第7話「初めての感情(1)」
次の日。
ここ最近は午前中に村長の家の近くで四人集まって遊んでいたので、その日も以前の丘の上ではなくそっちに集まった。
リィリィもサイファーも、もちろんリーゼも、俺がどうしてしばらく村長宅に居たのかは理解してないみたいだ。
別に興味も無いみたいで、やっと家に帰れたんだ、と言ったらそうなんだ、の一言で終わった。
ちょっとだけ寂しい。
「あ、そうだ。」
四人で集めた椎の実を割っておやつに食べていると、木登りをして上に座っていたリィリィがなにかを思い出したようだ。
「ほうしたのよ。」
スカートが汚れるからと言ってその辺に座るのを嫌がり、立ったままボリボリと実を噛み砕いているリーゼが尋ねた。
リィリィは手に持っている椎の実をポケットに突っ込んで、2メートル以上ある高さを物ともせず、軽く飛び降りる。
獣人て凄い。
「みんな、着いてきて」
そう言ってリィリィは俺らの家とほぼ反対方向向かって歩き出した。
俺とリーゼは頭にはてなマークをつけたままだったが、サイファーが自信なさげに言った。
「あっちはリィリィの家の方向だよ。僕の家も向こうなんだ。」
「てことは…」
「多分、家に呼んでくれてる…んじゃないかなぁ。」
ホント今日は珍しいこともあるもんだ。俺がリィリィやサイファーと知り合ったのはつい数ヶ月前のことだが、結構長い付き合いのリーゼとサイファーもこんなことは初めてだという。
俺が村長宅から帰宅出来たお祝い…なわけないよな。急にどうしたんだろ。
この世界の、少なくともこの辺りに住む人々は日々の生活にそこまでゆとりがあるわけじゃない。
自分で作物を育ててお互い交換する、いわゆる物々交換がメインになっている。
都市部でお金を使うのは間違いないが、その文化が農村にまで行き渡ってない。というか、農村ではお金というシステムがあまり必要無いのだ。
我が家では作物を育てていないので、お金と作物を交換してもらっているのだが、そのお金の使い道があまり無いのが問題だ。
時たまやってくる行商人から物を買うくらいだな。
一、ニ週間に一回お父さんが帰ってくるあたり、街はそう遠くないと思うが、畑の面倒を見なければならない農村の人にとって、そんな時間も余裕もない。だから金なんていらないのだ。
なんせ、家族総出で畑仕事をしている家がほとんどだからな。母親はもちろん、男の子も、大変な時期には女の子も畑仕事を手伝っているのを見ることがある。
そんなわけで、俺らのように、子供が昼間っから外で遊んでいるのを許す家なんてほとんど無いのだ。
だから、他人を自分の家に招くのはこの辺りではなかなか無い珍しいことなのかもしれない。
☆
俺の家から一本木の丘までも結構遠いと思っていたが、リィリィの家も相当遠かった。人があまり居ない、村の中心から離れた場所に、リィリィの家は建っていた。
もしかしたら俺の家よりもデカイかもしれない。丸太をうまく組み合わせたガッシリした家だ。
バンガローのデカイ版といえばわかるだろうか。近くに馬小屋と鶏小屋まである。積み上げられた干し草の上にはシベリアンハスキーのような大型犬が気持ちよさそうに昼寝している。
俺とリーゼはそうでもないが、サイファーはほへぇ、と口が空いたままになっていた。
「おかえりなさぁい」
「ただいま」
「「「お邪魔しまーす…」」」
俺らが家に入るや否や、奥からケモミミの女の人が出迎えてくれた。見た感じ、多分リィリィの母親だ。
びびった。めっちゃ可愛い。
リィリィと違って天真爛漫な犬って感じ。笑顔が自然で、尻尾をブンブンとちぎれそうなくらい振っている。
リィリィと同じく綺麗な茶髪で少し癖っ毛だが、無邪気な笑顔とよく合っていると思う。スカートだしよくわからないが、多分スタイルも良い。
そして何よりも…おっぱいがめちゃデカイ。
「あ、ほ、本日はその…」
「主人から聞いてるわ。今日はよく来てくれたわね。」
慌ててインキャが発動した俺が何か変なことを言おうとしたが、なんとかなった。
あぶねぇ。ちょっと相手を女性として意識するとへんな感じになってしまう。
落ち着け俺。この人は友達の母親。女性としてみるな。
あの人はジャガイモか何かだと思え。よし。
「…キャロル?」
「…う、うん?大丈夫だよ!」
勘がいいリィリィが俺の様子が変な事に気付いて心配している。危ねぇ危ねぇ。
君のママ可愛いからドキドキしちゃったよ、なんて言ったら絶対絶交されるからな。
君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
リィリィの母に連れられて家の中に入ると、家の中央に一本の大黒柱が立っていて、ダイニングテーブル的なものを貫通している。そこに椅子が四つ並べてあった。
「そこの椅子に座って待っててね。直ぐに呼んでくるから。」
そう言うとリィリィ母は外に出て行ってしまった。
…呼んでくるって何のことだ?
