第2話「魔法はじめてみた」
異世界転生して3ヶ月。
家の中を色々と歩き回っていたら、お母さんの部屋に偶々魔法の本を発見した。背表紙にでかでかと魔導書と書かれているから間違い無い。
というか、この部屋には結構色々な物が統一感なく置いてある。
魔導書の隣には錬金術大全と植物図鑑、魔物図鑑があったし。
でもその割に、お母さんが本を読んでいるところは見た事がない。
図鑑集めが趣味なんだろうか…。
まぁいい。せっかくお目当ての代物が手に入ったんだ。早速使わせてもらうとしよう。
まだ1歳の赤ん坊がこんなぶっとい本読んでたら気持ち悪いだろうから、あんまり他の人には見られたくないけど…
早く魔法がしたくて仕方がないからな。
目の前に置いてある存在感のある本を眺める。
かなり重厚な作りの本だ。重すぎて今の自分の力じゃ持ち上げることすら出来ない。
日本でもなかなか見ないレベルの分厚さだな…。多分、1000ページは下らないと思う。
日本で売ってたら…2、3万円は軽くしそうだよな。内容にもよるけど。
この世界だとどうなんだろう。
まぁいいや…考えてもわからないし早く始めよ。
とりあえず本を開いてみると、堅苦しい日本語でびっしりと埋まっていた。
ちょろっと最初の方だけ読んでみたが、前書き的なやつだと思う。
一応ざっと目を通しておいた。
数ページにわたる前書きの次は目次だった。
目次を眺めていると、魔法ってものの大体の概要がつかめる。
なるほどなぁ。
ここまででわかったことはこんな感じだ。
1、魔法≒現代魔法
魔法をざっくり分けると…現代魔法、古代魔法、精霊魔法に分けられる。
ただし、古代魔法とは現在失伝していて使用法が正確にわからないものを指す。
また、一般に言う魔法とは、現代魔法のことを指すことがほとんどである。
2、魔法の定義は曖昧
魔法は用途によって基礎魔法、攻撃魔法、生活魔法、錬金魔法などなど、様々な名称で呼ばれるが、分類は個人の裁量によるものが多く、厳密な定義は専門家でも意見が分かれる。
3、魔法→六属性、古代魔法→八属性
魔法は属性を含有し、火、水、風、土、光、無の六つの属性に分けられる。ただし失伝した古代魔法の中には特有の属性:時、空間の魔法もあったと言われている。
4、魔法は基本詠唱で発動
魔法の発動方法には3パターンある。
詠唱、魔法陣、その他に分けられるが、そのほとんどが詠唱である。この本でも最も一般的な詠唱を扱う。
5、個人魔力の限界あり
個人が内包する魔力量にはそれぞれ限度がある。
魔力を消費すれば増えていくが、その人の限界に到達するとそれ以上はいくら魔力を使っても上限は超えられない。
魔力量が足りない場合は魔石などの魔力媒体を利用すれば他で補う事が可能である。
6、魔法の難度は6段階
魔法はその難易度によって初級、中級、上級、超級、戦術級、災害級の6段階に分かれる。
国家資格である魔導師を名乗れるのは上級魔法が使える上級魔導師以上である。
なお、人間が扱う事ができる魔法は戦術級までと言われている。
とまぁ、こんなところか。
ややこしくなったが、ごちゃごちゃ言うよりもやってみたほうが早いわな。
俺は最初の章、基礎魔法をやってみる事にした。基礎というだけあって、詠唱はごくごく簡単だ。
それぞれの属性に基礎魔法があって、名前もついている。
火:ヒート(指の先が熱くなる)
水:ウォーター(指の先から水が出る)
風:ウィンド(指の先から風が出る)
土:ハード(指の先が石のように硬くなる)
光:ブライト(指の先が光る)
無属性はこれら五つに分類出来ないものってことらしい。だから無属性の基礎魔法は無い。
こんなかで一番使いそうな、光属性のブライトをやってみようかな。
ページをめくって、詠唱を確かめる。
めちゃくちゃ厨二病全開だが…短くてわかりやすい。
「我が魔力を糧に、闇を照らす光を灯せ…ブライト!!!」
誰も見ていないのを良い事に、ノリノリでそう言い放った瞬間、自分の指先がパッと眩い光を放った。
かなり眩しい。何かに似てるな…そうだ、スマホの裏のライト。あれくらいの明るさだ。
「あっ」
別のことを考えていたら光がポッと消えてしまった。
集中してなきゃいけないのかな。だとするとこれ、あんまり便利じゃないぞ。
夜にブライトで周りを照らしながら本が読めないのは減点だ。
…それにしても、今の感覚。詠唱を終えた瞬間、これまで感じたことのない、新しい感覚を味わった。
身体の中がカッと熱くなって、何かが流れ込んで来る、みたいな。
…うまく言えないけど。
つまり、結構辛いってこと。
身体の疲労とかは全くないはずなのだが、何となく身体が怠い。
でも…もう一回くらいはいけるな。
もう一回詠唱した。
「我が魔力を糧とし、闇を照らす光となれ…ブライト!!」
…つかない。あれぇ…?
