第5話「悪魔の存在」

 友達が出来た。ジト目かわいい獣人のリィリィと、見た目貧相な苦労人のサイファーの二人だ。

 あれから雨の日以外は毎日のように外に遊びに行くのだが、リーゼとリィリィは二回に一回は喧嘩をする。

 俺も初めは止めていたのだが、無駄だという事が最近わかってきた。今では二人の喧嘩中にサイファーと二人で世間話をするくらいには慣れてきた。


 サイファーの家は貧乏みたいだ。日本で言うところの母子家庭育ちで、しかも親の収入が不安定なようだった。

 少し歳の割に大人びているのは、きっと甘えることができないからなのだろう。


 対して、リィリィの家は結構裕福だ。聞くところによると、リィリィの父親はかなり有名な冒険者だったらしい。

 きっと稼ぎは相当なものだったのだろう。

 今は家庭を持って引退したようだが、毎日リィリィと鍛錬している脳筋なんだそうだ。

 たしかに、リィリィは異常に強い。魔法とかを使っているわけではないと思うのだが、動きがやたらと早く、綺麗で無駄がない。

 有名な冒険者に毎日鍛えられていたとしても、俺はあんな風にはならない。きっと彼女の才能か、若くは種族的なものも関係しているのかもしれない。


 リーゼは相変わらずリィリィと喧嘩してばかりだ。

 リーゼはおてんば娘だが、意外にもお花詰みをして花飾りを作るのが好きという年頃の女の子っぽい趣味もある。

 それに付き合わされるのは決まってサイファーか俺。

 リィリィはその邪魔をしてリーゼを怒らせて楽しんでいる。

 今日だって…


 小一時間かけて作った黄色い花の髪飾りを頭に乗せて、リーゼはご機嫌だった。


「ねぇキャロル、みてみて!キレイでしょっ!」

「うん。綺麗。お姉ちゃんの服によく会ってるよ。」

「やだ、もう…!キャロル大好き!」


 家も外も関係なく抱きついてくるリーゼ。

 リーゼは俺より身長がだいぶ大きい。従って、リーゼの胸元が俺の顔に押し付けられる。

 おうふ。ついついへんな声が出そうになるが、俺は勤めて冷静に分析した。


 硬い。女性の胸というよりむしろ胸骨の感触に近い。しかしなんともいい匂いがするのが非常に良いですな。

 期待を込めて星5で。


 俺は嬉しい気持ちを押し殺して注意する。


「お姉ちゃん、やめてよ。恥ずかしいよ…」

「なんでよ。いつものことでしょ?」


 ふむ。まぁリーゼが恥ずかしくないなら俺はそれでいいのだが。

 しかし、こんなことしてるとそろそろ…。


「こら。万年発情期。」

「きゃ!何よ!」


 案の定、リィリィがリーゼの花飾りをするりと取り上げる。

 リィリィは獣人だ。獣人は成長が人間より早く、したがって身長もリィリィの方がだいぶ大きい。


 俺の身長を1メートル弱とすると、リーゼの身長は120くらい。リィリィはすでに140を超えている。


 リィリィは花飾りを持った手を上に上げてブラブラしている。リーゼはぴょんぴょんジャンプして取り返そうとしているが、動きの速さがまるで違うので取り返そうにも望み薄だ。

 これは所謂、ジャイ◯ンに道具を取り上げられるの◯太の図。


「かえして!わたしの花飾り!」

「発情犬にはもったいない。わたしがもらう。」


 そういうと、リィリィは髪飾りを頭に乗っけた。

 おお、リーゼも似合ってたけど、リィリィにもぴったりだ。


 今日のリーゼは青いワンピースに白いフリルのエプロン。目の色と同じワンピースで彼女のお気に入りなんだが、そこに黄色い花飾りが加わって瑞々しい華やかさを感じた。

 リィリィは動きやすい青のショートパンツに白いノースリーブ。お洒落もへったくれもない服装だが、天然の綺麗な茶髪に黄色い花が合わさって無垢な純粋さが際立つ。これはこれでアリかも。


