第11話 2つの魂と災害

 大地が裂け、隆起した岩が下からソウマめがけて突き上げてくる。

 それらすべてを避けながら、ソウマはつぶやく。

「まて、魔法は使えないんじゃないのか!?」

 そう、この大陸において魔法力は一部の魔法力を含有する物質を除いては完全に使えなくなったはず。

 ということは。

「魔法を使わなくてもこの程度はできるということか!?」

 それとも、他に理由があるのか…。

 しかし、実際にノームは強大な力を持ってソウマに襲い掛かってくる。

『人間、殺す……。たすけ……』

 ノームは涙を流しながら、攻撃を繰り出している。

 下から、上から、正面背後。

 全方位から、人の数倍の大きさと重さのある岩が迫り来る。

 ソウマはそれらすべてを両手足手で砕いていく。

「くそ、きりがない!」

 まさにこの山自体がノームの狩り場そのものなのだ。

 しかもソウマは反撃をできない状況だ。 

(早く、こいつを何とかする方法を考えてくれ、エグゼ、アーニャ!)

 宙に浮いた巨岩がソウマの命を刈り取らん、と尋常ならざるスピードで飛来する。

 攻撃をかわしながらも、ソウマは距離をつめていた。

「倒せなくても、昏倒させるくらいなら……!!」

 そう思って、ソウマが拳を繰り出す。

『助けて……っ』

 近付いて見たノームの顔は、涙にゆがんでいた。

『誰も傷つけたくないのに……!!』

「二つの魂……?」

 二つの魂が結合しているとアーニャは言った。

 人を傷つけまいとするノーム本来の魂と、何者かによって融合した魂は相反する心を持っているのか?

 ソウマの動きが止まる。

 それを見逃すほどたやすい敵ではない。ノームの拳に岩が張り付き、巨大な拳となってソウマに迫る。

「くっ!!」

 なんとかガードは間に合ったものの、その衝撃は殺しきれない。

 その衝撃に両腕がしびれる。

 しかし、並みの人間であったならば、両腕はおろかその頭蓋を粉砕され絶命したことだろう。

 大きく吹き飛ばされたソウマが着地し、体勢を整える前にノームはすでに次の攻撃モーションに入っていた。

 両手両足には、鉄よりも硬い岩石がまとわりついて、その攻撃力をさらに高めている。

 しかしそこには、悲しいかな、技がなかった。

 いうなれば格闘技の素人。

 最初の一撃こそ不意を突かれたが、追撃は難なくかわしていく。

「しかし、このままじゃあ、ジリ貧だ……」

『みな、殺し……』

 先ほどまでは泣き顔だったノームの顔が、今は悪鬼の如く歪んでいる。

 二つの魂がせめぎあっているのだ。

「くそ、酷いことをしやがる!!」

 ここに至って、ソウマも理解する。

 これはただの魔物退治のクエストではない。 

 いかにしてノームの魂から、邪悪な魂を消し去るかが問題なのだ。

 不意に、連撃を繰り出していたノームの動きが止まる。

『なかなかやりますね、ソウマ・ブラッドレイ君…』

 その声は、今までに聞いたことのない声だった。

「……。誰だ……」

 ソウマの声には明らかに怒気が混ざっている。

 おそらくはこのノームに邪悪な魂を融合させた人物。 

 そして、エグゼは言っていた。

 あいつは、魂の研究の第一人者だと。

『お初にお目にかかります。私はミハエル。ミハエル・ド・カザドです』

「やはりな……」

 そう、このミハエルこそが、この一連の事件の黒幕。

 ノームに邪悪な魂を植え付け、スミカの村を襲わせた。

 そして、そこにエグゼが来ることも予想していたのだろう。

『なかなか頭の回転のほうもお早いようで、説明の手間が省けますよ』

 そのとき、再びノームが動き出した。

「なにっ!?」

 再び攻撃を仕掛けてきたノームの動きが明らかに変わった。

 それは紛れもなく、武術を習った者の動き。 

 しかも、かなりの手練だ。

 その体捌き、体幹の使い方。隙のない突きや蹴り。

 一つ一つに込められた威も、先ほどとは比べ物にならない。

『どうですか。私の芸術は?』

 息をつく間もない連撃の中、ミハエルはソウマに語りかける。

 そういえばエグゼは、ミハエル自身も格闘技の達人だと言っていた。

 ミハエルの態度は、大きな虫を捕まえて友達に見せびらかすようなそんな無邪気さを孕んでいた。

「こんな悪趣味なものが、お前の芸術かよっ!!」

『そうですとも! 魂と魂の結合! こんなことを成し得るのは世界広しと言えども私くらいですよ!』

 ソウマはそれでも、ノームの攻撃を見事にかわし、受け、流す。

『格闘技の腕では敵いそうもないですね……』

 おそらく、今はミハエルが操作をしているのだろう。 

 魂の超遠隔操作。

(本当にそんなことが、魔法なしで可能なのか?)

 ノームの止むことのない五月雨撃を、その中から選んでソウマはそれを返す。

 カウンター。しかし明らかにノームの動きより、先に届いている。

 先の先。 

 ソウマには見えていた。ノームの筋肉の動き、視線、足運びから次にどのような攻撃をしてくるか。

 そして、ノームの初動にあわせてソウマの神速の攻撃が当るのだ。

 スピードでも、パワーでも、技術でも勝てない。

 これは、二人の間に超えられないほどの実力差があるという証でもあった。

『なるほど……』

 かなりの攻撃を仕掛けたが、ソウマはノームを殺すことはできない。

 そして何の痛痒もないかのように、ノームはソウマの眼前に立ちはだかった。 

『こいつでは、貴方には勝てないようですね』

 そう言って腕を大きく上に掲げる。  

『もっと楽しみたかったのですが、とりあえず終わりにしましょう。貴方はどうやら危険すぎる』

 山の上から、地響きがする。

「なんだっ!?」

 音のする方を見たソウマの目に、信じられない光景が飛び込んでくる。

 山の表面が、煙を上げながら迫ってくるのだ。

「山崩れ、だと……っ!?」

 まさか、魔法も使えないノームにここまでの力があろうとは!

 その規模はソウマたちに留まらず、スミカの村をも飲み込むほどだ。

「くそったれ!!」

 ソウマはそう叫ぶと、次の行動に移った。

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