第10話「錬金術師と獣人の女の子」

 リーゼは強くなる為、ライザさんのところで修行を始めると決めた。

 魔法が出来ない以上、これからは暇な時間が増える。


 みんなが上を目指して頑張り始めた。

 俺1人だけ足踏みして、このまま腐っていくのは嫌だ。

 あのイキリ野郎にこのまま馬鹿にされ続けるのは嫌だ。

 強くなりたい。

 魔法がダメなら剣でもいい。

 剣もダメなら内政チートだ。

 とにかく、せっかく転生したのだから生き急いでナンボだ。


 そう思った俺は、1人で抱えていないで、教育者として付いてもらっているミントさんに相談してみることにした。

 あの人は自分の事を万能だと豪語していたし、何かが変わるかもしれない。


 とは言え…

 ミントさんは王子様風イケメンで物凄く誠実そうな見た目なんだが、趣味は風俗やキャバクラ巡りだと堂々と語るような人だ。

 昨日だって、教育者とか言ってるくせして俺と二、三言しゃべったら直ぐ村の水商売の女の人のところへ行ってしまった。

 結局、イケメンなんて中身のないチャラ男ばっかりなんだよな。


 それでも、一応は俺の教育者だし、言うだけ言ってみるか。

 そんな感じで、俺が最近体験した事、その時の気持ち、不安や焦りについて正直に話してみた。

 彼の反応は意外だった。


「…わかるぞ、君の気持ち。僕も同じだった。」


 神妙な面持ちで頷くミントさん。

 あれ、意外とちゃんと聞いてくれるじゃん。


「強くなりたい。その上で正しく評価されたい。見返してやりたい。

 そう思うのは男として当然だ。

 僕は君のそんな気持ちに全力で答えよう。」

「…あ、ありがとうございます。」

「おう。よーし、それじゃあ早速準備だ。」


 ミントさんはいそいそと大きなアルミケースのような鞄の中身を弄り始めた。

 その姿に、俺はちょっと感動した。


「あの、ミントさん」

「ん?どした?」

「僕、ミントさんのこと誤解してました。」

「誤解?どんなふうに?」

「ただのチャラ男だと思ってました。」


 ミントさんはゴソゴソやっていた手を止め、俺の方を振り返った。

 さっきよりも更に真面目な顔だった。


「チャラ男、というのが女性に手を出すのが早い軽い男という意味なら、僕は当てはまらないな。

 僕は女性が大好きだ。

 だからこそ、女性を裏切る事はしない主義なんだ。」


 少し早口で女性論を語り始めた。

 お、おう。そうか。

 この人ほんと変わってる。

 でも…3歳の俺の話をバカにしないで聞いてくれるし、実は結構いい人なのかもしれない。


「おし、じゃあこれから君に宿題を出すからな。」


 俺の目の前にドサっと置かれたのは、魔導書にも匹敵する程の重量感の一冊の本。

 それから拳大の紫の宝石。


「僕は明日にでもここを離れる。僕が帰ってくるまで、君はこの本を読んで勉強してくれ。」

「随分急ですね…。それで、この本は何ですか?」

「錬金術大全。僕が書いた本だから、絶対に間違いない。」


 錬金術…?