「リィリィ…僕何が何だかさっぱりだよ。」
サイファーが困惑した様子で言った。
確かに、ついてこいって言われるまま来たけど、リィリィが何も言わないからわかりづらい。
話の流れからしてリィリィのお父さんの招待だったみたいだけど、理由は不明なままだし。一体何用なんだろ。
リィリィは答えた。
「パパが森で獲物取りすぎちゃったって。だから。」
…パパが獲物取りすぎたから俺たちが呼ばれたと。…てことは、ここに読んだのは俺たちにお裾分けする為って事か。なるほどなぁ。
確か…リィリィのパパって昔冒険者だった脳筋パパだったよな。怖い人じゃなきゃいいけど。
リィリィの答えが全く意味不明だったからか、リーゼが例の如くリィリィにキレた。
「ちょっとリィリィ!わかるように言いなさいよね!わたしぜんっぜんわかんない!」
俺とサイファーはお互い目を合わせる。
わかったよな?もちろんわかったよ。
そういうアイコンタクトだ。
「ね、キャロル!この子に一言言ってあげてよ。意味わかんないって!!」
リィリィが言葉足らずなのは今に始まったことじゃないし。別に今のは分かりづらいってほどじゃなかったぞ。
どうしようかな。
「あーえっと…。その…。」
「キャロル、無理しなくていい。わかってないのロッテだけ。」
「何ですって!!」
リーゼが椅子から立ち上がった時だ。バン!という大きな音を立てて木製の扉が勢いよく開いた。驚いて音の方向を向くと、扉を足で蹴り開いた、巨大な男の姿があった。
うわ…デカイ。俺の想像してたのより一回りも二回りもデカイ男が、家のドアに頭が突っかかるからか、頭を下げて入ってきた。
…これは身長2メートルくらいあるな。
下はぼてっとした作業着を来ていて、上は裸だ。上半身を見て、唖然とした。
何かに似ている…そうだ、髪が逆立った野菜の星の人だ。
デカイというのは何も身長だけの話じゃなく、ボディビルダーの如き筋肉量によって太さもハンパじゃない。
こっちに歩いてくるだけで家がドシンドシンと揺れているかのような錯覚を覚える。
当然リィリィと同じく獣人なので、頭にケモミミが付いているが、そこは意外にも垂れ耳だ。しかしそのギャップを打ち消すかのように、腕や足に生えている灰色の体毛が凄い。
人間の体毛は汚いだけだが、獣人の体毛は毛並みが良い、という感じがしてむしろ男らしい。
リィリィのパパは俺たちの前までやって来て見下ろして来た。かたや2メートルの化け物。かたや1メートル行かないくらいの赤ん坊と、それに毛が生えたような子供。
今からとって食われるんじゃないかと本気で思ったくらいの圧を感じた。
サイファーは勿論、リーゼですら少し怯えている。
彼はその巨大な体格に相応しい、重く低い声で一言発した。
「あ、どうも。わざわざすまんね。こんなとこまで。」
…見た目に反して意外に普通で笑えて来た。
「いえいえ、招いてくださってありがとうこざいます。ご迷惑でなければよいのですが…。」
こちらも適当に挨拶を済ませた。リーゼとサイファーもそれぞれお辞儀をする。
リィリィが立ち上がって何処かへ行ってしまったので、彼女のパパがそこに座った。
さっきまでリィリィが座っていた時には大きな椅子だなぁと思っていたのだが、リィリィパパが座ると小さすぎる。寧ろよく壊れないなと感心する。
パパは後ろ手で頭を掻きながらいやぁ、と笑みを浮かべた。
「キャロル君だったっけ。まだ小さいのに、しっかりしている。」
「僕なんてただの生意気な子供ですから。」
「いや、その年で謙遜するなんて凄い事だ。確か3歳だったっけ?うちにも同い年の女の子が居てね、見習って欲しいもんだよ。」
うーん。あんまり謙遜が過ぎると逆に失礼というか、慇懃無礼な感じになっちゃうから気をつけないとな。
もしかしたら今のはそういう忠告なのかも。しらんけど。
「それで…そちらがロッテさんで、こちらがサイファー君だね?いつもリィリィがご迷惑をお掛けしてます。」
「べ、別に迷惑じゃないわ!」
「…どうも。」
みんなガチガチだ。相手がこんな威圧感ある人じゃ無理もないがな。リーゼに至ってはへんなツンデレみたいになってるし。
