第9話 洞窟探索と幕間

 山道を歩くこと数刻。

 今のところ、野生の動物や魔物と会う事もなく順調に進んでいく。

「しかし、いきなりそんな強力な魔物が出現するのもおかしな話だよな」

 ソウマがポツリとつぶやく。

「たしかに。それにこちら方面、ツクヨミの町から西の魔物は比較的おとなしくて、たいした強さでもないはずなんだ」

 聖エルモワール王はもっとも魔物の強い地域に城を構え、いつでも討伐にいける体制を作り、比較的魔物が弱い地域には守りの要とも言えるツクヨミの街を設置し有事に備えたのだ。

「昨日ビーンに質問していたが、何か裏があるのか?」

 エグゼは少し頭を捻る。

 この鉱山にいる魔物の正体が今一掴めていない。

 そして、戦ったという割には、診療所にも人はいなかった。

 たいした怪我人は出ていないのだ。

「ちょっと気にかかることがあってね。まだ確証ではない憶測でしかないんだけど……」

「あ、泉があるよ!」

 アーニャが水際へと走っていこうとする。

「チョット待った」

 首根っこを捕まえて、ソウマがアーニャをとめる。

「ぐぇ!!」

「何か生き物の気配がする。泉のそばだ、水分補給に来た動物や魔物がいるかもしれん。むやみに飛び出すな」

「けほっ! もうちょとましな止め方あるでしょ?」

 のどを押さえながら、アーニャが講義する。

「見ろ。魔物だ」

 ソウマが指し示したその先には、巨大な狼がいた。

 その数は10。

 すでにこちらに気づいており、臨戦態勢だった。

 白い毛並みが特徴の、スノーウルフ、と呼ばれる個体だ。

 イヌ科の動物と同じく集団での狩りを得意とする。

 しかしその大きさは、普通の狼とは比べ物にならないくらい大きくなる。

 この群れも、立ち上がれば3メートルはあるかという巨体。

 さらにリーダーと思われる個体は5メートルはありそうだ。

 これくらいの大きさ、数がいる群れになると歴戦のパーティーでも遅れをとることがある厄介な魔物だ。

「なにがたいした魔物はいない、だ。いるじゃないか」

 毒を吐くソウマ。

「そう言ってやるなよ。魔物は魔物を呼ぶからね。鉱山の魔物に引き寄せられて、最近移り住んできたのかもしれない」

 エグゼはアーニャを庇いながら、買ったばかりの剣を抜く。

「ど、どうするの?」

「魔物は積極的に排除しろ、が依頼主の言葉だ。悪いが片をつけさせてもらう。エグゼは、アーニャをたのむ」

「ひ、一人で行くのか?」

 4~5人のパーティーでも遅れを取ることのある魔物だと言うのに、ソウマは慌てた様子もない。

「任せろ」

 それだけ言い残すと、ソウマは駆け出した。

 その素早さは正に疾風迅雷。

 動体視力と機動力に優れたスノーウルフが、わずかに遅れをとる。

 その間に先頭の一匹が、ソウマの拳で頭を吹き飛ばされて絶命した。

 しかし、敵も狩りに長けた種族である。 

 瞬時に体制を立て直すと、2匹、3匹とソウマを囲み絶対の布陣を敷く。

 前後、左右。

 獲物を取り囲んだ。狼たちは勝ちを確信していた。 

 そして、久しぶりの獲物を前に興奮をしていた。

 こいつを倒せば、後2匹獲物がいる。 

 一人殺された仲間には申し訳ないが、この群れを維持するには十分な食料といえる。

 今までだって、この状態から抜け出した獲物などいないのだ。

 第一陣の三匹がまず襲い掛かった。

 この三匹が襲い掛かると、敵は大体が体制を崩し転げまわる。 

 第二陣はもう難しいことはいらない。

 隙だらけの敵の急所を噛み千切ればいいだけの話だ。

 しかし。

 敵の放った、何気ない蹴り。

 それは絶望なまでの殺傷力を持っていた。

 たった一撃で、一陣の三匹が戦闘不能に陥った。 

 まるでおもちゃのように吹き飛ばされた三匹は、もう2度と立ち上がることはない。

 群れのリーダーは戸惑った。

 しかしリーダーを除く4匹は、個々の判断で敵に飛び掛る。

 これは単なる狩りではなくなった。 

 自分たちの命を駆けた、戦いになったのだ。

 もう少し。もう少しリーダーの判断が早ければ、逃げることは可能だったかもしれない。

 それに気づいた時にはすでに遅く、仲間はみなやられていた。

 