 あ、そういえば、ミントさんは本職は錬金術師だって言ってたような。

 たしかに、本の背表紙には著ミント・メモリアと書いてあった。

 あれ、でも、錬金術って…


「錬金術って、別名錬金魔法ですよね…?僕村長から魔法使うなって言われてるんですけど…。」

「村長には、まぁ僕の方から上手いこと言っておくさ。

 君は心配せず、存分に魔法を勉強してくれ。

 あ、ちゃんと詠唱はするんだぞ?」

「でも…悪魔が…」


 俺が渋ると、ミントさんは俺の頭をガシガシ撫でた。


「いいか?目を背けても、悪魔の手はいずれは必ず伸びてくる。

 正面から受け止める為の力をつけろ。キャロル。」


 ミントさんの目は本気だった。それに、妙に説得力がある。

 この人なら、信じて任せてもいいかもしれない。そう思わせる力強さがあった。

 特に逡巡する事なく、俺は首肯した。


「よし、それでこそ僕の弟子だ!」


 ミントさんは嬉しそうに俺の頭を乱暴に撫でた。


 ☆


 次の日、朝から村長の家に行くと、すでにミントさんは居なかった。

 村長はいつもより少しブスッとした顔で出迎えてくれた。


「キャロル、お前さん早速ワタシとの約束破ったそうじゃな。」

「え、あ、ごめんなさい…」


 村長はハァ、とため息を吐くと俺の頭を撫でた。

 その撫で方は、ちょうど昨日のミントさんのそれとよく似ていた。


「事情は聞いた。姉を守るために魔法を使ったとな。

 責めるに責められんわ。」

「いや、僕はただ…自分のエゴで…」

「よいよい。

 …ワタシにも、何が正解なのかわからんのじゃ。

 ミントに言われた。逃げてばかりでは何も変わらぬと。

 …お前さんは信じた道を行け。ワタシはもう止めん。

 ただし…決して侮らぬことじゃ。決して悪魔に心を開かぬことじゃ。」

「村長…」


 村長は俺の事を本気で心配してくれている。

 ゆっくり撫でてくれている村長の手が優しくて、俺は何となく、おばあちゃんみたいだな、と感じた。


「おばあちゃん…」

「こら、ワタシはまだそんな歳じゃ無いわい。」

「あたっ」


 思ったことを口にしたら軽く引っ叩かれた。バイオレンスばーちゃんだ。




 俺は村長の家で錬金術大全を読み進める事にした。

 村長の話だと、ミントさんは俺を錬金術師に叩き上げるつもりらしい。

 ページをめくっていくと、意外にも魔導書とは大分内容が異なっていた。


 魔法とその効果が羅列されていた魔導書とは違い、錬金術大全は初めに三つの魔法が書いてあり、後はほとんど鉱石などの説明だった。


 その三つの魔法とは、「合成」「分解」「錬成」。

 三つとも中級土魔法相当らしい。

 ただし、火魔法の要素や水魔法の要素も多少必要な為、難易度としては上級魔法に分類される。

 それ故に、この3つの魔法が使えたら魔道士を名乗れるのだとか。

 錬金術師となると、更にそれに加えてものすごい沢山の知識が必要な為、かなり希少なジョブらしい。


 錬金術師かぁ…ふふ。

 自分の伸び代を感じる時ほどやる気が出る時はない。

 俺は早速ノリノリで取りかかった。


 ☆


 ミント・メモリアは馬車に揺られていた。

 秋は収穫物の輸送で馬車の往来がそれなりにある為、お金さえ払えば移動手段には困らない。

 パリパリと落ち葉を踏みながらガタガタと激しく揺れる車体の中で、ミントは地図を広げた。


 今朝早く出発したのはマシロの村。

 多くの国を従えるシナプシス教国の属国の一つ、ギリヤナという国の最北端の村だ。

 北には広大な樹海が広がり、シナプシス教国と敵対している帝国との境界となっている。

 教国と帝国は仲が悪く、国交は結ばれていない。


 とは言え個人的な商人の往来は活発で、この森には馬車で帝国へ抜ける事が出来るルートが三本程存在する。

 しかしこれからミントが向かうのはそのどれでもない。

 知る人ぞ知る、今は使われなくなった四番目のルートであった。


 一応馬車は通れるものの、その道はほかのルートと比較してかなり凸凹しており、またよく魔物が出るとして普通の商人は絶対に通らない。

 多くの人々がこのルートを避ける為、逆に密輸や闇商人、盗賊などが最も好んで使用する。

 噂ではその先には悪魔が住み着いているだとか、盗賊団のアジトがあるだとか物騒な噂の絶えないルート。


 ミントが今から向かうのはそんな場所だった。


「へへ、旦那ァ。入り口が見えてきましたぜぇ。」


 額から二本のツノが生えた馬に鞭を振るいながら、御者が後ろに声をかけた。


「ああ、ご苦労様。入り口までの契約だったね。報酬はこれで。」


 ピン、と黄金色の硬貨が宙を舞い、御者台の上に落ちた。

 御者は硬貨を確認してニヤリと笑った。


「へへっ、旦那。どうせ訳ありなんでしょう?