もう一度魔導書を確かめると、自分の詠唱はさっきのと少しだけ違っていた。
糧とし、は糧に。光となれ、は光を灯せ。
こんな少しの違いで失敗扱いなるのか…。
つまり、詠唱ってのは数学でいう公式みたいなもんで、一言一句、少しの間違いも許されないってことだな。
でも…なんかやなんだよなぁ。こういう型にはめられるようなのは。
個人的に、公式自体が好きじゃない。
なんかよくわからないけどこうすればうまくいきます、みたいなのがモヤモヤする。
なんとか別の裏技みたいな方法でやれないかな。
例えば…
ステータス画面の指定箇所をタップすると使えるとか。
イメージを明確化することで魔法が使えるとか。
…そういえば、ステータス画面てないのかな。魔法のある異世界だし、別にあっても不思議じゃないと思うんだけど。
「ステータスオープン」
何も起きない。
…ステータスが無いんだったらレベルとかスキルも無いのかな。
残念だけど、魔法があるだけでも十分だし、贅沢は言えないな。
次にイメージの明確化を試す。
よくこの手の異世界ものであるのは、異世界人は自然現象に対するイメージ、もしくは科学的理解が貧弱だから、無詠唱で魔法が使えないって理屈。
もちろん俺もそれに倣って、自然現象を科学的に意識してブライトの魔法を唱えてみた。
励起状態にある原子の最外殻電子が遷移し、基底状態に戻っていく様を。
その時光という形でエネルギーが放出される。
俺は必死にイメージした。
「ブライト!!!」
…が、無駄だった。
そもそも学校で習う電子のモデルなんてイメージしやすくしたもので、実際どうなってるのかなんて俺も知らないしな。
量子力学なんて当然興味ないし。
異世界の人を無知だとは笑えない。
自分にもわからんからな。
ともかく、生半可な知識は魔法には何の役にも立たないようだ。
そのあとも試行錯誤を繰り返したが、効果は無し。結局正確な詠唱以外ではまともに魔法は使えなかった。
魔力は上限に到達するまでは増えると魔導書に書いてあったので、詠唱でブライトの魔法を繰り返していた。
「…ブライト…うぉお!?」
10回以上は詠唱しただろうか。そのあとダメ元で適当にブライト、と言ってみたら、何故か成功したのだ。
無詠唱では無い。しかし、ちょっと間違えただけで失敗していたはずが、大幅に端折ってブライト、と唱えただけで成功した。
嬉しいけど…。これは…どういうわけだ?
…色々考えたが、一番ありえそうなのは、魔法に熟練度があるって線と、スキル制が採用されていたと仮定して、スキルレベルが上がったか、新たに獲得したって線。
いずれにせよ、ステータス画面が無い世界なので確認のしようがない。
が、これは紛れもなく成功だ。
光以外の主属性、火、水、風、土属性でも基本魔法が無詠唱で(正確には魔法名は唱えている)使えるようになるまで練習した。
そのあと、詠唱について書かれた部分を先読みしていてわかったのだが、現代の魔導士はほぼ全ての人が、無詠唱で何かしらの魔法は使えるらしい。
ただ、無詠唱で使える魔法はよほど使い込んだ馴染み深い得意な属性の魔法に限り、初級より中級、中級より上級と難易度が跳ね上がるんだとか。
俺は全属性の基礎魔法が無詠唱で使えるわけだから…全属性が得意属性って事になるのかな。
だとしたら結構テンション上がる。
とはいえまだ初級魔法の前段階、基礎魔法なんだ。
ここで天狗になってしまったら万能ではなくただの器用貧乏の出来上がりだ。
気を引き締めてやっていこう。
考えるに、やっぱりスキルレベル的システムや熟練度システムが裏にある気がしてならない。そしてそのあたりの数値の上がりやすさはその人の適正と相関がありそうだ。
種族値の高い能力ほど努力値を振った時の数値の上昇が大きい、みたいな。
これはソースの無い仮説だけど、この世界での単純な魔法の強さや無詠唱可否ってのは、練度、つまりスキルレベルで決まるってことなのかもな。
もしそうならば努力したもん勝ち。とにかく頑張って毎日欠かさず魔法を使い続けてスキルレベルを上げていくのは絶対に必要だ。
