第3話「同郷の転生者」

 3歳になった。


 流石に三年もこの家で生活していると、一緒に暮らしている3人も他人というより家族って感覚が馴染んできた。

 今は親しみを込めてママ、パパ、お姉ちゃんと呼んでいる。


 この村での我が家の立ち位置みたいなのもわかってきた。

 ウチは村の中では結構裕福な感じで、お父さんは農業ではなく、隣町で商人をやっているみたいだ。

 基本的にはその街に住んでて、週に一回くらい家に帰ってくる単身赴任方式。


 そうそう。

 お父さんは家に帰ってくる時、ご機嫌取りか何か知らないが、必ず最近の流行りの服をお土産に買ってくる。

 お母さんもリーゼもそれを楽しみにしていて、二人してお父さんに抱きついているのをよく見る。

 お母さんの服もリーゼの服も、見た感じ結構豪華で村人が着るような感じじゃない。

 そこからもかなりの甲斐性があるんだとわかる。


 ちなみに、村人の多くは泥で汚れた繊維ゴワゴワのヨレヨレワンピースみたいなものを着ている。

 レースとフリルの付いた服なんて着てるのはお母さんとリーゼくらいのもので、正直ウチは結構浮いている。


 俺が普段着ている服はというと、流石にフリルやらレースやらは付いてないが、中々いい生地を使っているのはわかる。

 多分側から見て少し品のいいおぼっちゃまみたいな感じに思われているんだろう。


 甲斐性って話ついでで言うと、こんな話もある。

 その辺の村人は、お父さんだけじゃなく、奥さんも、なんなら子供も外で働くのが普通だ。

 対してウチのお母さんと来たら、庭の木や花の手入れをするくらいで、外で汗水垂らして働いているのは一度も見た事がない。

 家の中でリーゼと俺の服の仕立て直しをしたりと、動かない作業は結構やってくれてるみたいだけど。

 その辺を考慮しても、多分働かなくてもいいくらいの稼ぎがあるのだ。


 閑話休題。

 家族関係は良好だし。特に何も悩みも無い毎日を過ごしている。


 …いや、問題が一つあった。

 お姉ちゃん、リーゼが、あの日から極度のブラコンに進化?してしまった事だ。

 いつでもどこでも俺と絡みたがるし、平然と「キャロルは私と結婚するの!」と口癖のように語る残念な子になってしまった。

 もう8歳になると言うのに…。

 お母さんは、それを聞いても、あらあら、と笑うばかりで特に何か言うつもりは無いようだ。

 お母さんがそんなだから、あんな子になってしまったんだがなぁ、と責任転嫁してみる。


 まぁ、俺も俺で、リーゼに絡まれてどこか喜んでいる節があるので多分シスコンなんだと思う。

 将来リーゼが別の男と結婚するって考えたら…居ても経っても居られないしな。


 仕方ない。

 リーゼは身内びいき無しで本当に可愛い。

 実の姉とは言え、そんな可愛い女の子から純粋な好意を向けられたら、誰だって陥落するだろうさ。


 魔法の方だが、こっちも結構順調だ。

 リーゼがいつでもどこでも俺にくっついて来るから、最近は一緒に魔法の練習をしている。

 俺が魔法を使うと手を叩いて喜んでくれるので、ついカッコつけて「僕が教えてあげる」とか言ってしまったのだ。


