第8話 人外娘とクエスト

「はい、どうぞー空いてますよ」

 今の時間にいったい誰だろうか?

 ルドルフ辺りが伝え忘れたことでもあったのだろうか。

 しかし、音を立てて顔を覗かせたのは、まだ幼さの残るアラクネの少女だった。

「あれ、このあたりだと思ったのに……。す、すいません、人違いでした……」

「人探しかい?手伝えるなら、手伝うよ?」

「あ、ありがとうございます……。えと、ソウマ・ブラッドレイという男なんですけど……」.

 そういうと少女はクンクンとにおいを嗅いでいる。

「この部屋から、あいつの匂いが……」

「あぁ、ソウマならさっきまで部屋にいたよ。今は風呂に入ってるからもう少しで戻ってくると思うよ。ソウマの知り合いかい?」

 そう言ってアラクネの少女を部屋へ招き入れる。

 お茶を入れながら、エグゼは少女の素性を確かめる。

 エグゼにしろ、ソウマにしろ、今や王政グランベルトの支配下にあってはお尋ね者に過ぎない。

 この少女が追っ手、ということも考えられないことはない。

 ソウマの手荷物の中に、確かおいしい茶葉が入っていたはず。

 王都にも住んでいたエグゼは、それなりの作法も身につけていた。

(しかし、この男のかばんは傷薬や強壮水の類は入ってないのか……)

 出てくるのは書類以外は、香辛料や茶葉などどちらかというと嗜好品ばかりだ。

「きみ、名前は?」

 コップを少女の前へ出しながら、優しく問いかける。

「あ。私は、アーニャ。アーニャ・クーネリア、です……」

 アーニャと名乗った少女は、両手でコップを持ち、冷ましながらチョットずつ飲んでいる。

「僕はエグゼ・トライアド。訳あって、今はソウマと一緒に旅をしているんだ」

「でも、どこかで……」

 魔水晶の明かりもこころもとなく、ちかちかと明滅している。

「これ、かな?」

 エグゼは一枚の紙を取り出す。

「あ、それ!……です」

 まだアーニャもエグゼへの警戒はといていないみたいだ。

「そう、100万ローズの賞金首。亡国の魔法騎士、エグゼ・トライアドさ」

「よかった……」

 賞金首を目の前にして、少女はなぜか胸を撫で下ろしている。

「グランベルトの追っ手じゃなかったんだ……」

「ソウマも賞金首だけど、ソウマが簡単にやられるほど柔じゃないだろ」

「そうよね! あ、そうですよね……」

 警戒、というより少女は敬語とタメ口の間を行き来知てるらしい。

「わ、私は『メリクリウス』で、NO.2をやってるの……です」

「はは。敬語使わなくてもいいよ。って、NO.2!?」

 『メリクリウス』といえば反旗を翻してからまだ日が浅く、人材も少ないとは聞いていたが、まさかこんな小さな魔物まで戦士として戦っているのか?

