第11話「修行始めてみた」

 ミントさんが何処かへ行ってからもう一か月過ぎた。

 あの人は一体どこへ何しに行ったのだろうか…。


 木々は黄色から赤色へと着替え終わり、歩くと落ち葉がパリパリと小気味良い音を立てる。

 吹く風は露出した肌の温度を奪い、地面の枯れ葉を巻き上げて何処かへ飛んでいく。

 俺はミントさんから渡された紫色の宝石を手で弄びつつ、隣を歩くハピィに声をかけた。


「秋も深まってきたなぁ。」

「秋は寒くて嫌なのです。」


 いつも歩いている道の脇の畑も、一面が黄金色に色づいている。日本で言うと、稲の収穫前と似た風景。

 風でたなびく麦の穂は、金の海の水面を渡る波のように見える。たっぷりと実を付けた麦を見る限り、もうそろそろ収穫の時期だろう。

 四季の変化を感じて嬉しくなるのは、元日本人の本能とでも言うべきか。


「この辺りの麦ももうすぐ収穫だね。」

「しゅうかく?しゅうかく祭のことです?

 そう言えばもうそろそろなのです。」


 収穫祭。そんなものもあったな。

 ハピィは収穫がなんなのかはわかってないみたいだが、収穫祭のことはしっかりと覚えているようだ。

 祭りの雰囲気を思い出した彼女はフンフンとご機嫌だ。


 収穫祭というのは、麦の収穫に合わせて行われる秋の一大イベントだ。

 この村のイベントと言えば、秋の収穫祭と、春の祈念祭の二つがある。

 これからの作物の実りをお祈りする祈念祭と、一年の実りに感謝する収穫祭なんだが、実益がある分やっぱり後者の方が盛り上がる。

 無論、ちゃんとした収穫が得られたらの話だが。


 秋の収穫祭では、麦の刈り入れの儀式の後で、謝肉祭が開かれる。

 謝肉祭は一週間の間、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが出来るイベントだ。


 謝肉祭の幕開けは、豚丸々一匹を解体してソーセージを作るというもの。

 その血液をみんなで回し飲みするとかいうキチガイじみた風習もあるから、俺としてはあんまりいい思い出はない。

 なんでもそれが魔除になるんだとか。

 血を飲むのは原始的だし、衛生面にも不安が残る。あとシンプルにキモい。


 もがき苦しむ豚の悲痛な叫び声と虚な瞳は思わず目と耳を覆いたくなる。

 しかしそう思ってるのは俺だけみたいで、村人達にとっては、ワイワイと盛り上がれるメインイベントらしい。

 ハァ、あの解体ショーは二度と見たくない。


「…ため息ばかり吐いていると、フェンリス・ループスに食べられちゃうですよ。」

「なんだそれ。フェンリル?狼のことか?」

「知らないのです。でも、小さい頃ママがよく言ってたです。」

「へぇ。」


 小さい頃って…今も充分小さいけどな、と思ったが口にはしない。

 この辺の迷信みたいなもんか。ため息吐くと幸せ逃げるよ、みたいな。


 フュゴォオオオ


「「寒い(です)!!」」


 突然強い風が吹き抜けて、木々がザワザワとしなっている。

 さっきまでそよ風しか吹かなかったのに。


「なぁ、なんか寒いし、今日は村長のとこに戻らない?」

「そ、そうです。それがいいです。」




 村長の家に戻ると、ミントさんが庭で焼き芋をしていた。


「お、お帰り。丁度いい感じで焼けた所だぞ。」

「ただいまー。って、え??」


 いつのまにかミントさんが帰ってきていたみたいだ。

 一か月ちょっとぶりだ。


「ミントさん、帰ってたんですか。」

「おう。僕が居なくて寂しかったろ?