少なくとも、毎日魔力が尽きるまで魔法の練度を伸ばすのはノルマにしたい所だ。
そうすればいち早く俺の魔力上限に達して効率もいいしな。
実際に何度も反復した結果、5属性の基礎魔法が無詠唱で出来るようになった。
仮定のまま話を進めているけど、そんなに的外れなことをしているとは思わない。
とりあえずこの方式を信じてみようと思う。
しかし…まさかたった一日で全属性の基礎魔法を無詠唱で使えるようになるとは…。
全く、努力が身を結ぶと嬉しいね。
窓の外を見ると、空が橙に染まり始めていた。…まだ少しご飯までに時間があるから、初級魔法の練習でも齧ってみようかな。
ええっと…初級魔法は…
魔導書の該当部分を軽く読む。
火:ファイヤ
水:アクア
風:ストーム
土:クレイ
この四つの魔法を飛ばしたり固めたりする魔法らしい。
つまり、ファイヤボールやファイヤウォール、ファイヤアローなどなど、名前の最初にファイヤが付いている魔法は初級火属性魔法だ。
光属性の初級魔法は少し違っていて、ライトというブライトの上位互換魔法があるらしい。
初級魔法はライトから始めることにする。
室内だし、それ以外の魔法をぶっ放してまずいことになったら大変だからな。
魔導書を読みながら、詠唱を覚える。基礎魔法より少し長い。
「我が魔力を糧に…我が望むは闇夜を彩る満月の光。淡く麗しく…決して消えない月光をここに…ライト!!!」
…うっ。詠唱を言い終える前にガリガリ魔力を持ってかれる…。
なんとか詠唱を言い切ると、目の前に光の玉が出来上がり、浮かんでいた。思ったより暗い。
ブライトとそんなに変わらないように思えるが…。
指の先という限定は無いっぽいな。
術者の思い通りにある程度動かせるっぽいが…いかんせん魔力が尽きかけている。これは…長くは持たないぞ。
意識が朦朧としてきた。熱中症でぶっ倒れる前に似ている。
目に映る景色が色をなくし、身体の平衡感覚が麻痺してくる。
俺は今…立ってるんだっけ?座ってるんだっけ?そんなことすらわからなくなる。
目が回る。いや、違う。
俺が回ってるのか。いや、それも違う。
自分は倒れたんだ。
その事に気づいたと同時に、俺は意識を失った。
☆
目を覚ますと…知っている天井だった。
赤ちゃん用のベッドの上だ。
それはそうと…俺はなんでベッドで寝てたんだ?
……。
ああ、魔法使ってたらぶっ倒れたのか。
初級光属性魔法、ライト。あれは基礎魔法とは使用魔力が全然違っていた。
大して基礎のブライトとやってることは変わらないくせに、まさかあんなに魔力を持ってかれるなんて…。
効率悪い魔法だな。
ま、ここで我流に走っても仕方ないし、あの本の言う通りの順番でやっていくけどさ。こんな調子で上級魔法まで習得出来るんだろうか。
ちょっと不安になる。
俺が起きたのにいち早く気がついた母親が俺を抱き上げた。
「キャロルちゃん、あんなところで寝ちゃダメよ?風邪引いちゃ大変なんだから。」
「はい。ママ。」
「ふふっ。キャロルちゃんは素直で良い子ねぇ。」
その後、晩御飯前に母親のおっぱいを飲んだ。
相変わらずリーゼは俺をみて膨れっ面をしている。俺が部屋に篭ってる間、母親はリーゼにつきっきりだったはずだが…
俺と母親が仲良くしてるのが気に食わないのか。
…これは、リーゼにも愛想を振りまいた方がいいかもしれんな。
俺は可愛い弟なんだって事を理解してもらわないと…今のままじゃ母親を奪う憎っくき赤ん坊だ。
そのまま成長して仲悪くなったら嫌だし。
さて、どうしようかね。
リーゼに愛想を振りまけるようなイベントはなかなかやってこない。そりゃそうだよな。これは現実で、女の子を攻略するゲームとは違うんだ。
フラグだってイベントだってそう都合よくやってくるわけじゃない。
待ってちゃダメだ。俺が動かなきゃ。
そう思ったんだが…
「リーゼ?ママ、キャロルちゃんのお粥あっためるから、キャロルちゃん見といてくれる?」
起きたな。イベントが。
「え、あたし?やー。キャロルなんてほっとけばいいのよ」
「そう言わないで、ママからのお願い。ねっ?」
「…ちょっとだけだもん。」
