普通車でも吹っ飛ばせる。


 幸いにも魔法は直撃し、奴は10メートル以上ぶっ飛んだ。


「くそっ…やってくれるな…」


 身体の表層を削られ、一部肉が見えてしまっている。

 血のシャワーを浴びたせいで目もイマイチ見えにくい。

 だが、まだ全然戦える。


 姫とハピィは…?

 俺は後ろをチラと確認した。今の一瞬の攻防で多少は後ろに下がれたようだが、未だ危険な場所にいる。

 俺はハイ・ステフェンのおかげでこの程度で済んでいるが、あいつらが狙われたら間違いなく瞬殺だ。

 あの化け物にとって、人間の体なんて豆腐くらい柔らかいんだから。


 しかし、なぁ…。


 どうしてこんなにも昂ぶるんだろう。

 誰にも止められず、思う存分、無詠唱魔法をぶっ放す。

 ずっとやりたかったけど、やれなかった事だ。

 姫と友達を守るため、大義名分はある。誰も俺を咎めないだろう。


 そして俺の魔法を食らっても全く応えない異形の化け物。

 コイツは多くの人を殺し、食った明確な悪だ。

 どこまでやっていいんだろう。

 もっと本気でやってしまおうか。


 殺してしまっても構わないよな…?

 きっと、問題ないはずだ。


「ハイ・ポゼッション」


 初めて使う魔法。だが勝手は知っている。

 これまでとは比にならないほど、より強靭な肉体。より鋭敏な感覚。

 無限に湧き上がる力。

 脳がスポンジのように直接魔法を吸収していく感覚。

 ああ、気持ちいい。


 俺は圧倒的な全能感を感じていた。


 目の前の獣がそれなりのスピードで俺に迫るのが、ゾーンのようにゆっくりと感じられる。

 人間には到底到達出来ないスピードで振るわれたはずのその凶刃を目で追い、最小限の動きで避ける。


 遅い。


 俺はスキだらけのその斬撃に幾度となく拳を叩き込んだ。

 格闘ゲームのコンボのように、抵抗するまもなく流れるように。

 一発目は軽く、二発目は重く。

 相手が吹っ飛ぶ前についでにもう一発叩き込む。


 骨が砕ける音。肉がひしゃげる音。肌を引き裂く音。


 俺はスローでぶっ飛ぶソイツの元まで移動した。今ので首が折れてしまったみたいだ。

 なぁ、いつまで寝てるんだ。

 灰色の体毛で覆われたソイツの頭を片手で握る。

 手が小さくて握れなかったので頭蓋骨に指をめり込ませた。


 衝撃を逃さないようにソイツの顔面を左手で持ち上げて固定し、右手で何度も殴りつける。

 血が溢れてぐちゃぐちゃの泥粘土を殴っているみたいだった。

 剣があればな。心臓えぐって首切って終わりだったのに。

 殺すのに時間かかるじゃないか。


 何度も何度も殴りつけると次第に抵抗する力すらも抜けてしまったのか、くたびれた布の様になった。


 やっと死んだかな?


 俺はピクリとも動かなくなったソレを捨てた。

 ああ、なんて心地いいんだ。

 俺は自己陶酔感で軽くイった。




 ふう。

 賢者モードになった俺は冷静になった。

 化け物を殴り倒して絶頂するとかホントどうかしてたわ。

 でもあの瞬間は本当に気持ち良かったんだよなぁ。


 さて、そう言えば二人を放置してたな。

 さっきの奴は倒したし、もう大丈夫だ。

 死人もいっぱい出たし、ヤバすぎる事件だったが、とりあえずは解決しただろう。

 俺は二人の方へ歩いていく。


 そこで衝撃的な一言をかけられる。


「イヤッ!!来ないでッ!」


 ハピィが怯える姫を後ろに庇いながら、まるで親の仇でも見るような視線を俺に向けていた。


 は?


 一体どうしたんだよ。

 もしかしてアレか?俺の戦い方が気に食わなかったとかか?

 たしかにちょっと荒々しかったのは認めるけど…でもな、アイツはアレくらいしないと死なないだろうし。


 俺は弁明をしようとして更に近づいた。


「このっ!人殺し!!」


 ハピィは涙を流して叫び、俺に飛び蹴りを入れてきた。

 既にハイ・ポゼッションの効果は切れていたので、呆気なく壁に激突する。


 意味がわからない。

 人殺し?俺が?

 アレは人じゃないだろ?

 そもそも、殺さなきゃ殺されてた。


 待ってくれ。話を聞いてくれ。


 そう言おうと思って口を開いた。

 しかし、俺の口から漏れたのは低い、獣の唸るような声だった。


 戸惑う俺をよそに、俺が倒したあの化け物の所へ駆け寄っていくハピィ。

 待て、ソイツはもしかしたらまだ生きてるかも…

 そう思って手を伸ばした。


 なんだ…これ…


 伸ばした己の手を見た。

 大人の顔より大きな手。巨大で鋭い鉤爪と、灰色の体毛がびっしり生えている。


 いや、まて。これはなんの冗談だ。


 何かの呪文か?幻惑の魔法か何かにかかっているのか?

 とにかく、ハピィをなんとかしないと。

 俺はハピィと化け物の方を見て…愕然とした。


 そこに血塗れになって倒れていたのは…


 “俺”だった。


 血に濡れた”俺”を抱いて泣くハピィ。

 ソイツはパッチリと目を開き、俺の方を向いて確かにこう言った。


 僕は君、君は僕だよ、と。

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