第14話「収穫祭(3)〜惨劇〜」
村長の家の裏手には森がある。
村の人達は北の森と呼んでいて、奥の方は狩り場として、入り付近は子供達の遊び場として知られている。
リーゼ達ともよく遊んでいた場所なので俺にとっても結構馴染み深い。
師匠の話だとこの森を抜けると帝国とか言う別の国になるんだとか。
別の国とか心躍るな。いつか行ってみたい。
森の入り口付近の浅い所は、村の家を作る際にここから木材を調達したという背景もあって適度に間引かれている。
日差しが木漏れ日のように差し込むいい感じの林になっているのだ。
しかしそれが逆に気に食わない人がここに一人いる。
「ここじゃ日に焼けちゃう。もっと奥がいいわ。」
姫がワガママを言うが、師匠が嗜める。
「姫、この森には獣だけでなく魔物も多く住むと聞きます。
奥は危険なので、ここらにしましょう。」
「…ミントが言うなら仕方ないわね。」
昨日会ったばかりなのにファーストネームで呼び捨てかよ。
それにしても、師匠の言う事は割と素直に聞くんだな。
「それじゃあ、今日から3人でやっていく事になるね。まずは自己紹介をしよう。
キャロル、よろしく。」
僻地の小学校もこんな感じなんだろうなぁ、とどうでもいいことを考えながら、俺は促されるまま自己紹介をした。
「僕はキャロルです。姫様、これからよろしくお願いしますね。」
「フン。平民が馴れ馴れしいことだわ。」
俺の方を見ることすらしない。
どうやら平民を馬鹿にしているみたいだ。
これは大変だぞ。
どうやって仲良くなったらいいのか検討も付かん。
ハピィはその様子を見て渋い顔をしながらも、一応指示通り最低限の挨拶をした。
「…ハピィなのです。…よろしくです。」
「あなた獣人よね。獣臭いからあまり近くに寄らないで欲しいわ。」
露骨に鼻を摘むそぶりを見せる姫。
ハピィはそれに対して完全に冷え切った目線を送る。
怒るでもなく、言い返すでもなく、静かに軽蔑する1番怖いタイプみたいだ。
まあ普通にムカつく反応だよな。
俺が本当に3歳なら怒ってたかもしれん。
「何よ、その目は。」
「別に…なのです。」
既に仲が悪い二人。
俺と師匠は目を見合わせた。
これヤバくね?どうする?
そんな感じのアイコンタクトだと思う。
平民蔑視、獣人差別、傲慢、ワガママと中々にいい性格をしている。
小学一年生だと思えば別に腹も立たないけど、このままじゃヤバイ大人になりそうだなと感じる。
というか、こんな奴が女王になったらこの国の未来が不安だ。
もしかしたらその辺りも含めて、国王陛下は師匠に修行をお願いしたのかもしれない。
「ミント、私に魔法を教えてくれるのよね。」
ハピィと睨めっこするのはやめて、姫が師匠に話しかけた。
魔法をやりたいのか。俺と同じだな。
そうそう、俺は錬金術と一緒に魔法陣発動の魔法、通称陣魔法を教えてもらっていたんだが、だんだん詠唱魔法より陣魔法の方が慣れてきつつある。
陣魔法というのは、あらかじめ紙に魔法陣を描いておいて、そこに魔力を流し込むとそれがきっかけで発動するタイプの魔法だ。
魔法陣を描く、もしくは巻物として購入しておけばそれが無くならない限りはただ魔力を流すだけで何も考えず発動できてしまうので、魔法に詳しくない冒険者には人気なんだとか。
ただ、魔導書にも書いてあったが、この世界のメインは詠唱魔法。
一見すごく便利そうに見える陣魔法だが、やはり欠点が存在する。
まず第一に一つの魔法しか使えないのに嵩張るという点だ。
基本魔法や初級魔法くらいなら掌サイズの魔法陣で発動出来てしまうのだが、中級魔法になるとフラフープくらいの大きさの魔法陣を描かなければならない。
巻物として持ち運ぶにしたって、いくつも持ち歩くとかなり嵩張るし、そんなものを持ち運ぶなら中級魔法をいくつか使える魔法使い崩れみたいな人を探して雇った方がいい。
第二に魔法陣の巻物は高額商品ということだ。
魔法陣を書くにはかなりの知識が必要で、しかもそれが一部の人にしか伝えられない職人芸になっているらしい。
そんな高額商品をいくつも取り揃えるならそれこそパーティーメンバーを一人増やした方が良いというものだ。
ちなみに上級以上の巻物はほとんど存在しないので、上級魔法が使える魔道士の資格持ちはそう言った理由でどこでも重宝される。
俺は幸運にも、そんな知る人ぞ知る専門知識を師匠に教えてもらっているわけだ。
話しが大分それてしまった。
「姫は魔法がやりたいのですね?」
「そうよ!教えてくれるわよね。」
「わかりました。ではまず、ハピィと一緒に文字から学んでいきましょう。
文字はキャロルがすべて教えてくれます。」
「え?」
皆の視線が俺に向いた。
いやいや、押し付けないでくれよ。
ハピィに文字教えるのは全然構わないけど、このワガママ姫に教えるのは大変だろ。
てか師匠、何でもかんでも全部俺にやらせてるけど、職務放棄だよなこれ。
「平民に教えてもらう事なんて何もないわ!」
ほら。こんな事言う奴に教える事なんて何もないだろ。
俺は師匠を恨みを込めた目で見た。
厄介な奴を押し付けないで欲しい。
頭をポリポリ掻きながら、師匠は言った。
「姫、私も元平民です。
つまり、私から教えられる事も何もないという事ですね。」
「え…ミントが…平民あがり?」
「今から一緒に国王陛下に報告しに行きましょう。元平民である私には荷が重すぎたと謝罪しなければなりません。」
「ミ、ミントは良いのよ…?」
なんだコイツ、師匠が元平民なの知らなかったのか。
英雄ミント・メモリアの事は有名でも、その生い立ちまでは知らないと言うわけだ。
明らかに狼狽する様子が見ていて面白い。
そうだ。もっとやってやれ。
「平民から教えて貰う事は無いのでしょう?
