第8話「初めての感情(2)」

 リーゼのスカウトに便乗して、俺とサイファーも冒険者としての素質を見てもらう事になった。


 魔法使いの夢が絶たれた今の俺は目標を見失ってる状態だからな。

 ここらで何か新しく才能を見出せたらいいんだけど。


 やたら広大な裏庭に出る。

 どうやらここで始めるらしい。


 ライザさんが家から出てきて、俺たちの目をさっと見た。


 ん?

 今頃になってもう一人、家から出てきたな。


 俺はソイツをチラッと見て、思わず二度見した。


「ディ…ディヴァイン…」


 何しにきたのか知らないが、あのイキリ野郎がライザさんの隣に立って偉そうに踏ん反り返っているのだ。


 ディヴァインは俺の姿を見てニヤリと笑った。


「よぉキャロル。あれから少しは成長したか?」

「…なんでここに?」


 俺とディヴァインが知り合いだと知らなかったようで、ライザさんが驚いている。


「なんだ、ディヴァとキャロル君は知り合いなのか。

 ディヴァはね、間違いなく今世紀最高の冒険者になる才能の持ち主だ。

 だから以前俺が直々にスカウトしたんだよ。」

「まぁそういう事だ。」

「…そうでしたか。」


 リーゼより先にスカウトされてたって事か…。

 コイツが先輩ってだけでやる気がなくなりそうだが…まぁ仕方ない。

 ふに落ちないままだが、こんな調子で試験は始まった。




 ライザさん曰く、今から魔力の循環を見るらしい。何をやるにしろ基礎の基礎となる行為だと、その重要性についてたっぷり五分程、雄弁に語っていた。

 魔力の扱いは俺の得意分野だ。異世界で目覚めてからかれこれ二年ほど、ほぼ毎日枯渇寸前まで使い込んでいた。


 勿論魔法が禁止された今は魔力がオーバーフローしているが、魔法じゃなくて魔力を扱うだけならまぁ多分大丈夫だろう。

 思わぬハプニングもあったが、気を取り直して頑張ろうと思う。


「じゃあまずは…リィリィ。見本を見せなさい」

「ん。…んっ」


 リィリィは一瞬力んだような声を出したものの、いつもの力の抜けたような体勢のままだ。

 …ずっとそのままだが、大丈夫なんだろうか。

 じわじわと変化が見られるのかと思って、そのまま見ていたんだが、やっぱりなんの変化もない。


 どうしようと思って右隣のリーゼを見ると、リーゼは何故かワナワナと震えているようだった。

 もしかして、期待してたのに何にも起きないからイライラしたのかも。

 落ち着かせようと思って肩に手を置こうとしたら、リーゼは堪え切れなくなったように大きな声を出した。


「なによこれ!!リィリィあなた、こんなこと出来るなんて今まで一度も言わなかったじゃない!!」


 ええと…?何か凄いことが起きてるのか?

 俺はもう一度リィリィを見る。いつも通り、だるそうな目をして尻尾も耳も垂れ下がっている。

 …いつもと変わらないぞ?

 困った俺は左隣のサイファーを見た。どうやらサイファーも何かに気がついているようで、目を細めたまま、リィリィからじっと視線を逸らさない。


 …もしかして、わかってないの俺だけ?


「リィリィ、もういいぞ。」

「ん」


 リィリィは最短の返事をしたが、それ以外特に何もしていない。だが、俺の両隣の二人はフゥ、と息を吐いて何かわかったような顔をしている。


「どうだい?今のが魔力循環。3人とも、やれそうかな?」


 魔力循環…魔導書にも書いてなかったが、今のがそうなのか?何が起きているのか俺には全くわからなかったが…。

 戸惑う俺をさし置いて、二人はコクリと頷いた。


「やれるわ!」

「…やってみます。」


 …おお、やべぇ。言い出しづらい。この空気、俺今の何にも見えませんでしたって言い出しづらい。

 ライザさんは腕を組みながらうんうんと機嫌良さげに頷いた。


「キャロル君は、どうかな?」

「あ、えーと…はは…」

「キャロルに出来ない事なんてないわ!バカにしないで!」


 おっおう。

 俺が言おうとした瞬間、リーゼが間に割って入ってきた。

 あーあ、やっちゃった。こんなこと言っちゃったら、もう出来ないとは言えないぞ。

 俺は乾いた笑いをしながら、必死に何をすべきか考えた。


 俺は魔法に関してはギフト持ちだ。その辺のやつよりは明らかに出来る部類だろうし、魔力操作に関しては二年間毎日続けてきた。

 その俺が何も見えないということは…?

 …うーん。やっぱりわからない。


「じゃあ、一人ずつやってみよう。」


 初めはリーゼからだ。

 俺はもう一度目を凝らした。ロッテの周囲の魔力がどのように蠢くのか。一瞬も見逃さないようにしっかりと見た。

 結果…

 少しだけ、周囲の魔力が揺らめいているのがわかった。

 …まるで風呂上りの湯気のような、オーラの如き魔力が揺れている。それだけ。

 その風呂上りのようなリーゼを見て、ライザさんとディヴァインは拍手をして褒め称えた。


「初めてでここまでやってのけるとは。やっぱりロッテさんは天才だ!」

「…素晴らしい才能の持ち主だな!

