第12話「収穫祭(1)」
秋の収穫祭が近くなるにつれて、村の雰囲気が明るく、浮かれたような感じになって来た。
リーゼはリィリィ、サイファーと収穫祭の豚のソーセージ作りを見にいきたいらしく、俺やハピィも一緒にどうかと誘われた。
勿論、丁重にお断りしたのだが、多分リーゼのごり押しで連れてかれる事になるんだろうな。
そんな他所ごとを考えていた時の事だ。
トントンと控えめに叩く扉の音。
その後に、
「サー・ミント・メモリアと村長テレサ殿はおられるか」
と厳つい男の声がここまで響いて来た。
今日も今日とて必死に鉱石の名前を頭に叩き込んでいる途中だったんだが、どうやら村長と師匠に用事みたいだ。
一時中断して耳を澄ます。
どうしたんだろ。てか妙に仰々しい呼び方だな。
サーってなんだ?掛け声か?
慌てて村長が玄関前に向かった。
その後で、わざわざ村長から師匠へお呼びがかかった。
師匠はいつもの「なんだいばあちゃん」みたいな軽いノリではなく、猫被りバージョンで返答する。
「村長テレサ、如何しましたか?」
「使節殿が参られた。同席して頂きたく。」
「承知しました。」
なんだこのめんどくさい会話。
最初から村長と師匠いっぺんに迎えればいいものを、わざわざこんな持って回ったようなやり方しなきゃダメなんかね。
そういえば以前、師匠は名誉貴族である騎士爵持ちだと言ってたな。
貴族ってこんな感じなんだなぁ。
凄い異世界って感じするけど、俺は出来れば関わりたく無い。
法のもとに平等の日本人だからな。
師匠はやっと重い腰を上げて、ちょっと行って来る、と言って玄関の方に向かっていった。
ま、なんだかわからんが俺は無関係だから安心だ。なんたってその辺に居る平民の子供だからね。
せっかく師匠も居ないんだし、今のうちに昼寝でもしよう。
体力温存しないと午後のハピィとの剣術稽古でボコボコにされるしね。
俺は錬金術大全を枕にして横になった。
少し横になっていると、玄関の方から師匠の声が聞こえて来た。
「キャロル、キャロルは居りますか?」
あれ、もしかして俺、呼ばれてる?
村長と師匠はともかく、なんで俺が使節とのお話に呼ばれるわけ?
「キャロル…まさか寝ているのでは無いですよね?」
ヒェッ
俺は軽く玉ヒュンし、急いで錬金術大全をもとのページに戻して玄関の方へ向かった。
そこには家の床の上であぐらをかいている師匠と正座する村長、家には上がらず、土間で片膝をついている3人の使節の姿があった。
うっわ、なんか師匠が凄い偉い人みたい。
俺の顔を見てニヤニヤする師匠。
どうだ?実は結構偉いんだぞ?とでも言いたげだな。
「ただ今参上致しました。」
使節の人よろしくノリで左手を右肩に、右の膝をたててみる。
見様見真似だ。
自分としては慇懃無礼的な嫌味のつもりだったんだが、思いの外これに対する使節の人の反応は良かった。
「なんと!このような寒村の平民の子供とは思えませんな!正直驚きました。」
「然り。流石はサー・ミント・メモリアの教え子と言えます。」
「然り然り。」
「弟子ですので、最低限無礼無きように教育しております。」
謎にヨイショする使節の人達。
澄ました顔でアルカイックスマイルを決める師匠。
それにしても勝手に師匠の手柄にすんなって感じだよな。
今の完全に俺のアドリブだし。
そもそもこの人、礼儀作法も教えるとか言っときながら、実践的なことは何一つやってくれない。
ちょっとだけ歩き方や礼の仕方を教えてもらったくらいだ。
後はぜーんぶ錬金術と剣術。
勿論それについては異論は無いけど、やってないことをやったような感じで言うのはダメやろ。
師匠はしたり顔で続けた。
「この者がキャロル。魔法の才があり、物分かりも良く、機転も効く。
若齢にして既に私と対等に会話する鬼才の持ち主です。
今の礼節も踏まえ、先程の件、どうか陛下にくまなくお伝え下さいますよう。」
「しかと承りました。
後日返答を賜り、再度参上致します。」
「頼みましたよ。」
…なんか師匠にあれだけ褒められると気持ち悪いな。一体なんの話だったんだろ。
呼ばれるだけ呼ばれたが、使節の人は直ぐに帰っていった。
「…師匠。なんなんです?あの人達は。それに…」
色々問いただそうと思ったのだが、師匠は俺の言葉を途中で遮った。
「こうしちゃいられない。とりあえずキャロルは勉強しててくれ。
それから午後からの練習は内容変更だ。いいね?」
師匠が今までに見ないくらい焦って自分の部屋に入っていった。
…そういえばさっきポロッと陛下にどうとか言ってたような。
陛下ってあれだよな。一国の王様。
日本で言うところの天皇陛下。
そんな人と関わらなきゃいけないなんて、偉い人ってのは大変なんだなぁ。