 別に隠すつもりは無いからバレてもいいんだけど、あまり年齢と乖離した行動を取るとシンプルにキモいだろうから、ちょっと注意はしてる。

 それもあって、多分両親は俺が魔法バリバリ使えるのは知らないと思う。

 魔法の練習だって、俺とリーゼが仲良く遊んでいるくらいにしか思ってないはずだ。


 魔法を勉強し始めて結構になるけれど、あの日から俺もかなり上達した。

 魔力は毎日枯渇寸前まで鍛えてるし、魔法も中級までは全属性無詠唱で放てるようになった。


 お母さんに物語の本を読んでもらう事があるのだが、その手の主人公は決まって何か特別な力を持っている。

 そういう特殊な人は現実にも存在していて、一般的に"ギフト持ち"と呼ばれているらしい。

 ギフト持ちってのはホントにまれで、同時代に10人いるかいないか、くらいらしい。

 ギフト持ちは良くも悪くも、必ずと言っていいほど歴史の表舞台に出て活躍するんだとか。

 実際読んでもらった本も、伝説のギフト持ちを主人公にして書かれたものらしい。


 なんでこんな話をしてるかというと、その物語の中に、ギフト持ちとして出てきたのだ。

 全属性を無詠唱で放てる魔法使いが。

 物語に出てきた人は上級魔法まで無詠唱で使いこなしてたけど、このままいけば俺もそうなれる気がする。

 その物語の魔法使いはエレメントマスターと呼ばれていた。

 カッコいいよな。憧れる。


 人並みに魔法が使えるのは別にいいけど、流石にエレメントマスターの片鱗を見せびらかすのはなにかと不味いかもしれないので、俺は得意魔法として光と水を好んで使うことにしている。

 光魔法と水魔法は家の中で練習するにはやりやすいので、実際練度を高めやすいんだよな。


 逆に火魔法や風魔法なんかは正直練度が足りない。家を燃やしたり吹っ飛ばしたりしたら大変なので、慎重にならざるを得ないからな。


 ☆


 三年もここで暮らしていると、いろいろと耳に入ってくる事がある。

 お母さんは近所付き合いもそこそこあるのだが、たまに井戸端会議に一緒に付いていくと村中の噂が聞けるのだ。


 最近、とても気になる噂を聞いた。

 とある家の子供が、あまりに常軌を逸した行動を取っているとのことだ。


 遠回しに俺のことdisってんのかと思ったが、本人を前にしてそんな事するはずもない。

 普通に別の家の子供みたいだ。


 年はなんと俺と同じ3歳。

 曰く、毎日のように家を勝手に抜け出して、森に入っていくらしい。


「夕方になると、ボロボロの服になって帰ってくるそうよ」

「頭もすごくいいみたい。3歳なのに既に大人顔負けらしいわ」

「同世代の子には興味無いらしいわよ」

「なんだか凄い子ねぇ」


 たしかに凄い子だ。

 というか、それは明らかに普通じゃない。

 そんな3歳児がいてたまるか。


 俺は確信した。

 多分ソイツは俺と同じ転生者だ。

 森で何してるのかは知らないが、魔法の練習か何か一人でコッソリやってるんだろう。


 こんな小さな村に二人も転生者が居るくらいだし、もしかしたらこの世界で転生者ってのはそこまで珍しくないのか?