「エグゼ、そっち行ったぞ!」

 最後の一番大きな一匹が逃げ出した先には、偶然なのか、エグゼとアーニャがいた。

「くっ!」

 エグゼは剣を構え応戦の意志を見せる。

 飛び掛って来たスノーウルフの攻撃をアーニャを庇いながらかわし、着地したその瞬間。着地のほんの一瞬の硬直をエグゼは隙を見逃さなかった。

(大振りはいらない。小さく、コンパクトに……。当たる瞬間のみ力を入れる……!)

 それはエグゼから教わったコツでもあった。

 さらに、新しく買った剣はエグゼの思うがままに操ることができた。

 重さに体勢を崩すこともなく、それは基本に忠実ではあったが、演舞のように美しかった。

 完全に不意を突かれたスノーウルフは、延髄にその剣を受け、あっけなく絶命した。


「はぁ、はぁ……。ふぅ」

 息を落ち着かせ、アーニャを見る。

 どうやら怪我はないようだ。

「大丈夫かい、アーニャ?」

 エグゼはまだあどけなさすら残る少女に手を差し伸べる。

「う、うん」

 その手につかまり、八本の足に力をいれて立ち上がるアーニャ。

 その二人の下に、ソウマが駆け寄ってくる。

「二人とも、無事だな」

 エグゼは、剣に着いた血脂を丹念にふき取り剣を鞘に収めた。

「今の一撃はよかったじゃないか! 剣も初めての戦闘にしてはきちんと振れてたしな、ま、及第点だ。あとはもう少し周りを見るようにできれば良いな。」

 ソウマがエグゼの肩をばしばしと叩く。

「毎日の訓練の成果は出たみたいだね」

 エグゼも嬉しそうに息をつく。

「ていうか、ソウマ? わざと一匹逃がさなかった?」

 じとーっ、とした眼でアーニャはソウマをにらみつけた。

「まぁ、あれだ。実践訓練だということで……」

「エグゼがいたからよかったけど!」

 膨れたアーニャをなだめすかしつつ、三人は坑道へ向けて、歩を進ませた。


「さーて、また厄介なモンスターが……」

 坑道の入り口。

 そこには、巨大なモンスターが立ちはだかっていた。

「あれは、ゴーレムだ」

「あのモンスター、魂がない……。あるのは、命令に忠実に動くという意思だけよ……」

 見ると、アーニャの瞳が真紅のルビーを思わせるような赤から、光輝くエメラルドのような鮮やかな碧色になっていた。

「これが、『真実を写す瞳』……」

「おそらく土の眷属が作り出した門番。おへその位置に呪符があるわ。それを破壊すれば倒せるはずよ」

「よしゃ、それが分かれば怖い者なしだぜ」

 ソウマは楽しそうに退治に出かけたが、エグゼは浮かない顔をしていた。

「エグゼ、どうしたの?」

「いや、チョット考え事をね」

 エグゼは自分の考えが少しずつ確信に近づいているのを感じた。

 ゴーレムはソウマの手により、あっけなく倒された。

 しかし、もしアーニャが呪符を発見してくれなければ、倒しても倒してもよみがえる、厄介な敵であっただろう。

「おしゃべりはここまでだ」

 ソウマが松明に火をつける。

「隊列は俺、アーニャ、エグゼだ。アーニャはマッピングを頼む」

「任せといて! 練習したんだから」

「僕は後衛として、背後や左右を警戒しておくよ」

 松明を手にソウマが先陣を切って洞窟内に入る。

 つい最近まで鉱山として使われてた場所だ。

 奥までは地図もあれば、ドワーフたちが掘り返した場所。

 この短期間で魔物が住み着いていないなら、危険などあろう物がない。

 しかし正体不明の魔物が住み着いている以上、仲間が増えているとも限らない。

 わき道に待機して、バックアタックを仕掛けてくることも考えられる。

 未知の場所にあっては、警戒して過ぎることはないだろう。

「マッピングといっても、地図があるから、たいしてやることないのよね~」

 暗闇でも眼が見えるアーニャは、明かりもなしに地図とにらめっこしている。

 今のところ、地図と反した所はない。

 エグゼは松明であたりを見回しながら、違和感の正体を探る。

 敵地に乗り込んだにしては、敵意がまったく感じられない。

 それどころか、暖かさのようなものまで感じている。

(この感覚は……)

