第5話 料理と炭鉱の町スミカ

「どうした、こんな気持ちのいい朝に。辛気臭いぞ!」 

 晴れ渡る空。

 朝露に濡れた草原が、新緑の香りを風にはらませて運んでくる。

 さわやかな日差しの中、エグゼはぐったりと歩みを進めていた。

「う、腕が……」

 両腕が筋肉痛でどうにかなりそうだ。

 もげるものなら、もいでしまいたいくらいに。

「お前さんが普段どれだけ筋肉を使わずにいたが、痛感したろ」

 そして出かける前に渡された道具。

「重い……」

 10キロのウエイトが入ったジャケット。その上にさらに鎧を着込んでいる。

「それは俺が着ていた奴だ。俺も普段から鍛えてるんだぜ?」

「とことん規格外だな……」

「ところで、目的の町まで、どれくらいかかるんだ?」

「このままいくと、シスカの町までは後5日、と言ったところかな? ただあと1日くらい歩いたところに、一つ村がある。食料や旅に必要なものは少し補給したほうがいいかもしれないね。そこで一晩落ち着いて、6日計算で行こう」

 追っ手から逃れるため、街道を避け、回り込むように山を抜けている。

 時間がかかるのは仕方のないことだった。

「まぁ、腑抜けを鍛えなおすには、ちょうどいいかもな!」

何がそんなに楽しいのか、ソウマは大きく笑いながら、旅を続けるのだった。

昼はひたすら歩き続け、夜になればソウマから指導を受ける。

日が落ちる前から夜を越す準備を始め、なるべく訓練の時間を取る様にしていた。

 夕餉の時。

「そうだ、エグゼはどこで生まれたんだ? この大陸ではないだろう?」

 とソウマが話を振った。

「あぁ、それね。僕もわかっていないんだ」

「そうなのか!?」

「うん、赤ん坊のうちに捨てられて、エルフの女性に育てられたんだ。そのあとは、ミスティライト様に見初められて騎士団に入ったんだよ」

「貴族だったわけじゃないんだな……。しかしその王女も王様も、懐が広いというか、素晴らしいな」

 だいたい国家は封建主義で、古くから力のある貴族や有力者を登用し、市井の実力者や才能のある者に国政を任せるような大任に就かせたりはしない。

 なぜかソウマも誇らしげな顔をしている。

「そうだね。優秀な人材なら、出自は関係なく仕事を与えてたよ。そういう、人の持つ能力を知る術に長けていらっしゃったね」

「それが今回は仇になった、か……」

 謀反人、ミハエル・ド・カザド。

 この男も出自は定かでは無い。

 ただ伝え聞いた話では、別の大陸から来た、とのことだ。

 その大陸でどのような事をしていたのかなど、知るものはいなかった。

 しかし類稀なる知能を持ち、戦略家として魔物の退治に辣腕を振るい、さらには様々な魔法科学の実験を自ら行いこの国の魔法科学発展に多大な影響を及ぼした、まさに天才だ。

「悔しいけど、ミハエルは天才だ。軍略、魔法科学、魂の研究においては、世界レベルの学者でもあったよ。しかも本人も格闘技の達人なんだ」

 類い稀なる魔法力をその身に宿したエグゼも、彼の研究を手伝ったこともある。

 しかしミハエルは牙を剥いたのだ。

 国費で研究を行い完成させた『造魔』を使って起こしたクーデター。

 それを見事成功せしめて新国王となったのだから。

「裏切り者なんざ、どこにでもいるのか……」

ソウマは料理を作りながらつぶやいた。

先ほど仕留めた耳長兎と、ツクヨミ牛から取れた牛乳をつかった、シチュー。

「この時期の耳長ウサギは、冬に向けて大量に飯をくう。しかも木の実ばかりを食べるから、肉に臭みはなく、食べやすいんだ!」

ソウマは出来上がった料理を皿に盛り、エグゼに渡す。

そして、それはたしかに美味かった。

「君、もう料理屋はじめれば?」


「何とか昼には着いたな」

 さわやかな笑顔を浮かべながら、ソウマは村を見渡す。

 小さいながらも程よく賑わった村だ。

「はぁ、はぁ……。ここは他の村と違って、良質の石炭がよく採れたんだ……。っはぁ、はぁ」

 対するエグゼはぜぃぜぃと肩で息をして、村の入り口に座り込んでいる。

 なぜなら、夜には村に着いていたいというソウマの考えの下、長距離マラソンが始まったからだ。

 予定では夕刻の到着時間だったが、それを大幅に縮めての到着だった。

「良質の石炭か……。鍛冶には必要不可欠だものな」

 村の名前はスミカといった。

 ここで採れた石炭は随時シスカに運ばれ、今日も鍛冶場で最良の武具を生み出している。

「し、しかし息一つ乱さないとは……」

 エグゼはまだ整わない息で、ソウマの後に着いていく。

 化け物か、あの男は……。

 行き先はまずは宿屋。

  二人一部屋の安い部屋を借り荷物を降ろし、軽装になって改めて町を見渡す。

 なんとなく、皆浮かない顔をしているような。

「ちょっと辛気臭くないか?」

「そうだね、もしかしたらなんかあったのかな?」

 炭鉱夫らしき村人もちらほら見かける。

 二人は村の様子を見ながら、武器屋に向かう。 

 エグゼの武器を買うためだ。

「今の剣は、エグゼには大きくて重すぎる。もう少し小回りの利くものにしよう」

「でも、僕にはそんなお金ないぞ?」

「それくらい俺が出してやるさ」

「え? でも……」

 武器屋の入り口の戸を開けながらソウマは話す。

「合わない武器を振った時、態勢を崩したらあっという間にお陀仏だぞ? 命には変えられないだろう」

