第15話「惨劇の続き」

 収穫祭当日、村は違う意味での大騒ぎになっていた。

 国王陛下からの命令は皆を思考停止から脱却させたが、村の大部分が観光に来た人だったり商人だったりするわけで、その人たちが我先に別の安全な場所を目指して店じまいを始め、更なる混乱を招いた。

 街中で喧嘩を始める者や泣き出す子供が跡を絶たず、村の自警団と国王陛下護衛の兵士の一部が警察変わりに出動する始末。


 その頃俺は…

 村長の家で引きこもりを強要されていた。

 村長と国王は別の部屋に、俺とハピィと姫は同じ部屋に入れられている。

 村長宅の周囲は厳重体制でこれまで以上に多くの兵士が警備についており、それぞれの部屋の出口や廊下に至るまで見張りの兵士が配置されている。


 師匠はこの件について一任されているので、色々と外で動いているみたいだ。

 殺害の犯人というか、原因を突き止め、発見次第殺して首を持ち帰る事が求められているらしい。


「一体なんなのよ!早くわたくしを城に返しなさいよね!」

「それは国王陛下に言ってください…」


 何故か俺にキレてくる姫。気持ちはわかるが、俺だって家に帰りたい。

 お父さんお母さん、リーゼが襲われないか気が気じゃない。

 家に帰らせてくれと部屋の隅に居るメイドさんに頼んでみたのだが、王の命令で事件が解決するまで基本的に出ることは許されないらしい。


「だいたいこんな獣臭い部屋に閉じ込められるなんて拷問だわ。これでわたくしまで臭くなったらどうしてくれるのかしら!」


 ぐちぐち言ってる姫は放っておいて、俺は勝手に勉強する事にした。

 いくら心配したって仕方がない。

 だから俺はいつも通りの事をして、平常心を保とうと思う。

 ハピィも同じことを考えたのか、俺が作った五十音表を眺め始めた。


 俺は…いざと言う時の為に普段の勉強のアウトプットも兼ねて中級魔法陣でも書いておこう。




 文句も相手が居なければつまらないのか、姫は部屋でゴロゴロと転がって見たり、メイドに話しかけたりと暇そうにしている。

 遂には暇を持て余し過ぎたのか、俺やハピィの方にチラチラと視線を向けてくるようになった。


「なんです?姫様。」


 集中できないので話を振ってあげると、反応したのが嬉しかったのか一瞬だけ笑顔になった。

 俺の近くへやって来て、書きかけの魔法陣を眺める。


「貴方、何をしているの?」

「これは魔法陣と言いまして、魔力を込めると魔法が発動する仕組みになっているんです。」

「…ふーん。ちょっとだけ凄そうね。」


 あんまりわかってない顔だな。よくリーゼがこの顔をするからわかる。


「貴方、平民の割には難しい事知ってるのね。」

「師匠から教えてもらったんですよ。姫様もお願いしたらどうです?」

「私、自慢じゃないけど勉強は好きじゃないの。特に覚えるのは大嫌い。」


 胸張って言うことではないが、小学生で自主的に勉強できる奴は少ないから仕方ない。

 その点ハピィは本当にすごい。

 獣人は肉体年齢も精神年齢も直ぐに成人になり、老いるのも遅いと聞く。

 とは言え既に少なくとも10歳くらいの精神年齢はあるんじゃないかなと思う。


「姫様は魔法が使いたいんですよね?」

「ええ。華麗に魔法を使いこなしたらカッコいいと思わない?」


 杖を持っている想定なのか、シュッシュッと謎の効果音とともに腕を振る姫。

 プリキュアに憧れる女の子みたいだな。


 しかし、師匠方式、つまりまずは文字を覚えようって感じのスタートだと勉強嫌いな子にとってはハードル高すぎてキツいよな。

 ハピィは特殊だから素直に文字の勉強してるけど、普通の小学生なら無理だ。

 俺も小学生の頃は無理だったもん。


「でしたら、僕が一つ魔法を教えますよ。」

「ほんと!?」


 一つだけ、詠唱魔法を教えようと思う。

 成功体験が有れば、あとはこの本に呪文載ってるから文字も覚えてねって感じでスムーズなんじゃないかな。

 俺は基本光魔法のブライトを姫に教えてみた。


「見ていて下さいね。

 我が魔力を糧に、闇を照らす光を灯せ…ブライト!!!」


 詠唱を唱えると俺の右手人差し指の先が淡く光を放る。

 俺の魔法を見て、姫は喜ぶ…かと思いきや寧ろ逆だった。


「何よ、こんな地味でダサい魔法、全然カッコよくないわ!」


 彼女はそう言い捨ててゴロンと横になった。

 そう来たかぁ。まぁ確かに地味でカッコよくないのは同感だ。

 もっと派手な奴の方が良かったかな。

 でも初期魔法を見せたとして、姫が今からそれを練習してすぐ使えるかは微妙だ。


 作戦失敗だ。

 再び魔法陣作成に戻ろうとしたら、ハピィが魔法にチャレンジしているのが目に入った。


「我が魔力を糧に、闇を照らす光を灯せ、ブライト!」


 ハピィは俺の様子を見て直ぐに呪文を覚えたみたいだ。指先が淡く光っている。


「ハピィ、凄いよ!