次は生まれも育ちも貴族の方をつけて貰えるよう、私からも陛下にお願いしますから。」
「わ、私はただ…ミントに教えて欲しくて…」
少ししゅんとした姫。よく見るとちょっと泣きそうになっている。
初めからそう言えば良いのに。捻くれてるなぁ。
師匠は少しやり過ぎたと思ったのか、少し優しく姫、と語りかけた。
「平民だから劣っている、貴族だから優れているという事はありません。
身分と言うものはあくまでも生まれの良し悪しを示すに過ぎないのです。
姫はまず、身分に関係なく相手の良いところを認める事から初めましょう。」
「…わかったわよ。」
師匠のありがたい説教を受けて、少しはまともになったかな。
俺は姫に話しかけてみた。
「では姫様、こっちに来てください。
今から僕が文字を教えますから。」
「…この私が平民の言葉を聞いてあげるんだから、感謝しなさいね?」
あんまり変わんないなぁ…。
これから先が不安だ。
俺と師匠は同時に深い、深いため息を吐いた。
☆
「なんなのです、あのナマイキな女は!」
ハピィが隣でプリプリ怒っている。
俺にワガママ姫を押し付けたのを悪いと思ったのか、珍しく師匠が早めに切り上げてくれた。
祭りの雰囲気を楽しんでこいと言う事だろう。
ハピィが修行中隣で常に起こった顔しているのも精神的に疲れる原因なので、なんとか仲良くやって欲しいんだけど。
「まぁほら、ワガママな妹が出来たと思えば可愛いもんだよ。」
「全然可愛くないのです!ナマイキなのです!」
王女様とわかっていてここまで生意気と言い放つことのできるハピィは中々に度胸があると思う。
ハハハ、と適当に愛想笑いしておいて、話題を逸らす。
「まぁまぁ。そんなことよりほら、あれ食べようよ。美味しそうだよ?」
俺が指さしたのは出店の中でも一際良い香りを放っている串焼き屋。
少し焦げたようなタレの香ばしい香りが食欲を引き立てるのか、10人くらいの順番待ちの列が出来ていた。
犬系獣人のハピィも匂いが気になっていたようで、喜んで順番に並んだ。
串焼きを貰って移動する人のを見ていると、焼き鳥に近いのかもしれない。
少し待って4本購入。一人二本。
勿論ハピィの分は男の俺の奢りだ。
この世界に男が奢る文化があるのかは知らないが、いつもありがとうって渡したらちょっと嬉しそうに笑って受け取ってくれた。
適当に歩きながら店を見て回る。
それなりに往来があり、大人がほとんどなので人の波に飲まれないよう少し脇に逸れた道を進む。
ハピィも意外と女の子らしいところがあるみたいで、ちょっとしたアクセサリーの店などで立ち止まって興味津々の様子だった。
しかし、店主は俺たちを見て冷やかしだと思ったのか、しっしっと追い払おうとして来る。
たしかに俺とハピィの見た目じゃとてもじゃないけど客には見えない。
ちょっと聞くだけ聞いてみるか。
「おじさん、このフィンガーブレスレット、幾らです?」
俺が指差したのは金色の細かいチェーンで出来たフィンガーブレスレット。
中指と腕の二箇所に掛けるブレスレットで、その二つを繋ぐチェーンには真珠のような真っ白の宝石が下品じゃない程度にあしらわれている。
ハピィに似合いそうだ。
店番のおじさんはタバコをふかしながら横目で俺たちを一瞥した。
「あん?500ギリーだ。こっちは遊びじゃないんだ、買えないならうちに帰んな」
この世界の500ギリーってのはイメージで言うと五万円てとこだな。
確かに子供が買える値段じゃない。
まぁ交渉次第では半額くらいにはなるだろうが…それでも高いし、今は持ち合わせがない。
「ハピィ、500ギリーじゃしょうがないよ。」
「べ、別にこんなの欲しくなんてないのです!」
ハピィの強がり発言に対してなんだとぉ!と怒り始めた店番のおじさんから走って逃げる。
大人気ないなぁ。
二人で色々と見て回って、しかも走って疲れたので少し座って休憩だ。
「あ、キャロル。豚が運ばれてきたですよ。」
ハピィの指し示す方向には檻に入れられて呑気にブヒブヒと鳴いているよく肥えた豚の姿があった。
これが明日解体されてソーセージにされるわけだ。
台車に乗せられて運ばれて来て、村の広場の中心で降ろされる。
