第4話 ダメダメ騎士エグゼの特訓
歩きながらエグゼが語る、この国の歴史。
はるか昔の吟遊詩人の歌を織り交ぜながら語る。
エルミナ大陸。
大小様々な国が入り乱れ、人、魔物という様々な種族が暮らしている。
ここ500年、大きな戦争がなかった、奇跡の大陸。
それも全て、大陸北東にある『聖エルモワール』という賢君の治める巨大国家の賜物だった。
初代エルモワール王は強大な魔法力を有し、次々と属国を増やしていった。
それも、武力による統治、制圧ではなく、あくまでも対話のみで各地の猛者を一人、また一人と仲間にしていったのだ。
しかし今から2年前、その一大国家が突如として幕を下ろした。
当時大臣として、聖エルモワールの側近として辣腕を振るっていた『ミハエル・ド・カザド』が謀反を起こしたのだ。
第6代エルモワール王も死に、その一人娘である『ミスティライト・フォン・エルモワール』も行方不明なってしまったのだ。
その原因の一つとして、その類まれなる魔法力を封印されたことにある。
2年前のあの日。エルミナ大陸全土を覆った『黒いカーテン』
その『黒いカーテン』は、人、魔物、関係なく、エルミナ大陸に生きる全てのものから魔法力を奪い去った。
そして、大臣ミハエルは密かに従えてた強力な魔物の軍隊を率いて、一気に聖エルモワールを落城させた。
もちろん、国としてもただ蹂躙されたわけではない。
王の腹心、10万の魔法騎士団を束ねる若き英雄「エグゼ・トライアド」と共に抵抗を試みた。
しかし、魔法を封じられた魔法騎士団など、強大な力を持つ魔物の群れの前ではただの人間でしかなく、抵抗虚しく結果。
聖エルモワールは滅んだ。
王と王妃の亡骸は貼り付けにされ、大陸全土にその死を知らしめることとなる。
そして、王女と魔法騎士団長は行方不明となり、新たな王の下恐怖の政権が始まったのだ。
聖エルモワールとは真逆の、武力と恐怖による制圧。
500年の平穏を覆す、戦乱の時代がエルミナ大陸に訪れたのだ。
ミハエルが打ち立てた『王政グランベルト』によって。
「それから大きく勢力がわかれたんだよな」
各地を転々として得た情報を二人で照らし合わせながら、正確なものにしていく。
クロス・クルセイド。
トール・ド・ルート。
メリクリウス。
この三つの反乱組織が、それぞれ対立しながら、グランベルト打倒を目指している。
「今俺たちがいるこの大陸南西部」
不完全な地図を見ながら、ソウマが丸を付ける。
「ツクヨミの町からこちら側はどこにも属していない、手付かずの村や町が点在している」
「もしこの地方が制圧できたら、結構でかいな」
未完成の地図を見ながら、エグゼもつぶやく。
「ツクヨミの街は霊峰『メイルストローム山脈』の入り口だ。この町より西に行きたいと思うなら、この霊峰を迂回しなければならない。そして、迂回するためには、このツクヨミの街を通らないと迂回路には入れない!」
もちろん、霊峰に挑み山を越すルートがないわけではないが、この大陸でも1、2、を争う大きな山脈だ。
手間と時間を考えたら、迂回するほうが安全で早い。
「この町を拠点として他の二つの勢力を傘下にする、もしくは打倒してグランベルトを目指す」
「ただ、一筋縄ではいかないよ」
二人の意見は一致した。
「そりゃあ、言うほど容易くは無いだろう。だからこそ、一番勢力の劣る俺たちが勝つには、良質の武具を手に入れなければならない!」
この大陸で良質な武具を求める時、まず名前が挙がるのが、これから向かうシスカの町だ。
鉱石の品質もさることながら、何より職人の腕がいいことで知られている。
鍛冶が得意なドワーフ属や多々良族が多く住んでる上に、近くの山にはフェアリーや精霊の住処があり、優れた武具にさらに祝福をかけ、武具の能力を最大限以上に引き出している。
そしてエグゼのもう一つの目的。
そこに行けば、大精霊にも会えるかもしれないのだ。
大精霊と会い、再び契約をする。
夜を明かした森から歩くこと2日。
その間は特に追っ手や魔物と遭遇することも無く、旅は順調に進んでいた。
この2日間はお互いのことを話しあっていた。
幼くして孤児になったエグゼを拾い教育してくれた王女。
そして孤児と知りながらも、栄誉ある魔法騎士団にいれてもらえたこと。
勉学も魔法も誰よりも器用にこなしたがために、貴族たちの反感を買った事。
エグゼが魔法騎士団の団長になるために、7大精霊と契約を交わし、精霊の王たる者と戦い勝利したこと。
そして、身分も何もないエグゼを姫の婚約者にまでとりなしてくれたこと。
そのすべてが感謝に彩られていた。
ソウマは自分がいた国がどれほど愚かだったかを語っていた。
報復が報復を呼び、すでに戦争をはじめた当初の理由など忘れていたこと。
戦争によって利益を得る者たちだけが安全なところから命令を出し、普通の暮らしをしていた農民や商人などの一般人が戦に駆り出され、その命を散らしていったこと。
そしてその戦争を終わらせるべく、最前線で戦い続けたのがソウマだった。