渋々といった感じでリーゼが俺のベッドの方にやって来た。
相変わらずの膨れっ面。せっかくの可愛い顔が勿体ない。
「…みてればいいのよね。」
リーゼは本当に見ているだけのようだ。
俺はたった今思いついた小悪魔戦法を実践する事にした。
「おねーちゃん…?」
まず一歳の赤ん坊はこんな事言わないけど、そんなのは今更だ。
リーゼの身体がビクッとした。まさか宿敵に話しかけられるとは思ってなかったんだろう。
俺がお姉ちゃんと呼んだのも初めてかもしれない。
身体が強張ったまま、リーゼは警戒心マックスで反応した。
「な、なに?」
…全く、一歳の弟に何を警戒してんだか。
俺は小悪魔系ベイビーだ。手応えはあるし、もっとグイグイ行くか。
「おねえちゃん、ボク、お腹すいたよ。」
「…ごはんなら、もうすぐママがつくってくれるわよ」
「…うん。」
おねえちゃんって言うたびにたじろいでいるように見える。
よし、もっと庇護欲を誘わなきゃな。
「おねえちゃん…」
「だからなによ。」
何度も寂しげな声で呼んでいると、リーゼが赤ちゃんベットによってきた。
俺はそこですかさずリーゼの指を掴む。
リーゼの身体がビクッとこわばった。
小さい手だ。だが、俺の方が一回り、いや二回りは小さい。
俺はリーゼの小指をギュッと掴んでいる。柔らかく、それでいて離さないように。
俺がやっているのは、赤ん坊特有の把握反射、それの意図的なやつだ。
これが庇護欲を駆り立てるらしい。
「…」
「……。なによ…」
リーゼは俺の手を振りほどこうとはしない。戸惑ってはいるが、そんなに嫌がってなさそうだ。
もうちょいかな。あと一押し。
今の俺は赤ん坊。何だってできる。何だって言えるぞ。
よし。
俺はリーゼの小指を掴んだまま、つぶらな瞳をうるうるさせながらリーゼを見た。
そして、満を持して殺し文句を口にした。
「ボク、おねえちゃんがすき。」
「……っ。」
あー恥ずかし。
我ながら気持ち悪い演技してるな。
リーゼが僅かにたじろいだ。目が大きく開かれて、後ろに雷が落ちたような衝撃を受けたように見える。
誰だって、直接好意を向けられて嫌ってことはないのだ。よっぽど見た目がアウトでなければ。
俺はリーゼから目を離さない。
俺は可愛い弟だぞ。母親を奪い合うライバルじゃない。庇護する対象なんだ。
そんな念をこれでもかと込めた。
…よーし。効いてる。
少し頬が赤くなっているみたいだし。
これで俺に優しくしてくれるかな?
いや、もうひと押しだけしとくか。
「おねえちゃんは…ボクのことキライ…?」
少し寂しげな雰囲気で聞いてみる。涙が出せればよかったんだが、流石にそんな俳優みたいなことまで出来なかった。
リーゼは慌てて否定する。
「そそ、そそ…そんなことはないわ!!」
目に見えて動揺している。
彼女は俺がギュッと握った手を振りほどこうとした。
でも俺は離さない。右往左往するリーゼの目を捉える。
面白いくらいたじろいでいるな。
よし。これで最後だ。
「じゃあ…ボクのこと、すき?」
「うっ…。そ、そう…ね…」
はい、完璧。これで今後絶対優しくしてくれるはずだ。
…しかしなぁ。ピュア過ぎて、お兄さんちょっとだけ心配になっちゃうぞ。
「おねえちゃんもボクといっしょなんだね。うれしいな!」
「え、えっ。」
なんかいい感じだから、そのままリーゼに抱きついてみた。
あわあわしてるリーゼが可愛くて、つい反応を見たくて色々やってしまう。
「キャロルちゃーん。ご飯出来ましたよー。」
「「はーい。」」
タイミングを見計らったように母親が呼びにきた。そのまま待っていようかと思ったら、意外にもリーゼが自分から俺の手を握ってきた。
早速おねえちゃん風を吹かせたいのかもしれない。
わかりやすくて思わずニヤけてしまう。
「き、キャロル。行くわよ!」
「…うん!!」
これで一件落着だ。
気持ち悪い演技で騙すような形だったとはいえ、結果的に距離が縮まったんだし、まぁいいだろう。
仲良くしたいって気持ちは本当だしな。
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