第6話 スミカの現状とクエスト

「しかし、エグゼは有名人だな」

 ソウマはエグゼに話しかける。

 この男はやはり、自分の身を顧みず他人を助けることのできる正しい人間だった、とソウマは再確認した。

「よくも悪くも有名人だよ。だからこうして逃げるように旅をしてきたのさ」

 苦笑しながら、エグゼは肩をすくめる。

「悪くも、か。なんとなく想像はつくが……。さて、店主は酒場に行って見ろと言っていたが、ちょっと時間が早いような気もするがな」

 情報は人の集まる場所に集まるもの。

 必然的にこれからの時間に人が集まるのは酒場になるものだ。

 鉱山から帰った炭鉱夫たちが、一日の労を酒と料理で癒すのだ。

 そして酔った口は軽くなり、素面では聞き出しにくい話も聞けることが多くなる。

 しかし、夕刻にはまだ少しばかり早いような時間帯だ。

「と思ったが……」

 どう見ても炭鉱夫と思わしき一段が、昼すぎのこの時間から酒場にたむろっている。

「この時間は鉱山じゃないのか?それとも、休みか何かかな」

 不信に思ったエグゼが酒場の外を見回してみる。

 旅の者も何人かいるが、やはり多くは村人だ。

 その村人たちの顔色は暗く沈んでいる。

「ようマスター、なんかあったのかい?」

 麦酒を頼みながら、ソウマは店主に話しかける。

 周りの炭鉱夫たちがピクリと反応するが、口を出す者はいなかった。

「お客さんは旅人だな。まぁいい」

 そう言って店主は話し始めた。

「この村の山、そこで俺たちはいつも石炭を掘っているんだ。ほぼ毎日、な」

 しかし1週間前、新たに掘り進めていた脇道から、いきなり魔物が飛び出してきたというのだ。

「場所も悪いし、下手に戦って粉を撒き散らして粉塵爆発なんてのもバカらしいからな」

洞窟内は狭く、二人で戦うのがやっとの幅だという。

「中には、倒そうと思って山に入った者も居たが……」

「誰も帰ってこなかった?」

 こういう話の定石である。

「いや、軽傷くらいでみんな無事だったよ」

「あらーっ!」

 そうでもなかったようだ。

「とはいえ、あいつらだって」

 店にいる炭鉱夫たちを見やる。

「こんな山奥で洞窟入ってるわけだ。魔物の一匹や二匹ものの数じゃない」

 当然、野生同然に暮らしている魔物もいる。

 魔物退治を生業にしているわけではないが、発掘作業の邪魔になるような魔物くらいは自分たちで倒さないと、いちいち退治を旅人やギルドに依頼していたら資金も時間もばかにならない。

 このスミカの村人たちは、魔物を退治するのも仕事の一つなのだ。

「そんな奴らが苦労するほどの魔物なのさ」

 マスターが話し終えるのを待っていたかのように、誰かが机を叩いた。

「そんな俺たちの傷をえぐって、てめぇに何の得がある!?」

 一人の炭鉱夫が大声を上げた。

「よせ、青年。旅人がちょっと村の様子が気になっただけだ」

 まだ歳若いドワーフが大声をあげたが、壮年のドワーフがたしなめる。

 その壮年のドワーフに、エグゼはその顔に見覚えがあった。

(あれは、たしか……)