☆
あの時はまだ、自分が巻き込まれるなんて思いもしなかったわけだ。
なんて楽観的。使節の人の前に呼び出された時点で警戒すべきだった。
勿論、警戒したところで俺にはどうすることもできないわけだけど。
あの時師匠は午後の修行変更と言ったが、あれから朝も昼も夜も、なんなら泊まり込みで三日三晩師匠に絞られる事になってしまった。
内容は全てが礼儀作法。
「いいかい?背中に鉄板が入っていると思ってくれ。
歩く時も、礼をする時も、勿論食事する時もだ。」
「珍しいものを見ても目移りしてはいけない。
視線は常に先2メートルを見据えるんだ。」
「緊張したときは水中に居ると思ってくれ。
一挙手一投足、呼吸から首の動きまで全てゆったりと、余裕を持たせるんだ。」
「食事の時は頭の位置をあまり変えてはいけない。
口で迎えにいくのではなく、手を口へ持っていくんだ。」
「何か個人的な事を聞かれて困ったら、とりあえず『さぁ、どうでしょうか』と答えておくんだ。」
「謁見の間では指示があるまで顔を上げたらダメだ。」
ああもう!!
数日のうちにあれこれと頭に叩き込まれ、もうパンク状態だ。
頭ではわかっても、それを実際に全部行動に移せるかというとまぁ厳しい。
それなりに出来てると自分では思うんだが、師匠からするとまだまだダメらしい。
こんな短期集中で礼儀作法を叩き込むあたり、近日中に絶対何かあると思う。
貴族…ならともかく、その陛下って人である可能性すらある。
いや、流石に平民の子供が陛下に会う事はないか。
流石に無いはずだ。うん。
念のため、村長に色々聞いてみよう。
☆
収穫祭が近づいて来て、村長は少し忙しそうだ。
村長の主な仕事は、ある程度村民の税を集めておく事と、収穫祭の開催時に祈りの儀式を行う事の二つらしい。
本来ならば。
「キャロル。お前さんも覚悟しておいた方がいい。」
村長はそう言った。
何も知らない俺は、何を?と聞いてみた。
何も聞かずに礼儀作法教わってたのかと驚かれたが、師匠ですからと言うと妙に納得された。
「ミントがこの村に長期滞在している事で、この村で一番偉いのはワタシじゃのうて貴族のミントと言う事になっておる。
本当の支配者はミントで、実効支配させてもらっているのがワタシってことじゃ。
即ち、次の収穫祭の時はアレが居るうちは貴族主宰の祭典となる。
だから今回の収穫祭はいつもとは違うんじゃ。」
なんだそれ。無茶苦茶じゃないか。
土地の管理を任させれている領主より偉い人が入って来たら、事実上その人に支配されるって事だよな。
じゃあ例えば、ウチの村に金鉱があったとしたらどうだ。
金鉱の採掘権欲しさにいろんな貴族がこぞってうちの村に押しかけるんじゃないか。
戦争の始まりじゃないか。
「そんな事になるんだったら、いろんな貴族が土地をめぐって取り合いになりそう。」
「そうはならん。そもそも土地を持たぬ貴族というのが一代貴族の騎士爵のみじゃからな。
例えばアレが男爵なら、男爵として既に陛下から土地を賜っておるはずじゃから、今回の収穫祭でもただ偉いだけの客に過ぎんじゃろう。
こんな変な事が起きるのは、土地が無く、立場の定まらない騎士爵だからこそじゃ。」
「へぇ。」
土地を持たない騎士爵ならではか。
それでも普通に騎士同士で争いが起きそうなもんだけどな。
まぁ、そのあたりはなんか上手いことやるんだろうな。
貴族システムに興味は無いから深くは聞かないけど。
「じゃあ、祭りが貴族主宰になったら何が変わるの?」
「単純に。その祭典の顔がその貴族になるんじゃ。
だからミントといい関係を築きたい別の貴族がやって来るんじゃ。
まぁ普通は騎士爵なんて貴族の中では下っ端で一代限り。
いい関係を築いた所で1世紀もすれば無意味じゃから、他の貴族がわざわざ重い腰を上げてやってくるはずもないんじゃがな…。」
村長は魂ごと抜けてしまうかのような嘆息を漏らした。
「ミントは…アレは特別じゃよ。この国ギリヤナでは、アレは英雄じゃからの。」
「師匠が英雄…?」
「そうじゃ。この国であやつを知らぬ者はおらん程にな。
…おかげさまでの、とんでもない大物が来るそうじゃわい。」
…なるほどな。わかって来たぞ。
「つまり、この国の王様が来ると?」
「王様ではない。国王陛下じゃ。」
それで師匠もあんなに慌ててたのか。
わざわざ下っ端貴族に一国の陛下が会いに来るって、一体師匠は何をしたんだ。
…ともかく、収穫祭の時に国王陛下が師匠に会いに来るのはわかった。
俺も師匠の弟子としてそれなりの礼儀作法を身につけておかないと、どんなヤバいことになるかわかったもんじゃない。
下手したら…打首とか…?