「この国には、どうすれば人と魔物が手を取り合って暮らせるかを学びに来たんだけどな」
希望の先にたどり着いた国は、かつて自分たちが犯していた過ちと同じことを繰り返していた。
「他の仲間は先に帰っちまったが、俺は残ることにしたんだ。ちょうど、人と魔物の共存を目指す反乱軍と出会えたし、手を貸そうと思ってな」
確かにソウマほどの戦士なら大歓迎だろう。
あの日、あの森で見たソウマの鬼神の如き強さは今も目に焼きついている。
「結局、ソウマのあの攻撃は、魔法だったのか?」
もしかしたら、他の大陸から来たソウマには、『黒のカーテン』も効果がないのかも知れない。
「あぁ、あれか? あれは俺がいた国に古くから伝わる格闘術だな」
魔法を使えるものが少ないからこそ発展した格闘技。
長年の戦争の中で、魔物にも負けないために編み出された格闘術が、ソウマの得意とする『深淵流』だった。
「これは『深淵流』の中でも、もっともポピュラーな技だな。腕の振りで真空の刃を起こし、離れた敵に攻撃を仕掛ける技だ。名前を『風鎌拳(ふうれんけん)』という」
そういってソウマは軽く腕を振ってみせた。
刹那、数メートル離れた大木が音を立てて切り裂かれた。
その胴回りは人間の胴体と同じかそれ以上ある。
「すごい威力だな」
まるで風の精霊を操っているかの如き切れ味だ。
「僕にも、それくらいの力があれば……」
ぎり、と唇から血が出んばかりに歯を食いしばる。
「エグゼには剣の師はいるのか?」
「一応ね。精霊を操ってる時しか、使えない代物だけど」
そういって一振りの剣を手に取る。
それは数打ちのロングソードなどではなく、立派な装飾が施され、見たこともない物質で作られた宝剣だった。
「ほう、珍しい剣だな。しかし……」
見事にぼろぼろな剣だが、ソウマの力をもってしても鞘から抜けなかった。
「僕にしか抜けない、僕だけの剣さ。
これが精霊王と契約して、その力を最大限引き出すために作ってもらった『大いなる精霊王の剣』だ」
そういって、エグゼは剣を抜き放つ。
切っ先は折れ、致命的な亀裂が入り、あとは朽ちるのを待つばかりと言った状態だ。
2年前にミハエルとの戦いで、精霊の力を使えない状態で戦ったら、このとおり、ぼろぼろになってしまった。
今は敵から奪った数打ちのロングソードが主だ。
「この剣はシスカの町にいるという鍛冶師が作ったのか?」
たとえ今は壊れてしまったとしても、この剣がどれだけ素晴らしいものだったのかは、誰の目にも明らかだった。
「そうだよ。見た目と性格はあれだけど、腕は確かさ」
「そいつは楽しみだ」
「しかし、僕の剣技はだめか……」
がっくりとうな垂れながら、剣を振る。
その重さに体制が崩れる。
「だめだめもいいところだ。」
ばっさりと切りつけられ、さらに落ち込むエグゼ。
「まあ、剣と拳の違いはあるが、俺が体捌きなんかはみてやろうか」
道中は長いしな。と付け加えた。
「そろそろ夜営に入るか」
気がつけば、もう黄昏時だった。
「どういうつもりなんだ?」
前回教えを請うた時には、きっぱりと断られたのだが。
「勘違いするなよ、俺の『深淵流』を教えるわけじゃない。基本的な体の使い方を教えるだけさ」
そういって、ソウマは立ち上がる。
エグゼもそれに習って立ち上がり、剣を取る。
「とにかくお前さんは身体の使い方が下手すぎる。よく今まで生きてこられたな」
「そ、そこまでか?」
ぶん、と素振りをする。
「まず、身体の軸が左右前後にぶれ過ぎている。普段から正中線をずらさないことを意識するだけで、隙が減ると思え」
もう一度、素振りをしてみる。
確かに、剣を振るたびにふらついている。
「その時点で剣を扱いきれずに重さに振り回されている。筋力が足りていない証拠だ。もし武器を作ってもらえるなら、自分に合った重さの剣を作ってもらうことだな」
言われた所を修正しながら、数度素振りをする。
少しはマシになったか。
「早く振らなくていい。形を確認しながら振ってみろ。そうだな、10秒くらいかけて1回振り下ろせ」
ゆっくりと、時間をかけて剣を振り下ろす。
ただ、それだけのことがつらい。
「ただ振りおろすんじゃないぞ! 形を確認しながらだ。とりあえず、それを100回やったら、今日は終わりにするか」
「ひゃ、100回!?」
このスピードで数回振っただけで腕が痙攣し始める。
「それができないのは、基礎をおろそかにしている証拠だ。魔法に頼っていた所為もあるだろうが、筋力と体幹が無さ過ぎる。それも鍛えていくぞ」
基礎的な素振り100回。それをやりきるころには、もう両腕の感覚がないほど疲れ切っていた。
「ほらほらどうした? これから、基礎の筋トレと体幹トレーニングだ!」
「こ、これからか」
「時間も限られてるし、ビシバシいくぞ!」
こうして、ソウマの手ほどきを受けながら、エグゼは体を酷使して泥のように寝るのだった。
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