第10話 土精霊と打開策

「ここ、か」

 ソウマが坑道の奥をカンテラで照らす。

 今までは魔水晶の明かりが灯っていたが、このわき道にはそれがない。

 その先に続いてる道は、地図には記されていない領域だった。

 記されていなかった新しい道なのか、わざと記さなかったのかは分からないが。

「ここが新しく掘り出してたわき道か」

「気をつけたほうがよさそうだね」

 そこはまさに闇。

 目で見えないだけではない。 

 五感すべてが機能しなくなるような瘴気を孕んだ、深淵だった。

「行くぞ」

 短くソウマはみなを促す。

 その顔は今までに見たことがないくらい真剣だった。

 その雰囲気に、エグゼもアーニャもさらに気を引き締める。

 ゆっくりと警戒しながら進む。

「今のところ少しずつ下りながらの一本道ね」

「アーニャ、この書きかただと距離感が分からなくなってしまう。今までの地図は役1メートル1マスの感覚で書かれているんだ。だから、自分で書き足す際には……」

 ソウマがアドバイスをしながら、アーニャがマッピングをしていく。

「こ、これでいいかな?」

「そうだな、自分の歩幅で、何歩で1メートルなのか判っておけば、マッピングも正確になるぞ」 

 罠もなくわき道もなく、なだらかに下っていく道があるだけだ。

「ん?」

 急なカーブのその先には、明かりが漏れていた。

「ここは……」

 そこはなんと形容していいか分からないほど、神聖で、同時に不気味な場所だった。

 岩肌に付着した光苔が発光し、松明など必要ないくらいの光量がある。

 空間の矛盾に気づいているのはエグゼだけだった。

「なぜ……」

 ある一点を見つめ、エグゼがつぶやく。

 この広場の中央。

 そこには少年が一人佇ずんみ、光を失ったその瞳は虚空を見つめ、口は何事かをぶつぶつとつぶやいている。

「エグゼ、あれは……?」

 ソウマの問いにエグゼは答える。いや、ただ口からこぼれ出ただけなのかもしれない。

「このあたりの山の精霊、土精霊(ノーム)だ」

 しかし、その様子は明らかにおかしかった。 

「でもエグゼ、あれの魂は、もう…」

 アーニャも少年をじっと見つめている。 

 再びアーニャの瞳が、今は碧に輝いていた。

「一つの体に二つの魂がある……。なに? こんなの、見たことない……っ!」

 アーニャにはその少年がどう見えていたのだろう。

「う……、おぇっ……!」

 アーニャは洞窟の端まで行くと、そこで嘔吐をした。

 それほどの嫌悪感を抱くほどその魂は歪なのだろう。

 その音に、さすがの少年もこちらに気づく。

『何者だ』

 その口からは、今までに聞いたことがないような呪詛が込められていた。

 聞いた者すべてを呪い殺さんとする、負の念。

 常人なら、ここにいるだけで命を落としかねないほどの恐怖。

「これがその魔物なのか?」

「この子は、一体……」

 ソウマとアーニャ。 

 二人はゆっくりと立ち上がるノームをじっと見ている。

『我はノーム。この山を支配する精霊だ……』

 ゆらりと立ちあがったノームはこちらに向き直ると手をかざす。

「逃げろ、ここは奴のテリトリーはだ! こちらが不利すぎる!」

 ソウマが声を発した瞬間に、地響きが起きた。


 轟音の後、鉱山の方向から土煙が巻き起こる。

「とうとうノームにであったか……。奴は倒すだけでは無理だ。倒されたら、俺たちの鉱山は死んでしまう」

 ビーンは山を見上げながらつぶやく。

「ビーンさん、人が悪いっすよ! 倒せといいながら、倒されたらこの村の存続に関わるのに」

「バカやろう、それくらいのことも分からないようなら、ミハエルを倒すことなんて無理だ」

 そう、この村の炭鉱夫は知っていたのだ。

 倒せない敵の正体がノームだと言うことを。

 何かしらの理由があって、人を襲うようになったのだということを。

 倒せなかったのではない。倒さなかったのだ。 

 もしかしたら、またもとの優しいノームに戻ってくれるかも知れないことを願って。

 ビーンの『ノームを倒せ』というこの依頼は、『ノームを元に戻せ』という暗なる意味が込められていたのだ。

「稀代の精霊魔法使い、お手並み拝見、だな……」

 ビーンはまだ、期待していたのかもしれない。 

 魔法騎士、エグゼ・トライアドの凱旋を。


「きゃあぁあっ!!」

 アーニャの悲鳴。  

 そこに迫るのは、巨大な岩石だった。

 この山にあっては、そのすべてがノームに味方する。

「坑道の中は不利すぎる、いったん逃げよう!」

 アーニャを気遣いながら走り出すエグゼ。

 しかし、ノームの攻撃がそれを許さない。

 ノームが手を上げると、それにならうかのように地面から巨大な岩石が宙に浮く・

「『深淵流・破城腕(はじょうかいな)』!!」

 飛来する巨岩を、ソウマがその腕で砕く。

「みんな、ノームに背を向けて目をつぶって!」

 エグゼは、懐から小さな魔水晶を取り出し、ノームに投げつける。

 そしてそれは、ノームに当った瞬間発動した。

 瞬間。目の前が真っ白になるほどの光量が小さな魔水晶から放たれる。

「閃光の魔法かっ!」

 ソウマも自身の目を強烈な光から守る。

 しかし相手は精霊である。

 人間相手ほど効力は長続きしないであろう。

 そして、こういう時に役立つの地図である。 

 アーニャが丁寧に書き足してくれたため、最短ルートで坑道の外まで出ることができた。

 開けた場所に出たソウマは油断なく構えると、ノームを迎え撃とうとする。

「こんな奴、俺がしとめてやるぜ!」

 その勢いのまま、ソウマはさらに拳を振るう。

「待て! ソウマ!!」

 そのとき、エグゼはソウマを静止する。

「!! エグゼッ!!」

 ソウマの腕がノームの眼前で止まる。

「なぜだ!?」

「もしこのままこのノームを消し去れば、この山はその加護をなくし、炭鉱は廃坑。最悪、この山に住むすべての生き物が息絶えるぞっ!」

 精霊魔法使いであるエグゼには、その土地に密着する精霊がどれほどの力を持って、その地域を納めているかを知っていた。

 土地神といわれるレベルの精霊が消失した大陸が、人も魔物も野生の動稙物も住めない、不毛の大地になってしまったことさえあるという。

「何とか、ノームに正気に戻ってもらうんだ!」

「しかし!」

 その瞬間、無防備だったエグゼが吹き飛ばされる。

 ソウマの横にいた、隙だらけのエグゼを、ノームの腕に絡みついた巨大な石が殴りつけたのだ。

 それはあまりにも致命的な一撃だった。

「エグゼ!」

 ソウマの判断はすばやかった。

 エグゼをつかむと傷口に強壮薬をふりかけ、すばやくアーニャに託し、自分はノームに向かっていく。

「アーニャ! その眼とエグゼの力を借りて何とかして、打開策を練れ!!」

 手当てが早かったおかげか、気こそ失ってはいるがエグゼは一命を取り留めている。

「俺が時間を稼ぐ!」

「わ、分かった!」

 ソウマはノームに向かっていき、アーニャはエグゼをかかえ、反対方向に走り出す。

 

 

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