ブルッ
段々怖くなって来た。
必死にやろう。
☆
収穫祭まであと一週間になった。
村のみんなにも陛下が来る事が周知され、異例の事態に皆困惑している。
それとは別に、辺境の村にわざわざ国王陛下自ら来るというセンセーショナルな話題に乗じて、いろんな場所から続々と商人たちがやって来ている。
出店を開いて一儲けしようという商魂たくましい人達だ。
お父さんは元々ここの村に来る商人の元締めみたいな事もしていたので、今は目の下にクマを作りながら書類仕事に追われているようだ。
圧倒的に収容施設が足りない問題も浮上している。
勿論この村にも旅の人用の宿泊施設は一応あるのだが、ここまで多くの人が集まって来たのは村長の知る限り初めてらしい。
直ぐに宿泊施設はいっぱいになり、テントのようなものを建ててその辺に寝泊りしている人もたくさんいる。
兎に角、数日前とは活気がまるで違う。
「大変な事になりましたね、師匠。」
「まさかこんな事になるとはなぁ。」
呑気に焼き芋を食べる師匠のそばで、俺は必死に村長の家の掃除をしていた。
国王陛下が寝泊りする場所は恐らく村長宅になる。
別に普段から掃除はしているからそんな汚らしい箇所は無いのだが、いかんせん田舎臭い木のボロ屋には違いない。
それで少しでも良くなるようにと掃除をしているのだ。
「キャロル、掃除なんて無駄だよ。
些細な違いなんて、あの人たちにはわからないさ。」
「そんなことありません。こういうのは気持ちの問題ですよ。」
「いーや、貴族は金持ちかそうじゃないかしか見れない生き物なんだよ。
この家は貧乏。それで終わりさ。」
ふぁーあ、と大きな欠伸をする師匠。
ホント、呑気なもんだ。
俺が師匠の忠告を無視して掃除に戻ろうとすると、玄関から村長を呼ぶ男の声が聞こえて来た。
声の感じからして普通の村人だな。
ただ村長は今忙しくて外に出ている。
かわりに師匠が玄関へ向かった。
「村長は今家を空けていまして。
代わりに僕が用件を預かっておきましょう。」
「メモリアさん!いやね、大した用事じゃないんですよ。
余所者の奴らがですね、売り物の肉が一部無くなったとかなんとか言って騒いでるんでさ。」
「盗難が起きているかもしれないということですね?」
「どうせ町の奴らは軟弱ですから、そこらの動物に取られたんでしょうが、一応報告しとこうと思いまして。」
「…なるほど、伝えておきますね。」
村人は帰って行った。
まぁこういう祭りの時ってのは盗難も起こるものだよな。
村の中だけならみんな顔見知りだから徹底的に洗うのだけど、今は知らない人が多すぎて誰がやったのか知る術はない。
すぐにそんな事は忘れ、かわりに師匠に作法を叩き込まれるのだった。
☆
盗難が発生しているという話は村の中に結構広まっていた。
どうやら夜のうちに忍び込んで盗んでいくようだが、不思議なことに盗むものは決まって燻製肉や干し肉であった。
既に5、6人が盗難の被害にあったようだ。
噂が広まって皆の警戒心が強まったのか、最近はめっきり被害については聞かなくなった。
取り敢えずめでたしめでたしだ。
それはそうとして…
「最近のキャロルは弛んでいるのです。」
隣で頬を膨らませて文句を垂れているのはハピィ。
尻尾でバシバシと俺の背中を叩いてくる。
確かに最近は礼儀作法の修行ばかりで一緒に剣の修行をしていない。
あまりに放置し過ぎて怒ってしまったみたいだ。
「キャロルは全然よわっちいのです。私が鍛えてあげなきゃダメなのです。」
「そうだな。そろそろハピィに鍛え直して貰わないとな。」
「お姉ちゃん達は毎日動けなくなるまで鍛えてるのです。キャロルも追いつきたいならもっと頑張るです。」
リィリィ達か。思えばライザさんに才能無しと言われたあの時、改めて強くなりたいって本気で思ったんだよなぁ。
やっぱり見くびられたままでは悔しい。俺はホントはもっと出来るんだぞってことを証明したかった。
勿論あれからも俺なりに頑張っている。
剣の腕は正直成長してるのか全く実感はないが、魔法陣魔法や錬金術の知識もついて来たと思う。
何より師匠が俺の力を認めてくれている。
師匠は俺の事をよく見ていて、サボるとすぐに注意してくるけど、頑張った分は必ず褒めてくれる。
無詠唱魔法は使えないけれど、師匠が認めてくれるから、俺は今の自分を肯定出来る。
師匠のお陰で心に余裕が出来た。そんな気がする。
俺は誰に言うでも無く、思った事を口にした。
「お姉ちゃん達に追いつきたいとは思わないよ。
剣で勝てなくても、僕は僕のペースで、お姉ちゃんたちに出来ない事をやってみせる。
急がば回れだ。」
そうだ。着実に俺は強くなってる。
だから焦らず一歩一歩、急がば回れの精神で頑張ろう。
しかし、俺の言葉の何かが引っかかったのか、ハピィが唇を噛んで俯いてしまった。
「…なんでなのです。」
蚊の鳴くような声で呟くハピィ。
なんのことかわからずに困惑していると、そんな俺を見兼ねたのか思いが爆発したようだった。
「どうしてそんな顔出来るです!?
