第6話「師匠という名の主人公」
俺が悪魔に魅入られていると言われた日から約1ヶ月程経った。
俺は未だに村長の家で暮らしている。一体いつになったら実家に帰れるのかと村長に聞いても、「もうじきじゃ」と言われるだけ。
リーゼやリィリィ、サイファーが遊びにきてくれるので退屈ではないが、この世界に来てからずっと続けていた魔法の練習が出来なくなって、なんだか物足りない。
これから上級魔法だ!というところだったんだけど。
いや、あれだけ止められて無詠唱の練習をするわけには行かないしな。
…不完全燃焼でモヤモヤする。
仕方ないからリーゼやリィリィ、サイファーが来ないうちは洗濯をしたり、村長に色々と教えてもらったりしている。
村長は物知りだ。割となんでも知ってるし、聞けば何でも教えてくれる。特に植物や動物の事、治療については知らない事が無いというほどだ。
昔巫女として働いていた時に治療に携わっていたので覚えたらしい。
「村長、これは何という草なの?」
「ん?それはの、アラバグレンという花じゃな。夏の終わりになるととても綺麗な赤い花が咲くんじゃ。花は染料として使うんじゃが、根はお腹下しの薬として使われる事もある。」
「へぇ」
変な名前だ。色々と教えてはもらっているものの、この世界の名前は中々覚えられない。まぁ、別に花の名前なんて覚えたって意味はないんだけどさ。
それにしても、ここ一週間村長の家に居候させてもらっているわけだが、村長らしい事は何もしていない。
お婆さんらしく朝は恐ろしく早起きで、部屋で何かしてるみたいだが、昼は呑気にお茶をずるずる啜ったり、気まぐれで掃き掃除をしてみたりと気ままに過ごしている。
そんでもって、夜は陽が落ちると直ぐに寝てしまう。
普通のお婆さんだけど、一応これでみんなから慕われる村長らしい。
「ねぇ、村長って暇なの?」
「なんじゃ急に。」
「いや、あんまり村長らしい事しないなって思って。」
「失礼な奴じゃの」
村長はわざとらしくため息をついた。
どうしてかはわからないが、村長に対しては割とオープンに、自然体で会話出来る。
俺はある意味家族にも自然体じゃない姿を見せてきたので、今凄く楽だ。
思ったことをすぐに聞けるってもいい。
「キャロル、お前さんの思う村長は普通何をするんじゃ?」
「え?んー例えば…税の取立てとか…領主へのゴマスリとか…?」
「どうして既にそんなイメージ持っとるんじゃ…全く…」
「違うの?」
「あながち間違いでもないのう。ワタシはそういうのは好かんが。」
「村長は村長って言うより、隠居した人って感じだもんね。」
「…お前さん全然可愛げないのう。」
いつも通り森の浅いところで村長と植物の種類を教えて貰いながら、そんなどうでもいい事を話している昼下がりだった。
村の広場のある方がなんだか騒がしい事に気がついた。
村長の家と村の広場はそこまで離れているわけではないが、ここは静かな森の中だ。
ここまで聞こえて来ると言うことは広場は相当騒がしい事になっているのは容易に想像できる。
俺がどうしたのかと思って村長の方を向くと、村長は俺の頭をわしゃわしゃと撫でながら、広場の方に視線を向けながら嬉しそうに言った。
「やあっと来おったか。あの阿呆が。」
どうやら何か知っているらしい村長の後に続いて、森を出て広場の方へ付いて行った。
広場の喧騒が大きくなり、その規模に改めて驚かされた。
この田舎村でここまでの賑わいを見せるのは春と秋に行われる年二回のお祭りの時くらいだ。
広場には、農作業の途中だろうか、泥にまみれたおじさん達が集まっている。
と思いきやそれは外側だけで、中心を取り巻いて黄色い声を上げているのはほぼ全員が女の人だった。
小学生くらいのちびっこから、下手したら村長と同じくらいのお婆さんまで、みんながみんなウットリとした表情を浮かべている。
対して男達は皆少しむすっとした顔をしながらも、特にそれを咎めようとする様子はない。
一体中心に何があるんだろう。
それなりに気にはなったが、この人混みを掻き分けていくような力は3歳のこの体には無い。怪我をしない為にも、ここは一時撤退して遠くから様子を見よう。
そう思って俺は、ズンズンと喧騒へ近づいていく村長から離れて隅の方へ移動しようとした。