 でも、俺と一緒なら更に上を目指せるぜ!」

「ふふ、とーぜんよ!」


 どうやらあれで出来ているらしいな。風呂上りの湯気のような魔力を纏えばいいのか?それか、もしかしたらものすごく薄い魔力の膜みたいなのを身体に纏えばいいのかも。

 あれこれ考えているうちにサイファーの番になった。

 サイファーは少し力んで何かやってるみたいだが、別段特にいつもと変わりはない。

 湯気も出ていないし。

 しばらく気張っていたが、最後は諦めたようだ。肩で息をしている。


「ふむ。惜しいね。良いところまで行っている。もう少し魔力の扱いに慣れればいけるはずだ。」

「まあまあだな。」

「はい…。」


 惜しいの?あれが?魔力、全くと言って良い程出てなかったよ?

 ますます基準がわからなくなってしまった。


「じゃあ、キャロル君いってみようか。」


 ライザさんの言葉で全員の目が俺に向いた。値踏みするような目、期待するような目、鼓舞するような目。

 いろいろと感じるが、取り敢えず全てを無視する。

 ここまできたら、ごたごた言わずにやるしか無い。


 とりあえず、膜みたいな魔力を纏えばいいんじゃないか。

 俺は実際にやってみた。


「ふんっ」

「…」

「…」

「…」

「あのぉ…どうですか?」


 薄皮一枚の魔力を纏った。

 完璧にやれてると思う。でも、求められてる事はこれだけじゃないんだろう。

 そんな不安からライザさんに声をかける。


「ん?…ええと。これは…失敗?」

「あ、あはは…」


 質問を質問で返された。

 つまり、え?君これでできたつもりだったの?全然出来てないよ?失敗しちゃっただけだよね?

 そういう感じだ。


 ディヴァインが俺の様子を見て腹を抱えて笑っている。

 なんか…恥ずかしくなってきたぞ。


「これまでの見ててわかったと思うけど…身体の奥から全身に魔力をめぐらせるんだ。

 もう一度やってみてくれ。」


 体の奥から全身に?そんなことが出来るのか?

 俺は言われた通り、体の奥から魔力を吹き出させようと頑張ってみた。


 …無理だ。身体の何処にも魔力の吹き出し口が見当たらない。

 いわば、井戸の無い場所から水を引っ張って池を作れと言われているようなもんだ。どっかから水を引いてこない限り、絶対に池なんて作れやしない。


 いや、出来るはずだ。みんな出来てるんだから。やれる方法があるはずなんだ。

 集中力が途切れ、みんなの視線が気になり始めた。

 期待の目はほぼなくなり、不安の目や諦めの目が多くなってくる。

 ライザさんの目は、既に値踏みするそれから落胆のそれになっていた。

 そんな顔しやがって…くそぉ…。


 集中しなければ。他の人に出来て、俺に出来ないなんてあるはずない。

 だって俺は…


「ダメみたいだね。…君には冒険者の才能どころか、魔法の才能すら全くない。」


 ライザさんにバサッと言い切られた。


 その言い方に、俺はイラッとした。

 俺には魔法の才能が無い?ふざけんな。俺はギフト持ちだぞ。そんなはずあるか。


 躍起になって頑張って探してみるも、無いものはない。やっぱり、俺の体の何処にも魔力の源泉が無い。


「…天才と聞いて期待してたんだがね。とても残念だよ。」


 …ライザさんがなんか言ってる。

 自分でも思ったより才能無しと言われた事がショックみたいだ。魔法使いの道は絶たれ、冒険者としても才能無し…か。

 俺TUEEEEEをする夢はたった今、早くも絶たれたのかもしれない。


 落胆する俺を他所に、リーゼがライザさんに食ってかかる。


「何よ!キャロルが出来ないはずないでしょ!!魔法でキャロルに勝てる人なんていないんだから!」


 ライザさんは目を閉じて、頭を横に振りながら言った。


「嘘言っちゃいけないよ。あれが出来ないのに魔法が使えるはずないんだ。」

「ウソじゃないもん!キャロルは魔法の天才よ!!」

「ハァ…あのね。包丁もろくに使えない人が料理人だと言われたら、信じられるかい?」

「包丁…?突然なんの話よ!!」


 ライザさんは苦笑いしてわかったわかった、とリーゼを宥めた。

 聞き分けのない子を取り敢えず静かにさせたい大人の目だ。


 ディヴァインが俺の前に来てニヤニヤしている。


「なぁ、キャロル。お前はホントにどうしようもない奴だよ。

 ロッテさんの才能に便乗したら、最高クラスの指導を受けられるとでも思ったか?