「し、しかし……」

 そういいながらソウマは早速剣を物色し始める。

「お前もまだ死ぬわけにはいかないだろう?」

「確かにそうだけど……」

「さすがにシスカの町に近いだけあって、剣の質はいいなぁ」

 エグゼも、剣を取ってみる。

 確かに、輝きも柄の意匠もまるで違う。

 昔騎士団で使っていたのは、このレベルの剣ばかりだった。

「お客さんは武道家かい?」

 店主がソウマに話しかける。

「俺はな。相方の武器を探してるんだ」

「ふむ。剣が合わなかったか? 予算はどれくらいだ?」

「予算はこれくらいで頼む」

 ソウマがカウンターに置いた金を見て、店主はうなずく。

 さすがに長いこと武器屋として冒険者を見てきた店主だ。

 エグゼの剣がエグゼに合ってないことを一目で看破した。

「ちょっと今使ってる見せてもらっていいかい? ……。しかも大していい作りじゃなねえな」

 エグゼは今ある剣を、店主へと見せる。

「ゴロツキから奪ったような剣なもので……」

「これなら、この店の一番安い剣の方がまだマシだぜ」

 そういいながら、店主が店の中から少し小ぶりな剣を取り出す。

「これはシスカの町の町長が打ったものなんだが、はっきりいって、この値段じゃ買えない逸品だぜ」

 そう言って剣をエグゼに放り投げる。

「わ、っとと」

 それを受け止めたエグゼは鞘からその剣を抜き放ってみる。

「これは……」

「ほう、いい剣だな」

 吸い込まれるような輝きを放つ剣は、まるでエグゼのために作られたかのようにその手に収まっていた。

「いい剣は自分で持ち主を選ぶんだ。その剣がお前さんの手に渡ったのも何かの縁さ。

 数回素振りでもして、重さを確かめてみな」

 エグゼは言われた通り、素振りをしてみる。

 ソウマに教わった基礎をなぞって剣を振るう。

 重さがかなり違うため、一回目は少し体勢を崩したが、2回3回と素振りをして、その取り回し方を確かめる。

「あとは鎧を貸せ。そんなぶかぶかじゃ、さぞ戦いにくかったろ」

 エグゼは来ていた皮鎧をぬいで渡す。

「防具屋じゃねえから、たいしたことはできんが、サイズ調整くらいはしてやる」

 そう言って、店主は皮鎧の調整に入る。

「おいおい、こんないい剣に、防具の調整で先に渡した金で足りるか?」

 とエグゼがおどけて聞いてみた。

「その剣と防具に調整料ならこんなに金もいらんよ……。これくらいかな」

 そう言って、店主は袋から金貨を一枚取り出して残りをソウマに投げて返す。

「お、おいおい。いくらなんでも破格的に安すぎやしないか?」

「どうだい、剣士さんよ」

「あ、あぁ、体にぴったりして、今までより肩や足が動きやすくなったよ。こんな変わるものなのか……」

「俺たちも金がないわけじゃない。適正価格くらいは出すぜ?」

 ソウマの言葉をさえぎるように視線をエグゼに向けた店主が話し始めた。

「お前さん、『あの』エグゼだろ?」

 そう言って、店主はエグゼの人相書きを出す。

 賞金が目当てなのかと、一瞬身構える。

 が、それなら最初から武器など渡しはしないだろう。

「他の奴らはあんたのことを悪く言っているが、俺は感謝してるんだ」

 そういって、店主は話しはじめる。

「俺の息子はエルモワール城で、働いていたんだ。戦士なんて立派なもんじゃねぇ。ただの飯番だったがな」

「城の飯番……。もしかして、ラッドの……!」

「名前まで覚えててくれたのか。それはあいつも喜ぶだろうよ」

 食堂でまだ見習いだったラッド。

 料理長にどやされながらも、いつも笑顔を絶やさずに城の厨房を駆け回っていた姿が思い出される。

「ラッド、ラッドはどうしてるんです?」

「あいつは死んだよ……。あの戦争でじゃねぇ。戦争が終わったあと、城からここに帰ってくる途中でな。泊まるために立寄った村でな。はやり病だとよ」

「! そう、ですか……。でも、城からは逃げられたんですね」 

 命が助かったってのにばかな死に方だ、と店主は言って、天を仰いだ。

「あいつが最後にくれた手紙には、あんたのことが書かれていたよ」

 エグゼも思い出す。

 あの戦乱のさなか、エグゼは指自分の命を顧みず、ラッドを救い安全地帯まで逃がしたのだ。

 その手紙は、両親への感謝と、エグゼへの感謝が、びっしりと書きこまれていたという。

「ラッドは死んじまったが、確かにお前さんに生かされたんだ」

 そう言って、エグゼの手を取る。

「ありがとうよ……。あんたに、お礼が言いたかったが、それがこんな形で叶うとは夢にも思わなかった。ただ、この村の全員が俺みたいな考え方を持ってると思うなよ。ほとんどの人間は……」

 店主はそう言って言いよどむ。

「わかってます。今まで、どこの町や村でもそんな感じでしたし」

 ソウマは何かを察したのか、黙り込んでいる。

「おれはあんたに期待しているよ、エグゼ」

「ありがとうございます。必ずや、ミハエルに一矢報いて見せます」

「この村の様子が少しおかしいだろ? なぜか知りたきゃ酒場へ行って見な。この時間なら、みんな酒場にいるはずだ」

「何から何まで、ありがとうございます」

 それ以上言うことは何もない。

 店主は無言で手を振った。

 そんな店主に頭を下げながら、二人は武器屋を後にした。

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