 魔法使うのは初めてなんだよな?」


 俺が手放しで褒めると、ハピィは嬉しそうにはにかんだ。


「私も魔法頑張って、早くキャロルに追いつきたいです。」


 いい子だ…。

 ワガママ姫を見てるとよりいい子が際立つが、最近のハピィはなんていうか本当に素直になった。

 根は元々素直だと思うんだが、以前より変にdisってくる事がめっきり減ったんだよな。


「そーかそーか、一緒に頑張ろうな、ハピィ。」


 可愛くてつい耳裏をナデナデしてしまう。

 少し強めにコリコリしてやると目がトロンとして来て俺の方に体を委ねてくる。

 最近は腹を見せてくれるようになり、膝枕状態でひたすらに撫でる事が出来る。


「クゥン」

「おーよしよし。」


 愛犬ハピィと戯れていると、姫が何故か対抗心を燃やし始めた。


「わ、我がまりょくをかてに、やみを照らす光をともせ、ブライトッ!!!」


 …全く光らない。なんでだろうな、ちょっと辿々しい感じしたからそれがダメだったのかな。


「あ、ありえない!じ、獣人が出来るのに私が出来ないはず無いんだわ!」


 焦った姫は何度も呪文を唱えてみるが全てが失敗に終わった。

 詠唱魔法は一言一句、噛み締めながら言わないと失敗するんだけどなぁ。

 ハピィはその様子を見て、プッと吹き出すように笑った。


「あー!!今この獣人私の事を笑ったわね!?

 許せないわ!獣人なのにこのギリヤナ国第一王女である私を笑うなんて!!」


 ぷんすかという擬音があったらこういう事を言うんだろう。

 本人は本気で怒っているんだが、どうもコミカルな感じが拭えない。

 寧ろもっと弄りたくなるタイプだ。


「獣人に負けてられないわ!貴方、私にさっきの魔法を教えなさい!」


 高圧的な命令口調で指を差された。

 ちょっとだけ意地悪してみるか。


「地味でダサくてカッコ悪いんですよね?

 ギリヤナ第一王女様には相応しくないかもしれません。」


 グヌヌ、と悔しそうな顔をする姫。


「だ、ダサい魔法でも、が、我慢して使ってあげるわ!

 だから教えなさいよ!」

「うーん、どうしましょう。姫様の品格を損ねたら大変ですし…」

「いいのよ!私がいいっていうんだからいいの!