「あ、でも、私は戦闘員ではないの」

 敬語がなくなった硬さが取れた少女は、ゆっくりと話し始めた。

「私には、特殊能力があって、そのおかげでNO.2にいられるの」

「特殊、能力?」

 なるほど。

 それがなんだかはわからないが、魔法が使えなくなったこの大陸で特殊能力持ちは重宝するだろう。

「『真実を写す瞳』」

 後ろから声が聞こえた。

「ソウマ」

「ソウマ!」

「アーニャの能力さ」

 『真実を映す瞳』

 それは魔眼の一種で、生まれ持った固有魔法の一つだ。

 『黒のカーテン』が張られ魔法は一切の魔法は使えなくなったが、唯一使えるのが、その体に宿った魔法だ。

 そして今明かりをつけている魔水晶。

 これも元はただの水晶だが、その内部に魔法力を溜め込む性質がある。

 その魔力に介入して、魔法力を『光』を発するよう変換する。

 しかし、これには欠点がある。

 魔法が使えるときは魔法力を補充し、何回も繰り返し使うことのできる魔水晶だが、魔法が使えない今、内在魔法力が切れてしまったら補給が効かないのだ。

「アーニャの魔眼を使えば、もしかしたら『黒のカーテン』の正体がわかるかも知れない」

 その能力は、アーニャ自身にもよくわかっていのだが、物事の本質を見抜くことらしい。

 それは単なる『看破』の魔法とも違う、もっと深遠を覗き見るようなものだ。

 魂の奥底の底、宇宙の真理すらも知ることができうる魔眼。

「まだ使いこなせないから、練習が必要なんだけどね」

 そういって、アーニャはぺろりと舌を出す。

「んで、何でお前がここにいるんだ?」

 とソウマ。

「先に、ツクヨミの街に帰ってろっていったろ?」

「だからって、草原の真ん中で放り出すことないでしょ!?」

「しかし、お前がいると戦闘に支障が……」

 喧々囂々。

 話を要約すると。

「これから先、戦いが苛烈になるからソウマとしては、先にツクヨミの街に帰っていて欲しかった、と」

「そうだ。この子の能力はある意味俺の存在より大切だからな。万が一のことを考えたら、街に戻ってもらうのが一番だ」

「でも、今回はツーマンセルで行動する訓練でしょ?私の眼があっても、遠くから物が見える千里眼じゃないんだから、私の視界に入るまで近づかなきゃいけないんだよ?」

 なるほど、とエグゼが考えをまとめる。

「この子がツクヨミの街にたどり着くまで、無事でいられる保障はあったのか?」

「アーニャはまだ、賞金首にもかけられておらず、誰にも『メリクリウス』のメンバーだとしられていない。そんな危険はないはずだ」

「有罪!」

 エグゼはソウマの頭をグーで殴る。

「なぜだ!?」

 たんこぶを押さえながら是非を問う。

「お前の実力ならこの子を守りながらゴロツキを追っ払ったり、一緒に旅ができるだろう? それにもし街に帰すのなら、そこまで送って行ったほうが安全だ。たった一人で放り出されたら、不安になるのは当たり前だろ? 人攫いがないとも限らない」

「ぐっ……! 確かに……」

「べぇー、だ!」

 やっと話も落ち着いて、エグゼは改めて少女見る。

 まだまだあどけない顔立ちだが、絵画のような美しさがある、

 髪は烏の濡れ羽色。大きく真紅に光る複眼。真鍮のような滑らかな肌に、妖艶な黒くなめらかな8本の脚。

 そして、なによりエグゼが引かれたのは……。

「ひ、め……」

 エグゼが守れなかった、聖エルモワールの姫君。ミスティライト・フォン・エルモワール。

 孤児だったエグゼを助け、身分など関係なく騎士にまでしてくれた命の恩人であり、尊敬すべき賢君であった。

 エグゼはその姫の面差しを、この少女に見出したのだ。

「明日は鉱山へもぐりこむ。早く寝るぞ」

 そういうと、ソウマは床に寝転んだ。

 必然的に、ベッドは2つ空く。

 エグゼとアーニャ顔を見合わせると、くすり、と微笑む。

 何気ないソウマのやさしさだ。

 エグゼとアーニャはベッドでゆっくりと休んだのだった。


 翌日早朝。

 三人は村の入り口に集まっていた。

「おぉ、出発か『英雄さん』たち、と、おや?」

 村長兼組合長のビーンが見送りに来た。

 アーニャの存在を見て、顔をしかめる。

「少女一人くらいいたってかまわないだろ?」

「あ、ああ。しかし、そんな少女いても足手まといじゃ……」

 ほんの少し、アーニャの顔がゆがむ。

「いや、彼女は立派な仲間なんでな。連れて行く」

「あっ」

 ソウマの言葉に、アーニャはこわばった顔を緩める。

(そうか、アーニャは自分が役に立てているか自信が持てずにいたのか)

「まぁ、お前さんがたが良いなら、連れて行くのは自由だが……」

「とまぁ、そういうことだ。ほらいくぜ、アーニャ、エグゼ」

 こうして三人は鉱山の魔物退治に向けて出発したのだった。

「あの三人が、あの魔物の秘密に気づくかどうか……」 

 出立した三人を、ビーンは姿が見えなくなるまで見送っていた。

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