 旦那のキラキラした見た目じゃ目立ってしょうがねぇや。

 どうです?あっしに身につけてる宝石をいくらか渡した方がいいんじゃないですかい?」

「バカ言うな。報酬は十分な筈だ。」

「へぇ…そうでやすか。まあいいですがね。

 あっしはこれから教国の方へ戻りやす。」


 暫くお互い無言であったが、丁度入り口に着いたところで、御者は馬から降り、手揉みしながらミントへ語りかけた。


「…ところで、あっしは酒場で旅の話に花を咲かせるのが好きでしてね。

 この意味、お分かりでしょう?」

「……一流の商人は、引き際を心得ているものだ。」

「超一流の商人は、機会を無駄にはしないんでさぁ。」


 ミントはため息をついた。

 人相があまり良く無いとは思っていたが、たまたまこんな灰色の商人に当たるとは。


 ミントは首から下げていた紅桔梗色(濃い紫色)の鉱石のペンダントを手に取った。


「これでいいか?」


 商人はハゲた頭をキュッキュッと擦りながら、まいどあり、とそのペンダントを受け取った。

 そしてその途端、彼の顔色もまた、紫色に変わった。


「な、なんでやすか…これは…!」


 気分が悪くなり、咄嗟にペンダントから手を離す。すると不思議と、気持ち悪さがスッと引いた。


「…まさか呪いの魔道具…でやすか?」


 恐る恐る目の前の貴族風の男に問いかける。

 その男、ミントは落ちたペンダントをジャラジャラと手で弄びながらケラケラと子供のように笑った。


「呪い?バカいっちゃいけない。

 これは俗に吸魔の魔石と言ってね。正式にはロードライトベリルと言う鉱石なんだ。

 街でもたまに悪魔の瞳とか言って売られてるよ?」

「悪魔の瞳!?やっぱり呪いの魔道具でないですか!」


 商人は恐ろしくなったのか、せかせかと馬車に乗り込んだ。


 いらないのー?というミントの呑気な問いかけを無視して、逃げるように来た道を帰っていく。


 ミントは手に持ったペンダントを再び首からかけた。


「やっぱりこれがあると落ち着くなぁ。

 …キャロルも気に入ってくれるといいんだが。」


 ミントはそのまま北の森、四番目のルートの入り口へ一人で入っていった。


 ☆


 ミントさんが居なくなって一週間と少し経った。

 錬金術大全を渡されてからというもの、俺は誰にも邪魔されず勉強に専念出来た。

 その結果、合成、錬成、分解の三つの魔法をそれぞれ1日足らずでマスターすることに成功。


 元々中級魔法の基礎固めは一年以上しっかりやっていた上、無詠唱による魔法の並列試行も練習していた俺にとって、この錬金魔法はさしたる障害にはならなかった。


 これもギフトの力なのか?


 錬金魔法を習得したので、その後はひたすら鉱石の名前や性質、入手できる場所、取り扱いの注意などを読んで暗記する。


 …正直つまらん。

 というか、全然覚えられん。

 魔法関連の事は一瞬で頭に入ってくるのに、石の話になると途端に眠気が襲ってくるのはなんでなんだ。



 俺は秋の風を感じながら、村長の家のベランダというか、ウッドデッキのような場所に座った。


 涼しい風、柔らかい日差し。

 そよぐ森の木々。

 長閑な昼下がり。


 絶好の昼寝日和だ。こんな日に家に篭って勉強なんてやってられない。

 今日一日くらい休んだってバチは当たらんだろ。


 俺は仰向けになって大の字で寝転がり、枕代わりに錬金術大全をしいた。

 あー極楽極楽。


「…気になって見に来たら、とんだ怠け者だったです。」


 ん?今誰かなんか言ったか?いや、気のせいかな。眠いし、目開けるの怠いや。


「…」

「…都合が悪くて寝たフリですか。ますますどうしようもない人なのです。」


 なんだなんだ。なんでさっきから前振りもなくディスられてんだ俺。

 既にまどろんでいた目を開けてみると、そこにいたのはリィリィの妹だった。

 …確か、名前はハピィ。だったかな?