リィリィとリィリィママが飲み物を持って来てくれた。木のトレーに湯気が立ちのぼるマグカップが四つ乗っている。
「暖かいミルクセーキよ。遠慮なくどうぞ。」
ミルクセーキか。地味に一度も飲んだことがない。確かミルクに蜂蜜を入れた飲み物だったような気がするが。
飲み物を飲みつつ、リィリィの両親と色々話をした。
リィリィのパパはライザさん。ママはフィーラさん。俺と同い年のリィリィの妹はハピィと言うらしい。
今日家に呼んだのは取りすぎた獲物を渡すためだが、それはあくまで建前で、二人には本当の目的があるらしい。
リィリィの両親は、リィリィの話によく出てくるリーゼに前々から興味を持っていたという。
曰く、8歳で複数の中級魔法を使いこなす天才だ。元有名冒険者からすれば、その才能が如何に非凡なものかは当然理解できる。
「私達はね、あなた程の人財がこの田舎に埋もれているのをほっとけなかったの。」
リーゼに熱い視線を向けながら、リィリィのママ、フィーラが言った。リィリィが若くしてあれほどの身体能力を持つのはこの教育熱心な二人あってのものだと確信する。
なんかうちの母親と同じような目をしてるな、この人。
二人は冒険者ギルドから職員をやってほしいと頼まれているらしいが、今はリィリィと、もう一人の俺と同い年のリィリィの妹、ハピィのために断っているらしい。
その間、リーゼが望むなら、リィリィと一緒に実践的な冒険者としての指導を施してくれると二人は言う。
正直願っても無い話だ。彼らが一体どれほどの人物だったのかは知らないが、実践経験豊富な元冒険者に色々と指導してもらえるなら必ずリーゼの力になるだろう。
断る理由は何一つない。
俺はおめでとう、とリーゼに言おうとした。それなのに…
「いやよ!」
「「「え?」」」
「わたし、そんなのいらない!」
おいおい!なんでだよ!こんな機会滅多に無いぞ!こんなしょーもない村で毎日遊んでるよりずっと有意義だぞ!
なんなら俺だって指導してもらいたいくらいだ。
そこまで考えて、ハッとある考えに至った。
リーゼがこんなにハッキリと断る理由…!
それはきっと…
「わたし、キャロルと一緒がいいの!」
ああ…。やっぱりか。
こんな時でも嬉しいと思ってしまうシスコンの自分が嫌だ。
…でも、よく考えたらこれはチャンスだ。丁度魔法が禁止され、別の道を模索したいと思っていた所だ。もしかしたら俺も、リーゼと一緒ならその道のプロに教えてもらえるかもしれないんだからな。
案の定、二人は目を丸くして驚いている。
「おお…話には聞いていたけど…筋金入りだ。」
「そうみたいね。」
前もってリィリィから極度のブラコンだって話は聞いていたみたいだ。
顔を見合わせたあと、うーん、と二人で唸っている。
なんでそんな悩むかなぁ。
痺れを切らした俺はそのまま提案してみた。
「あの…僕も一緒じゃダメですか?」
しかし、二人の反応は芳しくない。
「うーむ…キャロル君の気持ちは嬉しいんだが…3歳の君ではいくらなんでも厳しいんじゃないかな。」
「ウチの特訓はこう見えて結構厳しいの。」
おお、そういえば俺は3歳だった。確かに3歳で耐えられる訓練なんてあるわけないか…。
正直リィリィについていける気がしないし。
無理に背伸びせずに、ミントさんに教えて貰った方がいいか。
そう諦めかけた時、リーゼが自信満々に言った。
「キャロルならなんだって出来るわ!だって天才だもの!魔法だって勉強だって、できなかった事一度も無いんだから!」
手放しで褒められると流石に居心地が悪いな。勉強が出来るのは転生したおかげだし、魔法が出来るのも悪魔のギフトのおかげだ。全部俺本人の力じゃないから尚の事。
しかし、それを聴いた二人の頭の耳がピクリと動いた。
「天才に天才と言わしめるその才能。一度見てたしかめる必要があるかもしれないな。」
「そうねぇ。ロッテさんの弟なんだから、何か凄い力をもっててもおかしくないわ。」
リーゼの一言で状況が変わったらしい。
とりあえずは様子をみる、という感じで話が決まったみたいだ。
さて、どうなる事やら。
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