 …お?」


 ミントさんは俺の後ろに目をやった。

 正確には俺の背中に隠れているハピィに。

 目をパチパチさせながら、俺とハピィを交互に見るミントさん。

 そしてニヤリと笑い、ははーん、と変な反応をした。


「なんだよキャロル。君、幼い癖して意外と隅におけないな。」

「なんですかその性に目覚め始めた少年みたいな反応は。」

「隠さなくても良いだろ。その子の事、師匠の僕にも紹介してくれよ。」


 変なちょっかい出さないで下さいね、と念押しして、後ろで縮こまっているハピィを見た。


 ハピィはミントさんをキッと見据え、喉の奥をグルグルと鳴らせて警戒を怠らない様子だ。

 と、思いきや、耳はへたり込み、尻尾は股の間に挟まっていた。

 めっちゃ怖がってるじゃないか…。


 てか、この子こんな人見知りだったんだな。

 そう言えば俺と話してる時も最初の方は緊張で震えてたし、正直あんまり人付き合い上手くなさそうな感じではあるよな。


 俺が少し横に逸れると、ハピィが俺の右腕に絡みついてきた。

 それをみていたミントさんが手をワキワキさせながらくぅーッと変な声を出した。


「おいおい、既にアツアツカップル誕生済みかよ!

 たく可愛い顔の癖して、チャラ男はお前だなキャロル!

 これでも食らえ!」


 ミントさんは焼いていた芋を一つ、ポンと投げてきた。

 突然の事で驚いたがギリギリキャッチに成功する。


「アッツ!!何するんですか!ミントさん!」

「焼きたての芋でもお前らよりはアツアツじゃないと思ってな!

 フハハッ!少しは冷めたか!」


 サツマイモの皮が熱すぎて手の皮を火傷しそうだ。長時間触れないようにお手玉のようにしてみるも、もう限界だ。


「それ」


 アツアツの芋をミントさんに投げ返した。

 芋を投げ返されたミントさんは特に慌てる事なく、片手でキャッチ。

 手がジュウジュウと音を立てて煙出てるけど…大丈夫なんだろうか。


「食べ物を投げるのは良くないぞキャロル。良い男は決して食べ物を粗末にしないものだ。」

「それブーメランですから」


 そのまま芋を剥いて食べ始めたミントさんを見て思う。

 なんかこの人って、喋れば喋るほど残念になっていくよなぁ…。

 見た目と第一印象はトップクラスなのに…。


 俺とミントさんの適当なやりとりをポカンと見ていたハピィは警戒心がだいぶ溶けたみたいだった。


「なんですか、このアホくさいやりとりは。

 緊張している私がバカみたいなのです。」

「…」

「だ、そうだぞ、キャロル。ドンマイだな。ハハッ。」


 ミントさんだけは終始楽しそうだった。



 とりあえずハピィには帰ってもらって、居間でミントさんと対峙した。


「それで、ミントさんは何処に何しに行ってたんですか?」

「ん?あれ、言ってなかったか。」


 ミントさんは手元のアルミケースを開けて、中から透明な水晶のようなものを一本取り出した。

 結構大きい。3歳の俺からしたら身長の半分くらいはあるんじゃないだろうか。


「吸魔石の原石だ。これを君にあげようと思ってな。取ってきた。」


 ゴトっと重量感のある音がした。

 吸魔石?それはなんだろう。

 俺はその透明な水晶のような鉱物を腕に抱えてみた。

 俺が物珍しそうにみていると、ミントさんが苦笑いして言った。


「キャロル、さては僕が居ない間、ちゃんと勉強して無いな?