「ハピィか。こんにちは。」

「こんにちはなのです。」


 あーよかった。名前間違えてなくて。

 俺とハピィは特に接点も無く、実は会うのはこれがまだ3回目だったりする。

 ハピィは寝転んだ俺の頭の近くにちょこんと座った。

 尻尾や背筋ピンと張っている。…もしかして緊張してるのか?

 いや、まさか、俺よりインキャって事はないだろ。


「それで、今日はどうしたんだ?村長に用事なら、俺が呼んでくるぞ?」

「…キャロルが心配で見に来てあげたです。」


 俺が心配?なんでだろ。

 どうやら俺に用があるみたいなので起き上がって隣に座った。


「俺、何か心配かけちゃったか?」

「…別に。全然心配じゃないのです。」


 いや、どっちだよ。

 さっきから何が言いたいのかさっぱりわからん。


「…」

「…」


 沈黙が辛い。

 これまではいつも大体隣にリーゼがいたので間が悪くなる事はなかったが…

 まさかこんな形でリーゼに感謝する事になるとは。

 俺が年長者なんだし、ちゃんと話題繋げないとだめだよな。

 コミュ力磨こ。


「えーっと。ハピィ?何か俺に用があって来たんじゃないのか?」

「別に、たまたま通りかかったら能天気に寝てる人が居たからちょっと寄ってみただけなのです。自意識過剰も良いところなのです。」


 ええ…

 そんな言わんでもいいじゃん。

 でもま、なんとなく雰囲気が伝わってくる。なんて言うか素直になれない感じ?


 結局の所、この子は俺の事を心配して来てくれたんだろうな。

 一昨日の俺は無様な姿を色んな人に晒してしまったみたいだし。

 自分ではわからなかったけど、3歳の子にまで心配かけるような顔ってどんななんだろうな。

 情けないぜ。


「そか。ごめんな。ありがとう。」

「…どういたしましてです。」


 どういたしましてって事はやっぱりそう言う事なんだろうな。


 ハピィは姉妹だけあって、リィリィによく似ている。

 リィリィはスレンダー体型なのに対して、ハピィの方は少しふっくらしていてマスコット的可愛さがある。


 俺はつい魔が刺して、彼女の頭へ手を伸ばした。

 耳と尻尾がさっき以上にピンと張って、体全体が硬直したように見える。

 流石に女の子にこんな事するのはデリカシー無かったか?

 犬じゃなくて犬型の女の子だもんなぁ。

 俺は手を引っ込めた。


「…ぁ」


 ハピィが蚊の鳴くような声を上げた。

 なんだ、して欲しかったのか。

 俺は再びハピィに手を伸ばして、彼女の頭を優しく撫でた。

 ハピィは何も言わず、下を向いて石のように微動だにしない。


 そうだ。耳の後ろとかどうだろ。犬って結構喜ぶよな。

 俺はハピィのピンと直立した耳の後ろをコリコリと撫でてみた。


「くぅん」


 お、なんか声が出てきた。

 ついでに耳の後ろや付け根をマッサージしてやると、だんだん体の力が抜けてきたみたいで、遂には俺にしだれかかって来た。


 いや、リラックスし過ぎてて草。


 散々マッサージしていたら、ウトウトしてしまったようだ。昼寝の秋だしな。


「ハピィ?」

「ハッ!?」


 声を掛けるとバッと飛び起きた。2、3本後ろに後ずさって、ボソッと呟く。


「…その手はキケンなのです。」


 そのままハピィは走って家に帰ってしまった。

 …もしかして怒らせたのかな。

 調子乗ってやり過ぎたかも。


 俺は少し反省した。

 後悔はしてないけどね。




 その日以来、ハピィは「一人で寂しいだろうから遊んであげるです!」とかなんとか言って毎日のように村長の家にくるようになった。


 妙に懐かれてしまったな。

 まあ実際ちょっと寂しかったから、嬉しかったんだけど。

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