私は悔しかったです!お姉ちゃんより才能無いって!私は修行やらなくていいって!
私には期待されてないみたいで!
私は!いつか見返してやるって!」
「…ハピィ…?」
「…キャロルは私と一緒です。才能ある姉の影に埋もれて…見放された…。
私、キャロルの辛さ、わかるです。
私だけは…わかってあげられるです…。」
…なるほどな。
あの日、情けない俺の話を聞いてやけに怒ってくれた。
一人で錬金術大全を読んでいた俺を心配して見に来てくれた。
それから毎日のように、一緒にいてくれた。
それがなんでなのかわかった。
ハピィも俺と同じような体験をしてたんだな。
ハピィは感極まって涙が出てきたようだった。
「あの日のキャロルは…見てられなかったです。傷ついた心を隠すことすら出来ない程に、壊れそうだったのです。
まるで自分が言われてるみたいで…私…私…」
ハピィは涙を見せないよう後ろを向いた。
木の床に落ちる涙の音がやけに大きく聞こえる。
さぞ辛かったんだろうな。
ハピィは俺と違って正真正銘の3歳だ。
いくら獣人が成長が早いと言ったって、まだまだ甘えたい盛りの彼女が親に見放されたと感じた時のその辛さは俺以上だったろう。
俺は後ろからハピィを包むように抱いた。
ビクン、と身体が大きく跳ねたが、彼女は抵抗しなかった。
「辛かったよな。わかるよ。ハピィの気持ち。」
わからない。
3歳で大好きな親から期待されなくなる辛さなんて。
あの日だって、お母さんもお父さんも、リーゼだって、誰一人俺に対する目は変わらなかった。
リーゼは尊敬出来る優しい姉だった。
全部原因は俺のコンプレックスにあるとわかって、自己嫌悪に陥った。
立ち直れたのはリーゼが、師匠が、俺を認めてくれたからだ。
家族とハピィと村長が、俺を一人にしなかったからだ。
なら、かわりに俺がハピィを認めてあげたい。
それで彼女の気持ちのしがらみから解放されるのかはわからないが。
せめてもの感謝として。
俺はハピィの嗚咽が止まるまで静かに抱いた。
しばらくして、彼女は落ち着いたみたいだった。
恥ずかしそうに顔を赤らめ、耳をパタパタさせて、「いつまで抱きついてるです」と呟く。
その姿は、ちょっとだけ可愛かった。
いや決してロリコンではない。
あくまでもマスコットとしてだ。
「なぁ、剣の修行だけじゃなくて、他の修行も一緒にやらないか?」
俺は彼女が泣いている間に考えたアイデアを披露した。
「…でも、私、剣以外の才能が全くないのです。」
大丈夫だ。俺には師匠の底は見えないが、俺ら二人を見るくらいなんて事ないって事だけはわかる。
「そんなの問題じゃないさ。ね、師匠?そうでしょう?」
俺は部屋を出てすぐの廊下で聞き耳を立てていた師匠に声をかけた。
さっきからズルズルと鼻を啜る音が聞こえててバレバレだったんだよなぁ。
「ハ、ハハハハハ。たまたまついさっき1分前くらいに通りかかったんだよ。うん。」
これまたバレバレの嘘をつきながら、師匠が部屋に入ってきた。
目が赤い。
「で、どうなんです?」
「勿論、歓迎するさ。この僕に任せておきなさい。」
ダン、と胸を叩いて咳き込む師匠。
その様子に、俺もハピィも軽く吹き出した。
「…全く、締まらないね。」
ハピィは俺と一緒に正式に弟子入りすることが決まったようだった。
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