 お願いだから教えなさい!」


 お願いしてんのか命令してんのかどっちだよ…。

 多分この姫、人にものを頼む方法を知らないんだろうな。


「お願いします、と言うんですよ。」

「ふぇ?」

「教えてくださいお願いします、と言うんです。そうしたら考えます。」

「…お、教えてください…お願いします…」

「そうですか、では今から考えます。」


 ちょっといじり過ぎたのか、んなー!!と怒り出した。

 だめだ、好きな子を弄りたくなる小学生男子っているけど、その気持ちがちょっとわかる。


 そのあとは可哀想だったので普通に教えてあげた。

 ただ単に呪文を唱える時に力み過ぎてただけなんだが、出来るようになってちょっと尊敬されたのはラッキーだった。


 ☆


 夜になり、食事の時間になった。

 数人のメイドが昨日より質素なご飯を部屋まで運んできて、例の如く姫がキレる。

 しかし今は非常事態。

 ここには姫のワガママを聞いてくれる人は居ないのだ。

 簡易的な背の低い机が運ばれて来て、その上で3人で食事を囲む。

 バリバリの田舎庶民スタイルだ。

 意外にも姫は俺やハピィと一緒に食べる事には言及しなかった。


 ご飯の後は布団を敷いて眠るだけ。

 流石に姫と並んで寝るわけにいかないので、俺とハピィは部屋の隅に、姫は中心に布団を敷いた。


「この私を床の上で眠らせるなんて、信じらんない…」


 ぶつぶつと文句を垂れる姫の声が暗闇の中聞こえてくるが、勿論無視。

 特に何をしたわけでもないが、精神的に疲れたのか、すぐに二人分の寝息が聞こえてきた。


「俺も寝るか…。」


 師匠は頑張ってるだろうか。

 リーゼやみんなは大丈夫だろうか。

 お母さんお父さんは大丈夫だろうか。


 …心配しても仕方ない。

 口ではそうは言ってもやはり不安が頭から離れない。

 馬鹿な話をしていつも通り振る舞ったって、心の中はあの場所、あの光景から一歩も動いていないのだ。


 鼻の奥にはまだ、どす黒い鉄の匂いが燻っている。

 目を閉じると、目蓋の裏に真っ赤に染まった肉塊がこびりついている。

 頭を千切られ、誰のものかもわからない折れ曲がった肢体が血の海にプカプラ浮いている。

 そう。あれはちょうどお父さんとお母さんくらいの大きさで…


「…ッ」


 吐き気がして目を開いた。


 今日は…眠れないかもな。

 こういう時は無理に眠ろうとせず、横になって体だけ休めた方がいい。


 暗がりの中、慣れて来た目で天井のシミを数える。

 天井のシミを数えたのは久しぶりだ。

 この世界に転生したての頃は、やる事がなくて天井のシミばかり数えていた。

 まだ2年くらいしか経ってないが、出来る事も増えて、家族も友達も師匠もできた。

 でもこれからだ。

 俺の人生、まだ始まったばかりだ。

 この事件はすぐにでも解決する。

 そしたらもっと勉強して、錬金術師として名をあげてもいいし、憧れの冒険者になってもいい。

 冒険者になるならリーゼやリィリィ、サイファーやハピィと一緒だったら楽しいだろうな…。

 ……。

 …。




「ねぇ。来栖英理。」

「…!?」


 俺に語りかける無機質な声。そして誰も知らないはずの俺の名前。

 悪魔だ。

 村長の警告を思い出し、全身が強張る。


「いつまで寝てるんだい?」


 なんだ…?

 胸騒ぎが収まらない。

 この悪魔に恐怖を感じているのか?

 それだけではない気がする。


「後悔したくないなら目を開けなよ。」


 さもなくば…

 悪魔は能面のような顔をシワだらけにして不気味に笑った。


 土足で踏み入られるよ?




「ハァハァハァ…」


 なんだか嫌な予感がして飛び起きた。

 まだ外は暗い。

 隣を見る。ハピィが寝ている。

 悪い夢でも見ているのか、少しうなされているようだ。


 姫の方を見る…お腹を丸出しにして寝ている。


 …。


 何の問題も無いじゃないか。俺はとりあえず一息ついた。


「どうしました?」


 …ッ!?ビックリした…。

 深夜だというのに部屋のメイドさんはまだ起きていたみたいだ。


「あ、いえ、悪い夢を見てしまいまして…ハハ。」


 ハピィを起こさないよう小声で喋る。


「そうでしたか。昨日はあんな事がありましたからね。無理もないですよ。」


 ニッコリと笑うメイドさん。ずっと起きていてくれる人がいるとやっぱり安心出来るな。

 俺は再び布団に入り、もう一眠りしようと目を閉じた。


 その時だった。


「ギィヤアアアアアァァァ!!!」


 屋敷の外から絞り出すかのような絶叫が聞こえて来た。

 近い!?

 俺は即座に起き上がり、灯りをつけた。

 二人も物々しい叫び声を聴いて飛び起きたみたいだ。


「何!?なんなの!?」


 姫が軽くパニックになっている。

 先程の悲鳴を皮切りに、外で沢山の悲鳴と人の声が飛び交うようになった。

 一体何が起こっているんだ。

 俺が確認のために外へ出ようとすると、メイドさんに止められた。


「私が確認してまいります。私が帰るまで、絶対にここから出ないで下さい!」


 そう言い残して走っていく。

 は、早い…。リィリィと比べても圧倒的な程に俊敏な動きだった。

 姫の部屋に配置されるくらいだ。

 きっとかなり腕の立つメイドなのだろう。


 とにかく今はあのメイドさんに任せて、落ち着いて行動しなくては…。


「姫様、どうか落ち着いて下さい。

 何が起きているのかはわかりませんが、騒いでも解決しませんよ。」

「そ、それもそうね…」


 俺とハピィも部屋の中心に移動した。

 3人で寄り添ってメイドさんの帰りを待つ。


 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 まるで一瞬が永遠のように感じられる。

 皆で固まっていたほうが安心出来るかと思ったのだが、一番冷静だと思っていたハピィの身体が次第にガタガタと震えてきたのだ。


「ハピィ、どうした?」


 俺が心配になって尋ねると、ハピィは歯をガチガチ鳴らしながら答えた。


「…に、臭うのです。」

「臭う…?」

「濃い血の臭いに混じって…獣のような…人のような…何かよくわからない臭いが…」


 何だそれは…獣なのか人なのかわからない奴が外で暴れてるって事か?


「大丈夫だよ。ここは百人以上の兵士に守られてる。考えうるかぎり一番安全な場所だ。」

「そ、そうよ!お父様の私兵は凄いんだから!」


 俺と姫でハピィを安心させようとするも、彼女の様子はおかしくなるばかりだった。


「…逃げるのです。」


 唇が紫になって、瞳孔が開いている。

 俺の肩を掴む手が痛い。

 俺を見ているようで、全く違う何かを見つめているような茶色の瞳。

 どうしちゃったんだ本当に。


「逃げるって、何処へ…?ここより安全な場所なんて…」


 俺の肩に置いた手の爪が食い込む。

 俺の言葉を遮って、ハピィは叫んだ。


「ここじゃなければ何処だっていいです!

 今!ここが!一番危ないのです!!」


 鬼気迫る形相。


「臭いが近づいてるです!!ここに!真っ直ぐに!」

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