 錬金術師にとって、吸魔石なんてのは常識中の常識だぞ?」

「え?あ、アハハ…」

「……いや、よく考えたら3歳の子に自学自習を言いつけた僕の責任だ。悪いな。」


 ミントさんは首からかけているペンダントを外した。

 そこには紫色の鉱石が怪しく光っている。


「これも吸魔石だ。君に去り際に渡した紫色の石も、あれも吸魔石。

 ただし原石はそんな感じで透明なんだ。」

「原石である事が大切なんですか?」


 そうそう、とミントさんは俺にポンと紫色のペンダントを投げてよこした。

 キャッチしてみると、なんだか変な感じがした。

 なんて言うんだろうか。

 身体全体が重くなる感じ。


「何かこれ、ずっと首からかけてると疲れそうです。」

「ふふ。その程度で済んでる君はやっぱりとんでもないな。」


 鍛え甲斐がありそうだ、とミントさんは呟いた。

 何故か自然と背筋が凍った。なんでだろ。


「吸魔石はね、手に持った人の魔力を吸い取る性質があるんだ。

 原石は見ての通り透明なんだけど、魔力を吸えば吸うほど紫色に変わっていく。

 魔法陣を上手く使えば、貯めた魔力を引き出して魔法を使うことも出来るんだよ。」

「え?それってつまり…」

「察しがいいな。

 要はこれからは無詠唱魔法じゃなく、魔法陣発動での魔法を勉強してくれってことさ。」


 なるほど…。

 どこまでが悪魔からのギフトでどこからが俺の元々の力なのかはわからないが、魔法陣魔法なら無詠唱よりはよほど安全そうだ。


 魔法が使えると知って喜んでいる俺とは対照的に、ミントさんの顔色は優れないようだった。


「キャロル。君は…心から強くなりたいと思ってるか?」

「…突然どうしたんですか。」

「君に取り憑いた悪魔。それは紛れもなく危険なモノだ。

 それを踏まえて答えて欲しい。

 君には今、二択がある。」


 突然迫られた二択。

 何処となくデジャブを感じる。

 俺は村長と交わした約束を思い出していた。


「一つ、このまま一生魔法を使わないで生きていく。

 二つ、いつ何時も自分を研鑽し、悪魔を押さえ込んで生きていく。」


 此処がきっと、分岐点になる


 ミントさんはそう言った。


 俺は今一度考えてみた。

 俺はどうして魔法が使いたいんだ?

 別に魔法なんて使わなくても、お父さんみたいに商人としてやっていく事だって出来るよな。

 でも、強くなりたいと思う。


 なんで強くなりたいんだろ。

 強くなればいいカッコ出来るから?

 強くなればディヴァインみたいな奴に馬鹿にされないから?

 それはある。

 でも、それだけじゃ無い。

 なんでだろう。男の本能のようなものかもしれない。

 男に生まれたからには強くありたい。

 崇高な理念も理想も何も無い、そんなふざけた子供っぽい理由なのかもしれないな。


 でも…キッカケとしては充分だ。


「…僕を鍛えて下さい、師匠。」

「任せておけ。」


 ミントさん、もとい師匠は、俺の答えに力強く頷いた。


 ☆


 師匠の教え方は決してスパルタでは無かった。

 しかし、ニコニコ笑いながら、要求してくるレベルが高いのなんの…

 当然出来るよね?みたいな雰囲気を出して来るからプレッシャーが凄い。


 教えてもらう事は主に魔法陣の書き方と理論、鉱物の名前と性質。


 …それから礼儀作法と剣術だった。


 ゴンッ

「いづッ!!」


 頭を抱えてうずくまる俺と、ニコニコしながら俺を見下す師匠。

 師匠の手には木刀が握られており、俺の手には木刀は無い。

 弾かれたのだ。


「…魔法の才能は中々だけど、剣は全くだな。

 はっきり言って、運動神経鈍いぞキャロル。」

「いや、僕木刀なんて生まれてこの方握った事無いんですって」

「じゃ、握らなくてもいいや。こっからは避ける練習だ。」


 そう言ってビュンビュンと風を切る音をさせながら、笑顔で木刀を振り下ろす師匠。


 正気かよこの人…!!

 俺は背を向けて必死に逃げた。

 素人に剣先を見て避けるなんて出来るわけない。だったら逃げ回るしかない。

 しかし…


「敵に背を向けるのは…数ある悪手の中でも最悪だぞ?」


 2秒後には俺の首筋に木刀がぴったりと張り付いていた。

 この人は鬼か悪魔かどっちかだ。

 俺は半泣きで抗議する。


「師匠!僕まだ3歳なんですけど!?3歳の子供にそんなマジで剣振りますか!?普通!?」

「いやいや、手加減はしてるぞ?