 この村の村長と、炭鉱夫たちの世話もしている、組合の長でもある人物だ。

 年に一回、各主要の街や村の代表を集めて城で行われる定例報告会で見たことがある。

 王の護衛で数回付き添った時に、毎回居合わせた一角の人物だ。

「ん? お前さんは……」

 壮年ドワーフがエグゼの顔を見る。どうやら向こうもエグゼに覚えがあるようだ。

「お久しぶりです、ビーンさん」

 できれば見つかりたくはなかったが、ばれてしまってはしようがない。

 エグゼはペコリと頭を下げた。

「何だ、知り合いか?」

 まるで他人事のような反応で、ソウマが2杯目の麦酒を飲みながら声を出す。

「まぁ、昔ね」

「あんたはたしか、王の護衛に就いていた、魔法騎士の……」

 ざわり、と酒場がざわつく。

 王の護衛を任されるほどの魔法騎士。しかも金髪青眼の者など、この大陸においては1人しかいなかった。

「エグゼです」

 覚悟を決めて、自己紹介をする。

 その途端、ざわめきがいっそう大きくなった。

「本当に有名人なんだな、エグゼ」

 3杯目の麦酒を飲み、耳長ウサギの肉を平らげながらソウマがいう。

「……はぁ、君のせいで見つかったようなもんだよ? でも、逃げたほうが良いかも……」

 こういう展開の時はいつも、同じことが起こる。

 ──ガシャン──

 1人の男が、手に持っていた木製のコップをエグゼに投げつけた。

 エグゼはそれを避けようともせず、その身で受け止めた。

「ナニが魔法騎士団長だ……」

「国王も王妃も、王女すらも守れなった腰抜けが!!」

「お前さえもっと強ければ……。この国だって……っ!!」

 炭鉱という資源が豊富にあるこの村でさえ、重税で苦しめられ何人もの人間やドワーフたちが命を落としている。

 ここより小さな村は、いくつも無くなり、難民や行き倒れが増えている。

 罵声と共に、食器やゴミがエグゼに投げつけれられる。

 エグゼは反論もするではなく、罵倒や飛び交う食器などを、下を向いてやり過ごしていた。

「やっぱり、悪くも有名人とはこういうことか。……下らんな」

 エグゼの前にソウマが立ちふさがると、腕を一振りする。

「「「!!?」」」

 その瞬間、突風が巻き起こり飛来したすべての物が地面に、壁に叩きつけられた。

 4杯目の麦酒を一気に飲み干し、ソウマが怒鳴る。

「だったらお前らは、国が蹂躙されている時になにをしていたっ!」

 怒気を孕んだソウマの声に、誰一人反論できる者はいなかった。

 酒場が静まり返る。

 そう、クーデーターが起こったときに王都へ行き、王を、国を守ろうとした者などこの村にはいなかった。

「どうせその魔法騎士団長とか言うのが何とかしてくれるだろうと、たかをくくって何もしなかったんだろう!?」

 それは悔しいかな、まさしくその通りだった。

 10万の魔法騎士の頂点に立ち、1000の魔法を使いこなす、史上最強の精霊魔法使いと称された英雄に勝てるものなど、この世界にはいるまいと、皆は安心しきっていたのだ。

 よく言えば信頼。悪く言えば盲信。

 国を根本から覆すクーデターの折りに、王都に救援に向かった猛者など一握りでしかなかった。

 ──俺たちには街を、村を守る義務がある。

 ──俺たちなど行っても足手まといだ。

 ──俺たちには家族も子供もいる。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 それは、真実ではあるが、体のいい言い訳でしかなかった。

「そんな奴らが、命を賭けてこの国のために戦った英雄を非難する資格があるのかっ!?」

 ソウマの呼びかけに、誰一人として答えられる者はいなかった。

「ソウマ、いいんだ」

 エグゼを除いては。

「彼らが言ってることは当然さ。いくら言い訳をしても。国も王も守れなかった。それが現実だ……」

 場が沈黙し、重い空気が流れる中、ずっと黙り込んでいたビーンが声を発した。

「その『元・騎士様』がこの村に何のようだい。それとも、この先のシスカの町を目指しているのか?」

「シスカを目指している。そして、武器を手に入れてミハエルを殺す。それが目的だ」

 ざわり、と酒場内がざわつく。

「なるほど、せめて一泡吹かせてやりたいと、そういうことか……」

 そういって、ビーンは麦酒をあおった。

「なら手始めに、この鉱山の魔物とやらを退治してはくれまいか?」

 シスカの町にたどり着いたところで、石炭がなければ武具は作れない。

 悪い話ではないだろう?と、ビーンは語った。

「ほう、なら俺も一口乗らせてもらおうかな」

 ソウマが口を挟む。

「お前さんがこの件に関わって、何か得があるのかい? ないなら命を粗末にするだけだ、やめておけ」

「いや、もちろん交換条件はつけさせてもらう」

「ほぅ……。あんた何者なんだい?」

 ソウマは店全体に響き渡る大きな声を出した。

「俺は王政グランベルトに対抗する組織、『メリクリウス』のTOP、ソウマ・ブラッドレイだ!」

 それを聞いた炭鉱夫たちは、またもやざわめきの声を上げた。 

 『メリクリウス』といえば、最近頭角を現し始めた反国家組織だ。

 つい最近TOPが入れ替わったことも、この大陸中に響き渡っている。

「ほう、あの『メリクリウス』のか。そりゃ面白い」

「俺とエグゼ、二人でその魔物を退治できたら、俺たち『メリクリウス』にチカラを貸して欲しい!」

「ち、チョット待て、それじゃあ僕も『メリクリウス』に入ってるみたいじゃないか」

「細かいことはいいんだよ! それに、石炭が採れずに、武具を作ってもらえなかったら、シスカに行く意味もないだろう?」

 それは確かにソウマの言うとおりなのだが……。

「はっはっはっは!そいつは面白い! たった二人で、あの化け物を倒すだと!? できるもんならやってみろ! この俺たちですら、勝てなかった相手だぜ!?」

 ビーンはソウマに近づくと、その胸を軽く叩く。

「良いだろう。もし、その魔物を倒せたら、お前らのために一肌脱いでやるさ」

「本当だな?」

「ドワーフに二言はない」

 他の炭鉱夫たちもなにか言いたげではあったが、村の長、さらには組合も束ねている権力者のビーンには何も言えずにいた。

「鉱山内の地図、鉱山までの道のり、内部の情報と食料や強壮水(キュアドリンク)くらいは用意してやる」

 こうして、エグゼとソウマが魔物退治に行くことが決まり、急遽ビーンの家で作戦会議を開くことが決まった。

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