 お前みたいなハイエナ精神の底辺が社会にとって一番の公害なんだよ。

 やることもやらずに足引っ張るだけのクズは大人しくママのおっぱいでも吸ってろよ。」

「…なんだと!?」

「お、やるか?」


 …。

 イライラを通り越して、俺はもうどうでも良くなってきた。

 二人して俺を馬鹿にしやがって。

 今すぐここで、魔法をぶっ放してやろうか。


 そうしたら流石に信じるだろう。

 疑ってごめんなさい、馬鹿にしてごめんなさいと頭を下げさせるんだ。

 さぞスカッとするだろう。


 見せてやれ。君の本当の力を。


 そうだ。見せてやればいい。俺の本当の力を。


「キャロル!この分からず屋に見せてやりなさい!」

「そうだ…見せてやるぞ…見せてやる…」

「…キャロル?」

「え?」


 俺の顔を心配そうに覗き込むリーゼ。

 あれ?なんか今俺おかしかったか?


 冷静になれ。

 此処で魔法出来るアピールして一体何になる。

 魔法が使えるとしたって、今問題なのは魔力循環が出来ない事だ。

 俺は魔力循環が出来ず、冒険者としての素質が無い。その事実は覆らない。


 悲しい事だが、現実逃避していても進展が無い。

 認めなければ。俺に才能が無い事を。


「残念ですが、仕方ないですね。ワガママを聞いてくれてありがとうございました。」

「君は頭がいい。冒険者になれずとも他に仕事はあるさ。」

「そうですね。」

「さて、それじゃ悪いが、リーゼさんの訓練が終わるまでウチで待っててくれるかな?」

「…はい。そうします。」


 俺はライザさん、ディヴァイン、リィリィ、リーゼ、サイファーの五人からクルッと背を向けた。

 ディヴァインの馬鹿にするような笑い声の中に、リーゼのキャロル待って、という声が聞こえた気がした。


 ☆


「…ってことがありまして」

「あらぁ…」

「ひどいです!」


 暇だったので、リィリィのお母さん、フィーラさんにさっきの話を聞いてもらっていた。

 隣には彼女の妹のハピィがちょこんと座っている。俺と同い年という事だが、獣人は成長が早いのかリーゼと同じくらいの大きさだ。

 ハピィは俺の話を聞いて自分の事のようにプリプリ怒っていた。


 勿論、極力主観が入らないようには気をつけた。

 正直結構イライラしたけど、当の家族に愚痴っても仕方ない。


 しかし…改めて客観的に話をしていて、なんだが俺が勝手に自爆したように感じられてきた。

 ディヴァインの言い方はムカつくが、言っている内容自体は的を射ている部分もある。

 それなのに被害者のような顔をする俺。

 本当にダサいなぁ。

 恥ずかしくなってきた。


「お父さんは人の気持ちがわかんないバカタレなのです!キャロルさんはもっと怒っていいのです!」

「あ、うん」

「ごめんなさいね。嫌な気持ちになったでしょう。あとで言っておくわ。」


 冷静になって俺の自爆だった事がわかり、なんだか同情が辛い。


 フィーラさんはいい人だ。こうやって俺の話をちゃんと聞いてくれる。

 ハピィは…なんでこんな怒ってるのかはわからないけど、はじめは警戒心マックスだった事を考えたら打ち解けたとも言える。

 おかげで少し落ち着いた。


 話もひと段落して、三人でホットココアを飲んでハァ…とため息を吐いた。


 その時、勢いよく家の裏のドアが開いてリーゼが飛び出してきた。


「キャロル!待たせたわね!」


 リーゼは俺のそばまで来てそう言った。

 もやもやが再燃し始めた。


「お姉ちゃん、ライザさんに冒険者の事教えてもらうんじゃ…」

「キャロルがやらないなら私もやらないわ。」

「え…」


 待ってくれよ。それは惨めすぎる。

 だってリーゼ、あれだけベタ褒めされて、満更でもなさそうだったじゃないか。


 俺がついていけないからってリーゼまで巻き込みたくない。

 もう同情はやめてくれよ。

 余計辛いから。


「…勿体無いわよ?あなたなら一流冒険者になれるのに。」


 フィーラさんが言っても、リーゼは首を横に振るばかり。


「一流冒険者なんて、どうでもいいの。」


 どうでもいいって事はないだろ。俺だってなれるもんならなりたいのに。

 俺が望んでも手に入らないモノを、お前は手に入れていながらゴミとして捨てるのか。


 悪気がないのはわかってる。俺の事を大切に思ってくれているのもわかる。

 だからこそ、その純粋さが毒に感じられて、俺は酷く気分が悪くなった。


 自爆して被害者面して、こんな優しい姉に対して勝手に惨めな気持ちになる。

 そんな自分が更に嫌になる。


 なんだか今、ここにいたくない。


「僕、帰りますね」


 帰り道の事は、あまり覚えてない。

 ただ、リーゼが俺の後を追って一緒に帰ってきた事が、やっぱり少し複雑だった。

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