そうしたら…
「キャロル、お前さんも来るんだよ。」
と一瞥もされていないのにもかかわらず呼び止められた。
おっそろしいな…。後ろにも目がついているんじゃなかろうか。
俺は仕方なく村長の後ろについて行った。
「お前さんら、道を開けておくれ!」
村長の歳の割にハリのある声が響く。
その声に気がついた村人達は次々にその場を退却し、モーセの伝説のように人混みが左右に割れていった。
よく統制されているなぁ、と感心しながら、俺は村長の後に続く。
「その声は、村長さんですね。」
男にしては少し高い、美しくかつ繊細な声。
村の広場の中心に居たのは1人の青年だった。
まるで乙女ゲームからそのまま飛び出してきましたと言わんばかりの圧倒的な美形。少し癖のある髪の毛は金色に輝いており、知的で凛々しい顔出しにもかかわらず柔和な笑みが少年のような人懐っこさを残していた。
スラっとした細身な体系で身長が他の男より頭ひとつ抜けて高く、立っているだけなのに何処か気風が感じられた。
服装は完全に貴族のそれで、肩パッドの入ったパリッとした軍服ベースの式服には所々にふんだんに宝石が散りばめられているのが嫌でも目に入る。
白い手袋には指5本ともに宝石をあしらった指輪がはまっていて、正直言って悪趣味な成金のように感じるかと思いきや、持ち前の気風からなのかあまりいやらしさを感じない。
おそらく、白馬の王子様ってのがいるんだとしたらこの人の事をいうのだろう。
俺は自然とそう思った。
「ミント。久しぶりじゃの。」
村長が白馬の王子様に声をかけた。名前はミントというらしい。
村長の声には隠しきれない喜びの感情が含まれているのがわかった。
「お久しぶりです、村長さん。このミント・メモリア、村長さんの頼みとあればいつでも駆けつけますよ。」
「…長旅で疲れたじゃろう?ワタシの家でゆっくり休むといい。」
「それはありがたい。何せ3日間ろくに休憩をとっておりませんから。」
お、村長の家に来るのか。
ええーと周囲の残念そうな声が一斉に漏れ出す中、王子様は人の良さそうなスマイルを振り撒いて言った。
「私はこれからしばらく村長さんの家にお世話になる予定ですので、何か困ったことや御用などがありましたら気兼ねなく尋ねて来てくださいね。」
女性陣が一斉に首が千切れるほどに首肯したのは見ていて正直恐ろしかったが、まぁ、あれ程の男が現れたら無理もないのかもしれない。
「ふぅ、疲れたー」
「これミント、いい服がシワになるじゃろう。横になるのは着替えてからにせい。」
村長の家に入った途端、白馬の王子様ことミントさんはその辺の木の床にゴロンと横になった。村長はそんなミントさんをやんわりと嗜める。
まるで親子のようだ。
「ばーちゃん、突然呼び出したと思ったら至急とか言って休み無し強行はいくらなんでも人使い荒いよ。」
「若いんじゃからそれくらいしてもバチは当たらんわい」
…なんか、さっきと全然雰囲気違うな。
王子様ってイメージがガラガラと音を立てて崩れるのを幻視した。
村長さん、とか言って優しく微笑んでたのに今はばーちゃん呼ばわりだし、口調も普通の若者のそれだ。
ミントさんは仰向けからゴロンと半回転し、俺に視線を向けてきた。
「そんで、わざわざ僕を呼び出したのは、そこの子供のお守りってわけ?」
「うむ。話が早くて助かるわい。しばらくの間、お前さんにその子の教育係をしてほしいと思っての。」
「教育…ねぇ。ほーん。」
形良い眉が寄せられ、見定めるような視線が俺に刺さった。
くっ。男でも惚れてしまう程イケメンだ。
「君、名前は。」
「僕はキャロルと言います。教育の話は僕も初耳ですが、どうかよろしくお願いします。」
「…へぇ、なるほどねぇ。だいたいわかったよ。」
ミントさんはうんうんとうなづく。何がわかったんだろう。俺にはさっぱりなんだが。
「キャロル、今日からミントがお前の教育係じゃからな。何か知りたいことがあったらミントに聞くんじゃよ。」
「あ、はい。」
「詳しい話はまた明日にするからの。顔合わせも済んだ事だし、キャロルは一度家に帰って、久しぶりに家族に顔を見せておやり。」
そんな感じで俺は突然教育係なるものをつけられ、一か月ぶりに家に帰れる事になった。