「何いってるかわかんない!早くかえして!全然似合ってないわ!」

「そんなことない。キャロルの視線はわたしに釘づけ。」

「ちょっと!キャロル!?何みてるのよ!」


 ぐぬぬ、と悔しそうな顔を隠しもしないリーゼ。リィリィもドヤ顔をこれでもかと見せつけていく。

 これは…いよいよだな。


 俺は睨み合う二人からそっと離れ、少し遠くで虫を追いかけて遊んでいるサイファーと合流した。


「…はじまった?」

「うん。」

「じゃ、一緒にあそぼ。」

「うん。そうしよ。」


 その後は暗くなるまでサイファーと二人で昆虫採取に勤しんだ。


 ☆


「キャロルったらひどいわ!」

「ごめんね。でもお姉ちゃんの方が断然可愛かったよ。」

「!?な…ならいいのよ!!」


 結局暗くなるまで追いかけっこをしていたリーゼが、帰り道に俺に不満をぶつけてきた。そんな時はちょっと煽ててあげれば楽勝だ。一発で機嫌良くなる。

 …チョロすぎてお兄ちゃん心配だぞ。


 かなり長い帰り道も、毎日歩いていると慣れてくる。こんなに長い距離を毎日歩いている3歳児は多分俺くらいだろうな。

 …いや、俺が知らないだけで意外と田舎ではあるあるなのかもしれないが。


 ともかく、家に着いた頃には外は真っ暗。リーゼはあちこち転んで泥だらけ、俺は虫捕りの最中に草で切ったのか、たくし上げた腕から薄く血が出ていた。


「「ただいま!!」」

「あら、おかえりなさい。」

「おかえり。」


 お、珍しくお父さんの声がする。

 リーゼはお父さんが帰ってくる=新しい服という考えが染みついているのか、泥だらけの服のまま、家の中へ入っていこうとした。


「パパ!!」

「リーゼ!先に汚れを落としてからよ!…キャロルもね。」

「はぁーい。」

「うん。」


 お母さんの声に渋々従うリーゼ。今日は珍しく俺も一緒だ。

 この家ではお風呂に入る習慣がある。お母さんが水魔法で風呂を満たして、火で湯を沸かすのだ。

 日本よりも水は少ないし、湯もちょっとぬるいけど、こんな片田舎でもお風呂に入れるってことに感謝すべきなんだと思う。




 二人でお風呂に入ってさっぱりした。リーゼはまだ8歳。弟と一緒にお風呂に入るのを恥ずかしがる年ではない。だいたい、俺はまだ3歳だ。3歳の子供なんてお母さんと一緒に女湯に入るのが普通だ。

 俺もリーゼと一緒にお風呂に入ることに特に抵抗は無い。仮につい色々な事を考えて、俺の可愛いチワワがチンチンしても、リーゼにはどういう意味かわからないしな。

 チワワがライオンになるまでは一緒にはいれると思う。

 お母さんとお風呂に入るのには流石にちょっと抵抗がある。いくらチワワでも奮い立ったらダックスフンドになるし。そうなったらやっぱり俺が気まずい。


 リビングの椅子に座ると、お母さんがタオルでわしゃわしゃと頭を拭いてくれた。

 されるがままの俺を、リーゼはニコニコしながら見ている。

 リーゼはホント変わった。

 この世界に来たばかりの時は恨めしそうな視線を向けてきてたはずだ。


 俺の後はリーゼ。リーゼの髪はセミロングなので、俺より丁寧に、櫛で梳かしながら時間をかけてやっている。女の子の髪だからな。わしゃわしゃするわけにはいかない。

 お風呂上がりのリーゼの髪は、天然の鮮やかな金色に艶が出て、大袈裟じゃなく宝石みたいだ。

 日本でもシャンプーのCMで、綺麗なモデルや芸能人を使ってハリだのツヤだの言ってるが、リーゼには誰も敵わないだろう。


 特にすることもないのでボーッと二人の様子を見ていると、お父さんが話しかけてきた。


「キャロル。最近どうだ。」


 はい出た!話題に困った時に苦しまぎれに出てくる返しに困る質問、最近どうだ。

 3歳児の我が子にかける質問じゃない事を理解してほしいね。

 ま、俺は実年齢20弱なんでいいんですがね。


「最近?…ぼくにも友達が出来たよ。」

「友達か…いいじゃないか。父さんも小さい頃は友達と外で遊び回っていた。流石に3歳の時はわからんが…。」


 しかしな、とお父さんは続けた。なんだ?何か大切な話が始まるのか?