 でもそうだな…。キャロルは案外ヘタレだからちょっと考えるか。」



 その次の日からは剣の型を覚えるよう言われた。毎日剣を振って身体に覚え込ませろ、みたいな。


 俺にはやっぱり剣は厳しそうだ。


 ☆


 俺が庭で剣を振って型の練習をしていると、ハピィがやって来た。

 今日も遊びに来たのか。


「誰もいないのに棒を振るなんて…気でも触れたですか?」

「お、ハピィおはよう。」

「おはようなのです。」


 ハピィも来た事だし少しだけ休憩しよう。そう思って振り上げた木刀を下ろし、汗を拭った。

 すると…


 ビュッ

「いでっ!」


 何かが凄いスピードで俺の頬に飛んできた。下に落ちた物を拾ってみると、芋の皮を丸めたものだった。


「キャロルー?まだ今日のノルマ100回、終わってないだろ?」

「あ、ハイ」


 師匠は見ていないようでいつも見ている。

 後ろに目がある村長とそっくりだ。


 …というか、師匠はああ見えて結構厳しい。

 俺に出来ない事をさせた時は内容を変えたりしてくれるが、頑張れば出来ることに関しては一切妥協してくれない。


「…お邪魔しましたなのです。」


 ハピィは空気を読んで退却しようとした。

 師匠がすかさず引き留める。


「ハピィちゃんだっけ。せっかくだしお茶でも飲んでいきなよ。」


 二人がずるずると茶を啜る中、俺は汗びっしょりで木刀を振り続けるのだった。



「やっと終わったァ」


 一日のノルマを達成し、俺も休憩に加わった。

 そんな俺にかけられた一言は無情だった。


「…キャロル…汗臭いのです。」


 うわ…。きっつ。

 ハピィは露骨に嫌な顔はしないものの、少しだけ座ってる位置をずらしたのを俺は見逃さなかった。

 俺は怨みを込めて師匠を見た。

 師匠はそんな俺とハピィを交互に見て、ニヤリと笑った。


「なぁハピィちゃん。君もキャロルの剣の修行に付き合ってくれないか?」

「なっ…」

「はぁ…キャロルは修行してたですか…。」

「そうそう。

 どうもキャロル、ハピィちゃんの事が気になって修行に身が入らないみたいでね。

 頼むよ。」

「ちょ!?」


 何言ってんだこの人?

 俺がハピィの事が気になってるなんていつ言ったよ。

 てかそれ以前に3歳の女の子に興味持ったら犯罪どころじゃないだろ。


 せめて後十年くらいは待ってくれないと…何にも感じないぞ。

 …それでも犯罪か。


「師匠、いくらなんでもこんなガkふぐっ」


 俺の口は最後までいう事なく師匠に強引に塞がれた。


「な、ほら、コイツ素直じゃなくて。」

「……ふ、ふん。

 そ、そこまで言うなら仕方ないのです。私も暇じゃないですが、特別につ、付き合ってあげてもいいのです。

 本当に、キャロルは仕方のない人なのです。」


 なんだこれ…。何俺の意思無視して3歳の幼女にフラグ立ててんだよ…。

 勝手にロリコンみたいにするんじゃない。

 俺は精一杯抵抗した。

 しかし、師匠と俺の力の差は歴然であり、もがけども振り解ける気配は微塵も無い。


「ふふ。それは良かった。キャロルもほら、こんなに喜んでるよ。」

「んむ!んむ!」

「別に私はなんとも思ってないですが、キャロルがそこまで私の事を気にしているなら渋々毎日来てやるのもやぶさかではないのです。」


 なんだコイツ。ノリノリじゃねーか。まぁこれまでも毎日遊びに来てたしな。

 どうせ抵抗したって師匠の思う壺だ。

 あるがままを受け入れよう。


 俺が抵抗するのをやめると、師匠は俺を解放した。

 いつもとは少し違う、いやらしい笑みを浮かべていた。

 なんだ、嫌な予感がする。

 師匠はパンっと手を叩いた。


「よーし、それじゃあ早速、二人で試合、やってみようか!」

「ええー!?」


 やっと今日のノルマが終わったと思ったのに、まさかの連続かよ…。

 でもまぁ、流石に師匠と戦わされた時よりはよっぽど良いだろう。


 …そう思っていた時期が僕にもありました。


 俺はそのあと手加減のないハピィの木刀をくらい続け、完全に戦意喪失したのだった。

 流石はリィリィの妹。動きのキレが半端じゃない。


 危うく変な扉を開きかけたのは内緒だ。

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