「それじゃ改めて。僕はミント・メモリア。これから君に何か色々と教える事になる。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
一人で帰れると言ったのだが、送っていくよ、とミントさんは譲らなかった。なんでも、ウチの親に挨拶がしたいらしい。
「ところでミントさん、色々って事ですけど…具体的には何を教えてくれるのですか?」
俺が気になっている事を尋ねると、ミントさんは首の後ろをポリポリと掻きながら苦笑いした。
「実はね…ばあちゃんが勝手に言い出した事で、僕も何にも聞いてないんだ。でもまぁ、多分、剣とか礼儀作法とかだと思うよ。」
「剣や礼儀ですか…。魔法は…ないですよね…」
俺が使っている魔法は悪魔のギフトによるところが大きい。それ故に魔法の練習は危険として村長からは止められていた。
「魔法か。どうだろうなぁ。あれは才能が結構ものをいうからなぁ。」
この反応、もしかしてミントさんは俺が悪魔に魅入られている事を知らないのだろうか。
「ま、聞きたい事はなんでも遠慮なく聞いていい。
僕は本職は錬金術師だけど、剣も魔法も、その他諸々なんでも出来る、万能な男だからね。」
ミントさんはそう自信満々に語った。
「そうそう。君が知りたいなら、どうやったら女の子にモテるのかも教えてあげるぞ。教育係としてな!」
ハッハッハ、と高らかに笑うミントさん。
謙虚な白馬の王子様かと思いきや、その実かなりの自信家らしい。
まぁ、他人を見下す嫌味な感じがしないし、教育係としては優秀な人がついてくれてありがたい限りだ。
「ただいまぁ…」
「キャロル!!」
一か月ぶりの帰省だ。別にそのくらい大したことではないのだが、俺が実家に帰ると、お母さんが出迎えてくれた。
俺の姿を見るや否や凄い勢いでハグされた。
「おかえりなさい。辛かったでしょう。ママは何があっても、キャロルの味方だからね?」
んん?なんか凄い気を使われてる?
お母さんの胸に抱かれながら、しまいにはすすり泣く声まで聞こえて来て、俺はその空気感に圧倒されていた。
多分悪魔云々の話が伝わってるんだな。
辛かったでしょうと言われても…正直そんなに実感はないんけど。
俺がしばらくお母さんに抱きしめられていると、様子を見に来たお父さんとリーゼが俺の姿を発見した。
「キャロル!!おかえり!」
リーゼがお母さんに抱かれた俺に抱きついて来た。いや、お前は毎日会いに来てたじゃん…。
そう思いながらもやっぱり俺はシスコンのようで、嬉しくてどこか温かい気持ちになった。
お父さんは俺の後ろに立っているミントさんに気がついたようで、少し慌てている。
「これはこれは、もしやウチの息子を送ってくださったのですか?」
「キャロル君のご両親に挨拶をしようと思ってまして。そのついでですから、お気になさらず。」
お父さんが誰かと話をしているのを聞いて、お母さんとリーゼがやっとミントさんを認識した。
リーゼはこの人誰?という具合にコテンと首を傾げている。
一方でお母さんは、涙を流していたところをバッチリ見られていたので赤面した。
…ミントさんがイケメン王子風だから赤面したわけではないと思いたい。
「見苦しい所をお見せ致しました。大したお構いも出来ませんが、どうぞ中へ。」
「見苦しいだなんてとんでもない。素晴らしい家族愛だと思いますよ。」
ミントさんはすぐに帰りますから、と中に入るのを遠慮した。
そしてその場で、村長から俺の教育係として指名されて街からやって来た事を説明した。
お父さんもお母さんもありがとうございます、と言って何度も頭を下げている。
なんでこんなにかしこまってるのかわからないけど…俺も一応頭を下げておいた。
「それでは、僕はここらで失礼しますね。キャロル君、明日夕方の鐘が鳴る頃にまた来ます。」
「あ、はい。」
魔法が出来なくなるなら、何が別の生きがいを探さないといけない。この人が色々と教えてくれるというのは渡りに船だ。
これを機に剣や礼儀、錬金術に手を出してみるというのもありかもしれない。
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