「キャロルはそろそろ勉強を始めた方がいいと思うんだ。」

「勉強…?」


 なんだ…そんなことか。勉強なんてする必要は無い。魔法の勉強は自分でやってるし、計算も読み書きも当然余裕だ。

 …勉強する必要があるとすれば、この世界の歴史とか、生物学、魔法についてだな。


「なんの勉強をするの?」

「そうだな。キャロルは、父さんが何の仕事をしてるか、知ってるか?」

「多分だけど…お店やさん…?」


 お父さんの目が少し見開く。

 その反応を見る限りどうやら正解のようだ。


「母さんから聞いたか。その通り、父さんは近くの街で店を開いている。」

「街で?」

「そう。街だ。キャロルは見たことが無いと思うが、街は凄いぞ。こことは比べ物にならないくらい人で溢れていて、活気がある。」


 街に店を持ってるのか。ってことは、お父さんは現代でいうと小さい企業の社長って感じか。

 道理でいい服ばかり買ってくると思った。


「…キャロルにはな、いつか父さんの店を継いでほしいと思ってたんだ。」

「え…?」


 マジ?店継ぐの?俺が?

 色々と感想はあるが、まず一番最初に出てくるのは「めんどくさそう」だった。

 それに商人じゃせっかくの魔法のギフトが無駄になってしまう。まさに豚に真珠だ。

 せっかく異世界に転生したんだし、俺は将来魔法を使う職に就きたい。

 そして俺TUEEEEEがしたい。

 どうしよう。どうやって断ろう。


 俺が黙っていると、髪を乾かし終わったリーゼとお母さんがやって来た。


「あなた。キャロルを後継にする話は…」

「わかっているよ、これはただの確認さ。」

「…?むずかしい話?」


 リーゼがコテンと首を傾げている。

 8歳でこれなんだから、3歳じゃわかるわけない。

 その辺も俺のせいでお父さんお母さんの感覚が麻痺っているみたいだけど。


「ともかく、キャロル。お前には2通りの選択がある。俺の後継になるか、ならないかだ。

 簡単に言うと、お店やさんになりたいか、なりたくないかだな。」

「僕、なりたくない」


 即答した。選択させてくれるのはありがたい。問答無用で後継にすると言われたらいつ家を抜け出すか考えなきゃならなかった。

 俺が即答すると、お父さんはものすごく複雑そうな顔をして笑った。


「…わかった。

 キャロル、お前が魔法に興味を持ってるのは知っている。お前にはそっちの才能があるのかもしれん。後継の事は気にせず、お前のやりたい事をやれ。」

「パパ…」

「父さんな、こう見えてお金だけはあるんだ。キャロルが望むなら先生もつけてやるからな。」


 なんていい親なんだ…。まさかこんなにも理解してくれるとは思いもしなかった。

 流石、これだけの美人を捕まえられる男は甲斐性が違う。

 よぉし、そこまで言うならもう自重はしないぜ。


「パパ、ぼく、今すぐに魔法の先生欲しい!」


 元気よくそういうと、お父さんは少し引き気味にお、おう、と言った。


 ☆


 次の日…


「やぁーだ!やーだ!」

「お、落ち着け、リーゼ。午後はキャロルも空いてるから…。」

「やー!!午前中はキャロルと魔法やるの!ぜったいなの!」


 俺は今日、村長の所へ連れて行かれるらしい。

 偶々昨日俺の様子を見せにこいと村長に言われていたらしく、ついでに魔法の先生も村長に手配してもらえたら…と両親が話しているのを聞いた。


 …しかし、それによって俺との魔法レッスンが出来ないと知ったリーゼがこうして駄々を捏ねている、というわけだ。

 こうなるとリーゼはなかなか止まらないぞ。

 どうする、我が父よ。


「リーゼ…。あんまりワガママ言うと…父さん困るんだが…。」

「ふん!」


 おお、強いなリーゼ。お母さんならこういう時ビシッと言って聞かせるんだが、お父さんは可愛い娘に嫌われたくないのかこういう展開にめっぽう弱い。強く言えずにあたふたしている。流石にちょっと可哀想になってきた。

 …仕方ないな。少し助けてやるか。


「お姉ちゃんも一緒にくる?」

「リ、リーゼもくるのか?」


 何故か驚いているお父さん。

 俺が提案すると、リーゼは膨れっ面をクルッとこっちに向けた。可愛い。フニフニしたい。


「…キャロルと…いっしょ?」

「うん。一緒にいこ、お姉ちゃん。」


 俺の一言で、リーゼは陥落した。元気良く「いく!」と答えると、俺の隣に来てお父さんに対峙した。


「あ、あはは。リーゼも一緒かぁ…。予想外だが…まぁいいか。」


 お父さんは乾いた笑いを浮かべながらも気合を入れ直しているようだ。

 8歳って言ったら大体小学校2年生くらいだし、まだまだ手のかかる時期だもんな。


 ☆


 お父さんとリーゼ、2人の真ん中で歩く。

 リーゼはズンズンと進んでいくが、お父さんは俺の歩幅に合わせてゆっくり進んでくれる。

 こういうとこやぞ、リーゼ。なんて8歳に言っても仕方ないけど。


「パパ、ソンチョーってどんな人?」


 先を走っていたリーゼがくるっと振り返り、無邪気に尋ねる。


「村長さんはこの村で1番偉い人だ。優しくて、皆に信頼されている。

 ああ、そうそう、キャロルの名前をつけてくれたのも村長さんなんだよ。神の祝福が得られる名前なんだとか。」


 へぇ、村長さん、俺の名前をつけてくれたのか。見たことないし知らない人だけど、まぁお父さんがこう言うんだし人格者なんだろうな。


 ふーん、とリーゼは興味なさげに返事をした。この様子じゃああんまりわかってないな。お父さんは子供には少し難しい単語を使うからなぁ。たぶん信頼とか祝福とか言われてもピンとこないんだろう。