 まぁそんな事はどうでもいいけど、せっかくの同郷なんだし一度会ってみたい気もする。


 そしてその思いは、この後直ぐに叶う事となる。




 次の日


「こんにちは、キャロル君は居ますか」


 まだ明け方だと言うのに、外の扉をドンドンと叩く音が聞こえる。

 ウチは農家ではないので、みんな朝は強くない。

 お母さんが寝ぼけ眼で扉を開けに行った。


「あら…?」

「おはようございます。キャロル君と話がしたくて来ました。」


 外に立っていたのは身長1メートル弱くらいの小さな男の子。

 喋りかたと立ち振る舞いは自信に満ちていて、とてもじゃないが幼児のそれではない。

 成る程、大人顔負けだ。


 俺はソイツが噂の転生者だとピンと来た。

 というか、会ったこともないのにわざわざ俺の家に来るなんて、向こうも俺の事を同類だと思ってる以外あり得ないしな。


「僕に何か用?」


 俺が出ていくと、彼はクイッと口角が上がった。


「いや、ちょっと話がしたいと思って。お前もそうだろ?」

「…外で話そう」


 俺はお母さんの中で話したら?という言葉を遮って、外へ出る。


 その男の子は腕を組んでニヤニヤしながら、俺に話を切り出した。


「さて、単刀直入に話すぞ」

「うん。」

「お前、転生者だろ?」


 …ビンゴか。

 隠してもしょうがないので、正直に答えた。


「まあね。…そういう君もそうなんだろ?」

「ふふ。そうだ。俺は向こうで一回死んで、女神ユメイアに転生させてもらったんだ。

 勿論、チート付きでな。」


 女神ユメイア??そんな奴は知らないな。

 忘れてるだけで俺もその女神にお世話になったんだろうか。


「お前もユメイア様に転生させてもらったのか?」

「…いや、僕は転生のショックかわからないけど記憶が曖昧で。その時の事はよく覚えてないんだ。」

「…ふぅん」


 少し訝しげな表情を見せる。そういえば俺はこの子の名前も知らないな。


「君、名前はなんていうの?」

「俺の名はディヴァイン。後世にこの名を残す男だ。」


 …お、おう。なんていうか、勢いがあるな。

 クラスのリーダーみたいなポジションだったんだろうか。凄い自信だ。

 俺とは結構タイプが違うかもしれない。


「で、話を戻すが、お前の貰ったチートはなんだ?」

「チート?チートってなに?」

「隠すなよ。自分一人で勝ち上がろうなんて考えてるようじゃ、異世界でも負け組確定だぞ。」

「いや負け組って…」


 負け組なんて言葉使う奴初めてみた。

 ましてや初対面の相手に使う言葉じゃ無いし。

 よほど負けず嫌いなのか…ともかくノリが合わないのは間違い無さそうだ。


「…お前、まさか一人勝ちしようってタイプの人間かよ。…ったく参ったぜ。

 いいか?陰湿インキャを異世界にまで持ち込むなよな。早死にするぞ。」

「…は、はぁ」


 …コイツ人の話聞かないな。

 口悪いし。

 なんでこんなに言われなきゃならんのか、さっぱりなんだが。


「まぁいいや。お前がその気なら、勝手に鑑定するからな。

 鑑定チート持ちの俺に、隠し事は無意味なんだよなぁ。」


 そう自慢げに語ったディヴァインは両目を閉じて、そしてカッと見開いた。

 その目は白目が赤くなっていて、正直めちゃくちゃ怖かった。

 勝手に鑑定?された事も不快だったが、そんなのが吹っ飛ぶくらいに不気味な感じだった。


「…ぷっ。」


 俺を鑑定なる力で見ていたソイツは、何が見えたのか知らないが、突然吹き出して笑い始める。


「お前、こんなステータスでよく外歩けるな!レベル1だし!

 見た感じこれと言ったチートもねぇし、ホントに転生者なのかよ!」


 お腹を抱えてゲラゲラ笑うディヴァイン。

 …何がおもろいねん。

 てかそれがホントだとしても笑うとこじゃねーから。

 さてはコイツ性格悪いな。


「…馬鹿にしに来たなら帰るよ」

「おいおい、こんな事くらいで怒るなよ、気が短い奴だな。

 余裕のない奴はモテないって前世で習わなかったか?」


 いちいち煽ってくるので流石に苛立ちを隠せない。

 せっかくの同郷だし仲良くしたいと思ったが、コイツとは無理っぽい。

 俺はディヴァインを睨みつけた。

 するとディヴァインはヘラヘラした顔をやめて、やれやれ、と呆れたように言った。


「お前さ、何故か俺に怒ってるみたいだけど、これだけは言っとくぞ。

 鑑定は嘘を付かない。お前のこのステータスは、この数年間サボりにサボってきた結果なわけ。

 ろくに努力もしてないクセに正論言われたらキレるとか、お前ホントどうしようもない負け組だよ。

 お前前世あれだろ?

 自分が何もしない癖に、社会が悪いって言い訳ばっかするゴミニート。

 お前そういうマインドだったわ今。」


 ムカッ

 …なんなんだよコイツ。

 ステータスだかなんだか知らないが、俺は俺なりにやってたっつーの。

 よく知らない癖に好き勝手言いやがって…

 あーイライラする。


 俺は何か言い返してやろうかと思ったが、アイツは微妙にそれっぽい事を言っているので上手い返しが思いつかなかった。

 こういうタイプはハイ論破、とか言ってくるだろうから、流すのが一番だ。


 そんな感じで、俺と同郷の転生者ディヴァインの第一印象は最悪だった。


 思えばコイツのせいで、俺は強くなりたいという気持ちが強まったのかもしれない。

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