 懐かしい。

 それはむしろ精霊に近いような……。

「こっちのわき道は特に何もなかったな……。どうもこの洞窟の中だと感覚が狂うな」

 かなりの範囲にわたって気配を探ることのできるソウマが、この洞窟内ではそれができていない。

(やはりこの洞窟は……)

「ここ普通の場所じゃないよ。何て言っていいかわからないけど、守られてる感じ」

 アーニャの瞳は、この洞窟の不思議を照らし出しているのか。

「ここは、やはり『精霊の寝所』だ」

 エグゼがつぶやく。

「さっき入り口にいたのは、ここの精霊の使い魔だ」

「昨日の話か?」

「あぁ、本来精霊は精霊界に住んでいて、僕たち魔法使いの召喚に応じてこちらの世界に来ているんだ」

 そして、精霊は魔法使いの魔法力を仮の肉体にして、こちらの世界に存在することができる。

 しかし今は魔法力が使えないため、精霊はこちらの世界で姿を保つことができず、すぐに精霊界に還ってしまう。

「でも、この大陸のところどころには、精霊界と現実世界の壁がない場所が存在するんだ」

 『精霊の寝所』 

 この現実世界において、唯一精霊と直接会うことのできる場所だ。

 ここはドワーフたちの仕事場。土精霊(ノーム)たちの加護があってもおかしくはない。 

「精霊の守りがあれば、この洞窟内に魔物が出ることはまずないと思うんだけど……」

 本道からそれ、石炭を掘り起こしている脇道は幾重もある。

 それらを全部探索するには、今しばらくは時間がかかりそうだ。

 本来なら精霊の加護で魔物は近づかないはずなのだが、それから数回。

 ジャイアントバットや、ジャイアントワームなど、洞窟に生息する魔物と遭遇した。

 ほとんどはソウマが倒したが、バックアタックなどを食らった際には、エグゼもその剣を振るった。

 新しく買った剣はすばらしい切れ味で、その存在を示していた。

「はぁ、はぁ。ふぅ~」

「ほれ、水分補給しておけ」

 ソウマから投げて渡された水袋をのむ。

 それはほのかな甘みを伴っていた。

「うまい……これは?」

「おれの大陸の飲み物でな。それに糖を少し混ぜた物だ。多少疲れは飛ぶだろう?」

「だいぶ、というかかなり楽になったよ」

「あー、あたしも飲む!」

「はいはい」

「ん~、本当だ、甘くておいしい!」

「それはいいが、エグゼ、だいぶ体使いがマシになってきたな」  

「そ、そうかい?」

 ソウマがエグゼを軽く押してみる

「な、なんだよ」

 少し揺れはしたが、体勢をくずほどではなかった。

「うん、体幹もだいぶマシになった。もっと早くにいい師に出会えていたら、今頃一流の剣士になれてただろうな」

「そ、そうかな?」

「あぁ、着実にレベルは上がってるぜ」

 そんなやり取りをしながら、しらみつぶしに坑道内を順調に探索していった。


~幕間~


 王座に座り、水晶に映し出されたエグゼ一行を見守る者がいた。

「ようやくスミカの村にたどり着きましたか……」

 思っていたより時間はかかった。

 魔法の使えない魔法騎士は、剣の腕前はさほどでもないようだ。

 しかし、予想通りエグゼはスミカの村経由でシスカに向かっている。

 この村に『造魔』を設置したのは正解だった。

 いや、正確には『造魔』もどきだ。

 だが対応を間違えれば、スミカの村、シスカの町は敵に回る。

「さて、この状況をどう切り抜けますか? エグゼ君」

 しかし、予想外はソウマとアーニャの二人。

 アーニャはどんな能力があるか知らないが、たいした脅威ではないだろう。 

 それよりもソウマだ。 

 『メリクリウス』のTOPだった人物を一騎打ちで下し、長になりながら数日で人心を掌握した実力とカリスマ性を持った人物。 

 この大陸の者ではないため、詳しい情報はないが要注意人物だ。

「まぁ、今回はその実力を試させてもらいましょう」

 男は悠然とした態度を崩すことなく、一行を見守り続けた。

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