 いつもみんなで集まる丘から少しそれた所に、円形になっている村の中心のような場所がある。祭りの時、何度か見たことがある。いわゆる中央広場って奴だ。


 そこから更に森の側へと歩いていくと、少し他の家から離れた位置に一軒の木造の家が建っていた。


「ここだ。」


 他の家より作りは結構しっかりしている。木を組み合わせただけの雑な家ではなくて、日本で言うところの合掌造りのような見た目をしていた。

 これが村長の家らしい。


「ごめんください!」


 俺達が入り口で待っていると、中から腰の曲がったお婆さんが出てきた。見た感じ70いくか行かないかくらい。

 この人がこの村の村長か。

 目つきが鋭く、歳の割にギラギラしているが、嫌な感じではない。

 俺達家族をジロリと一望すると、俺の所で彼女の視線が止まった。

 元々細い目がより細くなり、どこか訝しむような含みを持って舐め回すように俺を見た。


「ガイウス、中に入りな。」


 お婆さんはそう呟いて奥へ入っていった。

 ガイウス?もしかしてお父さんの名前か。

 はい、という返事をお父さんが返したことで確信する。

 三年経ってようやく父親の名前がわかったな。あとはお母さんの名前だけだ。


 三人で奥へ入っていく。

 寺の床のように、歩くとギーギーと木の軋む音がする。窓が少ないからか、昼間なのに割と暗い。


 奥の少し広い部屋には、腰を下ろしたお婆さんが囲炉裏を介して俺たちを待っていた。その周りに座る。


「あの、うちのキャロルを連れてこいとの事でしたが…」


 お父さんが心配そうに問いかけた。


「ああ、そうだね…」


 村長の硬く結んで梅干しのようになっている口はそう一言だけ発して再び閉じてしまう。その雰囲気は重く、何か良くない話をする臭いがプンプンして来た。


「あの…どう言った要件で?」


 暫くなんの返答もないので、痺れを切らしたお父さんが再び問いかけた。すると、言いにくい事じゃが…という前置きをして渋々といった感じで話し始めた。


「お前さんの子、キャロルはな…悪魔に魅入られておる。」


 ギクッ

 心当たりがありすぎる。

 悪魔って言ったら、ついこの前夢の中に出てきたあいつの事じゃないか。

 なんでわかったんだろ。いやそんな事を気にする以前に、お父さんの取り乱しようが普通ではなかった。


「あ、悪魔に…いやそんなハズは…いや、しかし…」

「…パパ、どうしたの?」


 お父さんも困惑している。

 リーゼは…なんだかよくわかってなさそうだ。


「心当たりが…あるんじゃな?」

「い、いえ!!ありません!!キャロルは普通の子です!!」


 お父さんが本当に商人か?と疑うほどに動揺している。

 お父さんがポンコツなのか、それともそれほどまでに悪魔ってのがヤバイ存在なのか…。


「ガイウス。本当の事を言うのじゃ。隠して居れば、いずれ取り返しのつかん事になる。今ならきっと間に合う。悪いようにはせん…ワタシに任せるのじゃ。」


「………はい」


 お父さんは少し逡巡した後、俺が異常なまでに頭がいい事、教えてもいないのに既に魔法が使える事をポツポツと村長に語った。

 あれ、俺が魔法使えてるの親にバレてたんだなぁ。


「ふむ…よく話してくれたの。任せておけ。」


 力なく肩を落とすお父さんの様子を眺めながら、ボンヤリと思う。

 悪魔ってのは関わっちゃいけない存在なんだな、と。




 村長は昔巫女として結構有名だったらしい。その巫女さんが、悪魔はヤバイって散々言うんだから、よっぽど関わっちゃダメな奴なんだろう。

 俺が悪魔と関わってるのも、巫女特有の魔法か何かで察知したのかもな。


 俺は村長に色々と聞かれて、それに対して割と本当のことを答えた。

 一度だけ、夢の中で悪魔にあって話をした事があると言うと、村長は目を丸くして、少し焦ったようにお父さんに言った。


 曰く、俺を暫く村長の家で預かるらしい。


 何がなんだかわからないまま、俺は村長の家に残る事になった。

 リーゼも一緒に残りたがったが、村長は毅然とした態度で決して首を縦に振らなかった。




 いつのまにか日差しは柔らかな橙に変わり、俺と村長の影が長く伸びる。

 もう夕方か。

 村長は俺に正対して、真剣な眼差しで俺を見た。


「さてキャロル。お前さんはちっとばかし大変な運命を背負って生きていかなきゃならんみたいだね。」


 そうなんだろうか。正直あまり実感は無い。悪魔はそんなに悪い奴には見えなかったし、何より俺にギフトを与えてくれている。俺が無詠唱魔法が使えるのは悪魔のおかげだ。

 …多分、それ自体が罠なんだろうなぁ。


「…そうみたいですね。」


 俺に少し迷いがあるのが伝わったんだろう。村長は俺の頭を優しく撫でた。しわくちゃの顔は、微笑むと更にしわくちゃになった。

 その手つきに、お母さんのような暖かさを感じた。


「いいかい?これからワタシが話す事をよーく聞くんだよ?決して、決して忘れてはいけない。」




 村長は詠唱をして、燭台の蝋燭に火をつけた。

 あれは初級魔法のファイヤだ。ファイヤボールやファイヤアローとして攻撃魔法として使われる事が多い。

 ちなみに俺が無詠唱で出来る魔法は中級魔法まで。このファイヤも当然余裕で無詠唱が出来る。それも悪魔が俺に与えたギフトだという話だ。


「お前さんが夢の中で話をした悪魔、そいつは恐ろしく狡猾で残酷だ。絶対に耳を傾けてはいけない。耳を傾けたが最後、お前さんの1番大切なモノを奪い去る。」


 1番大切なもの?


「それは…何?」


 つい反射的に尋ねてしまう。


「さあね。本当に大切なものは無くなってからわかるもんさね。」


 おお、深い。どっかで聞いたようなセリフ。だけど、どこか言葉に重みがある。


「お前さんはいずれ、悪魔の力を使えるようになるだろう。でもね、それをみだりに使ってはいけないよ。」


 ギクッ。俺の顔は勝手に強張った。

 悪魔の力…?それってもしかして、ギフトの事か?無詠唱を使ってはいけなかったのか?


「…どうしてですか?」


 ゴクリ、と俺が唾を飲み込む音がやたら大きく聞こえる。


「その力を使い続ければ、やがて、その力が無くては生きていけなくなってしまうからさ。」


 その力に依存してしまうという事だろうか?確かに、俺は既に無詠唱魔法を手放したく無いと感じている。しかしこれに依存してしまうと、それこそ悪魔に魂を売る事になる、と。

 いいかい、と村長は念を押した。


「お前さんが今後普通の生活をする為に守らなきゃいけない約束は二つだ。

 一つ、悪魔の言う事に耳を傾けないこと。

 二つ、悪魔の力は決して使わないこと。

 今ここで、これらを守ると約束しとくれ。」


 村長は俺のためを思って言ってくれているのがわかる。俺にとっては初対面だが、特に疑う気持ちは湧かない。少なくともあの胡散臭い悪魔よりは信用出来そうだ。


 俺はこれを承諾した。

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