出店を回っていた人たちも、突如現れた巨大な豚の存在が気になっているみたいだ。
ほとんどウチの村の人じゃないから新鮮なんだろうな。
俺はあんまり見たくなくて目を逸らした。
豚ってのは小さい種類はペットになるやつもいるくらいで、汚らしいけど愛嬌のある顔をしている。
よく見るとそれなりに可愛い生き物なので、愛着が湧いてしまいそうで怖い。
「ハピィ。そろそろ帰らない?もうそろそろ日も沈んでくるし。」
「…お姉ちゃん達に会いたかったですけど、仕方ないのです。」
そう言えばもう一週間近く家に帰ってない。
リーゼ達はたまに修行帰りに寄ってくれていたけど、それでも3日くらいはあってないな。
一緒に収穫祭回らないか、みたいなこと言われてたけど、師匠の従者の仕事あるし厳しいよなぁ。
せっかく誘ってくれたのにちょっと悪い気がするが…まぁ仕方ない。
収穫祭は来年も再来年もあるし、今年は諦めてもらおう。
俺たちは村長の家に戻った。
その日の夕食も昨日同様特に失敗は無かった。
ただ姫は場慣れして来たのか、食事に文句をつけたり、家が汚くて眠れないと言ったり好き勝手やり始めた。
それも国王陛下や師匠に窘められて直ぐしゅんとしていたから可愛いもんだが。
何事もなくその日は眠りにつき、次の日、夜中に起きた凄惨な事件の様子を目の当たりにする事になってしまったのである。
☆
収穫祭当日の朝。
誰かの甲高い悲鳴でその日は始まった。
村長宅にいる国王陛下、姫、師匠、村長、俺とハピィ皆んながただ事では無いと飛び起きた。
沢山の兵士に守られながら村の中心へと急いだ。
村中が大混乱だった。
誰もがその悲惨な光景に目を塞ぎ、誰かが恐怖で叫ぶと皆耳を塞いだ。
広場の中心に昨日運ばれて来た豚が、見るも無残な姿になっていた。
檻は歪んでバラバラになっており、血の雨でも降ったのかと思うほどに広範囲の血溜まりが広がっている。
その中心にある豚の死骸は、頭は食い破られ内臓はそれぞれが心臓なのか肝臓なのかわからないほどにぐちゃぐちゃにかき回されていた。
肋骨が剥き出しになり、その死臭を嗅ぎつけたのか既にハエがブンブンと周囲を飛んでいる。
しかし本当におぞましいのはそこでは無かった。
血溜まりの中にあったのは、豚の死骸だけではなかったのだ。
すなわちそれは人だったもの。
豚同様に頭は食いちぎられて無くなっており、まるで壊れたマネキン人形のように四肢が変な方向へ折れ曲がって倒れている二つの死体であった。
「…ッ。見るな、二人とも。」
師匠が慌てて隠そうとしたが、少し遅かった。俺もハピィもしっかりと見てしまった。
アレがなんだったのか、しっかり確認してしまった。
俺はこみ上げてくる吐き気をなんとか抑えた。身体が危険を知らせているのだ。
「…これは。由々しき事態だな。」
国王陛下は目を細めて呟いた。
姫は兵士に守られていて見えなかったのか、よくわかっていないようだが、それでもこの場の重苦しい空気は感じているようだ。
「この惨劇。人の手のものとは思えん。
檻を力任せに壊し、あの巨大な豚の肉をほぼ全て食い、人の頭を食いちぎっておる。
卿はどう見る。」
国王の冷静な分析に対し、師匠が意見を述べた。
「…同感です。
勿論不可能ではありませんが、あまりに猟奇的かつ不合理なやり口です。
魔物か飢えた大型の獣と考えるのが一番でしょう。
何より、彼方に人では無い足跡が残っているようです。」
国王は鷹揚に頷くと、よく通る大きな声で皆に指示を出した。
「皆、家があるものは家に戻り、戸締りをして不要の外出を禁ずる!
家の無い者は急ぎこの村から出る準備をせよ!
自分の身は自分で守るのだ!」
国王の号令によって恐怖で動けなかった者たちが呪文が解けたように動き始めた。
不測の事態、しかも自分の身の安全が確保されていないという状況では頭が真っ白になるものだ。
そんな時、王という絶対強者の一言が希望足りうるのだと感じた。
しかし…
楽しい収穫祭になるはずが、とんでもない事になってしまったものだ。
何故こんな事になってしまったのか…。
この時俺はまだ、自分には関係ないと心の何処かで思っていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます